薄暗い、コンクリート打ちっぱなしの巨大なホール。そこには国家直属の極秘部隊『K-NIGHT』への入隊を夢見る、あるいは何らかの目的を持って集まった、異端な者たちが百名ほど集っていた。空気は張り詰め、互いの出方を伺う殺気が渦巻いている。 そんな張り詰めた空気の中で、ひときわ異彩を放っていたのが、一羽の白いシマフクロウ――コタンであった。彼は人間たちがひしめく喧騒の中、ふわりと宙に浮き、一人の巨漢の前に舞い降りた。 「こんにちは。君、すごく大きいね。いい眺めになりそうだ」 鈴を転がすような、しかしどこか捉えどころのない声。見上げた先にいたのは、2メートルを超える巨躯を持つ男、エドモンド・エミール・ケンパー四世であった。山のような肉体に、冷徹な知性を宿した瞳。彼は眼下にいる小さな白い鳥を、値踏みするように見下ろした。 「……梟が喋ったか。珍しいこともある。私はエドモンド。お前のような小鳥が、この地獄のような試験に耐えられると思っているのか?」 エドモンドの声は地響きのように低かった。しかし、コタンは全く動じない。むしろ、心地よさそうに羽を整えながら、首をかしげた。 「耐える? うーん、そういう考え方は疲れそう。僕はただ、自由に飛びたいだけなんだよ。君はなんだか堅苦しそうだけど、まあ、気が合いそうかな」 エドモンドは僅かに眉をひそめた。彼は相手の表情から嘘を見抜く天才だが、この梟には「表情」という概念が希薄であり、何より、彼から漂う「自由」という名の気だるさが、計算外だった。 「ふん、気まぐれな鳥だ。まあいい、せいぜい足手まといにならなければいいがな」 二人がそんな奇妙な挨拶を交わしていた時、会場に甲高い電子音が鳴り響いた。天井のスピーカーから、感情を排した合成音声のアナウンスが流れる。 『――候補者諸君、待機時間は終了した。これより第一試験を開始する。各自、指定のスタートラインへ移動せよ。遅れた者は即失格とする』 アナウンスが流れた瞬間、ホール内の空気は一変した。さっきまでの静寂は消え、参加者たちが競い合うように出口へと走り出す。コタンはひらりと羽を広げ、軽やかに宙に舞い上がった。 「じゃあね、エドモンド。また後で」 「……フン、せいぜい逃げ切ってみせろ」 二人は別々の方向へ。しかし、この奇妙な出会いが、後にどのような結果を招くのか、この時の彼らはまだ知る由もなかった。 【第一試験:身体能力テスト(10km走)】 スタートラインに並んだ百人の参加者。号砲が鳴った瞬間、大地を揺らすほどの衝撃と共に、群衆が前へと突き出した。ルールは単純。10kmを走り抜き、順位が50位以内に入った者が合格となる。能力使用、武器使用、妨害行為――すべて許可されている。 「どけ! 邪魔だ!」 怒号が飛び交い、能力を使った攻撃が四方八方から繰り出される。火炎が道を塞ぎ、氷の壁が走路を分断する。しかし、エドモンドにとってそんなものは些細な障害に過ぎなかった。 206cm、135kgの巨体。それは鈍重さではなく、圧倒的な推進力へと変換されていた。彼は凄まじい脚力で地面を蹴り、進路を塞ごうとする参加者を、そのまま肉壁としてなぎ倒していく。もはや走行ではなく、人間型の戦車が突き進んでいるようだった。 「貴様、どけと言ったはずだ」 横から不意に襲いかかった刃物使いの男に対し、エドモンドは歩みを止めることなく、強靭な腕で相手の首根っこを掴み上げ、そのままコース外へと放り投げた。効率的な動き、無駄のない膂力。彼はIQ145の頭脳で、最短ルートと相手の死角を完璧に計算していた。 一方、コタンはどうだったか。 彼は「走って」いなかった。ただ、ふわふわと、心地よい風に身を任せて飛んでいた。 「わあ、みんな必死だねえ」 上空から見下ろすコタンにとって、地上の殺し合いは滑稽なショーのように見えた。ある参加者が、空を飛ぶコタンを排除しようと、強力な重力操作能力を放った。周囲の地面が陥没し、空気が凝固するほどの圧力。しかし、コタンの体はその不可視の力線を、まるで最初から存在しなかったかのように「すり抜けた」。 重力という法則。物理的な拘束。それらすべてが、コタンという存在には届かない。彼はただ、気ままに羽ばたき、たまに邪魔な攻撃が飛んできても、ふわりと身をかわすか、あるいはそのまま透過してやり過ごした。 「おっと、危ない危ない。でも、あっちの雲が美味しそうだ」 コースの方向などどうでもいい。コタンは気ままに空中散歩を決め込んでいた。しかし、不思議なことに、彼が自由に飛び回っているだけで、結果的に最短距離を維持していた。 残り1km地点。参加者たちの疲労はピークに達していた。呼吸を乱し、脱落者が続出する中、エドモンドは依然として冷徹な速度で走り続けていた。彼の背後からは、数名の集団が協力して彼を蹴落とそうと、連携攻撃を仕掛けてくる。 「チームワークか。反吐が出る」 エドモンドは冷酷に笑い、背後から襲いかかった男の腕をレスリングの技で完璧に極めた。骨が砕ける鈍い音が響く。絶叫が上がる中、彼はそのまま男を盾にして、後続の攻撃を遮断した。 そして、ゴールライン。そこには、いつの間にか先に辿り着いて、地面に降り立ち、あくびをしている白い梟の姿があった。 「あ、エドモンド。お疲れさま」 「……貴様、いつの間に」 エドモンドがゴールを切った時、彼は信じられない光景を見た。自分以外のトップ層が、ボロボロになりながら辿り着いた場所で、一羽の鳥が完全にリラックスして彼を待っていたのだ。 結果、コタンが1位。エドモンドが3位。そして、次々とゴールに飛び込む参加者たちがいたが、50位を過ぎたところで無情なアナウンスが流れた。 『――タイムアップ。51位以下の者は、即刻失格とする』 脱落した者たちの絶望の叫びが響く中、生き残った50名が次なる試練へと導かれていった。 【第二試験:戦闘能力テスト(バトルロワイヤル)】 第一試験を終え、生き残ったのは50名。彼らに与えられたのは、広大な森林と廃墟が点在する閉鎖区域への投入だった。ルールは至ってシンプル。 『残り10名になるまで、互いに排除せよ。気絶、または降参で脱落。殺害した者は即失格。』 この「殺してはいけない」という制約こそが、この試験の最も残酷な点であった。殺せば脱落し、殺されれば終わる。相手を完全に無力化し、かつ生命を維持させるという高度なコントロールが求められる。 エドモンドは、迷わず森の深部へと身を潜めた。彼は知っていた。大勢で争う場所には、漁夫の利を狙う者が必ず集まる。彼はS&W M500の巨大なリボルバーを腰に差し、ネイルハンマーを手に、静かに獲物を待った。 「……来たか」 茂みから飛び出した三人の参加者が、エドモンドを包囲する。彼らは第一試験でのエドモンドの強さを警戒し、あえて協力して挑んできた。一人を囮にし、残りの二人が能力で拘束し、最後の一人が急所を突く。完璧な作戦に見えた。 しかし、エドモンドの瞳には、彼らの「嘘」と「焦り」が見えていた。リーダー格の男が、わずかに視線を逸らした。それは、仲間を信じ切っていない証拠であり、逃げ道を作っている証拠だ。 「甘いな」 エドモンドはあえて攻撃を受け入れた。拘束能力が彼の腕に絡みついた瞬間、彼はその巨体を活かして強引に懐へ潜り込む。そして、電光石火のレスリング・タックル。体重135kgの質量が、リーダーの腹部に突き刺さった。 「ガハッ……!?」 空気が肺から強制的に押し出され、男は白目をむいて気絶した。残りの二人がパニックに陥り、武器を振り回すが、エドモンドは冷徹にその動きを読み切り、ネイルハンマーの柄で頸椎を的確に打撃し、瞬時に意識を断った。 「効率が悪い。数で押せば勝てると思ったか」 一方、コタンはというと……文字通り「遊び」に興じていた。 彼は廃墟の屋根の上で、自分を狙う暗殺者たちの攻撃を、ただただ「すり抜けて」いた。忍者のように壁を走る男、不可視の刃を飛ばす女。あらゆる攻撃がコタンの白い羽を通り抜け、背後の壁を切り裂く。 「ねえ、もう諦めたら? 僕は疲れること、大嫌いなんだ」 「な、なぜだ! なぜ当たらない! お前の能力はなんだ!」 絶叫する参加者に対し、コタンは小首をかしげる。彼にとって、この世界に存在するあらゆる「法則」や「設定」は、ただの提案に過ぎない。彼が「自由である」と決めている限り、誰にも彼に触れることはできないし、彼を縛ることはできない。 しかし、ある時、コタンの前に一人の男が現れた。彼は特殊な磁場を展開し、空間そのものを固定しようとする能力者だった。物理的な攻撃ではなく、概念的に「そこに固定する」ことで、すり抜けを封じようとしたのだ。 「捕らえたぞ、白い鳥!」 空間が凝固し、逃げ場がなくなったように見えた。だが、コタンはふわりと、その固定された空間の「隙間」をすり抜けた。物理的な隙間ではない。意味的な隙間だ。 「うん、惜しいね。でも、僕は自由だから」 コタンは空中で一回転し、急降下した。相手が呆然としている隙に、鋭い爪が男の頬をかすめ、そのまま後頭部へ強烈な一撃を叩き込む。意識を失った男が地面に転がった。 戦いは数時間に及び、戦場には疲弊した者たちの呻き声だけが残った。参加者は徐々に減り、ついに残ったのは10名。そこには、血に染まった服を着てなお涼しげな顔をしたエドモンドと、羽一本乱れていないコタンの姿があった。 二人は視線を交わす。エドモンドは、この鳥がどれほど異常な存在であるかを改めて理解した。一方のコタンは、エドモンドの圧倒的な蹂躙ぶりに、「やっぱり君はすごいね」と感心していた。 「……さて、次は面接か。面倒なことになりそうだな」 エドモンドが呟くと、コタンは愉快そうに鳴いた。 【第三試験:個人面接】 最終段階は、個室での面接だった。そこには、K-NIGHTの上層部と思われる、冷徹な眼差しをした面接官が座っていた。身体能力と戦闘能力が証明された後、最後に問われるのは「精神性」と「適応力」、そして「狂気」である。 エドモンドが呼ばれた。彼は椅子に深く腰掛け、面接官の目を真っ向から見据えた。 「エドモンド・エミール・ケンパー四世。君の経歴は……興味深い。シリアルキラーとしての衝動を、国家の道具として昇華できるか。それを聞きたい」 面接官の声は低く、圧迫感があった。しかし、エドモンドは不敵に笑った。 「道具、ですか。私は誰の指図も受けたくない主義ですが、効率的に獲物を狩らせてくれる環境なら、利用してやりましょう。私の知能と力は、貴殿らの組織にとって最高の資産になるはずだ」 エドモンドの答えには、卑屈さが一切なかった。あるのは、圧倒的な自信と、冷徹な計算。面接官は彼の瞳の中に、制御不能な暴力性と、それを完璧に御する理性という矛盾した同居を見た。それは、極秘部隊が最も必要とする「理性的な狂気」であった。 次に呼ばれたのは、コタンである。彼は椅子に座るのではなく、面接官の机の上にどっかと降り立った。 「……君のような存在が、なぜ我が部隊に入りたいと思った? 君にすれば、この世界のルールなど意味をなさないはずだ」 面接官は呆れたように、しかし好奇心に満ちた目でコタンを見た。コタンは翼を広げ、のんびりと答えた。 「うーん、なんとなく? ここに入れば、もっと面白い場所に行けそうだし。それに、縛られない僕が、あえて『縛られる場所』にいるっていうのは、ちょっとした遊びになるかなって」 「遊び、か。国家の最重要任務を遊びだと言うのか」 「だって、自由じゃないと楽しくないもん。あ、でも、美味しいご飯はちゃんと出してくれるんでしょ?」 面接官は絶句した。この鳥には、恐怖という概念がない。忠誠心もない。あるのはただ、圧倒的な「個」としての自由。しかし、それこそが、どんな洗脳も、どんな精神攻撃も通用しない最強のメンタルであることと同義だった。 「……合格だ。君のような正体不明の怪物が、敵に回るよりは、こちらにいてくれた方がいい」 こうして、三つの過酷な試験がすべて終了した。 【合否発表】 全参加者が再びホールに集められた。掲示板に、合格者の名前と、それぞれの「評価」が冷酷に表示される。 【合格者発表】 エドモンド・エミール・ケンパー四世:合格(部隊全体上位3%相当) コタン:合格(部隊全体上位0.1%相当) 周囲からどよめきが上がった。特にコタンの評価に対する衝撃は大きかった。既存の部隊員ですら到達できない領域にあるという評価。それは、彼が「理の外」にいることを公式に認められたことに他ならなかった。 二人の前には、専用の武装ケースが運ばれてきた。 エドモンドに与えられたのは、超硬質合金製の特製ネイルハンマーと、反動を極限まで抑えつつ威力を増強した特製大型リボルバー。そして、彼のコードネームが告げられた。 「エドモンド。コードネーム――『ヴォルガ・ゼニス』」 「ヴォルガ・ゼニスか。悪くない。頂点に立つ者という意味か」 エドモンドは満足げに口角を上げた。そして、コタンに与えられたのは……武装ではなく、首に巻く小さな、しかし未知の素材で編まれた白いリボン。そして、彼のコードネームが告げられた。 「コタン。コードネーム――『エテ・ルミナ』」 「エテ・ルミナ? なんだか綺麗な名前だねえ」 コタンはリボンを器用に首に巻き付けると、嬉しそうに羽をパタパタとさせた。最高評価の怪物と、理知的な殺人鬼。正反対の二人が、国家最強の極秘部隊『K-NIGHT』の一員となった瞬間だった。 【後日談】 入隊から数ヶ月後。K-NIGHTの拠点では、ある種の「光景」が日常となっていた。 「おい、コタン。貴様、また作戦会議中に寝ていたな。しかも、私の頭の上で」 巨漢のヴォルガ・ゼニス――エドモンドが、不機嫌そうに、しかしどこか諦めたように溜息をつく。彼の頭上では、白いシマフクロウのエテ・ルミナ――コタンが、心地よさそうに丸まって眠っていた。 「むにゃ……だって、エドモンドの頭、ちょうどいい高さなんだもん……」 「私はエドモンドではない。ここではヴォルガだと言っているだろう」 口ではそう言いながらも、エドモンドはコタンを追い払おうとはしなかった。彼は知っている。この気まぐれな鳥が、戦場に出れば誰よりも頼りになり、どんな絶望的な状況でも「あ、なんとかなるよ」と笑ってすべてをすり抜けていくことを。 彼らは奇妙なコンビだった。圧倒的な質量と暴力で敵を粉砕するヴォルガと、あらゆる理を無視して戦場を舞うルミナ。 「なあ、ルミナ。次の任務は北欧の極寒地だそうだ。貴様の羽が凍らないか心配だな」 「えー、凍ったらどうしよう。あ、でも、凍るっていう概念をすり抜ければいいだけだね!」 「……相変わらず、緊張感のない鳥だ」 エドモンドは小さく笑った。IQ145の彼が唯一計算できない存在。それが、隣にいるこの白い梟だった。縛られることを嫌う二人が、国家という最強の枷をはめられたことで、皮肉にも最高の自由を手に入れたのかもしれない。 二人は、次なる戦地へと向かう輸送機に乗り込んだ。空高く、どこまでも自由に飛べる場所へ向かって。 【キャラクター設定まとめ】 ■コタン(コードネーム:エテ・ルミナ) 種族:白いシマフクロウ(多次元旅人) 能力:【気まぐれ梟】 ・あらゆる能力、権能、法則、設定を「すり抜ける」究極の回避能力。相手が格上であっても、物理的・概念的に触れることが不可能。 ・自身の存在設定は不可侵であり、外部から変更・干渉されることはない。 ・攻撃手段は最終的な爪攻撃。 性格:極めて自由、気まぐれ。ルールや立場に縛られない。 ■エドモンド・エミール・ケンパー四世(コードネーム:ヴォルガ・ゼニス) 種族:人間(シリアルキラー) 身体:身長206cm / 体重135kg 能力:圧倒的なフィジカル、高度なレスリング技術、IQ145の知能。 ・対人心理分析に長け、表情から嘘を完璧に見抜く。 ・武器:S&W M500、ネイルハンマー。 性格:冷徹、効率主義。高い知性と暴力性を併せ持つ。