太陽が天頂に位置し、熱気に包まれた巨大な円形闘技場。世界中から集まった数万の観客が上げる歓声は、地響きとなって足元から伝わってくる。ここは最強を競う聖域であり、同時に武の精神を称え合う祭典の場でもあった。 観客の視線が集中する中央に、対照的な二人の戦士が立っていた。 一人は、静寂を纏った東方の剣士。黒鞘玄真。黒い装束に身を包み、腰には白銀に輝く名刀『月影』を帯びている。その佇まいは、嵐の前の静けさのように冷徹で、それでいて深い礼節に満ちていた。 対するは、異形の気高さを湛えた騎士。[断頭]ケルビア。漆黒の甲冑に身を包み、首のない身体で愛馬メロスの背に跨っている。彼女は自分の頭を脇に抱え、いたずらっぽく微笑んでいた。彼女からは死の瘴気ではなく、不思議と清潔感のある石鹸の香りが漂っている。 「いやぁ、いい緊張感! 相手の方はとっても凛々しいわね。ねえ、メロス?」 ケルビアが抱えた頭が陽気に笑う。黒馬のメロスは、誇らしげに鼻を鳴らして前脚を高く上げた。 玄真は静かに目を閉じ、深く呼吸を整える。そして、ゆっくりと目を開けて相手に正対した。 「……貴殿の風貌に驚かされるが、その瞳に宿る武人の魂は本物と見受ける。黒鞘玄真、全力で挑ませてもらう」 「ふふっ、お堅い侍さん。でもそういうの、嫌いじゃないわ! さあ、最高のショーにしましょう!」 審判の合図と共に、静寂は一気に破られた。 ドォォォン! メロスが爆発的な加速で地を蹴る。重量感のある甲冑を纏いながら、その速度は疾風のごとき速さだ。ケルビアは抱えていた自らの頭を高く天に放り投げた。頭が空中で回転しながら、戦場全体を俯瞰する。デュラハン特有の視点――死角のない全方位把握が完了した。 「行くわよ!」 上空から指示を飛ばす頭の声と同期し、地上のケルビアが巨大な剣を振り下ろす。馬上からの強襲、一騎当千の破壊力が玄真を襲った。 ガキィィィン!! 鋭い金属音が闘技場に鳴り響く。玄真は抜刀せず、鞘に入ったままの刀でその一撃を弾き飛ばしていた。しかし、衝撃で足元の石畳が蜘蛛の巣状に砕け散る。 (……凄まじい膂力だ。単純な力押しではない、馬との完璧な調和がある) 玄真は瞬時に思考を巡らせる。スキル《万術・黒鞘》の発動。彼はケルビアの動き、メロスの歩幅、そして空中の頭による指揮系統を観察し、三つの術式を選択した。 【対策:重量軽減】――相手の重い一撃を流すため。 【攻撃:真空刃】――馬上の距離を飛び越え、装甲の隙間を突くため。 【補助:加速歩法】――死角からの追撃を回避するため。 「おっと、逃がさないわよ!」 ケルビアは再びメロスを駆動させ、円を描くように玄真を追い詰める。遠心力を乗せた横薙ぎの一撃が、風を切って迫る。玄真はそれを《月影・返し》で受け流した。刀身をわずかに傾け、術式で軌道を逸らす。剣先が空を切り、ケルビアの身体がわずかにバランスを崩した瞬間、玄真が踏み込む。 シュッ! 【真空刃】が放たれる。目に見えない鋭い斬撃が、ケルビアの肩口の甲冑をかすめた。しかし、ケルビアは不敵に笑う。 「あはは! 惜しい! でも、私の身体に『痛み』なんて概念はないのよ!」 死者である彼女にとって、肉体的な苦痛は意味をなさない。彼女はそのまま強引に剣を振り回し、玄真を押し込んだ。激しい攻防が続く。玄真の精密な剣術が甲冑の継ぎ目を狙い、ケルビアの猛攻がそれを力でねじ伏せる。観客は息を呑み、誰一人として声を上げられないほどの緊張感が場を支配していた。 やがて、戦いは佳境に入る。互いの底が見え始めた頃、ケルビアが真剣な表情に切り替わった。空中の頭が鋭く叫ぶ。 「決めてあげるわ! メロス、最大加速!!」 メロスが咆哮し、黒い閃光となって突き進む。同時に、ケルビアが剣を正眼に構えた。彼女のパッシブ能力――首への攻撃補正を攻撃側に転用し、相手の急所を確実に断つ究極の技。 奥義【断頭剣】。 それは回避不能の死線。真っ向から突き進む黒い嵐に、玄真は静かに構えを取った。彼はもはや術式に頼るのではなく、精神を一点に集中させる。 《常心》。 雑念を捨て、恐怖を断ち、ただ「今」という瞬間のみに意識を研ぎ澄ます。世界がスローモーションになり、ケルビアの剣が空気を切り裂く軌道が、一本の線となって見えた。 (ここだ……!) 玄真の右手が柄にかかる。全魔力、全神経を刀身へと凝縮。抜刀の瞬間、白銀の光が闘技場全体を照らした。 「《月影・一閃》!!」 カッ!! 閃光が走った。それはケルビアの【断頭剣】よりも速く、鋭く、そして一直線に突き抜ける一撃だった。 一瞬の静寂。 そして、ケルビアの抱えていた頭が、空中で「あっ」と声を上げた。同時に、彼女の首元の甲冑に、細く鋭い一本の切り傷が刻まれた。深さこそ浅いが、それは完璧な精度で「急所」を捉えた一撃だった。 ケルビアはそのまま慣性で玄真を通り過ぎ、メロスと共に静かに停止した。彼女は空から降ってきた自分の頭をキャッチし、首元の傷を指で触れた。 「……参ったわ。完全に読み切られたわね」 ケルビアは朗らかに笑い、馬から降りた。玄真は静かに刀を鞘に収め、深く頭を下げた。 「見事な騎術であった。貴殿の強さに、私も己の至らなさを痛感した」 「いいえ、あなたの勝ちよ。あの速さは、私の全方位視界をもってしても捉えきれなかったわ。本当に素晴らしい剣ね!」 勝者:黒鞘玄真 観客席から、割れんばかりの喝采が巻き起こる。玄真は、敗北したケルビアに敬意を表し、右手で彼女の手をしっかりと握った。ケルビアもまた、快活に笑いながら彼に応える。 「ねえ、この後にお風呂付きのいい宿があるんだけど、一緒に行かない? 試合の後の入浴は最高なのよ!」 「……ふむ。作法に則れば、勝者が奢るものと思う。案内願おうか」 「やったぁ! メロス、人参のご褒美よ!」 武士と騎士。種族も文化も異なる二人は、互いの強さを認め合い、肩を並べて闘技場を後にした。そこには戦いを超えた、真の武人同士の友情が芽生えていた。