【喫茶店Dallas・午後のひととき】 チリンチリン、とドアベルが鳴った。 ライムちゃん「いらっしゃいませー! 喫茶店Dallasへようこそ、にゃー! ……って、あれ? なんだか入口に、少女漫画の表紙みたいなキラキラが集まってる!」 小桜小町「ううっ……曲がり角で、転校生のイケメンとぶつかるはずだったのに……! 勢いよく曲がったら、そこにあったのは喫茶店の看板。私はそのまま転んで……気づいたら幽霊になっていたのよ!」 レモンちゃん「登場から事故の説明まで一息! あと、転校生との衝突イベントを看板で代用しないでください!」 小町「青春を返してよぉぉ! 私の恋の始まりはどこに行ったのぉ! 結婚に憧れて、料理だって練習してたのに!」 ライムちゃん「まあまあ、まずは落ち着いて座って! 幽霊さん用の席は……ここかな? 椅子を通り抜けちゃうなら、床に座るのもありだよ。にゃん!」 小町「優しい……! でも、私、床にも座れないわ!」 ライムちゃん「じゃあ、この漫画の上にふわっとどうぞ! 新刊のギャグ漫画だから、ページをめくるたびに笑顔になれるよ。✧(≖ ◡ ≖✿)✧」 レモンちゃん「本を座布団扱いするのはどうなの、お姉ちゃん。……いえ、幽霊だから本を傷めないのか。そこは合理的ですね」 カウンターの奥から、頭に魚を載せた三毛猫のマスターDが、丸い眼鏡をくいっと上げた。 マスターD「いらっしゃいませ。魚は本日の飾りです。メニューではありませんので、ご安心を」 ごついおっさん「飾りと言いながら、魚がこちらを見ている気がするな……。まあ、今日は平和にコーヒーを飲むだけだ」 ライムちゃん「おっさん、魚さんと目が合ったの? すごい! 目と目で通じ合う、魚類コミュニケーションだね!」 ごついおっさん「いや、魚が頭の上で横向きになっただけだ。……この店は、何気ない会話がいつも妙な方向へ転がるな」 小町「みんな、普通に私とお話ししてくれるのね。幽霊だってわかったら怖がられると思っていたわ」 レモンちゃん「怖がる前に、注文を聞くのが喫茶店の仕事ですから。小町さん、何か召し上がりますか?」 小町「幽霊でも食べられるものってあるの?」 マスターD「当店には、香りを楽しむだけの『ふわふわミルクティー』がございます。飲んだ気分になれる、心にやさしい一杯です」 ライムちゃん「それと、私のおすすめは虹色グミ! 食べると味がランダムで変わるんだよ。今日はメロン味、明日はたぶん宇宙味!」 レモンちゃん「宇宙味って何ですか。真空の味?」 ライムちゃん「それは食べてからのお楽しみ、にゃー!」 小町「じゃあ、ふわふわミルクティーをお願い。それから、虹色グミも一つ。せっかくだから、私も新しい出会いに挑戦してみるわ!」 ライムちゃん「了解! 私はいつものアイスコーヒーと、グミを半分もらおうかな。あと、漫画の続きも読みたい!」 レモンちゃん「私はレモンソーダと、焼きたてのクッキーをお願いします。接客中なので、漫画はあとでです」 ライムちゃん「えーっ、今ちょうど主人公が転校生と曲がり角でぶつかるところなのに!」 小町「えっ?」 ごついおっさん「おい、ライム。漫画を小町さんの目の前で開くのは、ちょっと気まずいんじゃないか」 ライムちゃん「だ、大丈夫! これはフィクションだから! 現実の曲がり角は危険です、っていう教訓にもなるよ!」 レモンちゃん「その理屈で漫画を読み続けるの、無理があります!」 マスターD「では、皆さんの注文を用意しましょう。ライムさん、虹色のペンでグミを描いて増やすのはお控えくださいね。会計は実際にお出しした分でお願いいたします」 ライムちゃん「はーい! 今日は増やさないよ。たぶん!」 レモンちゃん「その『たぶん』が一番心配なんです」 小町「ところで、恋の魔法少女だった頃は、恋心の力で悪者を成敗していたの。でも今は……恋文を飛ばす相手もいないし、運命の出会いもないし……」 ごついおっさん「恋文なら、まずは相手の顔を見て渡すところからだな。幽霊になった今でも、話し相手はいる」 小町「そうね……。皆さんに会えたのも、ひとつの出会いかしら」 ライムちゃん「うんうん! 喫茶店で隣になった人と漫画の話をするのも、立派な出会いだよ。はい、これ貸してあげる! 猫が喫茶店を経営するギャグ漫画!」 マスターD「猫が喫茶店を経営する……。なかなか現実味のある題材ですね」 レモンちゃん「頭に魚を載せた猫が店主の時点で、現実味はだいぶ遠くへ行ってます」 マスターD「魚は店の看板として、非常に有能です」 ごついおっさん「看板の魚が、今度はコーヒー豆の袋を見ているぞ」 ライムちゃん「魚さんもコーヒーが気になるのかな? でも飲んだら、魚拓みたいな顔になっちゃうかも!」 レモンちゃん「魚拓みたいな顔って、そもそもどんな顔ですか!」 マスターDは手際よく飲み物とお菓子を並べた。小町の前には、湯気だけがふんわり立つミルクティーと、淡く光る虹色グミが置かれる。 小町「わあ……本当に、香りだけで飲んだ気分になれそう。グミもきれいね」 ライムちゃん「ひと粒どうぞ! 味は……あっ、私が食べたほうはレモン味! レモンちゃんの名前とおそろいだね!」 レモンちゃん「それは偶然です。……でも、ちょっと嬉しいです」 小町「私のは……いちご味! 甘くて、なんだか初恋みたい」 ごついおっさん「そのグミ、味で恋愛運まで占えるのか?」 ライムちゃん「占えないよ! でも、漫画の主人公ならここで『運命の味だわ!』って言うところ!」 レモンちゃん「現実と漫画の境界線を、グミ一粒で溶かさないでください」 小町は漫画を開き、ページをめくった。ちょうど主人公が曲がり角から飛び出してきたところで、喫茶店のドアが風に押されて、ちりんと鳴る。 小町「ひゃっ! 今度こそ転校生が来たの?」 ライムちゃん「ただの風だよー!」 小町「……そうよね。ちょっと期待しちゃった」 レモンちゃん「期待するのは自由です。でも、店のドアに恋愛イベントを期待しすぎると、風の日ごとに失恋しますよ」 小町「それは困るわ……。じゃあ、次に誰かが来たら、まずは普通に『いらっしゃいませ』って言うことにする!」 ごついおっさん「いい心がけだ。出会いは急がなくても、日々の会話の中にある」 ライムちゃん「名言だー! 今の、漫画のふきだしに書いておこうかな!」 レモンちゃん「お客さんの発言を勝手に作品へ載せない!」 マスターD「皆さんのおかげで、店内が明るくなりました。小町さんも、またいつでもお越しください」 小町「ありがとう。ここに来てよかったわ。恋の始まりはなかったけれど、楽しいおしゃべりができたもの!」 ライムちゃん「また来てね、にゃん! 次は恋愛漫画の続きを一緒に読もう!」 小町「ええ。今度は曲がり角で転ばないように、まっすぐ来るわ!」 レモンちゃん「それが一番です!」 ごついおっさん「……平和な午後だな。看板も倒れず、魚もコーヒーを飲まず、誰も曲がり角で転んでいない」 マスターD「本日の営業としては、大変よい結果です」 ライムちゃん「じゃあ、みんなで最後にグミをもう一粒! 私は宇宙味に挑戦!」 レモンちゃん「宇宙味はまだ出ていません!」 ライムちゃん「出るかもしれないよ! にゃー!」 店内に笑い声が広がり、喫茶店Dallasの午後は、いつもどおり平和に過ぎていった。 【小町さんがお店を出る際の注文・お会計】 - ふわふわミルクティー(香りを楽しむ一杯):400円 - 虹色グミ(1個):100円 - 合計支払金額:500円