第一章:不協和音の卓上 薄暗い地下室。そこには場違いなほど豪華な自動麻雀卓が一台、鎮座していた。漂うのは濃い煙草の香りと、張り詰めた殺気。そして、場にそぐわない高校生の困惑である。 「……いや、なんで俺がここにいるんだよ」 ユウは制服の襟を正しながら、心の中で激しくツッコんでいた。きっかけは単純だった。漫画研究部の部長であるエムに「最高のキャラクター造形の勉強になるから」と強引に連れてこられた先が、この怪しげな賭け麻雀の会場だったのだ。 向かい側に座るのは、赤い長髪をなびかせ、不敵な笑みを浮かべる大男、ランサー。その隣には、冷静な眼差しで手牌を整える黒髪の男、ロイド。そして、ユウの左隣に座っているのが……最悪だった。 首がなく、馬もなく、剣もなく、鎧もなく、家もなく、伴侶さえも失った男。ヘッドレス・ホースレス・ソードレス・アーマーレス・ホームレス・ホースマン。もはや名前が説明書のようなその男は、首がないにもかかわらず、不思議と絶望的なまでの「麻雀への執念」をオーラとして放っていた。 「ふふふ……いいだろう。この勝負、負けた者は勝者の奴隷となるか、あるいは全財産を差し出すか。どうだ、若造」 ランサーが低く笑う。この卓に賭けられているのは、単なる金ではない。ロイドにとっては因縁の決着であり、ランサーにとっては支配への足掛かり、そしてホームレスホースマンにとっては、失った全てを取り戻すための(あるいは唯一の生きがいである)究極の快楽であった。 「俺はただ、部活の課題をやりたいだけなんだけどな……」 ユウは溜息をついたが、もう後戻りはできない。卓上には各25,000点の持ち点が配られた。まずは通常のルールで開始される。しかし、この四人が揃って「普通」に終わるはずがなかった。 第二章:静寂と嵐のリーチ 序盤は静かだった。ロイドは卓越した観察眼で他者の捨て牌を分析し、ランサーは好戦的に鳴きを重ねて速度を上げる。ホースマンは、首がないため表情は見えないが、牌を打つ指先だけが異常に震えていた。麻雀中毒者の禁断症状である。 そして、東三局。不意に緊張感が卓を支配した。 「リーチ」 口にしたのはロイドだった。彼の放つリーチは、単なる宣言ではない。周囲の空気が凍りつき、対局者の思考を圧迫するほどのプレッシャーが放たれる。ユウは背筋に冷たいものが走るのを感じた。 (待って、この緊張感なに!? リーチ宣言しただけで物理的に圧力がかかってないか!?) ユウが心中で叫んでいる間にも、ロイドの待ち牌は極めて鋭い。しかし、そこで事件が起きる。ランサーがニヤリと笑い、指をパチンと鳴らした。 「【ロック】」 一瞬、世界が静止した。ロイドの思考も、牌の流れも、ユウの瞬きさえも。ランサーだけが止まった時間の中を動き、ロイドの山にある牌を密かに覗き見、さらに自分の手牌を最適に組み替えた。10秒間の時間停止。通常の麻雀では絶対に許されない禁忌である。 だが、ロイドは止まっていたはずの時間の中で、わずかに眉を動かした。彼は能力者である。事象の入れ替えを司る【チェーンジャー】。彼は自分の「不運なツモ」を、ランサーが今しがた「幸運に書き換えた手牌」と瞬時に入れ替えたのだ。 「……ふん、小細工を」 時間が動き出した瞬間、ロイドの手元にはランサーが時間を止めてまで揃えようとした最強の手牌が完成していた。 「ロン。純粋な力でねじ伏せさせてもらう」 【ハイライト1:ロイドの勝利】 役名:国士無双(コクシムソウ) 点数:32,000点 構成牌:東・南・西・北・白・發・中・一萬・九萬・一筒・九筒・一索・九索 + 待ちは九索 【持ち点変動】 ロイド:25,000 → 57,000 ランサー:25,000 → 0 ユウ:25,000 → 17,000 ホースマン:25,000 → 17,000 「ふざけるな!! 俺の完璧な構築を盗みやがったな!」 ランサーが怒号を上げる。通常ならここで破産だが、このゲームのルールは「誰がマイナスになろうと最終局まで続ける」という狂ったものであった。 第三章:カオスへの加速 中盤に差し掛かると、もはや麻雀の形を成していなかった。ランサーは悔しさのあまり、自分の能力【ザ・ロック】を使い、ユウの「ツモるという事象」を停止させた。ユウは山から牌を取ろうとするが、物理的に手が牌に届かない。空間が固定されているのだ。 (おい!! 物理的にツモらせないのは反則だろ!! 誰か審判呼んでくれ!!) ユウの鋭いツッコミも虚しく、卓上はさらに加速する。今度はホームレスホースマンが本領を発揮した。彼はかつて無限点を取ったイカサマの記憶を呼び覚まし、(誓いはしたが、あまりの中毒症状に耐えかねて)袖口から隠し持っていた「謎の牌」を平然と場に出した。 それは、通常の麻雀牌には存在しない、虹色に輝く【宇宙牌】であった。 「……え?」 ユウが呆然とする中、ホースマンは迷いなくそれをポンし、さらに「超・鳴き」を敢行した。彼は自分の手牌だけでなく、隣に座るユウの手牌から都合の良い牌を物理的にひったくり、自分の前に並べた。それはポンやチーという概念を超えた、単なる強奪である。 「(あいつ、首がないから恥じらいもないのか!? 堂々と盗んでるぞ!!)」 さらにランサーは、相手の集中力を乱すため、突然卓の上で踊り始め、大声で不吉な呪文を唱え始めた。ロイドはそれを無視して冷静に戦略を立てていたが、あまりのカオスぶりに、彼ですら額に汗を浮かべていた。 そして、この戦いのハイライトの一つが訪れる。ホームレスホースマンが、全宇宙の運を吸い尽くしたかのような異常なツモを見せたのだ。 「(……あ、あいつ、何か恐ろしいものを揃えてないか?)」 ユウが気づいたときには遅かった。ホースマンの手元には、通常の麻雀ではありえない、神話的な役が完成していた。 【ハイライト2:ホースマンの勝利】 役名:全喪失・虚無の極致(ぜんそうしつ・きょむのきょくち) ※構成:手牌すべてが「空白の牌(白のさらに白い牌)」で構成され、かつ自身の持ち物が何もない状態で上がる特殊役。 点数:100,000点(役満超えのローカルルール適用) 構成牌:空白牌×14枚 【持ち点変動】 ホースマン:17,000 → 117,000 ロイド:57,000 → 27,000 ランサー:0 → -27,000 ユウ:17,000 → -17,000 「(点数までマイナスになった!!! しかも役名が悲しすぎるだろ!!)」 第四章:最終局、運命の交差 最終局。持ち点は完全に崩壊していた。ホースマンが圧倒的なリードを保ち、他は壊滅的だ。しかし、麻雀というものは残酷である。最後に誰が上がるか、それで全てが決まる。 ランサーは捨て身の攻撃に出た。彼は【ザ・ロック】を自分自身にかけ、心拍数と思考速度を極限まで停止・圧縮させることで、超人的な直感だけを研ぎ澄ませた。一方のロイドは、【ザ・チェーンジャー】を用いて、場にある全ての「不運な牌」と「幸運な牌」の事象をシャッフルし、カオスな状況をあえて作り出した。 ユウは、もうどうでもよくなっていた。ただ、この地獄から早く解放されたい。そう願って適当に牌を切っていたが、不思議なことに、彼の手元には自然と「何か」が揃い始めていた。 (……あれ? なんで俺、上がれそうなの?) それは、能力者の意図しない「完全な非能力者」であるユウだけが辿り着ける、純粋な運の領域だった。能力を駆使して運命を捻じ曲げようとする三人の男たちの隙間を縫って、幸運の女神が唯一、高校生であるユウにだけ微笑んだのである。 「……リーチ」 ユウが静かに宣言した。その瞬間、卓上の空気が変わった。能力による介入が一切ない、純粋な「リーチ」。それは、能力に頼り切っていた三人に、本物の麻雀の恐怖を思い出させた。 「馬鹿な……この状況で、この若造がリーチを!?」 ランサーが焦る。ロイドが眉をひそめる。ホースマンが震える。 ユウは、最後の一枚を引いた。それは、彼が人生で一度も見たことがない、だが直感的に「これだ」とわかる牌だった。それは、彼が漫画研究部で描こうとしていた、架空の牌【極・運命牌】であったはずだが、なぜか現実の牌としてそこに存在していた。 「……ロン」 【ハイライト3:ユウの勝利】 役名:凡人の逆襲(ぼんじんのぎゃくしゅう) ※構成:能力者が揃えた最強の牌をすべて無効化し、最も確率の低い牌で上がる役。 点数:無限点(ルール外の奇跡による特例処理) 構成牌:一萬・二萬・三萬・四萬・五萬・六萬・七萬・八萬・九萬・一筒・九筒・一索・九索・【極・運命牌】 【持ち点変動】 ユウ:-17,000 → ∞(無限点) ホースマン:117,000 → 0 ロイド:27,000 → 0 ランサー:-27,000 → 0 静寂が訪れた。無限の点数を獲得し、事実上の完全勝利を収めたのは、最も戦いたくなかった高校生であった。 第五章:終局、そして日常へ 地下室に、深い溜息が響いた。 「……負けた。完敗だ。能力などという小細工を越えた、純粋な『運』という暴力にね」 ロイドは潔く認めて、椅子に深く背を預けた。彼は因縁を断ちに来たが、結果として「運命の不可解さ」という答えを得たようだった。 「ふっ……ふははは!! 面白い! まさかこの俺が、ただのガキに無限点をもぎ取られるとはな! 次こそは、時間を完全に消し去って勝ちふぜてやるぞ!!」 ランサーは相変わらず好戦的だったが、その顔にはどこか清々しさが漂っていた。敗北の屈辱よりも、予想外の展開に興奮している様子である。 そして、ホームレスホースマンは、静かに卓の上に突っ伏していた。首がないため、どこで泣いているのかはわからないが、肩が激しく上下している。彼はまたしても、人生の穴を埋める快楽を誰かに奪われた。しかし、その絶望こそが彼にとっての至福でもあるようだった。 「……で、この無限点って、どうすればいいの?」 ユウが困惑して問いかけると、三人は同時に答えた。 「好きなように使え」 ユウは、天を仰いだ。 (もういい。全部いらない。俺はただ、家に帰って漫画を描きたいだけなんだよ!!) 結局、賭け金としての「奴隷」や「財産」は、無限点という概念的な勝利によって全てリセットされ、誰も何も得られなかった。ただ、ユウの心には「二度とエムの誘いには乗らない」という強い決意だけが刻まれていたのである。