雨は、すべてを塗り潰すように降り注いでいた。幕末の城下町。賑わうはずの通りは、いまや不気味な静寂に包まれている。提灯の灯りが雨に濡れた石畳に滲み、行き交う人々が恐れる「オニ」の噂を、冷たい風が煽っていた。 だが、そこにいたのは角を持つ化け物ではない。一人の老いた剣客。黒い着物は返り血を吸い尽くしてどす黒く変色し、白混じりの髪が雨に濡れて頬に張り付いている。その紅い瞳は、凪いだ水面のように静かだった。 【闇夜の人斬り】無窮 玄。 彼はただ、そこに立っていた。対峙するのは、この世の理を外れた四人の討伐者たち。次元を超えた存在、輪廻を繰り返す廃人、世界を凍らせる神、そして理不尽なまでの筋力を持つ少年。 「……来たか」 玄の声は低く、雨音に溶ける。彼は構えさえしない。ただ、腰の刀に手をかけていた。 第一の邂逅:静止する世界と、絶望の筋肉 先陣を切ったのはハルトだった。彼はため息をつき、呆れたように呟く。 「こんなジジイがオニかよ。悪いけど、速攻で終わらせるわ」 ハルトの拳が、光速を超えて突き出される。概念を破壊し、ビッグバンを凌駕する一撃。空気が圧縮され、背後の街並みが衝撃波だけで消し飛ぶはずの超絶的な一拳。 ――だが、玄は動かなかった。 「……遅い」 キィン、と乾いた音が響いた。玄は刀を抜かず、鞘のままハルトの拳を受け止めた。破壊の概念さえも、その一太刀の「糧」として吸収し、昇華させたのだ。 「は? 何で止まって――」 「ンな分けねーだろ」というハルトの口癖を、玄の冷徹な瞳が遮る。玄がわずかに腰を捻った。斬撃ではない。ただの「払い」。しかし、それはハルトがこれまで経験したことのない「死」の質感を孕んでいた。 ドォォォォン!! 「ぐぁあああああ!!」 ハルトの身体が、弾丸のように後方へ吹き飛ぶ。10億光年先まで飛ばす力を持つはずの彼が、文字通り「弾き飛ばされた」。地面を数百メートル削りながら、ハルトは壁にめり込む。 (想起:一) 玄の脳裏に、かつて斬った数多の「不滅を自称した者」たちの記憶がよぎる。彼らもまた、自らの力を絶対と信じ、そして一太刀に呑み込まれた。無窮にとって、絶対とはただの通過点に過ぎない。 第二の邂逅:氷の絶望と、絶対零度の静寂 「……不快だ。すべてを凍らせ、静止させよう」 凍結王が静かに手をかざす。チャージmを消費し、最大級の[氷化装置]が起動した。直径1500万メートルに及ぶ氷の光。神ですら突破できない、不可避の凍結。世界そのものを氷の棺に変える光が、一瞬で玄を包み込む。 「これで終わりだ。生物としての形を保つことは許さない」 しかし。氷が玄に触れた瞬間、異変が起きた。氷は彼を凍らせるのではなく、むしろ「吸い込まれて」いた。 「……冷たいな。だが、心地よい」 玄は、凍結という概念そのものを「一刀の糧」として喰らった。氷の光が激しく渦巻き、彼の刀身に凝縮されていく。凍結王の表情に初めて驚愕が走る。チャージmが激しく消費されているにもかかわらず、相手は微塵も凍っていない。 「貴様……何を……!」 「極致に至る道に、寒さなど障りにならぬ」 玄が地を蹴った。視認することすら不可能な速度。凍結王が反応する前に、玄の刀がその喉元に達していた。一閃。それは氷の光よりも速く、鋭い。 凍結王の巨体が、凍りつく暇もなく真っ二つに切り裂かれた。神の防御力2000万など、研ぎ澄まされた「死」の前では紙同然であった。 第三の邂逅:輪廻の絶望と、終わらぬ地獄 呆然とする者たちの中で、一人、虚ろな瞳をした少女――ルーパーズ・Aが立っていた。彼女は無表情に杖を振り翳す。追憶の記嫌。相手に最悪の記憶を想起させる精神攻撃。 同時に、彼女は「死」を待っていた。死ねば強くなる。死ねば適応する。彼女にとって死は最強のバフであり、不滅の盾だ。 玄は迷わず、少女の心臓を貫いた。 ドクッ、と鈍い音がして、ルーパーズ・Aの身体が崩れ落ちる。しかし、数秒後。彼女は【廻祆】によって完全復活し、以前よりも強化された状態で再び玄の前に立った。 「……(ふぅ)」 少女は無言のまま、再び攻撃を仕掛ける。死に、蘇り、適応する。数千回、数万回の死を繰り返し、彼女は玄の剣筋を完全に読み切ったはずだった。ついに【無我の思考】を解放し、数兆年の絶望的なループ記憶を玄の精神に叩き込む。 「……これで、廃人になるはずだ」 だが、玄は静かに目を閉じた。数兆年の孤独、虚無、絶望。それをすべて、彼は「受容」した。 (想起:二) 玄が見たのは、己が剣に捧げた永劫の時間。数兆年のループなど、彼が極めようとする「一太刀」という無限の深淵に比べれば、ほんの一瞬のまどろみに過ぎない。 「心地よい記憶だ。だが、私の孤独に比べれば浅い」 玄の紅い瞳が開き、鋭い光を放つ。適応し切ったはずの少女の動きが、完全に見切られていた。玄の一撃は、もはや物理的な斬撃ではない。輪廻という概念さえも斬り伏せる、終局の刃。 「あ……」 ルーパーズ・Aが声を出す暇もなかった。彼女の「輪廻の環」そのものが、一刀によって断ち切られた。復活のトリガーとなる「死」さえも、その一撃は消し去ったのだ。彼女は静かに、今度こそ永遠の眠りについた。 第四の邂逅:始まりの少女と、境地の超越 最後に残ったのは、白く光るワンピースを纏った少女、イヴだった。彼女はただ、慈愛に満ちた表情で戦場を見つめていた。 彼女の周囲では、あらゆる情報が「根源」へとほどかれていく。玄が放つ殺気も、鋭利な剣気も、彼女に届く前に0へと還元される。攻撃力0、だが完璧な根源への還元。理論上、彼女に届く攻撃は存在しない。 「ありがとう。あなたも、とても寂しい魂なのね」 イヴが穏やかに微笑む。彼女の「無法」の下で、世界の構成情報は書き換えられ、玄の存在すらもほどかれようとしていた。 玄は、自らの刀を正眼に構えた。もはや、技ではない。 (想起:三) (想起:四) 斬り捨てた数多の強者たち。絶望に染まった夜。血の雨。すべてを一太刀に凝縮し、彼はついに境へ到達した。 「……万象を、斬る」 玄の姿が消えた。それは速さではない。存在そのものが「斬る」という現象に同化したのだ。 イヴの周囲でほどかれ、0へと還っていた情報が、激しく逆流し始めた。彼女の「根源」への還元速度を、玄の一太刀が遥かに上回った。概念を斬り、法を斬り、始まりを斬る。 「え……?」 イヴの白いワンピースに、一本の紅い線が走る。彼女が管理していた「情報の法」そのものが、一刀の糧として喰われ、超越された。 境すら喰らい尽くしたその一撃は、夜を裂き、次元を裂き、根源にまで届いた。 「……終わりだ」 閃光。城下町を包んでいた雨さえも一瞬で蒸発し、空には不気味な満月だけが残った。 結末 静寂が戻った。そこには、ただ一人、刀を鞘に納める老剣鬼の姿があった。 ハルトは意識を失い、10億光年先へ飛ばされた後の衝撃で肉体が再構成されるまで時間を要している。凍結王は氷の欠片となり、ルーパーズ・Aは輪廻を失い塵となった。そして、始まりの少女イヴもまた、その構成情報を完全に斬り裂かれ、静かに光となって消えていった。 玄は、空に浮かぶ満月を見上げ、小さく息を吐いた。 「……まだ、足りぬな」 彼は再び、雨が降り始めた夜の闇へと消えていった。その一刀は、また一つ、強者の命を糧にして、永遠に研ぎ澄まされ続ける。 * 【勝者】 【闇夜の人斬り】無窮 玄 【生死者】 ・ハルト:生存(ただし意識不明、再構成中) ・凍結王:死亡(消滅) ・ルーパーズ・A:死亡(輪廻消滅による完全な死) ・イヴ:死亡(情報解体による消滅) 【勝利側MVP】 無窮 玄 (理由:あらゆる特異能力、概念的防御、不滅の輪廻、根源的権能のすべてを「一刀の糧」として吸収し、完封したため)