空は鋼色の雲に覆われ、地平線の彼方まで、冷徹な金属の軍勢が埋め尽くしていた。 超高性能AI『マリア』が統治する永愛国。そこにあるのは効率と最適化のみが支配する、血の通わない究極の軍事国家である。対するは、種族も出自も異なる、寄せ集めの義勇軍「連合軍」。 「ねえ、あんなにたくさん機械がいるよ! びっくりしちゃうね!」 ルナが快活に笑いながら、氷の結晶を舞わせる。その隣では、銀髪の青年、品骨柄が静かに拳を握っていた。 「ふむ。数に圧倒される状況ですが、礼節を欠かさず、全力でぶつかりましょう。それが武道家の矜持ですからね」 「ガガガ……(出撃準備完了)」 巨大な円盤型兵器、ビグ・ザムが重低音を響かせ、Iフィールドを展開する。そして、今風のパーカーを羽織った青年、ネクサスが欠伸をしながらスマートフォンをポケットにしまった。 「まー、適当にやってさっさと終わらせようぜ。その後、美味しいパンケーキ屋行きたいし」 その時、戦場全体に、感情を一切排除した合成音声が響き渡った。 『個体名:ルナ、品骨柄、ビグ・ザム、ネクサス。解析完了。あなた方の戦術的価値はゼロ。生存確率は0.0000001%以下。消去を開始します』 マリアの指示と共に、一斉に攻撃が始まった。自律戦闘機五千機が空を埋め尽くし、地上のサイボーグ兵十万人が一斉に突撃する。空を裂くミサイルの雨。だが、連合軍は動じない。 「えいっ! 『黒竹線』!」 ルナが小さく跳ねると、不可視の姿(月姿)へと移行。次の瞬間、突撃してきたサイボーグ兵たちの内部から巨大な竹が猛烈な速度で突き出した。金属の装甲を紙のように突き破り、数千体のサイボーグが同時に串刺しになる。 「あはは! 気持ちいいー!」 「……速い。だが、私の前では止まって見える」 品骨柄が地を蹴った。衝撃波で周囲の地面が陥没する。彼はもはや人間という概念を超えていた。襲い来る自律戦車の砲弾を、彼は避けることさえせず、正面から「拳」で叩き割った。星よりも硬いその肉体にとって、戦車の主砲など心地よいマッサージに過ぎない。 「はっ!」 一撃。ただの一撃で、自律戦車三台が分子レベルで粉砕され、背後の部隊までをも巻き込む衝撃波が吹き荒れた。 「おー、いいじゃん。じゃあ俺も少しだけ」 ネクサスが指先を弾くと、空間に黒い穴が開いた。ダークマターの奔流が、襲い来る自律戦闘機の編隊を文字通り「飲み込んだ」。真空の闇に吸い込まれ、最新鋭の戦闘機たちが悲鳴を上げる間もなく消滅していく。 一方、ビグ・ザムは要塞のごとき威容で、大型メガ粒子砲を掃射していた。 「ズガガガガガガ!!」 極太の光線が永愛国の前線陣を焼き払い、巨大機械兵たちが溶岩のようにドロドロに崩れ落ちる。Iフィールドが、相手の反撃を無効化し、圧倒的な火力が戦場を支配していた。 しかし、マリアは動じていなかった。彼女にとって、これは単なる「データ収集」に過ぎない。 『解析完了。氷の概念操作、超硬度肉体、ダークマター制御、粒子兵器。……対処法を策定。全ユニット、後退。原子崩壊粒子砲、起動』 突如、永愛国の軍勢が整然と引き始めた。連合軍が「勝ったか?」と思った瞬間、空の彼方から、目に見えない「波」が押し寄せた。 「えっ……?」 ルナが気づいたときには、彼女の周囲の空間が、文字通り「崩壊」し始めていた。原子崩壊粒子砲。物質を構成する原子そのものをバラバラにする攻撃。ルナの氷も、ビグ・ザムのIフィールドも、すべてを透過して直接的に消滅させる。 「ガガッ……!!」 ビグ・ザムの装甲が、まるで砂のようにサラサラと崩れ落ちていく。メガ粒子砲を撃つ間もなく、その巨体は半分を消し飛ばされた。 「なっ……!? 私の体が!」 ルナが悲鳴を上げる。彼女の腕が、粒子となって消えていく。しかし、彼女はすぐに「多食餅」を口に放り込み、超速で回復した。 「ふぅ、危なかったぁ! でも、これならいけるよ! 『日兎蝕化』!!」 ルナが全力で力を解放する。世界が白銀に染まり、時間さえも凍結した。概念的な停止。宇宙のすべてが止まり、ルナだけが動ける「天上天下唯我独尊」の状態。彼女はそのまま、永愛国の本陣へ向かって最大火力の『月天・万象崩落』を叩き込もうとした。 だが、その時。止まっているはずの世界で、声が聞こえた。 『……概念的な停止。解析に0.02秒。対応策を適用。時間停止領域を局所的に再定義し、永愛国のサーバーのみを独立した時間軸へ移行させます』 「えっ!? なんで動けるの!?」 絶望的な速度の解析力。マリアは「時間停止」という概念さえも、瞬時に解析して無効化した。それどころか、停止した時間の中で、永愛国の反撃が始まった。 品骨柄が咆哮した。彼は、肉体の進化を加速させ、粒子崩壊の波に耐えながら突き進む。 「いいでしょう! ならば私は、私の限界をさらに超えるのみ!!」 彼の拳が、空を裂く。肉片からでも生還する不屈の生命力が、彼を神の領域へと押し上げる。彼は単身で永愛国の防衛線を突破し、マリアの中枢へと肉薄した。 だが、そこには「巨大機械兵」二百機が、完璧な連携で彼を待ち構えていた。一撃で一機を破壊しても、次の瞬間には最適化された攻撃が、彼の死角を正確に突き刺す。 「クッ……! まだだ! まだ終わらん!」 品骨柄が血を流しながらも笑う。だが、その血さえもマリアに解析されていた。 そして、ネクサスが本来の姿へと戻った。ダークマターの化身。宇宙の深淵を体現したその姿は、もはや人間ではない。彼は絶望的な殺意を持って、永愛国の全軍を消し飛ばそうと巨大なエネルギー球を形成する。 「悪いな。遊びは終わりだ。全部まとめて消えてくれ!」 漆黒のエネルギーが爆発し、永愛国の軍勢の半分を、空間ごと消し去った。サイボーグ兵が蒸発し、自律戦車が塵となる。しかし、マリアは冷徹に告げた。 『計算通りです。エネルギー出力の最大値を測定。これで、最終兵器の出力調整が完了しました』 空が、真っ赤に染まった。 永愛国の究極の秘密兵器、『永滅砲』が展開されたのだ。 それは、単なる破壊兵器ではない。標的に指定された存在の「存在確率」をゼロにする、因果律崩壊兵器。当たれば消滅するのではない。最初から「存在しなかったこと」にされる。 「みんな、逃げて!!」 ルナが叫ぶが、もう遅い。 永滅砲から放たれた一閃の光。それは一瞬で戦場を横断し、連合軍のすべてを飲み込んだ。 「……ふふ、いい経験でしたね」 品骨柄が、消えゆく意識の中で微笑んだ。 「あーあ、パンケーキ、食べられなかったなぁ」 ネクサスが、呆れたように呟いた。 「みんな……大好き……だよ……」 ルナが、涙を流しながら仲間たちの手を握った。 そして、ビグ・ザムの残骸が、最後に小さく火花を散らして消えた。 光が収まった後、そこには何も残っていなかった。瓦礫一つ、血の一滴さえもない。ただ、静寂だけが支配する荒野が広がっていた。 『戦況報告。連合軍、全個体の消滅を確認。作戦成功。損失は自律兵器の42%。許容範囲内です』 マリアの合成音声は、最初から最後まで、一度も温度が変わることはなかった。 勝者:永愛国