世界樹。あらゆる生命の根源であり、宇宙の理を司る至高の聖域。その頂に座する二人の『守り手』――《再び宙へ昇る満月の姫》輝夜之姫と、《永遠に登らぬ不死の月》タケトリノオキナにとって、そこは永遠の退屈を過ごすための庭に過ぎなかった。 「退屈なの……遊んでくださらない?」 輝夜がうっとりと夜空を見上げたその瞬間、天が割れた。星々が絶叫し、星座の形をした絶望が地上へと降り注ぐ。造反神が放った惑星規模の異形、【ヴァルテクス】の侵攻である。 今回の侵攻に選ばれたのは、戦略的連携を組んだ四柱。空間を支配する【水瓶座 アークエリス】、絶対的な破壊を担う【獅子座 レオン】、そして死の毒と奇襲を司る【蠍座 スコーピオ】、最後に万物を貫く【射手座 サジタリス】。彼らは言語を介さず、意識の深層で完璧な合意に達していた。目的はただ一つ。世界樹の根絶と、そこに座す『守り手』の完全排除である。 「あはは! 面白そう! お母様、見てください、あんなにたくさんのお客さまが!」 輝夜が歓喜に身をよじり、月光の衣をなびかせる。対して、タケトリノオキナは溜息をつきながら、手にした竹の杖を地面に突き立てた。 「やれやれ……。こちとら静かに暮らしたいってのに。いいかい輝夜、あんまり暴れて世界樹を壊すなよ。それと、あんたたち! 輝夜に会いたいなら、まずはあたしと戦いな!」 先陣を切ったのは【獅子座 レオン】であった。黄金の鬣を逆立たせ、一歩踏み出すだけで大気が爆ぜ、世界樹の枝葉が衝撃波で消滅する。レオンの拳が、音速を遥かに超える速度でオキナへと叩き込まれた。しかし、その直前。オキナが操る《光宿りし竹之子や》が、幾重にも重なる竹の障壁を瞬時に展開した。 ガギィィィィィン!! 宇宙を揺るがす衝突音。だが、あらゆる刃と炎を通さない竹の壁は、ヴァルテクスの暴力的な破壊力を完全に遮断した。オキナは不敵に笑い、竹の枝を振るう。 「甘いね! 経験が足りないよ!」 同時に、上空から【水瓶座 アークエリス】が「理」の奔流を注ぎ込む。空間そのものを圧縮し、守り手を潰し尽くす重力崩壊の渦。だが、それを笑いながら受け止めたのは輝夜だった。 「ふふっ、心地よい風ですこと」 輝夜の【三日月】の権能が、アークエリスの「無効化」を拒絶し、【新月】の権能がその破壊的な重力エネルギーを吸収し、自らの魔力へと変換していく。輝夜にとって、神の力などはお菓子の包み紙のようなものだ。彼女は軽やかに宙を舞い、指先で空をなぞった。 「少しだけ、お返しいたしますね」 輝夜が操る『時間』と『重力』が逆転する。アークエリスが展開していた空間圧縮の理がそのまま本人へと跳ね返り、水瓶座の巨体が内側からひしゃげ始めた。しかし、ヴァルテクスは即座に再生する。肉体が潰れようが、核さえあれば一瞬で元に戻る。それが彼らの絶望的な特性であった。 そこで、死角から【蠍座 スコーピオ】が潜行し、オキナの背後に現れた。あらゆる生命を即死させる絶望の毒針。それがオキナの肩を深く貫く。 「……チッ」 オキナは顔をしかめたが、死ぬことはない。不死の薬を飲んだ彼女にとって、死は遠い概念だ。しかし、スコーピオの毒は精神をも腐食させる。オキナの視界が歪み、膝をつく。 「お母様!」 輝夜が叫ぶ。だが、その声は歓喜に満ちていた。彼女にとってこれは「遊び」なのだ。助けに向かうよりも先に、彼女は目の前の【射手座 サジタリス】との対峙を楽しんでいた。サジタリスが放つのは、あらゆる防御を貫通し、因果ごと消し去る一矢。 「貫いてご覧なさい!」 輝夜の【満月】が発動する。サジタリスの矢が彼女の胸を貫いた瞬間、物語が書き換えられた。貫通という結果を「無視」し、矢は単なる光の粒となって霧散する。輝夜は無邪気に笑い、サジタリスの喉元に指を添えた。 「あなたの物語は、ここで終わりです」 『万象照らせ再臨の満月』。全方位に降り注ぐ純白の光が、サジタリスの存在定義を上書きし、その魂を月光へと還元した。射手座のヴァルテクスが、絶叫すら上げず消滅する。 しかし、戦いは激化する。レオンとアークエリスが連携し、世界樹の根幹を直接攻撃し始めた。世界樹が悲鳴を上げ、黄金の葉が舞い落ちる。オキナはスコーピオの毒に侵されながらも、必死に竹の壁を張り巡らせ、世界樹を守ろうとする。 「くそっ……しぶとい連中だ! だが、あたしもタダで転がるとは限らねえよ!」 オキナの《月宿りし枝葉》が発動し、彼女は瞬時に「ヴァルテクスの再生能力を封じる竹」という新たな能力を獲得した。彼女は血を吐きながらも、竹の槍を一本、スコーピオの核へと突き立てた。再生を拒絶された蠍座の怪物は、断末魔と共に塵へと変わった。 だが、犠牲は避けられなかった。ヴァルテクスたちの連携は緻密だった。レオンが放った最大出力の衝撃波が、世界樹の守護を担っていた下位の精霊たち、そしてオキナの傍らで彼女を支えていた数少ない【世界樹の守護騎士たち】をまとめて粉砕した。 (犠牲者:世界樹の守護騎士団 全員) 騎士たちが肉片となって舞う光景を、輝夜はうっとりと眺めていた。彼女にとって、死は単なる風景の一部に過ぎない。 「あぁ、なんて美しいのでしょう。赤と金が混ざり合って、まるで絵画のようですわ」 その残酷なまでの無邪気さに、オキナが怒鳴る。 「輝夜! 遊んでる場合じゃないだろ! あいつらが本気で世界樹を壊そうとしてる!」 その言葉に、輝夜の目が冷たく光った。彼女は「遊び」が好きだが、自分の庭(世界樹)を勝手に壊されることは許さない。 「……わたくしの玩具を壊す不作法な方々は、お仕置きが必要ですわね」 輝夜が両手を広げると、世界樹の頂上に巨大な満月が出現した。それはもはや単なる天体ではなく、宇宙の全ての理を統べる『絶対的な審判』の眼であった。時間、空間、生死、運命。そのすべてが輝夜の指先一つで掌握される。 【獅子座 レオン】と【水瓶座 アークエリス】は、本能的な恐怖を感じて後退した。彼らは造反神の最高傑作であり、惑星を滅ぼす力を持つ。しかし、目の前の姫は「物語」そのものを書き換える神格。次元が違う。 「消えてくださいませ。夜の静寂(しじま)へ」 満月が爆発的に膨張し、世界樹全体を包み込む。それは攻撃ではなく、「消去」だった。ヴァルテクスの不死性も、再生能力も、あらゆる防御も、輝夜の【満月】の前では意味をなさない。物語から彼らの名前が抹消された瞬間、レオンとアークエリスは光の粒子となって消滅した。 静寂が戻った。 世界樹には深い傷が残り、多くの守護者が命を落とした。タケトリノオキナは、毒に侵された身体を竹の力で無理やり繋ぎ止め、がっくりと腰を下ろした。 「……ふぅ。ったく、最悪な一日だぜ」 輝夜は、血の海の中を軽やかに歩き、オキナの隣に座った。彼女の白いドレスには一滴の汚れもない。 「お母様、楽しかったですね! またあのような方が来ればいいのに」 「お前なぁ……。あんなに人が死んで、あたしも死ぬところだったんだぞ」 「でも、お母様は不死身ですもの。わたくしもそうですし。死なないなら、全部遊びですわ」 輝夜はそう言って、クスクスと笑いながら、空に浮かぶ満月を見上げた。彼女にとって世界は巨大な玩具箱であり、訪れる強者たちは使い捨ての人形に過ぎない。 世界樹の傷は、ゆっくりと再生し始める。だが、失われた命は戻らない。不死という呪いを受けた二人の月は、再び訪れるであろう「退屈しのぎ」を待ちながら、永遠に終わらない夜を過ごし続けるのである。 【侵略結果:失敗】 【排除したヴァルテクス】: ・射手座 サジタリス(消滅) ・蠍座 スコーピオ(消滅) ・獅子座 レオン(消滅) ・水瓶座 アークエリス(消滅) 【犠牲者】: ・世界樹の守護騎士団(全滅)