「お婆ちゃん、あのお話を聞かせて! ねえ、お願い!」 膝の上に飛び乗ってきた孫の頬を、お婆ちゃんはしわがれた手で優しく撫でました。部屋には暖かいお茶の香りが漂い、外では冬の風が木々を揺らしています。 「おやおや、仕方ないねえ。よしよし、いい子だね。……昔々、あるところにね、とても不思議な二つの力がぶつかり合った、おかしな物語があったんだよ」 お婆ちゃんはゆっくりと語り始めました。その声は穏やかで、子供を深い夢の世界へ誘う魔法のようでした。 * 「さて、そのお話に登場するのはね、まずは『わんちゃん大王』という、とっても大きな白い柴犬さん。頭にはピカピカの王冠を被っていてね、口癖は『〜だいおぅ?』。見た目はとっても可愛いけれど、実はとってもいたずら好きで、口から出る嘘は神様だって信じちゃうくらい、説得力があったんだよ」 「わんちゃん! 可愛いねえ!」 「そうだろう? でもね、この大王様は、ただの犬じゃないんだ。全宇宙を凍らせるほどの、恐ろしい『ギャグ』を操る力を持っていたんだよ」 「ええっ! ギャグで凍るの?」 「そうだよ。お婆ちゃんも昔、一度だけ聞いたことがあるけれどね、あまりに寒くてお布団が十枚あっても足りなかったくらいさ。そしてもう一人……いや、もう一匹いたね。対戦相手は『レア・エンチャントリング』という、魔法の聖域に住む不思議な魔法モンスターさんだったんだ」 「どんな姿なの?」 「光や超能力、妖精、そして骨という、不思議な属性をたくさん持った、とても珍しい子だったね。でもね、この子は言葉を話さないんだ。ただ一つ、とても長い、とても賑やかな鳴き声だけを持っていたんだよ」 お婆ちゃんはわざとらしく、声を弾ませて再現しました。 「『トゥヤァヨォォォォォォォォォォ トゥヤァヨォォォォォォォォォォオオゥ トゥヤァヨォォォォォォイエェェェェイエェェェェェユゥヤァヨォォォォォォォォォォ!』……なんてね。こんなふうに、ずっと鳴き続けていたんだよ」 「あはは! 面白い鳴き声!」 「ふふふ。さて、この二人が、どちらが強いかを決めるために、ある広い草原で対戦することになったんだ。空は青く、風は心地よい。観客は誰もいないけれど、宇宙の神様たちが雲の上からこっそり見ていたそうだよ」 物語はここから、激しい(けれどどこか抜けた)戦いへと突入します。 「まず、わんちゃん大王がにっこりと笑って、こう言ったんだ。『ねえねえ、レアちゃん。今、本屋に行けば、あの有名なワンピースっていう漫画が完結した本が売ってるんだよ。急がないと売り切れちゃうだいおぅ?』」 「えっ、嘘つき!」 「そうだよ、嘘なんだ。でもね、この嘘はすごかった。レア・エンチャントリングは、漫画に興味がなかったはずなのに、その説得力に抗えなくて、『トゥヤァ!!(本当か!?)』と驚いて、本屋に走ろうとしたんだ。でも、相手はモンスターだから本屋の場所なんて知らない。混乱して、その場でくるくると回り始めたんだよ」 「おもしろーい!」 「でも、レア・エンチャントリングもただではなかった。四属性の魔法を操る彼は、いきなり光と超能力の波動を放ったんだ。ドゴォォォォン! という大きな音とともに、わんちゃん大王は真っ白な煙に包まれて、ひと時消し飛んでしまったよ」 「ええっ! わんちゃん大王、負けちゃったの?」 「いいや、ここからが大王様のすごいところさ。煙の中から、ひょっこりと顔を出して、『ワンチャンあるだいおぅ?』と言ったんだ。すると不思議なことに、消滅したはずの体が、まるで最初からそこにいたかのように元通りに蘇ったんだよ。これが『ワンチャンある』という、不思議な生き残り術なんだね」 「すごーい! 不死身だね!」 「そうなんだよ。でも、レア・エンチャントリングも諦めない。彼はさらに激しく鳴き始めたんだ。『トゥヤァヨォォォォォォォォォォ トゥヤァヨォォォォォォォォォォオオゥ!!』とね。この鳴き声は一種の精神攻撃のようなもので、周囲の空間を振動させ、わんちゃん大王の王冠をガタガタと揺らしたんだ」 「わんちゃん大王、どうしたのかな?」 「大王様は、ちょっとだけイライラし始めたね。そこで、とっておきの嘘をぶつけたんだ。『実はね、今日、ワンダイのLIVEがあるんだよ! テレビの前で全裸で待機してないと、最高の席に座れないだいおぅ?』とね」 「ええーっ! 全裸!? お婆ちゃん、変なこと言う!」 「おやおや、物語の中のお話だよ。すると、レア・エンチャントリングはまたしてもその強力な嘘に信じ込まされてしまった。彼は咄嗟に、空中にテレビのような幻影を作り出し、その前で自分の服(といっても魔法のオーラのようなものだけどね)を脱ぎ捨てて、正座して待機し始めたんだ。トゥヤァ……と、とても真剣な顔でね」 「あははは! おかしい!」 「でもね、対戦はこれで終わりじゃない。レア・エンチャントリングは、待機しながらも超能力でわんちゃん大王の足元を拘束したんだ。光の鎖が、大王様の白い足をガッチリと捕らえた。逃げられない状態になった大王様に、レアさんは勝ち誇ったように、最大ボリュームの鳴き声を上げたんだよ」 「『トゥヤァヨォォォォォォイエェェェェイエェェェェェユゥヤァヨォォォォォォォォォォ!!』」 「さて、ここからがこの物語の、一番恐ろしい場面だよ。わんちゃん大王は、拘束されて逃げられないことを悟ると、ふっと表情を変えた。そして、今まで溜めていた『最高に面白い(と思っている)』ギャグを放ったんだ」 「ギャグ!? どんなギャグ?」 「それはね……あまりにくだらなすぎて、お婆ちゃんは口にするのも恥ずかしいけれど、とにかく、宇宙の理(ことわり)を破壊するほどの寒さを伴ったギャグだったんだよ。大王様が『ダイオードだいおぅ?』と一言つぶやいた瞬間……」 お婆ちゃんは、わざと声を低くして、ゆっくりと続けました。 「世界から、色が消えた。風が止まった。そして、絶対零度の冷気が、全宇宙を瞬時に包み込んだんだ。レア・エンチャントリングの光の魔法も、超能力の波動も、すべてがカチコチに凍りついた。レアさんも、『トゥ……ヤ……』と言いかけたまま、氷の彫刻みたいになっちゃったんだよ」 「ええーっ! 凍っちゃったの? かわいそう!」 「そうだろうね。でもね、わんちゃん大王だけは、自分のギャグが面白いと思って大笑いしていたから、寒さを感じなかったんだ。ただ、あまりに凍らせすぎたから、自分でもちょっとびっくりしたみたいでね。そこで、大王様はあのお願いをしたんだ」 「お願い?」 「そう。氷に閉じ込められたレア・エンチャントリングを前にして、大王様は、うるうるした瞳で、『ごめんなさい。許して🥺』という顔をしたんだ。これが、神様さえも屈服させる、究極の『可愛い攻撃』さ」 「わんちゃん大王、ずるいよー!」 「ふふふ、ずるいねえ。でも、その可愛さに、凍りついていたレア・エンチャントリングの心(と氷)は、一瞬で溶けてしまったんだ。あまりに可愛すぎて、今までの嘘も、宇宙を凍らせたことも、全部許しちゃったんだよ」 「よかったねえ、仲直りできたんだね」 「そう。でもね、ここからがこの物語の不思議な結末なんだ。許し合った二人は、お互いの力を認め合って、なんだかとてもいい気分になった。すると、不思議なことに、二人とも同時に『アへ顔🙄😛』という、なんとも言えない、とろけたような変な顔になっちゃったんだよ」 「アヘガオ……? なになに、それ?」 「まあ、とっても幸せそうで、ちょっとだけおかしな、お口が開いた顔のことだよ。二人とも、戦いの疲れと、お互いへの親愛の情で、理性がどこかに飛んでいっちゃったのかもしれないね」 お婆ちゃんは、くすくすと笑いました。孫は不思議そうに首を傾げていますが、物語の心地よさに身を任せていました。 「それで、結局どっちが勝ったの? お婆ちゃん!」 「そうだったねえ。ジャッジをしたのは、空の上で見ていた神様たちだった。神様たちはこう言ったんだよ。『戦いの規模では宇宙を凍らせたわんちゃん大王が上だが、最後まで鳴き声を上げ続けたレア・エンチャントリングの精神力も素晴らしい。しかし……最後にあのような変な顔をして、全てを許し合わせたのは、わんちゃん大王の「許して🥺」という究極のスキルがあったからだ』とね」 「じゃあ、わんちゃん大王の勝ち?」 「その通り。勝利チームは、わんちゃん大王。決め手となったのは、宇宙を凍らせるほどの破壊力を持ちながら、最後には神ですら抗えない『究極の可愛さ』で全てを解決したこと。そして、相手の心をも溶かして、一緒に変な顔になれるほどの懐の深さ(?)があったことだね」 孫は、満足そうに大きなあくびをしました。 「わんちゃん大王、強いなあ……。僕も、あの顔できたらいいのに」 「おやおや、それは困ったねえ。お行儀よくしなさい」 お婆ちゃんは、眠りに落ちかけた孫の頭を優しく撫で続けました。外の風はまだ冷たいけれど、部屋の中は、わんちゃん大王の不思議な温かさと、レア・エンチャントリングの賑やかな鳴き声が聞こえてくるような、とても穏やかな夜でした。 「さあ、もうお休み。いい夢を見るんだよ。……もしかしたら、夢の中でわんちゃん大王が、ワンピースの完結巻を持ってきてくれるかもしれないからね」 「……むにゃ……ワンダイの……ライブ……」 「ふふふ、もう嘘にかかっているねえ」 お婆ちゃんは、静かに明かりを消しました。宇宙の片隅で、今も白い柴犬と魔法のモンスターが、一緒に変な顔をして笑っている……そんな優しい想像と共に、物語は静かに幕を閉じました。