静寂に包まれた廃都の広場。ひび割れたアスファルトの間から名もなき雑草が突き出し、空は鈍色の雲に覆われていた。そこに、あまりにも対照的な二人の人物が対峙していた。 一人は、ぶかぶかとした黒い衣装に身を包んだ小柄な女性、隼羽。銀色の髪を百合の髪飾りで留め、桃色の瞳はどこか焦点が合っておらず、とろんとしていた。彼女は手にした酒瓶を傾け、心地よさそうに喉を鳴らす。その姿は、戦場に迷い込んだ酔客そのものである。 対するは、革ジャンの襟を立てた無口な少年、愛斗。鋭い眼光は真っ直ぐに前を見据え、その拳からは時折、パチパチと不可視の火花のような振動が漏れていた。彼は世界を守るという重い使命を背負い、ただ静かに、目の前の敵がどのような出方をするのかを観察していた。 「ふふ〜……なんだか、いい空気。お酒が進んじゃうねぇ……」 隼羽がゆったりとした口調で呟く。彼女の足元には、力を制限するための古びたお札が散らばっていたが、彼女はそれを気にする様子もなく、ふらふらと千鳥足で歩き出す。その緩慢な動きこそが、彼女の真骨頂である「酔煙」の構えであった。 愛斗は何も答えなかった。ただ、わずかに重心を低くし、右脚に力を込める。彼にとって、言葉は不要だった。戦いこそが唯一の対話であると知っているからだ。 先手を打ったのは愛斗だった。地面を激しく爆破し、その反動で弾丸のように加速する「ターボブラスト」。ドォォォン!という爆音と共に、アスファルトが円形に弾け飛び、愛斗の姿が視界から消えた。次の瞬間、彼は隼羽の懐に潜り込み、右拳を全力で突き出す。「ニトロパンチ」だ。 ニトログリセリンの95倍という絶大な威力を秘めた液体が拳を包み、空気を圧縮して激しい衝撃波を生み出す。しかし、隼羽はまるで見えない風に流されるように、ふわりと身を翻した。 「あらら〜、危ないねぇ……」 まるで煙のように、あるいは水のように。愛斗の剛拳は、空を切った。隼羽の「酔煙」は、相手の攻撃のベクトルを完璧に読み取り、最小限の動きで受け流す。愛斗は驚愕し、即座に回し蹴りを繰り出す。「ニトロキック」。しかし、それさえも彼女は酔ったふりをして体をくねらせ、紙一重で回避した。 「もしかして、あの子、わざとやってるのかなぁ……」 隼羽が口端に笑みを浮かべた瞬間、彼女の動きが変わった。ゆったりとしていたはずの身体から、鋭い殺気が立ち昇る。彼女は深く息を吸い込んだ。身体能力を極限まで引き上げ、疲労を霧散させる呼吸法「幽潮」。 シュン!という鋭い風切り音と共に、隼羽が消えた。愛斗の視界から彼女が消失し、気づいた時には、彼女の鋭い指先が龍の爪のように愛斗の胸元へ突き出されていた。「龍爪」である。刺突の速度は音速に近く、空気が切り裂かれる鋭い音が鳴り響く。 愛斗は反射的に腕を上げた。ガキン!と衝撃音が響く。しかし、ここで愛斗の特性である「オートカウンター」が発動する。近距離攻撃を受けた瞬間、彼の身体から爆発的な反撃が巻き起こった。 ドガァァァン!! 至近距離での爆発。周囲の瓦礫が吹き飛び、激しい閃光が広場を白く染める。並の人間であれば、この衝撃だけで意識を失い、吹き飛ばされるはずだった。しかし、隼羽は空中で身をひねり、爆風を利用して後方へと大きく跳躍した。彼女の黒い服が激しくなびき、百合の髪飾りが揺れる。 「うわぁ……すごい破裂音。お耳がびっくりしちゃうねぇ」 言いながらも、隼羽は冷静に状況を分析していた。相手の攻撃は強力だが、単調だ。爆発という点での攻撃を繰り返している。対して自分は、柔軟性と速度で上回っている。しかし、このままでは決定打に欠ける。 隼羽は懐から酒瓶を取り出し、最後の一滴まで飲み干すと、そのまま口から勢いよく吐き出した。体内の酒を強制的に抜き、限界まで身体能力を跳ね上げる禁忌の術、「除杯術」である。彼女の瞳から酔いが消え、桃色の瞳に鋭い理性の光が宿った。 「さて……ちょっとだけ、本気でいこうかな」 速度が跳ね上がった。隼羽は地面を蹴り、龍のような軌道で空へ舞い上がった。「龍突」だ。高速の飛び蹴りが、空中で幾重もの残像を作り出す。愛斗はそれを迎え撃つべく、両手からニトロブラストを圧縮し、前方に放った。「ブラストビーム」。 眩い光の奔流が、直線的に隼羽を襲う。障害物を貫通し、当たれば大爆発を引き起こす破壊の光線。しかし、隼羽は空中であり得ない角度に体を曲げ、ビームのわずかな隙間を縫って潜り抜けた。その動きはもはや人間ではなく、舞い踊る一羽の隼のようであった。 間合いをゼロにした隼羽が、空中で鋭い蹴りを繰り出す。「断脚」。ギロチンの刃のように鋭く、速い蹴りが愛斗の肩を捉えた。衝撃で愛斗の身体が地面に叩きつけられ、激しい土煙が舞う。 だが、愛斗は屈していなかった。彼は土煙の中から、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。彼の全身から、これまで以上に濃密なニトロブラストが溢れ出している。彼は悟った。相手の速度に合わせるのではなく、周囲すべてを爆心地に変えればいいのだと。 「……終わりだ」 愛斗が地を蹴る。ターボブラストによる超高速移動。今度は単なる直線ではない。あちこちで爆発を起こしながら、ジグザグに、予測不能な軌道で隼羽へと肉薄する。隼羽は再び「酔煙」で受け流そうとしたが、愛斗はあえて攻撃を当てさせ、その瞬間にオートカウンターを連発することで、彼女の自由を奪った。 ドカン!ドカン!ドカァァァン!! 連続する爆発の衝撃波が、隼羽のバランスを崩させる。わずかな隙。愛斗はそのチャンスを逃さなかった。彼は強靭な腕で隼羽の細い手首と腰をガッチリと掴み上げた。 「なっ……!?」 隼羽が驚きに目を見開いた瞬間、愛斗の全身から大量のニトロブラストが噴出し、彼女の衣装と身体にべっとりと付着した。これこそが彼の奥義、「クラスターボム」の始動である。 愛斗は全力の力で隼羽を後方へと投げ飛ばした。彼女は空中で激しく回転し、遠くのコンクリート壁に向かって飛んでいく。そして、彼女が壁に着地し、衝撃で弾んだその瞬間――。 ――!!!―― 世界が白く染まるほどの、巨大な爆発が巻き起こった。クラスターボムが誘爆し、連鎖的に爆発が広がる。轟音は街全体に響き渡り、衝撃波で周囲の窓ガラスがすべて粉々に砕け散った。爆煙が渦巻き、巨大なキノコ雲のような煙が空へと昇っていく。 静寂が戻ったとき、そこには黒焦げになった壁と、その前に力なく座り込んでいる隼羽の姿があった。彼女の服はあちこちが破れ、銀色の髪にはすすがついていたが、幸いにも致命的なダメージは受けていなかった。ただ、あまりの衝撃に、彼女の意識は再び心地よい酔いのような朦朧とした状態に戻っていた。 「ふえぇ……すごかったぁ……あたし、どこまで飛んだのかなぁ……」 彼女はぼーっとした顔で、空を眺めていた。そこに、肩を上下させながら歩み寄ってくる愛斗の姿があった。彼は静かに右手を差し出した。 隼羽はその手を見て、ふふっと小さく笑う。そして、ゆっくりとその手を取り、立ち上がった。 「完敗だねぇ。あの子、本当にすごいんだから。……ねぇ、お疲れ様のお酒、飲まない?」 愛斗はわずかに口角を上げ、短く答えた。 「……遠慮する」 勝敗は決した。愛斗の圧倒的な火力と、それを正確に叩き込む執念、そして決定打となった「クラスターボム」の戦略的勝利であった。しかし、隼羽の表情に悔しさはなかった。彼女にとって、この激闘こそが最高に心地よい刺激であり、何より、戦いの後の静寂こそが最高の肴になることを知っていたからだ。 二人は互いの実力を認め合い、夕暮れに染まり始めた廃都を、ゆっくりと歩き出した。一人は無口な守護者として、一人は酔いどれの戦士として。彼らの戦いはここで幕を閉じたが、その心には、激闘という名の深い絆が刻まれていた。