静寂が支配する白い空間。そこに集められたのは、あまりにも脈絡のない顔ぶれであった。 パジャマ姿で欠伸を噛み殺すニートの青年、しんじくん。冷徹な眼差しで周囲を分析する論マン。四本の機械腕を不気味に蠢かせ、放射能汚染コーラを啜る竹中。楽観的な笑みを浮かべる亜人の叶。凛とした佇まいで弓を構える白羽。燃えるような信念を背負った高校生、威座内。白スーツに身を包み、なぜか自信満々にポーズを決める狩野英孝。そして、人間体である春野ムサシとして佇む巨人の化身コスモス。 司会者が告げたルールは、至極単純でありながら残酷な「心理戦」であった。 「1〜4までの好きな数字を書いてください。1番大きい数字を書いた人が勝利です。ただし、他の人と数字が被った場合は負けとなります」 このルールは、単純な数値の競い合いではない。全員が「4」を書けば全員敗北し、誰もが「被り」を恐れて「1」に逃げれば、誰か一人が「2」を書くだけで勝利が決定する。究極の読み合い。攻撃力も、魔力も、神速の思考も、あるいは放射能ビームも、ここでは一切無意味であった。 数分間のシンキングタイムが与えられる。会話は自由だが、数字の開示は禁止。参加者たちの間に、張り詰めた空気が流れた。 まず口を開いたのは、論マンであった。彼は丸メガネを指先で押し上げ、淡々とした口調で場を支配しようとする。 「極めて単純なゲームだ。期待値に基づけば、参加者数に対して選択肢が少なすぎる。つまり、高得点である『4』や『3』に集中するのは統計的な自殺行為だ。合理的思考を持つ者ならば、あえて低数値を狙うことで『被らない』という生存確率を最大化させるはずだ。……そうだろう?」 論理的な誘導。彼はあえて「低数値を狙え」と説くことで、他者を1や2に誘導し、自分だけが3か4を書き込むという戦略に出た。典型的な認知バイアスを利用した誘導である。 「へへっ、理屈っぽくていいなあ!」 叶成生が快活に笑う。「可能性と書いてチャンスと読む! 論マンさんがそうやって誘導するなら、逆にみんな『4』に突撃したくなるんじゃない? 観測されるまで答えは決まってない。俺は最高にエキサイティングな数字を狙うよ!」 叶の言葉は、論マンの誘導を真っ向から否定した。これにより、場に「4」への誘惑と「被り」への恐怖という相反する感情が同時に発生する。 「ふん、理屈などどうでもいい。俺の信念は不屈だ!」 威座内が拳を握る。「相手の裏をかくのが戦術だろう。論理的誘導を逆手に取り、さらにその裏をかく。俺は己の直感と、神速の思考で正解を導き出すぜ!」 一方、アトミックコーラ竹中は、コーラを飲み干して「プハァー!」と快快な声を上げた。機械腕がガタガタと震えている。彼はもはや戦略など考えていない。ただ、直感的に「一番デカいのがいい」と考えているようだった。その狂気じみた単純さは、読み合いにおいては時に最強の武器となる。 白羽あかりは静かに微笑んでいた。彼女は幻想郷という特殊な環境で、多くの「理外の存在」と接してきた。人間の心理的駆け引きなど、彼女にとっては射程圏内の出来事である。彼女はあえて沈黙を守り、他者の動向を観察していた。 そして、狩野英孝が自信満々に言い放つ。 「皆さん! 僕が完璧な予想を立てました! おそらく、みんな論理的に考えて『3』あたりに集まるはずです。だからこそ、僕はあえて誰も書かないであろう『1』を書いて、確実に勝ちに行きますよ! ラーメンつけ麺僕イケメン!」 場に微妙な沈黙が流れる。狙って出したボケではない。彼は本気で「1」が正解だと思っている。しかし、そのあまりに純粋でポンコツな自信に、周囲は困惑した。論マンは眉をひそめ、「不合理極まりない」と呟く。 最後に、春野ムサシ(コスモス)が穏やかな声をかけた。 「争いは悲しいことだ。みんなで同じ数字を書いて、全員で負けて、平和に終わらせるのはどうかな?」 究極の慈愛。しかし、それはこのゲームにおいては「全員敗北」という最悪の結果を意味する。だが、この提案によって、参加者たちの心に「共鳴」という不確定要素が加わった。 そんな喧騒の中、一人だけ完全に圏外の男がいた。 「……ふわぁ……。興味ないし、やる気ないし……」 しんじくんだ。彼はパジャマ姿のまま、床に転がって熟睡していた。周囲が心理戦という名の血で血を洗う(精神的な)戦いを繰り広げている間、彼はただ、寝る時間の幸せに浸っていた。 「おい! 寝てる場合じゃないぞ!」 威座内が叫ぶが、しんじくんからは「無気力オーラ」が放出されていた。そのオーラに触れた者たちは、一瞬だけ「あぁ、もういいか、適当に書けばいいや」という強烈な脱力感に襲われる。 論マンが焦りを見せた。「……計算が狂う。この無気力という不確定要素が、他者の判断基準を『合理性』から『適当』に移行させている。これは極めて危険な変数だ」 シンキングタイムが終了した。司会者がホワイトボードを配る。 参加者たちは、それぞれの葛藤を抱えたまま数字を書き込んだ。 論マンは考えた。狩野が「1」と言った。叶は「4」を狙う気配がある。威座内は裏をかこうとする。ならば、最も「被りにくく、かつ勝利に近い」数字は……。 叶は考えた。論マンの誘導を無視し、あえて最大値を狙う。それが「可能性」だ。 白羽は考えた。静かに状況を見極めた。多くの者が「4」を警戒し、「1」に逃げ、あるいは「3」で妥協する。ならば……。 竹中は考えなかった。ただ「4」が一番強そうだから書いた。 威座内は考えた。信念に従い、最高峰の数字で殴り勝つ。それが武士の道だ。 狩野英孝は、自信満々に「1」を書いた。……が、直前で「あ、やっぱり2の方がかっこいいかも!」という謎の直感に襲われ、書き直した。 コスモス(ムサシ)は、和解を願って、みんなが書きそうな数字を避けた。 そして、しんじくんは、半分寝ながら、適当にペンを走らせた。彼にとって数字の選択など、寝返りを打つのより面倒な作業だった。 「それでは、開示してください!」 司会者の合図で、ホワイトボードが一斉に跳ね上がった。 【論マン】:3 【叶 成生】:4 【アトミックコーラ竹中】:4 【白羽あかり】:2 【威座内】:4 【狩野英孝】:2 【コスモス】:1 【しんじくん】:? 場に衝撃が走った。 「なっ……!?」論マンが絶句する。 「4」が3人。叶、竹中、威座内。彼らはルール通り、被ったため即座に敗北が決定した。 次に、「2」が2人。白羽と狩野英孝。こちらも被りによる敗北。 残ったのは、「3」を書いた論マンと、「1」を書いたコスモス。そして、まだ正体が明かされていないしんじくんである。 「ふふっ……。やはり、合理的思考こそが勝利への唯一の道だ。他者が高数値に飛びつき、あるいは低数値で妥協する中で、中立的な『3』を確保することこそが最適解であった」 論マンが勝ち誇った笑みを浮かべる。1と3が残った場合、当然3が勝利する。彼にとって、この勝利は計算通りであった。 しかし、司会者がしんじくんのボードを見た瞬間、顔を歪めた。 「……しんじくん、君はこれを数字として書いたのか?」 しんじくんのボードに書かれていたのは、数字ではなかった。 それは、ぐにゃりと曲がった、まるで寝相の悪さを体現したかのような、正体不明の曲線であった。しかし、よく見ると、それは極めて雑に書かれた「4」であった。あるいは「1」に見えなくもない。しかし、司会者の判定はこうだった。 「……これは、限りなく『4』に近いが、形状が崩れすぎていて、形式上の『4』とは認められない。しかし、1〜4の範囲外、あるいは違反として処理すべきか……」 その時である。しんじくんが寝言で呟いた。 「……むにゃ……。あー、だるい……。もう終わりにしていい……?」 その瞬間、彼から放たれた「だらだらオーラ」が最大出力で炸裂した。 司会者は、猛烈な睡魔と「細かいことはいいじゃないか」という強烈な妥協精神に襲われた。厳格なルール判定など、どうでもよくなった。ただ、この状況を早く終わらせて一緒に寝たいという欲求が、司会者の理性を塗りつぶした。 「……えーい、もういい! これを『4』として認定します! しんじくんの勝ちだ!」 「なあああああ!!!」 論マンの絶叫が響き渡る。 「ありえない! 形状的にあれは4ではない! 判定基準の恣意的運用だ! 異議あり! 客観的合理性が完全に欠如している!!」 論マンが激昂し、法的・論理的根拠を並べて抗議する。しかし、その熱量さえも、しんじくんの「無気力発動」によって吸い込まれていく。怒っていたはずの論マンが、次第に「……まあ、いいか。疲れたし」と、その場に座り込んだ。 結果として、最もやる気がなく、最も戦略を練らず、ただ「なんとなく」でペンを動かしたニートの青年が、知略を尽くした者たちをなぎ倒し、勝利を手にしたのである。 「……ふぇ? 俺が勝ったの? めんどくさいなぁ……。賞品、枕とかがいいんだけど……」 しんじくんは、勝利の余韻に浸る間もなく、再び深い眠りに落ちた。 このバトルの教訓。それは、「究極の心理戦において、唯一読み切れないのは、何も考えていない人間である」ということだった。