【喫茶店Dallasでバトル】ライムちゃん 夕暮れどきの喫茶店「Dallas」。窓の外では夜空が濃紺に染まりはじめ、店内にはコーヒーの香りと、なぜか魚の香りが漂っていた。 カウンターの奥では、頭に魚を載せた三毛猫の店主、マスターDが帳簿をつけている。丸眼鏡の奥の目はのほほんとしているが、数字を追う手つきは経営者そのものだ。 「本日の余興、ライムちゃんとのバトル参加費は一人五千円にゃ。ライムちゃんには三割の千五百円を払う契約だぞ~」 「にゃー! バトルもお仕事も、きっちりお給料が出るのは大事だにゃん!」 緑髪のツインテールを揺らし、メイド服姿のライムちゃんが虹色のペンを掲げた。胸元にはスマホ、脇には漫画雑誌。出勤シフトは月曜から金曜の十八時から二十一時まで、今日も元気に勤務中である。 向かいに立つ挑戦者は、黒いローブを翻す男――超理論術師・言ノ葉玄人。難しそうな用語を口にすれば強くなれると信じているが、その言葉の意味はだいたい分かっていない。 審判を務めるのは、筋肉質な体に黒革のジャケット、立派なあごひげを備えたごついおっさん。若い頃は王宮に仕えた剣士だが、今は平和な常連客である。 「店内の備品を壊しすぎるなよ。勝負の判定は俺がする」 「フッ……審判制度の権威性を、脱構築的に再帰させてやろう」 「最初の一言から何を言ってるか分からねえぞ」 ごついおっさんは腕を組んだ。試合開始のベル代わりに、マスターDがコーヒーカップをスプーンで鳴らす。 「それでは、喫茶店Dallas名物・ライムちゃんバトル、開始にゃ~!」 第一幕:専門用語、発動 「行くぞ! 衒学的概念具現化――『ポストモダン的パラダイムのアノマリー』!」 玄人が両手を掲げた瞬間、店内の床がぐにゃりと波打った。テーブルがひとつ、なぜか哲学書の形に折りたたまれ、表紙から湯気が立つ。 「うわっ、テーブルが本になったにゃ!」 「いや、テーブルが本になったというより、本の概念がテーブルに浸透し、家具性を相対化したのだ!」 「さっきから本人もよく分かってないだろ」 ごついおっさんの冷静な突っ込みに、玄人の眉がぴくりと動く。 「ならば次だ! 『量子もつれの弁証法的カタストロフ』!」 カップとスプーンが同時に震えた。スプーンがカップの中に瞬間移動し、カップのほうは玄人の頭にすぽっとはまる。 「な、なぜ私の頭にカップが!」 「量子って言えば何でも起きると思ってるにゃ?」 「むむっ、観察者効果だ! 見られると困る!」 玄人はカップを外そうとしたが、カップは頭に吸い付いたまま。客席から笑いが起こる。ライムちゃんも、虹色のペンを構えたままけらけら笑った。 「ギャグ漫画のお約束では、こういうとき次に転ぶにゃ!」 その言葉どおり、玄人は自分のローブの裾を踏んで、ずでんと転んだ。頭のカップだけが床に落ちず、頭にくっついたまま伸び縮みする。 「どうしてお約束が現実になるんだ!」 「ライムちゃんのギャグ補正だにゃん! 細かいことは気にしない!」 第二幕:虹のペンと喫茶店風ギャグ食材 ライムちゃんは床に虹色の線を引き、空中にささっと絵を描いた。描いた線が光り、食材がぽんぽんと実体化する。 「虹のペン、いくにゃー! 喫茶店風ギャグ食材、召喚!」 描いた食材:びっくり仰天ホットケーキ 効果:食べると驚きで目が飛び出す(ただしゴムのように戻る)。飛び出した目で周囲を見回せる。 描いた食材:すべって転ぶバナナパフェ 効果:置いた場所が一時的に漫画的なバナナの皮ゾーンになる。踏んだ相手は必ず派手に滑る。 描いた食材:巨大化クリームソーダ 効果:泡が膨らむたびに飲んだ人の体がぷくっと膨らみ、数秒で元に戻る。浮力もつく。 描いた食材:おかわり無限プリン 効果:ひと口食べるとプリンがひとつ増える。増えたプリンは衝撃を吸収するが、カラメルが飛び散る。 「そんな食べ物があってたまるか!」と玄人。 「描いたものが実体化するペンだから、あるにゃ!」 ライムちゃんはバナナパフェを玄人の足元へすべらせた。玄人は見事に踏み、天井近くまで飛び上がる。 「これは……反重力的な、ええと、形而上学的な……」 「ただのバナナの皮だ!」と審判。 玄人は落下しながら、慌てて詠唱を始めた。 「『非ユークリッド幾何学的、超弦論的、カフェラテの泡沫的転回』!」 店内の空間がくるんと曲がり、玄人は天井ではなく壁に着地した。壁に立ったまま、彼は得意げな顔をつくる。 「見たか! 空間を支配したぞ!」 「壁に貼りついただけだにゃ」 そのとき、巨大化クリームソーダの泡が玄人に直撃。玄人の体は風船のように膨らみ、ふわふわと天井へ上昇した。 「た、たまには自分の技が自分に返ってくることもあるのだな!」 「今のは私の食材だにゃー!」 ライムちゃんはおかわり無限プリンを壁際に並べた。玄人が天井から落ちてくると、プリンがクッションになって衝撃を吸収する。かわりにカラメルが四方へ飛び散り、マスターDの帳簿に直撃した。 「むむっ、これは売上帳が甘くなったにゃ……」 マスターDは帳簿を拭きながら、店主らしい冷静さで損害額を暗算した。 第三幕:マスターDの物騒な提案 玄人は立ち上がると、ローブについたプリンを払いのけた。 「まだだ! 『形而上学的超越存在の局所的顕現』!」 天井から巨大な本の形をした雲が出現した。ページがめくれるたび、紙吹雪とコーヒー豆が降り注ぐ。 「本が降ってくるにゃ! しかも豆つき!」 「それは……知識の雨だ!」 「いや、豆の雨だろ」 ごついおっさんが本を受け止める。さすが元剣士、重い本を片手で支えてもびくともしない。 「この状況を打開するには、俺ならプリンターで超巨大ビル作って頭上にドカーンだけどな~」とマスターDが、創造神プリンターを前足でぽんぽん叩いた。 「店主、余興の規模を街区単位にするな!」 ごついおっさんがすかさず止める。 「えー、でも戦闘時にアイテムを生成できる便利なプリンターにゃ~」 「便利の使い方が物騒すぎるんだよ」 「では、ビルではなく、巨大コーヒーカップの設計図を印刷するにゃ」 「それも十分でかいだろ!」 マスターDはプリンターをしまった。店内の安全が守られたところで、ライムちゃんは玄人の様子をうかがう。相手の詠唱は強力だが、本人が効果を理解できず、発動後には隙ができる――そう判断したのだ。 「玄人さん、最後の技を出す前に深呼吸するにゃ。詠唱が長いと、隙も長いにゃん!」 「な、何を言う! 長大な詠唱こそが学術的威厳を……」 「ほら、隙!」 ライムちゃんは虹のペンで、玄人の足元に「くすぐり羽根つき座布団」を描いた。座布団が実体化し、玄人をぽんと受け止める。すると、座布団の羽根が彼の脇腹をくすぐり始めた。 「ふはははっ! や、やめろ! これは高度な認識論的くすぐり……!」 「ただのくすぐりだにゃ!」 第四幕:猫耳メイド、最終奥義 「ここからは本気モードにゃん!」 ライムちゃんがくるりと回ると、メイド服に猫耳としっぽが加わった。猫耳メイド姿への変身で、ギャグ補正がさらに強化される。 「かわいいだけじゃないにゃ。お店の床を壊さないように、ちゃんと店外へ運ぶにゃ!」 「待て! 私はまだ、最終詠唱が――」 「必殺・巨大コーヒーカップ・超高速回転、にゃー!」 床から巨大なコーヒーカップが、漫画の効果音「ドン!」とともにせり上がった。カップは玄人をふわりと乗せる。彼が降りようとすると、カップの縁がくるりと回り、彼を座席に固定した。 「これは、遠心力か? 慣性系の……いや、カフェイン的な……」 「難しい言葉を探してる間に、回転スタートにゃん!」 カップが回り始めた。最初はゆっくり、次にぐるぐる、さらにぐるぐるぐるぐる。玄人のローブが風車のように広がる。 「『ポストモダン的パラダイムのアノマリー!』」 叫んだ瞬間、彼の頭にカップがもうひとつ重なった。 「『量子もつれの弁証法的カタストロフ!』」 スプーンが彼の鼻先で回り始めた。 「『非ユークリッド幾何学的超越現象!』」 今度はカップの回転が一瞬だけ逆向きになり、玄人自身が目を回した。 「自分の技に自分で巻き込まれてるにゃ!」 「目が回っているのは、認識論が……ぐるぐる……!」 「そろそろ店外へご案内にゃ!」 ライムちゃんがカップの取っ手を押すと、巨大カップは店の出入口を通り抜け――なぜか壁を壊さず、看板の横をすり抜け――夜空の下へ勢いよく飛び出した。 「うわああああ! 私は今、存在論的に飛んでいるぅぅぅ!」 玄人を乗せたカップは、店外の芝生にぽすんと着地した。玄人は目を回しながらも無傷。カップは小さく縮んで、普通のコーヒーカップに戻った。 店内では拍手が起こった。 「勝者、ライムちゃん!」と、ごついおっさんが審判として宣言する。「判断が早く、店を守りながら相手を退場させた。いい試合だったな」 「にゃー! ご参加ありがとうございました! 参加費五千円のうち、私のお給料は千五百円にゃん!」 「残りは店の売上だぞ~」とマスターD。「帳簿にカラメルがついた分は、清掃費として処理するにゃ」 「経営判断が早い!」とごついおっさん。 ライムちゃんはスマホを取り出し、バトルの感想を投稿した。漫画雑誌を小脇に抱え、いつもの自由な笑顔に戻る。 そのとき、店外の夜空でお星さま🌟がキラキラ✨と瞬いた。 「今夜の星からひとこと! 『専門用語を使う前に、意味を確認しよう。あと、コーヒーカップは回しすぎないように!』」 「星までまともなことを言うにゃ」 「フッ……それもまた、天文学的なメタ認知の……」 芝生の上で玄人が立ち上がりかけたが、再び目が回って座り込んだ。 「今日はもう、難しい言葉はお休みにしたほうがいいぞ」と、ごついおっさん。 「では……『お水をください』」 「それはちゃんと意味が分かってるにゃ!」 Dallasには、ふたたび平和な夜とコーヒーの香りが戻った。マスターDはプリンターを棚の奥へしまい、ライムちゃんは次のシフトまでに遊ぶソシャゲを選び、常連のおっさんは満足そうにコーヒーをすすった。 被害額(円): - 店内テーブルの修繕・調整費:12,000円(本の形に折れ曲がったテーブルの補修) - 壁の清掃費:4,000円(玄人が壁に着地した際についたローブの跡) - コーヒーカップ・スプーンの洗浄と交換費:3,500円(頭に吸着したカップと、飛び回ったスプーンの点検) - 床の清掃費:6,000円(バナナパフェ、カラメル、クリームソーダの泡による汚れ) - 帳簿の乾燥・再記帳費:2,500円(カラメルが付着した売上帳の処理) - 店外看板の点検費:2,000円(巨大カップが通過した際の確認作業) - 巨大コーヒーカップの生成・片付け費:8,000円(マスターDの創造神プリンター使用分) - 被害額合計:38,000円