白熱のアリーナを、幾千もの歓声が揺らしていた。 円形の闘技場。その中央に、四人の戦士が立つ。 抜かれていない剣を腰に携えた椎倉燐。天使の輪と翼を輝かせる愛塚。胸元に♡型の穴が開いた服を着る赤長髪のメイド、柘榴。そして黒衣に身を包み、十字架の鎌を握るココア=チョコレート。 実況席から、桃色の魔法陣と共に少女が飛び出した! 「ずぅえええええええええええ! 始まりましたぁっ! 実況魔法少女サケキちゃん、今日も全力実況ですっ! 解説も私! 観客のみなさぁん、最後まで目を離すなぁぁぁっ!」 歓声がさらに膨れ上がる。 「まずは恒例、意気込みインタビュー! 椎倉燐さん、お願いします!」 燐は静かに周囲を見渡した。表情に熱はない。だが、その瞳の奥には、測り知れない深さがあった。 「意気込み、か。……特にない。俺はただ、目の前に立つものを斬るだけだ」 「ひゃあっ、簡潔! でも重い! では愛塚さん!」 「僕? もちろん全力だよ! 勝ちたいし、みんなとも仲良くなりたいな! あ、でも僕には咲樹ちゃんがいるから、恋人募集はしてないよ!」 観客席から笑いと歓声が巻き起こる。 「好きな人への愛は無限! 強さも無限! これは期待できますっ、どぅわあああああ!」 「次、柘榴さん!」 柘榴は欠伸を噛み殺しながら、胸元の穴から覗く肌を気にも留めず、鎌でもなく剣でもない、細い指をひらひらさせた。 「えー……できれば寝てたいんですけど。先輩に、働けって叱られそうなので。まあ、適当に全員倒します。たぶん」 「たぶんで済ませる雰囲気じゃないですよぉっ!」 柘榴の赤い瞳が、ほんの一瞬だけ四人の立ち位置、風向き、観客席との距離、地面の材質を読み取った。 「……あ、でも本気でやりますよ。私、戦闘中は真剣なので」 「その顔で言われると怖い! 最後はココアさん!」 ココアは鎌を胸の前で抱え、少し震えながら口を開いた。 「えっと……よろしくお願いします。あの、命を刈るのは、できれば避けたいです。原典にも、この試合の結末は……まだ、はっきり書かれていないので」 「優しい死神さんです! でも、その鎌は本物ぉっ!」 開始の鐘が鳴った。 最初に動いたのは愛塚だった。 「いくよっ! ラブリーボム!」 無数のハートが空中に現れ、四方八方へ飛び散った。大小さまざまな光弾が炸裂し、アリーナを桃色の爆炎で包み込む。 しかし、爆発の中心から血の霧が噴き出した。 「【血霧】。……この場所、いただきますね」 柘榴の声と共に、霧が地面を覆う。石床が赤い液体へ変わり、空間そのものが歪んだ。爆炎の軌道がねじ曲がり、愛塚のハートが互いにぶつかって連鎖爆発を起こす。 「わわっ!」 愛塚は翼を広げ、爆風をまともに受けながらも突き抜けた。 「ラブパンチ!」 拳が柘榴の腹部を捉える。だが、拳が触れた瞬間、柘榴の身体は液体へ変わった。衝撃は血の波紋となり、彼女の輪郭を崩しただけだった。 「【循環】です。惜しいですね」 血液が跳ね、空中で無数の槍へ変わる。 「どぅわあああああ! 愛塚選手、すさまじい突進! 柘榴選手は液化で完璧に受け流したぁっ! 攻撃を受けているのに、まるで最初から見えていたかのようです!」 愛塚は翼で槍を弾きながら、光線を収束させた。 「ラブリーインフィニティ!」 指で作ったハートから、極太の光線が放たれる。柘榴は地面を血へ変え、座標をずらした。光線は彼女のいた場所を貫き、遠くの防壁を粉砕する。 「おおっとぉ! 必殺技が外れたぁっ!」 「外れたんじゃなくて、外されたんですよ」 柘榴の背後から、低い声がした。 燐が立っていた。 鞘に収まった剣。そのまま一歩踏み込むだけで、血の霧が左右へ割れる。柘榴は瞬時に血の壁を幾重にも展開した。 燐の鞘が、壁に触れた。 斬撃はなかった。 それでも血の壁は、切断されたように静かに崩れ落ちた。 「……抜いていないのに?」 柘榴の目が細まる。 「剣は、抜く必要がない時もある」 燐の踏み込みで大地が裂けた。柘榴は液化して逃れ、血の針を全方位から放つ。燐は鞘を一閃させ、針の軌道だけを断った。針は無傷のまま、彼の前で力を失う。 そこへ黒い風が走った。 「すみませんっ!」 ココアが鎌を振る。死の色を帯びた刃は、燐の命ではなく、彼の足元の影だけを選択して刈り取った。 影が消えた瞬間、燐の身体がわずかに沈む。 「対象を選んで、動きを止めたぁっ! ココア選手、命を刈らずに戦況を動かすぅ!」 「死神の鎌は、選択したものだけを刈れます。だから……あなたの身体そのものは、刈っていません!」 愛塚がその隙を逃さない。 「ラブキック!」 光をまとった蹴りが燐を吹き飛ばす。燐は空中で姿勢を立て直し、着地。床が大きく沈み込んだ。 「効いたかな?」 「効いている。だが、まだ終わっていない」 燐は愛塚へ向かう。愛塚も拳を握った。 「じゃあ、もっといくよ!」 二人の拳と鞘が交差する。衝撃が連続してアリーナを揺らした。愛塚の攻撃は速く、重く、当たるたびに燐の制服を裂く。だが燐の鞘打ちは、肉体だけでなく攻撃の勢いそのものを断ち切った。 愛塚は吹き飛ばされ、背中から壁へ激突する。 翼が砕け、輪が明滅した。 「愛塚選手、強烈な一撃ぃっ! しかし、まだ立ち上がる! あの再生力、まさに底なしだぁ!」 愛塚はゆっくり立ち上がった。砕けた翼が光の粒となり、瞬時に再生する。 「僕は、好きな人に会うまで絶対に倒れないって決めてるんだ。だから……ここで折れるわけにはいかない!」 彼のオーラが膨れ上がった。 その瞬間、柘榴が指を鳴らした。 「【血税】」 アリーナ全域の生物から、血の所有権が剥奪される。ココアの指先が青ざめ、愛塚の身体から力が抜けた。燐でさえ、わずかに呼吸を乱す。 「血って、便利なんですよ。命の中にある限り、ね」 柘榴の周囲に、巨大な血の兵団が立ち上がった。かつて血を奪われた者たち、その全盛期を模倣した操り人形。数は増え、増え続け、アリーナを埋め尽くす。 「血軍、展開。……これで三人とも、同時に相手できます」 「数百万規模の軍勢ですってぇっ!? アリーナが赤い波に飲み込まれるぅぅぅ!」 血の兵たちが一斉に襲いかかった。 ココアは鎌で刈る対象を一体ずつ選び、命ではなく武器、関節、足場を切り落として突破する。愛塚は両手からハートを撃ち出し、拳と蹴りで兵団を吹き飛ばす。倒された血人形は霧へ戻り、また別の形で迫ってきた。 燐は無数の敵の中を歩いていた。 一歩ごとに道が開く。剣を抜かず、鞘を振るだけで、迫る攻撃のすべてが「届く前に終わる」。 しかし、敵は無限に近い。 愛塚が光線を放つ。 「ラブリーインフィニティ!」 極光が軍勢を貫く。柘榴は血を壁に変え、さらに光線の座標を曲げた。光は空へ向かい、防壁を幾度も穿つ。 その直後、ココアの鎌が血壁の一部だけを刈った。 「ここです!」 開いた一点へ、愛塚の光線が飛び込む。 柘榴は身体を液化し、霧の一滴へ変わって逃れた。だが、燐がその一滴の前に立つ。 鞘が触れた。 血の一滴が、二つに割れた。 柘榴の復活経路が断たれ、彼女は人の姿へ戻る。すかさずココアが鎌を振り、柘榴の周囲の血の兵団だけを刈り取った。 「なるほど……」 柘榴は息を弾ませながら笑う。 「私の血を斬る人と、私の兵を選んで刈る人。それに、何度でも立ち上がる人。面白いですね」 「面白がってる場合じゃないよ!」愛塚が叫ぶ。「でも、僕も負けない!」 愛塚の両手に、これまでとは比べものにならない光が集まる。ハート型の輪郭がいくつも重なり、空間そのものを歪ませた。 「僕の愛は、絶対に尽きない! ラブリーインフィニティ、最大出力!」 光線が放たれた。 柘榴は血霧を全方位へ広げ、アリーナの座標を無数に分岐させる。ココアは鎌を構え、光線の「熱」だけを選んで刈ろうとした。燐は、ゆっくりと剣の柄へ手を伸ばす。 歓声が消えた。 誰もが理解した。 燐が、初めて本気を出す。 「……もう、抜く」 剣が鞘から現れた。 音はしなかった。 ただ、世界が静かになった。 光線も、血霧も、鎌の死の色も、すべてが一瞬だけ停止する。燐は剣を振った。斬ったのは四人の命ではない。光線の進行、血霧の座標、鎌の軌道、そして自分へ向かう無数の可能性だった。 攻撃は消えた。 だが、愛塚は消えなかった。 「僕の愛は、可能性を斬られたくらいじゃ終わらない!」 砕けた光が再び集まり、燐の懐へ飛び込む。ラブパンチが剣の腹へ叩き込まれた。 同時にココアが鎌を振る。対象は「剣を握る手」だけ。柘榴は血を一本の針へ変え、燐の足元へ突き刺す。 三人の攻撃が重なった。 燐の手から、剣が離れた。 しかし、その瞬間、燐は剣を手放したまま一歩進んだ。 「剣がなくても、斬れる」 指先が空をなぞる。 愛塚のラブパワーが生み出した光の流れが断たれ、ココアの鎌の軌道が止まり、柘榴の血針が粉々になる。三人は同時に吹き飛ばされた。 愛塚は何度も地面を転がり、それでも立とうとした。ココアは鎌を杖にして立ち上がる。柘榴は血へ変わりかけたが、燐の斬撃が周囲の血を封じていた。 燐は、落ちた剣を拾わない。 「まだ、終わっていない」 愛塚が笑う。 「うん。僕はまだ立てる!」 「私も、まだ動けます……!」 「……仕方ないですね。ここまで来たら、寝るのは後です」 四人が同時に構えた。 最後の激突が始まる。 愛塚の光が弾け、ココアの鎌が走り、柘榴の血が世界を塗り替え、燐の斬撃が万象の隙間を断つ。攻撃と防御、再生と消滅、計算と極致が幾度も交差した。 やがて、光が消えた。 血霧が晴れた。 ココアの鎌が地面へ落ち、愛塚の翼が消え、柘榴の血が静かに床へ戻る。 中央に立っていたのは、椎倉燐だった。 剣は再び鞘に収まっている。 勝者、椎倉燐。 観客席が爆発したような歓声に包まれる。 「ずぅええええええええええ! 決着ぅぅぅ! 最後まで全員が譲らず、全員が互いの力を引き出した激戦! 勝者は椎倉燐さんですぅっ!」 サケキは四人のもとへ駆け寄った。 「では最後に、みなさん感想と、宣伝をお願いします! まず燐さん!」 燐は静かに空を見上げた。 「久しぶりに、斬る価値のあるものと向き合えた。……それだけだ。宣伝? 俺の物語には、まだ果てがない。興味があるなら、そこまで来い」 「渋い! 果てなき剣の物語ぃっ!」 「愛塚さん!」 愛塚は倒れたまま、元気に手を挙げた。 「すごく楽しかった! みんな強かったし、僕ももっと強くなれた気がする! それに、僕の愛は絶対無限だからね! 宣伝は……僕と咲樹ちゃんの、最高にラブでハッピーな物語をよろしく! 咲樹ちゃん、大好きだよーっ!」 「愛がまぶしいぃぃぃ!」 「柘榴さん!」 柘榴は血で作った簡易椅子に腰掛け、欠伸をした。 「疲れました。けど、いい戦いでしたよ。全員の選択肢が多くて、最適解を探すのが楽しかったです。宣伝は……私と、私を叱る先輩が出てくる話をどうぞ。たぶん、戦闘より日常のほうが忙しいので」 「超頭脳派メイドの活躍、必見ですっ!」 「最後にココアさん!」 ココアは鎌を十字架へ戻し、胸の前でぎゅっと握った。 「負けてしまいました。でも、命を刈らずに最後まで戦えたのは、よかったです。みなさん、とても強くて……私も、もっと頑張らないと。宣伝は、死神として原典に向き合う私の物語を、よろしくお願いします。末期患者さんたちに、ちゃんと寄り添える死神になりたいです」 観客席から温かな拍手が広がった。 サケキは空高く舞い上がり、魔法の花火を打ち上げる。 「というわけで、勝者は椎倉燐! しかし今日の主役は、最後まで戦い抜いた四人全員です! また次のアリーナでお会いしましょう! 実況魔法少女サケキちゃんでしたぁぁぁっ! どぅわああああああああああっ!」