白銀の照明が、巨大なアリーナを昼よりも明るく照らしていた。 満員の観客席から、地鳴りのような歓声が押し寄せる。四つの入場門が開き、戦場へと歩み出た者たちを、実況魔法少女サケキが空中の箒から見下ろした。 「ずぅええええ! 始まります、始まりますよぉおおお! 本日の決戦は、静水の拳・神を降ろす格闘家・幸福の巡礼者・黒翼の概念兵装開発主任! 誰が最後まで立っているのか、まったく予測不能ですぅううう!」 サケキはまず、選手たちの前へ降り立った。 「開戦前インタビュー! まずは明鏡淮南さん、意気込みをどうぞ!」 明鏡淮南は、歓声にも視線を揺らさなかった。水面のように静かな瞳が、ただ戦場の全てを映している。 「私は、私であるために戦います。勝敗は結果に過ぎません。目の前にある自我を、正しく見届けます」 「静かだぁああ! しかし、その拳は静かではありません! 次、神代誠さん!」 白髪の少年は白いパーカーのポケットに手を入れ、淡々と答えた。 「相手が誰であろうと、やることは変わらない。自分の持てる手段で、最後まで戦う」 「クール! 短い! でも熱い! 続いてルミエールさん!」 柔らかな金髪の青年は、穏やかな笑みを浮かべて一礼した。 「皆さんが、この戦いの先で何かを得られるように願っています。私は、どんな運命も受け入れ、その中にある希望へ歩みます」 「希望を語る者が、絶望的な戦場に立つ! さあブランさん!」 黒い六翼を広げた褐色肌の女が、黒縁眼鏡を押し上げる。黒い天使の輪が、彼女の背後で冷たく回転した。 「実戦でしか採取できないデータがある。あなたたちの能力、反応、限界……興味深い標本になりそうね。もちろん、私自身も研究対象よ」 「研究者魂全開だぁああ! それでは、試合開始ぃいいい!」 鐘が鳴った。 最初に動いたのはブランだった。六枚の翼が一斉に開き、黒い粒子が彼女の周囲へ集まる。粒子は一本の長槍へと凝縮した。 「顕現。《断絶の槍》」 槍の穂先が、空間と空間のつながりを断つ。正面から受ければ、武器も防御も意味を失う概念兵装だ。 「どぅわああああ! いきなり概念兵装! これは触れたものの“続き”を断つ槍ですぅうう!」 ブランは淮南へ踏み込んだ。しかし、淮南は避けなかった。槍が肩口へ迫る寸前、彼女の拳が放たれる。 音が消えた。 拳は槍を防いだのではない。槍を握るブランの自我――“自分は武器を顕現し、戦場を解析している”という存在の根へ、正確に届いた。 ブランの指が一瞬、止まる。 「……なるほど。防御不能、回避不能という説明は、比喩ではないのね」 彼女は翼を爆発的に展開し、後方へ退いた。攻撃の損傷は浅い。それでも、淮南の拳が触れた箇所から、意識の輪郭が震えていた。 「今の一撃、ブランさんの存在認識そのものを穿ったぁああ! ですがブランさん、即座に分析へ移行!」 黒い粒子が幾重にも集まり、今度は巨大な鐘となった。 「顕現。《忘却の鐘》」 鐘が鳴る。音波ではない。聞いた者の“直前の判断”を曖昧にする呪術的概念が、アリーナ全体へ広がった。 観客席がざわめく。神代誠の足が止まり、ルミエールの笑みがわずかに薄れた。 だが、淮南だけは静止していた。 心に波は立たない。忘却すべき判断も、揺らぐべき自我も、彼女の中では明鏡の底に沈んでいる。 「効かない……? 違う。効いているのに、揺らぎが生じないのね」 「ブランさんの研究眼が光るぅう! しかしそこへ神代さんが来たぁああ!」 神代誠は両手を組み、低く告げた。 「北欧神話。トール」 白髪が赤銅色へ変わる。雷が少年の全身を駆け抜け、手元に短柄の戦槌が現れた。 「神降ろし、完了。……行く」 雷槌が振り下ろされる。ブランは六翼を盾にしたが、衝撃が翼を弾き飛ばし、地面を大きく砕いた。 「雷神トール! 圧倒的な打撃力ぅうう! でもブランさんはまだ倒れない!」 ブランは地面を滑りながら、黒い羽根を一枚切り離した。羽根は無数の刃へ変わり、四方から神代へ襲いかかる。 「顕現。《因果収集針》」 刃の一本一本が、命中した攻撃の軌道を記録する。神代が次に同じ動きをすれば、その軌道を先回りして穿つ武器だ。 神代は雷槌を投げた。針が槌の軌道を追い、彼の身体へ集中する。 しかし彼は、空になった両手で踏み込み、総合格闘技の投げを選んだ。予測された武器の軌道ではなく、体重移動と崩し。ブランの懐へ入り、肩を掴む。 ブランは翼を地面に突き刺し、投げの勢いを相殺した。二人の身体が密着し、拳と肘、膝が何度も交差する。 神の身体能力と、ブランの六翼による立体機動。互いに一歩も譲らない。 「どぅわああああ! 神代さんの打撃、ブランさんの翼操作、完全な近接戦! 概念兵装だけじゃない、肉体技術の応酬ですぅうう!」 その間に、ルミエールが歩き出していた。 飛来した黒刃が偶然、彼の足元の石へ突き刺さる。砕けた石片が跳ね、神代の雷槌を弾き飛ばした。雷槌は地面で一度跳ね、ルミエールの手元へ滑ってくる。 「これは……お借りしますね」 ルミエールは槌を神代へ返すように放った。だが、その軌道は偶然にもブランの翼をかすめ、彼女の姿勢を崩す。 「幸福が連鎖しているぅうう! ルミエールさん、攻撃していないのに戦場の全てが勝機へ変わっていく!」 「偶然ではないわね」ブランが言った。「運命そのものを収束させている」 「ええ。けれど、あなたの不運もまた、あなたの歩みを支えるものになるでしょう」 ルミエールの声は穏やかだった。 次の瞬間、彼の足元が崩れた。地面の亀裂へ落ちかける。しかし落下先には、先ほど砕けた石が積み重なり、即席の足場を作っていた。 ルミエールはその足場を蹴り、淮南へ迫る。 淮南は拳を構えた。 ルミエールの幸福は、攻撃すら幸福へ変える。彼の周囲では、命中に至る可能性が無数に開いていた。 だが、淮南の視線は揺れない。 「あなたの幸運も、あなた自身の在り方も、視えています」 正拳が突き出される。 ルミエールは首を傾け、拳を紙一重で外した。避けたのではない。幸福の収束が、最も生存率の高い動きを選んだのだ。 しかし淮南は拳を引かなかった。彼女の手首を掴もうとしたルミエールの指へ、掌底が続く。 ルミエールの笑みが崩れる。 自我を穿つ拳は、幸福を壊さない。幸福を幸福たらしめる“自分自身の認識”へ届く。 彼の中の均衡が大きく揺れ、幸福と不幸の収束が一時的に乱れた。 そこへ雷鳴が落ちる。 「終わってない」 神代誠が雷槌を握り、トールの神技を解き放った。雷撃は淮南とルミエールの間へ落ち、二人を分断する。さらにブランが黒い粒子を束ねた。 「顕現。《死線の檻》」 黒い線が空中に走り、四人を囲む。触れた存在の“次の行動”を制限する檻だ。 神代は雷槌を振り、檻を破ろうとする。淮南は線を恐れず歩み、ルミエールは檻の中で僅かな幸福の道を探す。 ブランは三人の反応を観測しながら、さらに武器を顕現させた。 「《終端の鍵》」 黒い鍵が、アリーナ中央へ浮かぶ。回せば、檻の中にいる者の戦闘継続という可能性を閉じる兵装。 だが、鍵を掴む直前、淮南が一歩踏み込んだ。 明鏡止水。 無音の正拳が、ブランの胸元へ届く。 ブランの自我が穿たれた。兵装を生み出す研究者としての自分、未知を集め続ける自分、その全ての根にある“私は何を知りたいのか”という問いが、剥き出しになる。 彼女の指から鍵が落ちた。 しかしブランは倒れなかった。むしろ、眼鏡の奥の瞳に強い光を宿す。 「……素晴らしい。これほど純粋に、存在へ届く力があるなんて。なら、記録する価値は十分ね」 彼女は自らの黒い輪を外した。 「顕現。《観測者の墓標》」 黒い輪が巨大化し、戦場全体を覆う。全ての行動を観測し、観測された者の“勝利条件”を一つずつ削っていく兵装だった。 四人の動きが鈍る。 神代はトールの力をさらに引き出そうとするが、神降ろしによる負荷が肉体を蝕む。ルミエールは未来の幸福を借り続け、幸福と不幸の収束による反動を受ける。淮南はただ静かに立つ。ブランは兵装の維持に全精神力を注ぐ。 誰もが限界だった。 ルミエールが息を吐いた。 「ならば、ここで皆さんに一つずつ、勝機をお渡しします」 招福が発動する。 神代の足元に、雷槌を再び拾える位置が生まれた。淮南の前には、死線の檻に生じた僅かな間隙が開いた。ブランの兵装には、彼女自身が見落としていた一つの接続不良が浮かび上がった。 「私にも、勝機を?」ブランが問う。 「はい。あなたが最後まで歩める可能性も、幸福ですから」 ブランは笑った。 「なら、利用させてもらうわ」 ブランは接続不良を逆利用し、観測者の墓標の出力を一点へ集中させた。巨大な黒い輪が淮南へ向く。 神代が雷槌を振り、輪の一部を砕く。ルミエールがその破片を蹴り、軌道を変える。破片はブラン自身の兵装へ戻り、墓標の構造をさらに崩した。 その一瞬、淮南が歩いた。 彼女は誰の攻撃も避けず、誰の防御も破らない。ただ、全員の自我を見通し、最も深い一点へ拳を置く。 最初に神代へ向けて拳を放つ。 トールの力ではなく、神代誠自身へ。神を降ろす者としての自分、神の力を借りる自分、その全てを見据えた一撃。 神代は雷槌を盾にした。防御は意味をなさない。拳が届く。 彼は膝をついたが、意識を失う前に淮南の手首を掴んだ。 「……見えたなら、これも読めるはずだ」 神代は最後の力で、総合格闘技の崩しを使った。淮南の体勢がわずかに傾く。 ルミエールがそこへ踏み込む。彼の拳は淮南を倒すはずだった。 だが、幸福の収束が別の道を選んだ。拳は淮南の肩をかすめ、地面へ落ちる。反動でルミエールの足がもつれた。 淮南の正拳が、ルミエールへ届く。 彼は笑みを残したまま、静かに倒れた。 「ルミエールさん、場外! しかし最後まで希望を繋いだぁああ!」 残るは三人。 ブランは黒い翼を最大出力で展開した。無数の概念武器が空を埋め尽くす。槍、鎌、鍵、鏡、鐘。全てが異なる作用を持ち、全方位から襲いかかった。 神代は雷を纏い、武器の隙間を縫う。淮南は一歩ずつ進む。攻撃は彼女の自我を捉えられず、ただ周囲の床を砕いていく。 神代が雷槌を投げた。ブランは《断絶の槍》で軌道を断つ。しかし槌は途中で落ち、神代の蹴りによって再び加速した。 雷槌がブランの翼を打つ。 ブランは吹き飛ばされながらも、《終端の鍵》を顕現し、神代の足元へ突き立てた。神代の神降ろしが解除される。髪が赤銅色から白髪へ戻った。 彼は立ち上がろうとしたが、限界を迎えた。 「神代さん、場外! 残るは淮南さんとブランさん、二人ぃいい!」 ブランは片膝をつき、黒い翼の一枚を失っていた。それでも彼女は最後の武器を顕現する。 「これが私の収集品の中で、最も危険な概念よ。《自己否定の標本》」 黒い結晶が浮かび、触れた者の自我を内側から分解する。淮南の明鏡止水へ、初めて真正面から干渉する武器だった。 観客席が息を呑む。 結晶が淮南の胸へ迫る。 淮南は、避けなかった。 「あなたは、自分の武器を信じている。研究者としての自分を。けれど、その奥にあるものも、視えています」 彼女は拳を握った。 「あなたは、知りたいのではない。知ることで、誰かと繋がりたい」 ブランの瞳が見開かれる。 明鏡止水。 正拳が、自己否定の標本を貫いた。黒い結晶は砕け、その衝撃は武器の持ち主であるブランの自我へ届く。 ブランは倒れず、最後の一歩を踏み出した。黒い翼を一枚だけ広げ、淮南の背後へ回り込む。 「それでも、私は観測する。あなたの真我が、どこまで揺るがないのか」 黒い輪が淮南の足元を封じた。ブランは全ての残存粒子を一点へ集め、無数の黒い針に変える。 淮南は振り返らない。 水滴が、心の水面へ落ちた。 その瞬間、彼女は拳を放った。 同時に、ブランの針も放たれる。 黒い針が淮南の肩、脇腹、脚をかすめる。淮南の拳はブランの胸元へ届く。 互いに、最後の一撃。 ブランの自我が揺らぎ、翼が消える。淮南もまた、負傷によって片膝をついた。 しかし、判定は明確だった。 ブランの身体が場外線を越えた。 静寂。 次の瞬間、アリーナが爆発したような歓声に包まれる。 「勝者はぁあああ! 《真我の魔法少女》、明鏡淮南さんですぅうう! どぅわあああああああ!」 淮南は立ち上がり、倒れた三人を静かに見つめた。 「皆さんの自我は、確かにここにありました。だからこそ、私も自分を失わずに済んだのだと思います」 サケキが四人へ駆け寄る。 「激闘を終えて、キャラ毎の感想インタビューです! まずは勝者、淮南さん!」 「勝敗よりも、皆さんが自分自身で戦ったことに意味があります。私の《明鏡止水》は、相手を否定する武ではありません。存在を見つめ、その奥へ届く武です」 「宣伝もお願いします!」 「私、明鏡淮南は、これからも真我を見つめます。迷いの中にいる人へ、静かな一歩を届けられるように」 「続いて神代誠さん!」 神代は白髪へ戻った頭を軽く振り、立ち上がる。 「負けた。でも、相手の力は見えた。神を降ろすだけじゃない。自分自身の技術も、もっと磨く必要がある」 「宣伝をどうぞ!」 「神代誠。次は別の神を降ろす。ギリシャでも、北欧でも、日本でも、勝つまで試す」 「ルミエールさん!」 ルミエールは穏やかな笑みを浮かべた。 「素晴らしい戦いでした。敗北もまた、次の幸福へ至る道です。皆さんがこの戦いで得たものが、いつか誰かの希望になりますように」 「宣伝も!」 「私は、どんな不幸の中にも幸福への道を探します。希望を必要とする人のもとへ、いつでも歩いていきます」 「最後はブランさん!」 ブランは眼鏡を拾い、傷ついた翼を確認した。 「極めて有意義な実戦だったわ。明鏡止水は、単なる攻撃ではない。対象の存在認識へ到達する、観測不能の一撃……研究課題が増えたわね」 「ブランさん、負けた感想は?」 「敗北は貴重な資料よ。次は、あの拳を解析して対策を作る。もちろん、彼女の許可が取れたらだけれど」 「宣伝をお願いします!」 「帝国死神機関、概念兵装開発主任ブラン。未知の概念、呪術、武器に興味があるなら、私の研究室へ。代償と引き換えに、面白いものを見せてあげる」 サケキは空高く飛び上がり、杖を掲げた。 「四人の戦士、全員が己の力と信念を示しました! 勝者は一人、されど戦いの価値は一つではありません! 本日の激闘、これにて終幕ぅううう! ずぅえええええええ!」