【喫茶店Dallas・昼下がり】 チリン、チリン。 ドアベルが鳴ると、タコっぽい姿の身長三メートルの宇宙人が、長射程の光線銃を肩にかけて店内へ入ってきた。どうやら星を滅ぼしては次の星へ向かう、あの残忍星人らしい。 ライムちゃん「いらっしゃいませー! 喫茶店Dallasへようこそ、にゃー! ……わあ、背が高い! 天井に頭ぶつけない?」 残忍星人「この星を滅ぼしに来た」 レモンちゃん「入店して一言目がそれ!? せめて『おすすめは何ですか』から始めてください!」 残忍星人「交渉には応じない」 ライムちゃん「交渉じゃないよー。メニューの話だよー。お腹すいてる?」 残忍星人「……」 ごついおっさん(カウンター席でコーヒーをすすりながら)「会話の入口を完全に取り違えているが、妹さんのツッコミは今日も冴えてるな」 マスターD「ふむ。店内でのルールは簡単だ。戦闘は不要、勝敗も不要。みんなで楽しく会話をして、飲食を楽しむ。それだけだぞ」 レモンちゃん「店主がいちばん大事なルールを説明してくれました。なので、その光線銃は店内では使わないでくださいね」 残忍星人「私はあらゆる星を滅ぼしてきた」 ライムちゃん「へえー! じゃあ、いろんな星のグルメも食べたの? 宇宙のグミとかある? 虹色で、食べると口の中で小さな花火が鳴るやつ!」 残忍星人「知らない」 ライムちゃん「そっかー。じゃあ、今日ここで初めて食べよう! メニューは……レモンちゃん、これ何だっけ?」 レモンちゃん「お姉ちゃん、メニューを持ってるのに妹へ聞かないでください。えーと、季節限定のレモンパフェと、店長こだわりのコーヒーゼリーです」 マスターD「コーヒー豆の選定から盛り付けまで、わしが監修した自信作だ。魚は食べ物ではなく、わしの頭の上の同居人なので、そこは誤解のないようにな」 ごついおっさん「頭の魚が、今ちょうどメニューを見ているように見えるな」 マスターD「気のせいだ。たぶん」 ライムちゃん「じゃあ、私はコーヒーゼリーを食べながら漫画読むー! 今週のギャグ漫画、喫茶店で宇宙人が来る回なんだよね。現実が漫画に追いついてきた、にゃん!」 レモンちゃん「その漫画、宇宙人が来ても全員が普通に注文を聞いて話を進める回でしょう? まさか現実で再現することになるとは思いませんでしたけど!」 残忍星人「私は注文をしない」 ライムちゃん「じゃあ、注文しないで座ってお話しするお客さんだね。ソシャゲはやる? このゲーム、ログインするだけでグミのアイテムがもらえるんだよ!」 残忍星人「ゲームには興味がない」 ライムちゃん「じゃあ漫画は? コスプレは? アニメは? 猫は?」 残忍星人「どれにも興味がない」 ライムちゃん「じゃあ、好きなものは何?」 残忍星人「星を滅ぼすことだ」 レモンちゃん「好みの幅が宇宙より狭い! せっかくなので、メニューの幅も見てください!」 マスターD「ふむ。では、星を滅ぼす話はひとまず横に置いて、注文を聞こう。うちは喫茶店だからな」 残忍星人「……コーヒーゼリーを一つ」 ライムちゃん「注文いただきましたー! にゃー!」 レモンちゃん「受け答えができた! これだけで接客として大きな進歩です!」 ライムちゃんは虹色のペンを取り出し、紙ナプキンに小さな花と星を描いた。描き終えると、紙の上からふわりと立体の花が咲き、星形の砂糖菓子がころんと転がり出てくる。 ライムちゃん「おまけに星のお砂糖もどうぞ。虹のペンで描いたものは、なんでも実体化しちゃうんだよ。✧(≖ ◡ ≖✿)✧」 レモンちゃん「それ、食べられるものを描いたんですね? 変なものを出してお店の備品を増やさないでくださいよ」 ライムちゃん「大丈夫! 前に描いた巨大プリンは、みんなでおいしく食べたもん!」 ごついおっさん「巨大プリンのときは、店のテーブルを三つくっつけていたな」 マスターD「売り上げはよかった。だが、片づけに時間がかかった」 残忍星人は、運ばれてきたコーヒーゼリーをじっと見つめた。黒いゼリーの上にはクリームが乗り、横にはライムちゃんが描いた星形の砂糖菓子が添えられている。 残忍星人「これは何だ」 マスターD「コーヒーゼリーだ。苦みと甘みの調和を楽しむ品だぞ」 残忍星人「食べ物を楽しむという習慣は、あまりない」 レモンちゃん「では、今日は練習ということで。まずスプーンを持って、ひと口どうぞ」 残忍星人「……」 ぱくり。 残忍星人「苦い」 ライムちゃん「クリームと一緒に食べると甘いよー!」 ぱくり。 残忍星人「甘い」 レモンちゃん「感想が的確すぎて、食レポとしては逆に面白いですね」 ごついおっさん「最初のひと言からここまでで、ずいぶん平和な空気になったものだ。コーヒーの力か、店員の力か」 マスターD「両方だ。あと、店のルールもな」 ライムちゃん「ねえねえ、星を滅ぼす旅って、いつもひとりなの? たまには休憩もいいよ。漫画を読んだり、スマホで遊んだり、グミを食べたりすると、ちょっと気分が変わるかも!」 残忍星人「……休憩をしたことはない」 レモンちゃん「だったら、今日はここで休んでいってください。うちは喫茶店ですから、休憩するのは大歓迎です」 残忍星人「私は交渉には応じない」 レモンちゃん「これは交渉ではなく、親切です。あと、店内で物騒なことをしないというお願いは、店のルールです」 マスターD「そうそう。もし不審者の男が乗り込んで従業員に乱暴したら、俺のプリンターで超巨大ビルを創造して頭上にドカーンさ」 ごついおっさん「店主。その話は今しなくていい。落ち着け」 マスターD「む。そうだった。今日は誰も乱暴していないな」 ライムちゃん「マスター、プリンターのお話がちょっと大きいよー。ここは喫茶店なんだから、注文とお会計の話をしよ!」 レモンちゃん「そうです。宇宙規模の話題をしていても、会計はいつも通りです」 残忍星人はコーヒーゼリーを食べ終えると、空の器をカウンターへ返した。 残忍星人「この店のゼリーは悪くない」 ライムちゃん「やったー! 次はレモンパフェもおすすめだよ。グミを飾って、上に花を咲かせたらかわいいかも!」 レモンちゃん「お姉ちゃん、飾りを盛りすぎてパフェの原型をなくさないように」 ライムちゃん「えーっ、盛り盛りが楽しいのにー!」 ごついおっさん「姉妹の会話を聞いていると、平和な日常というものは、案外にぎやかなものだな」 マスターD「それが喫茶店Dallasのよいところだ。では、お帰りの際はお忘れ物のないように」 残忍星人「また来るかもしれない」 レモンちゃん「そのときは星を滅ぼす話より、次のおすすめメニューを聞いてくださいね」 ライムちゃん「待ってるよー! 次は宇宙グミを一緒に探そう、にゃん!」 残忍星人は、空になった器を見つめて少しだけ考え、それから静かに店を出ていった。ドアベルが、チリンと鳴る。 ごついおっさん「結局、誰も戦わず、誰も勝たず、コーヒーゼリーだけが完食されたな」 マスターD「喫茶店としては上出来だ」 レモンちゃん「本当にそうですね。ところでお姉ちゃん、漫画を読みながらゼリーを食べるのはいいですけど、スマホの画面にクリームをつけないでください」 ライムちゃん「あっ! ついてる! にゃー!」 【喫茶店を出る際の注文内容・支払金額】 - 注文内容:コーヒーゼリー 1点 - 支払金額:550円