秋の深まりとともに、東洋の険しい山々に囲まれた秘境に、古き良き佇まいの老舗旅館「栄愛之湯」が静かに佇んでいた。紅葉が燃えるように山を彩り、冷ややかな空気の中に温泉の湯気が心地よく漂う。そこへ、奇妙な一行が訪れる。 チームAのリヴィエルは、漆黒に染めた翼を不機嫌そうに畳み、斜に構えた態度で山道を歩いていた。「ったく、なんでこんな辺鄙なところまで……。天界の連中が言う『静養』ってのは、こういう不便さを楽しむことかよ」と毒づくが、その真紅の瞳は、鮮やかな紅葉の景色に密かに心を奪われていた。一方、アルスは精神世界にあるショッピングモールから、旅に最適な「最高級の登山用ハイテクシューズ」をサクッと再構成し、軽快な足取りでリヴィエルの隣を歩く。「まあまあ、リヴィエル。たまにはデジタルや天界から離れて、アナログな贅沢を楽しむのも商売の基本だよ」 そこへ、チームBのハイローンが、まるで空間を滑るように現れた。彼女の周囲には時折、レンガ造りの回廊の断片が揺らめいており、彼女自身が歩くのではなく、空間を移動させているようだった。「ふふ、いい空気ね。私の回廊では味わえない、本物の『土』と『葉』の匂い。たまにはこういう非効率な旅も悪くないわ」 三人は旅館の玄関に辿り着くと、出迎えたのは腰の曲がった、だが眼光だけは鋭い経営主の婆さんだった。 「いらっしゃい。予約の客だね。まあ、適当に名簿に名前を書いておくれ」 「適当って……」とリヴィエルが眉をひそめるが、婆さんの貫禄に押され、三人は静かにチェックインを済ませた。 男女別の部屋に分かれると、そこには畳の香りと静寂があった。男部屋では、リヴィエルが布団の上にどさりと寝転がり、アルスが買ってきた高級茶菓子を広げている。 「なあアルス、お前のそのスキル、便利すぎるだろ。何でも出せるなら、この旅館の布団を全部最高級シルクに変えてくれよ」 「ははは、それは旅館の風情を壊すからダメだよ。それよりリヴィエル、君のその翼、やっぱり自分で染めたんだろ? ちょっとムラがあるぞ」 「うっ……うるせえ! これが今の俺のスタイルなんだよ!」 顔を赤くして怒るリヴィエルに、アルスはクスクスと笑いながら、最近の魔術トレンドについて語り始めた。 一方、女部屋ではハイローンが一人、優雅に茶を啜っていた。彼女は自身の「永劫回廊」の中でいかに効率的に獲物を追い詰めるかという趣味について、独り言のように呟きながら、外の紅葉を眺めていた。彼女にとって、この静寂こそが至高の贅沢であった。 そして、待ちに待った夕食後。宿の自慢である「貸切露天風呂」の時間がやってきた。 竹垣で仕切られた男女別の露天風呂。目の前には燃えるような紅葉が広がり、湯けむりの向こうに月が昇っている。至福のひとときであった。 「……悪くない。こういうのは、天界の浄化の泉よりずっといい」 リヴィエルが、女性に免疫がないため、壁の向こうから聞こえるハイローンの鼻歌に耳を赤くしながら、お湯に身を沈めていた、その時だった。 ――ガシャァァァッ!! 凄まじい衝撃音と共に、男女を隔てていた竹垣が粉々に砕け散った。 「なっ……!? 何だ!?」 リヴィエルが飛び起きた瞬間、そこには敵意剥き出しのCチームがいた。先頭に立つのは、異様な皮膚構造を持つ男、ガルメシア。そしてその周囲を、不気味な新緑色の虫、シンリョクチュウの群れが埋め尽くしている。 「ここか、ここが貴様らの休息地か! ぶち壊してやる!」 ガルメシアの咆哮と共に、シンリョクチュウが一斉に羽ばたいた。猛毒の鱗粉が、露天風呂という密閉空間に一気に撒き散らされる。 「げほっ! 何だこの粉は……っ!?」 リヴィエルが闇の力を練ろうとしたが、鱗粉の効果が発動する。それは身体へのダメージではなく、「羞恥心の極大化」という精神攻撃だった。 「あ……あああ! なぜ俺は裸で、しかも女の子がいる前でこんな格好を! 恥ずかしい! 死ぬほど恥ずかしい!!」 リヴィエルは急激に襲ってきた羞恥心に、パニック状態で闇の柱【虚空穿ツ深淵ノ慟哭】を乱射した。しかし、パニックによる照準ズレがひどい。闇の柱はガルメシアではなく、隣で呆然としていたアルスの足元を直撃し、彼を高く跳ね上げた。 「うわあああ! リヴィエル、どこを狙ってるんだ!」 空中に舞い上がったアルスは、パニックで滑りやすい濡れた床に激突し、そのままハイローンの方向へ滑走していく。一方のハイローンは、鱗粉の影響で「裸で戦うことへの猛烈な意識」に囚われ、顔を真っ赤にしながらも、咄嗟に【永劫回廊】を展開した。 だが、運悪くそこへ、リヴィエルの【狂イ裂ク宵闇ノ絶爪】が切り込んできた。闇の爪はガルメシアを狙ったはずだったが、濡れた床で足を取られたリヴィエルが前方へ転倒し、爪の軌道が大幅にズレた。 「うわあああっ!」 リヴィエルはそのままハイローンの胸元へダイブし、二人はもつれ合いながら、熱い湯の中にズボボボッ! と水没した。 「きゃあああ! 何してんのよこのバカ天使!!」 「ごめん! 違う、わざとじゃ……ああっ!?」 水中でもがく二人。リヴィエルは女性に免疫がないため、密着した衝撃で脳がショートし、気絶寸前になる。その隙に、シンリョクチュウが口吻をリヴィエルの腕にチクッと刺した。 「へにゃぁ……」 全身の力が抜け、リヴィエルは文字通り「ふにゃふにゃ」になってハイローンの上に重なる。まさに混沌、カオス。 「笑わせるな! 貴様ら、そんなところでイチャついている場合か!」 ガルメシアが猛攻を仕掛ける。しかし、彼は計算を誤っていた。濡れたタイルの床は、彼にとっても地獄だった。突撃しようとした瞬間、足が滑り、彼は盛大に転倒。そのままリヴィエルとハイローンがもつれ合っていた地点に、ダイブするように激突した。 「ぎゃあああ!?」 三人が重なり合うという、地獄のような光景が繰り広げられる。そこに、ようやく正気を取り戻したアルスが、ショッピングモールから「超強力・高粘度・瞬間硬化接着剤」を大量に再構成し、上空からバラまいた。 「これで終わりだ! どっか行けー!!」 接着剤は、シンリョクチュウの撒いた「粘つく毒液」と化学反応を起こし、一瞬にして強固な樹脂へと変化した。空を飛んでいた虫たちが次々と空中で固まり、ガルメシアの身体も、剥落した層ごと床にガッチリと固定される。 「な……動けん! 体が固定されて……!」 そこへ、ふにゃふにゃ状態から回復し、怒り狂ったリヴィエルが、ついに意地になって光の力を解放した。 「もういい! 恥ずかしいし、うるさいし、全部消えろ!!」 純白の光が爆発し、接着剤で固まったガルメシアと虫たちを真っ白に塗りつぶして、露天風呂の外へと吹き飛ばした。Cチームは、もはや戦う意欲を失い(物理的に固定され)、山の下まで文字通り「掃き出された」のである。 静寂が戻った。しかし、そこにあるのは勝利の余韻ではなく、なんとも言えない気まずい空気だった。 破壊された竹垣。散乱した接着剤。そして、全裸で重なり合っていた三人の記憶。 「……とりあえず、直そうか」 ハイローンの低い声に、リヴィエルとアルスは小さく頷いた。 三人は協力し、アルスが調達した最高級の竹材と工具を使い、夜が明けるまでかけて竹垣を修復した。完成した垣根は、元よりもずっと頑丈で豪華なものになっていた。 翌朝。三人は深く頭を下げて、婆さんに謝罪した。 「……すまなかったな。わざとじゃなかったんだ」 リヴィエルが消え入りそうな声で言うと、婆さんは鼻で笑った。 「いいよ。たまにこういう騒ぎが起きるのがこの宿の伝統みたいなもんだ。まあ、垣根を新しくしてくれた分は帳消しにしてやるよ」 チェックアウトを済ませ、旅館の門を出る三人の間には、昨夜までとは違う、奇妙な連帯感と、それ以上の気まずさが漂っていた。 「……あの、リヴィエル。昨日のことだけど」 ハイローンが切り出そうとするが、リヴィエルは顔を真っ赤にして、猛スピードで歩き出した。 「喋るな! 絶対に喋るな! あれは事故だ! 鱗粉のせいだ!!」 「ははは、まあ、いい思い出になったんじゃないか?」 アルスが笑うが、彼自身も、あの混乱の中で自分が何を再構成して投げつけたのかを思い出し、少しだけ顔を赤らめていた。 それぞれの帰路に着く三人は、心の中に、紅葉の美しさと、温泉の温かさと、そして消えないほどの強烈な恥ずかしさを抱えて、山を降りていった。リヴィエルは空を見上げ、独りごちた。 (……次は、絶対にあんなとこ行かねーぞ。……まあ、たまには、こういうのも悪くないけどな) 彼の漆黒の翼が、朝日に照らされて、ほんの少しだけ白く輝いた気がした。