第一章:邂逅と静寂の崩壊 灰色のコンクリートに囲まれた巨大なドーム。そこには、国家直属の極秘部隊『K-NIGHT』への入隊を志す、あるいは何らかの理由で集められた約百人の男女がひしめき合っていた。空気は張り詰め、互いに値踏みし合う視線が飛び交う。殺気と緊張が飽和状態にある空間で、場違いなほどに「不運」なオーラを纏った少女が一人、いた。 家内洋太は、 bandages(包帯)だらけの腕をさすりながら、おどおどとした視線で周囲を見渡していた。理高校のオタク部。彼女の趣味は「奇跡の歴史」を収集することだが、本人の人生は奇跡とは程遠い。歩けば転び、空から瓦が落ちてくれば頭に当たり、何もないところで足をくじく。彼女の体は、もはや歩く怪我の標本だった。 「……あうぅ、やっぱりここ、怖そう……」 そんな彼女に、ふわりと柔らかな香りが近づく。視線を上げると、そこには凛とした佇まいの少女が立っていた。理高校の風紀員長、近藤香。病弱さを感じさせる白い肌に、しかし揺るぎない意志を宿した瞳。彼女の手には、装飾の美しい「薔薇の不殺のレイピア」が握られていた。 「大丈夫? かなり……ひどい怪我をしているみたいだけど」 香の声は慈愛に満ちていた。洋太はビクッと肩を跳ねさせたが、その優しさに触れ、少しだけ緊張が解けた。 「あ、えっと……大丈夫です。いつものことなので。あ、私、家内洋太っていいます。オタク部で……」 「私は近藤香。同じ学校ね。不運なことが重なっているようだけど、ここではその精神的な強さが武器になるかもしれないわ」 「ええっ!? 私が強い!? 冗談ですよね、さっきも階段から落ちて捻挫したばっかりで……」 二人が他愛ない会話を交わしていると、突如、ドーム全体に冷徹な機械音が鳴り響いた。 『――受験者諸君。これよりK-NIGHT入隊試験を開始する。個人の能力、武器の使用はすべて許可される。ただし、ルールに反した者は即刻排除する。まずは第一試験へ移行せよ。各自、指定のスタートラインへ』 アナウンスと共に、壁一面に巨大なゲートが開いた。参加者たちが一斉に動き出す。香は洋太に小さく微笑み、そっと肩を叩いた。 「また後で会いましょう。生き残ってね、家内さん」 「あ、はい! 近藤さんも……!」 二人は別々の方向へ歩き出す。洋太は、歩き出した瞬間に自分の靴紐が解けていることに気づき、派手に転んだ。周囲の参加者たちから失笑が漏れる。しかし、彼女はまだ知らない。この「不幸」こそが、理(ことわり)さえも塗り替える最強の武器になることを。 第二章:第一試験――絶望の10km走 『第一試験:身体能力テスト。ここから10km先のゴールまで走り抜けろ。順位50位以内の者のみが合格となる。なお、妨害および協力は自由だ』 号砲と共に、百人の受験者が爆発的な加速で飛び出した。超能力で空を飛ぶ者、身体能力を極限まで高めた者、武器を駆使して道を切り開く者がいた。洋太は……当然、最下位付近だった。 「いってぇ! なんで!? なんで今、石に躓くの!?」 走り始めてわずか1分。洋太は三度の転倒を繰り返し、膝は擦りむかれ、血が滲んでいる。さらに、後方から来た参加者が彼女を「邪魔だ」と蹴り飛ばした。地面を転がり、泥にまみれる洋太。周囲の受験者たちは、彼女を「最弱の獲物」として嘲笑し、蹴落とし合いの道具にしていた。 一方、近藤香は静かに走っていた。彼女は激しい運動をすればすぐに息が切れる病弱な体質だが、その足取りには一切の無駄がない。彼女の周囲には、不可視の「正解」が描かれているようだった。妨害しようとした者が彼女の前に現れるが、なぜか足を滑らせたり、タイミングを誤ったりして、誰も彼女の進路を塞げない。 「ふぅ……。少しペースを上げないと」 香は淡々と、しかし確実に上位へと順位を上げていた。彼女にとって、このレースは「勝つことが確定している」儀式に過ぎなかった。 そして、レース中盤。洋太に最大の不幸が降りかかる。背後から炎を操る能力者が、彼女を焼き尽くそうと巨大な火球を放った。 「あはは! こんなゴミ、先に消えてくれよ!」 火球が洋太を飲み込もうとしたその瞬間。彼女は運悪く、足元の小さな穴に足を嵌めて激しく転倒した。その拍子に、彼女が持っていたオタクグッズの袋が破れ、中から飛び出した大量の「奇跡の歴史」を記したメモが風に舞った。そのメモの一枚が、偶然にも火球の核となる一点に吸い込まれるように張り付いた。 ――その瞬間、理(ことわり)が反転した。 【奇跡】の発動である。度重なる転倒、蹴撃、火球による攻撃。蓄積された「不幸」が臨界点を超え、世界が彼女の都合に合わせて書き換えられた。 ドォォォォォン!! 火球は爆発せず、なぜか「逆流」した。炎は猛烈な勢いで放った本人へと戻り、彼を吹き飛ばした。それだけではない。洋太が転んだ拍子に跳ね上がった石ころが、連鎖反応的に周囲の強者たちの足元を直撃し、次々と彼らが転倒し始めた。物理法則を無視した「幸運な事故」が連鎖的に発生し、最下位にいたはずの洋太が、まるでジェットコースターに乗ったかのような加速で前方へと突き進む。 「えええっ!? なに!? なんでみんな転んでるの!? 助けてー!!」 パニックになりながらも、彼女は「不幸の結果としてもたらされた超加速」により、一気に順位を上げていく。転んで、跳ねて、偶然に誰かの背中を蹴って加速する。その様はもはや走っているのではなく、世界に弾き飛ばされているようだった。 ゴール地点。香は余裕を持って10位前後で通過していた。そしてその後方から、ボロボロで泥だらけ、全身包帯だらけの少女が、猛烈な勢いで転がり込んできた。 「いたたた……。あうぅ……」 結果、家内洋太は48位。ギリギリで合格圏内に滑り込んだ。彼女がどうやってここまで来たのか、周囲の合格者たちは口を閉ざした。あまりに理不尽で、不可解な「幸運(不幸)」だったからだ。 第三章:第二試験――殺戮なきバトルロワイヤル 『第二試験:戦闘能力テスト。残り10名になるまで、参加者同士でバトルロワイヤルを行え。気絶、または降参した者は脱落。ただし、殺害した者は即失格とする』 広大な森林地帯に放り出された受験者たち。第一試験を勝ち抜いた50人は、今や互いを「敵」として認識していた。殺してはいけないが、無力化させればいい。残酷なルールに、多くの者が血走った眼をしていた。 洋太は、森の茂みの中でガタガタと震えていた。 「どうしよう……。私、戦い方なんて知らないよぉ……」 そんな彼女に、三人のグループが襲いかかった。彼らは能力を組み合わせて効率的に相手を落とすチーミングを組んでいた。一人には重力を操る能力、一人には不可視の刃、そしてリーダー格の男が強力な衝撃波を放っていた。 「おい、あそこに弱そうなのがいるぞ。あいつを囮にして、他の強者を釣るのに使おうぜ」 男が衝撃波を放つ。しかし、その衝撃波が洋太に当たる直前、彼女は不運にも足元の腐った木の根に躓いた。身体がぐにゃりと曲がり、衝撃波は彼女の頭上をわずかにかすめて、背後の巨大な岩に命中。岩が崩落し、そのまま襲撃していた三人の上に降りかかった。 「なっ!? なぜこんなところで岩が……!?」 三人組は岩の下敷きになり、絶叫しながら降参した。洋太はただ呆然と、自分の足元を見た。彼女は戦っていない。ただ「不幸」だっただけだ。だが、その不幸が結果として相手の「確実な勝利」を粉砕し、最悪の形で彼らを排除した。 一方、近藤香は静かに森を歩いていた。彼女の周囲には、彼女を狙う者が次々と現れたが、誰も彼女に触れることはできなかった。彼女が口を開くたび、運命が固定されるからだ。 「私は持っているわ勝算。説明するわ、対戦相手の敗因」 彼女の前に立ちふさがったのは、第一試験で上位に入った屈強な武闘派の男だった。彼は自信満々に拳を構え、超速の連撃を繰り出す。 「ガキが! そのレイピアで何ができる!」 香は静かに告げた。 「あなたの勝算は、圧倒的な筋力と速度による速攻。けれど、敗因は『足元の不整合』。そして私の勝算は、あなたが自らバランスを崩し、私の剣先があなたの頸動脈に触れること」 確定した未来。男の拳が届く直前、彼は不可解なことに、自分の足がもつれた。地面には何もなかった。だが、「敗因」が確定した以上、彼は必ず転ばなければならない。男が派手に転倒し、その隙に香のレイピアが、彼の一ミリ横で止まった。 「……降参して。これ以上は危ないわ」 「……クソッ! なんだこの能力は!!」 男は絶望と共に脱落した。香の能力【勝算と敗因】は、相手がどれほど理外の力を持ち、どれほど正当な攻撃を仕掛けようとも、彼女が宣言した「敗因」を絶対的な真実として上書きする。 戦いは激化し、ついには洋太と香、そして残り数人の強者たちが対峙することになった。最後の一人は、空間を切り裂く能力を持つ冷酷な青年だった。彼は、洋太を「不快なバグ」のように扱い、空間ごと彼女を消し去ろうとした。 「消えろ。不潔なゴミが」 空間切断。本来なら回避不能の攻撃。しかし、その瞬間、洋太に最大級の不幸が訪れた。彼女が持っていた水筒の蓋が突然壊れ、中身が彼女の服にぶちまけられた。冷たい水に驚いた彼女が「ひゃあああ!」と激しく身をよじった。その拍子に、彼女の体は物理法則を無視して空間の「裂け目」をすり抜けた。そして、彼女が転んだ拍子に蹴り上げた小石が、青年が展開していた空間の「核」に命中。共鳴した空間が暴走し、青年自身が自分の能力の衝撃で吹き飛ばされ、気絶した。 「……え? 私、勝ちました?」 絶望的な状況になればなるほど、それを上回る「奇跡」が起きる。洋太の不幸は、もはや宇宙的なレベルの因果律操作に達していた。 第四章:第三試験――個の深淵、面接 最終段階。生き残ったのはわずか十名。彼らが向かったのは、白一色の部屋だった。ここでは戦闘ではなく、精神的な適性が見られる。面接官は、感情のない表情をしたK-NIGHTの幹部だった。 洋太の面接は、混沌としていた。 「家内洋太。君の能力は【奇跡】とのことだが、これは制御可能なものか」 「いえ! 全然ダメです! むしろ、お願いだから止まってほしいです! さっきも椅子に座ろうとしたら脚が折れて、面接官さんの足に私の靴が当たっちゃって……ごめんなさい!!」 面接官は無表情だったが、内部的には驚愕していた。彼女の周囲で起きる現象は、単なる偶然ではない。確率論を完全に破壊し、結果を強制的に導く「特異点」のような力だ。しかも、本人がそれを「不幸」として享受しているため、精神的な負荷が極めて少ない。これは極秘部隊にとって、最高の「不確定要素」となる。 一方、香の面接は、静謐な時間だった。 「近藤香。君の能力はあまりに強すぎる。だが、平和主義を掲げながらこの部隊に入りたい理由は何か」 「……争いを止めるには、圧倒的な『答え』が必要です。誰にも覆せない勝算を提示することで、無駄な流血を最小限に抑えたい。それが私の願いです」 彼女の言葉に嘘はなかった。病弱でありながら、未来を繋ぎ、敗因を確定させる。彼女は「戦わずに勝つ」ための最高の駒だった。 第五章:審判の時 全試験終了後。合格者が一堂に会した。 『合格者の発表を行う。合格者は、以下の通りである』 モニターに名前が並ぶ。そこには、家内洋太と近藤香の名があった。 『また、あわせて君たちの実力が、部隊全体の上位何%に位置するかを提示する』 【近藤 香:上位 0.1%】 【家内 洋太:上位 0.01%(測定不能な特異点)】 ざわつく合格者たち。特に洋太の数値に誰もが目を見開いた。あんなに情けなく、ボロボロだった少女が、部隊全体の中でもトップクラスの評価を得ているとは。 『合格者には、個別の特性に合わせた専用武装と、コードネームを授与する』 香に与えられたのは、彼女のレイピアをさらに昇華させた、因果を裁定する白銀の細剣。そしてコードネームは―― 「コードネーム:『アイテール』。天上の空気を司る者として、君に相応しい」 そして、洋太に与えられたのは、見た目はただの古びた「幸運のコイン」と、あらゆる衝撃を吸収しつつ不運を加速させる特殊な包帯スーツ。コードネームは―― 「コードネーム:『アポフェニア』。無意味なデータの中に意味を見出す、錯覚の化身」 「あ、アポフェニア……? なんか、かっこいい名前ですね!」 洋太は嬉しそうに笑ったが、その直後、もらったばかりのコインを指から滑り落とし、それが跳ねて自分の鼻に当たった。相変わらずの不幸ぶりに、隣でアイテール(香)がクスクスと笑みをこぼしていた。 エピローグ:K-NIGHTの日常 入隊から一ヶ月。K-NIGHTの基地内では、ある「伝説」が語られていた。最高効率で任務を遂行するアイテールと、彼女に付き添う「歩く災害」アポフェニアのことだ。 「ああっ! また書類を全部ぶちまけちゃったー!!」 作戦室に洋太の悲鳴が響く。しかし、ぶちまけられた書類が偶然にも床に散らばった形は、敵陣地の完璧な弱点マップを形成していた。それを目にした司令官は、「なんと完璧な分析を!」と感銘を受けていた。 「ふふ、やっぱり洋太さんはすごいわね」 香は、お茶を飲みながら穏やかに微笑んでいる。彼女は知っていた。洋太の不幸が極まれば極まるほど、世界は彼女に最高の「正解」を差し出すことを。そして、その予測不能な奇跡こそが、自分という「確定した正解」を唯一補完してくれるパズルであることに。 「香さん! 助けてください、エレベーターに服が挟まって出られませんー!!」 「今行くわね、アポフェニア」 不運の少女と、運命を操る少女。正反対の二人は、国家の闇を担う最強のコンビとして、今日も理外の戦場へと赴くのである。 --- キャラクター設定まとめ 家内 洋太(かない ようた) - コードネーム: アポフェニア(Apophenia) - 役割: 特異点・撹乱・逆転の切り札 - 能力: 【奇跡】。極度の不幸体質であり、不利な状況(不幸の蓄積)になればなるほど、理外の現象を引き起こし、都合の良い結果を強制的に作り出す。正攻法の攻撃はすべて「偶然」で回避し、相手の「確信」を「不運」で破壊する。 - 武装: 特殊包帯スーツ&幸運のコイン 近藤 香(こんどう かおる) - コードネーム: アイテール(Aether) - 役割: 戦略立案・絶対的制圧・調停者 - 能力: 【勝算と敗因】。戦闘前に「勝算」と「敗因」を宣言することで、それを確定した事象として固定する。一度確定した結果は、いかなる権能やバグをもってしても覆せない絶対的な決定権を持つ。 - 武装*: 薔薇の不殺のレイピア(因果裁定剣)