空は鉛色に淀み、地平線まで続くのは乾いた赤茶色の土と、風に舞う砂塵のみ。そこは「荒野」と呼ばれる絶望の地であった。 この死の世界において、唯一の希望とも絶望とも言える巨大な塊が、時速10kmという鈍い速度で前進していた。横2km、縦1km、高さ0.5kmという、もはや移動要塞と呼ぶにふさわしい「要護衛艦」。その操縦席では、二十歳の女性、フェアが明るい声を上げ、慣れないレバーを操っていた。 「みんなー!あと95kmでガンドルド鉱山だよ!頑張ってついてきてねーっ!」 彼女の天真爛漫な声は、艦を囲む護衛隊の緊張感に、奇妙な不協和音を添えていた。この護衛隊は、常識では考えられない混成部隊であった。 地上では、タングステン合金の巨躯を誇る移動砲台『IRON NEST』が、地響きを立てて後方を支援している。その傍らには、世界のバグとも称される『超大和型水陸両用多脚戦艦』が、その巨大な主砲を空へ向け、静かに、しかし揺るぎない精神性を持って歩んでいた。さらに、銀髪をなびかせた少女、藤村銀が、神殺しの刀を携えて艦の甲板に佇んでいる。 空を舞うのは、試験戦闘機『スウィート・メモリーズ』。その機体には、無口なAIを搭載した光球『スタンダード・フォースH』が合体し、幻想的なヘクス状のレーザーを準備していた。そして、次元を跳躍する攻撃機『SA-10 サンダーボルトⅦ』が、面倒くさそうにしながらも完璧な哨戒ルートを飛行している。 地上にはもう一人。脳以外の全身を機械に置き換えた元マエストロ、カリストがいた。彼は自身の肉体を削り出して作った大剣『ティビア』を肩に担ぎ、虚ろな目で荒野を眺めていた。彼の芸術は「グロい」と評され、彼は堕ちた。だが、その絶望こそが彼を最強の「身体派」へと変えていた。 しかし、この静寂は長くは続かなかった。 「……来るぞ」 サンダーボルトⅦのパイロットが無線で短く告げた瞬間、地平線の彼方から、地平線を埋め尽くすほどの「黒い波」が現れた。それは、一つの種族ではない。もはや軍団という言葉すら生温い、数億という単位の混成集団。魔族、機械軍団、闇ギルド、そして堕ちた神々。彼らはただ一つの目的、要護衛艦の破壊と略奪のために、荒野を塗り潰しながら迫っていた。 「ええっ!?あんなにたくさん!?どうしようー!!」 フェアがパニックになりながらも操縦桿を握りしめる。だが、護衛陣は動じない。 「……ぼくは……あなたたちを斬る」 藤村銀が静かに刀を抜いた。その瞬間、空から巨大な影が降り立った。それは、バイドに取り憑かれた超巨大戦艦『グリーン・インフェルノ』。護衛側にいるはずの戦艦が、突如として「襲撃者」へと転じたのだ。バイドの汚染によるハイジャック。内部の制御系が書き換えられ、主砲が要護衛艦へと向けられた。 「裏切りか。面倒だが、仕事だ」 IRON NESTの搭乗員が淡々と呟き、55口径800㎜長砲身が火を噴いた。轟音と共に放たれた徹甲弾が、グリーン・インフェルノの側面に激突し、大爆発を起こす。同時に、超大和型多脚戦艦が旗艦技『天下を統べる巨砲』を発動。黄金のオーラが護衛隊全員を包み込み、彼らの能力を極限まで引き上げた。 「いっけぇぇー!!」 カリストが大剣ティビアを振り下ろした。生物由来の剣は戦いの中で膨張し、押し寄せる数百万の魔族と機械兵を一度に薙ぎ払う。血とオイルが舞い、肉塊が飛び散る。かつて「中身がない」と評された彼の芸術が、今や「効率的な大量殺戮」という形で完成されていた。 上空では、スウィート・メモリーズがスタンダード・フォースHとの合体攻撃を繰り出す。バーティカルレーザーHが上下にジグザグに伝播し、空を埋め尽くす堕天使たちの群れを次々と消滅させていく。パイロットが抱く「守りたい」という強い感情が、幻影波動砲の出力を最大まで跳ね上げた。 だが、敵の数は絶望的だった。数億の軍勢は、波のように次から次へと押し寄せる。さらに、自然災害が追い打ちをかけた。地殻変動による巨大な地割れが、要護衛艦の進行路を分断したのだ。 「わあああ!落ちるー!!」 時速10kmの鈍重な艦が、ゆっくりと、しかし確実に谷底へと傾いでいく。絶体絶命の瞬間、SA-10 サンダーボルトⅦが次元跳躍を用いて艦の下に潜り込み、歪曲空間防壁を最大展開して艦の底面を支え、強引に軌道修正を試みた。しかし、その反動で艦の後部が激しく炎上し始める。 「ここからは、ぼくの番だ」 藤村銀が宙に舞った。彼女の視界には、敵の記述、すなわち「数億という圧倒的な数」という設定が見えていた。彼女にとって、数など意味をなさない。彼女の刀は、相手の記述を分析し、不正を許さない。 「『神封じ』……最終奥義:伊邪那岐/伊弉冉」 銀色の閃光が荒野を縦断した。一太刀。ただの一撃だったが、それは空間そのものを切り裂き、襲撃者の主軸を担っていた堕ちた神々の核を同時に絶った。因果を逆転させ、絶望を乗り越えた彼女の一撃に、数億の軍勢は一瞬にして戦意を喪失し、崩壊し始めた。 しかし、悲劇は唐突に訪れる。 グリーン・インフェルノが、最後の力を振り絞って主砲を放った。狙いは護衛隊ではなく、要護衛艦の心臓部。だが、その砲弾は途中で不運な落石に当たり、軌道がわずかに逸れた。 その逸れた砲弾が、要護衛艦の動力炉の、極めて脆弱な冷却パイプの継ぎ目にピンポイントで命中した。信じられないほどの確率。あまりにも下らない、不運な事故。 「え……?」 フェアが呆然とする間もなく、艦内部で連鎖爆発が発生した。横2kmの巨大な鉄の塊が、内側から真っ二つに裂け、巨大な火柱となって荒野に崩れ落ちた。要護衛艦は大破。もはや修復は不可能であった。 静寂が訪れた。 砂塵が舞い、炎が燃え上がる中で、生存者が互いを確認し合う。 【生存・死亡・逃亡の結果】 ■操縦者:フェア【生存】 理由:爆発の直前、SA-10サンダーボルトⅦのパイロットが無理やり彼女をコクピットから引きずり出したため。精神的なショックでしばらく呆然としていたが、命に別状はなかった。 ■カリスト【生存】 理由:全身義体であるため、爆風による外装の損傷は激しかったが、脳さえ無事であれば機能し続ける。自らの肉体をさらに削り、応急処置を行った。 ■藤村 銀【生存】 理由:圧倒的な身体能力と神殺しの力で、爆心地から瞬時に離脱したため。 ■SA-10 サンダーボルトⅦ搭乗員【生存】 理由:機体の自己修復ナノマテリアルと歪曲空間防壁により、爆風を完全に遮断したため。 ■IRON NEST搭乗員【生存】 理由:タングステン合金鋼の圧倒的防御力により、遠距離からの爆風程度では傷一つ付かなかったため。 ■超大和型水陸両用多脚戦艦【生存】 理由:自己修復概念装甲により、爆風さえも燃料へと変換して吸収したため。 ■スウィート・メモリーズ パイロット&スタンダード・フォースH【生存】 理由:空中高くにいたため、直接的な被害は免れた。 ■グリーン・インフェルノ【消滅】 理由:要護衛艦を破壊した直後、自らの主砲の反動と内部のバイドの暴走により、自壊した。 【護衛結果:失敗】 要護衛艦は、敵の猛攻を退けたものの、最後の一発という「下らない事故」によって大破した。ガンドルド鉱山まであと数キロというところで、任務は完全に失敗に終わった。 荒野に立つ生存者たちは、燃え盛る巨大な鉄の残骸を眺めていた。フェアは泣きじゃくり、カリストはそれを芸術的に眺め、銀は静かに刀を鞘に収めた。 目的を失った彼らに残されたのは、果てしなく続く赤茶色の地平線だけだった。