黄金に輝く巨大な円形闘技場。空を覆うのは、世界中から集まった数万人の観衆が上げる地鳴りのような歓声であった。ここでは、国籍、時代、種族を超えた最強の戦士たちが、互いの技を競い合う。ルールはただ一つ。相手が降参するか、あるいは戦不能になるまで戦い抜くこと。命を奪うことは禁じられているが、それゆえに戦士たちは極限まで研ぎ澄まされた「殺せぬほどの全力」をぶつけ合う。 観衆の視線が集中する中央に、二人の男が対峙していた。 一人は、東方の国から来た怪物。「黒夜叉」の異名を持つ武士、京極武昌。赫い髪をちょんまげに結い、金色の瞳は獲物を射抜く猛禽のごとき鋭さを湛えている。その肉体は、緋緋色金(ひひいろきん)とも呼ぶべき、鋼のように鍛え上げられた褐色の肌に覆われ、纏っているのは簡素な袴のみ。だが、その手には、鞘もなく、柄もない。彼は「大太刀の刀身そのもの」を、むき出しのまま素手で握りしめていた。 対するは、西方の竜狩りの騎士、ストルク。白銀に輝く、あまりにも装飾過剰で芸術的な鎧に身を包んでいる。しかし、その鎧は彼にとって祝福ではなく呪いだった。詐欺的に買い付けられた「呪いのパチモン鎧」は、一度装着すれば自力では脱げず、着用者の体力をじわじわと奪い、体調を悪化させる。ストルクの表情は冷静だったが、その頬はわずかに蒼白く、呼吸は浅い。しかし、彼が構える魔剣『豪雷竜の剣』だけは、本物の威厳を放っていた。 「……ふむ。そなた、随分と立派な甲冑を纏っておるな。だが、その身に不自由さを抱えているのが見て取れる」 京極が堂々たる声で言い放つ。その握力で大太刀の鋼を掴む指先から、ミシリと金属が軋む音が聞こえた。 「……気づかれましたか。確かに、この鎧は私の人生最大の買い物ミスでした」 ストルクは小声で、苦笑混じりに答えた。大声を出すことは、彼の能力を誘発させるため、非戦闘時には避けていた。だが、今は戦いの時である。 「実力主義こそが真理。卑怯も正々堂々も関係ない。生き残った者が正義よ。騎士殿、全力で来よ!」 京極が地を蹴った。爆発的な加速。大太刀の刀身を槍のように突き出し、直線的な猛攻を仕掛ける。 ガギィィィン! ストルクは冷静に魔剣を合わせ、その衝撃を逃がした。しかし、京極の攻撃は止まらない。大太刀を獣のように振り回しながらも、その動きには完璧な「型」がある。斬撃が嵐のように降り注ぐ。 「独狼剣(どくろうけん)!」 一撃、また一撃。鋼の肉体から繰り出される剛腕の斬撃が、ストルクの鎧を叩く。激しい火花が飛び散り、装飾的な鎧に亀裂が入る。ストルクは後退しながら、相手の出方を伺う。京極の攻撃は、時間が経つほどに最適化され、鋭さを増していく。これは本能的な適応能力。長引けば長引くほど、京極は強く、速くなる。 (……このままでは、私の体力が先に尽きる。鎧の呪いで呼吸が浅い今、長期戦は分が悪い) ストルクが決断した。彼は深く息を吸い込み、禁忌の叫びを上げる。 「――ッ!! 豪雷竜の叫び!!」 轟音が闘技場を揺らした。同時に、雲ひとつなかった青空から、巨大な落雷がストルクの身に直撃した。観客が悲鳴を上げるが、それは彼への強化魔法。雷電を身に纏ったストルクの速度が、一気に跳ね上がった。 「速い……! だが、見えぬことはない!」 京極の金色の瞳が、雷光の軌跡を捉える。 「雷電昇(らいでんしょう)!」 紫色の雷を纏ったストルクが、超高速で懐に潜り込み、下から魔剣を突き上げる。凄まじい衝撃波が京極を襲う。だが、京極はそれを避けない。あえて懐に飛び込み、大太刀の刀身を横に薙いだ。 「大鹿受(おおしかうけ)!」 衝撃を受け流しつつ、至近距離から相手の鎧の継ぎ目を狙う。ストルクは空中で身を翻し、距離を取るが、その拍子に鎧の肩当てが激しく砕け散った。 ガシャン! その瞬間、ストルクの表情が変わった。呪いの鎧が破損したことで、彼を縛っていた体調悪化の呪縛が一部解除されたのだ。肺に新鮮な空気が入り、本来の身体能力が覚醒し始める。 「……ふふ。少し体が軽くなりました」 「ほう、鎧が壊れて強くなるとは奇妙な騎士よ。だが、それがいい! 絶好の獲物だ!」 京極は歓喜に目を輝かせた。彼の肉体はすでに、ストルクの速度に最適化されていた。筋肉が熱を帯び、反応速度が極限まで高まっている。 ストルクは剣を正しく構え、牙突の姿勢を取った。全身に紫色の電光が奔流となって渦巻く。 「これで終わりにしていただきたい。――紫電の嘶き(しでんのいななき)!」 光となった。もはや目視は不可能。ただ、紫色の直線が空間を切り裂き、京極の心臓を貫こうと突き出される。直撃せずとも周囲を吹き飛ばす衝撃波が、闘技場の砂を円形に弾き飛ばした。 だが、京極武昌は動かなかった。彼は死線の中で、最強の奥義を構築していた。 (神速の唐竹割り……そして、下からの斬り上げ。この二つを同時に視えぬほどの速さで重ねれば――) 「【卍顎抉日(まんじあごえきじつ)】!!」 刹那、世界が止まった。京極が同時に二つの軌跡を描いた。天から地へ突き刺す唐竹割り、そして地から天へと跳ね上げる斬り上げ。それが同時に発生し、空間に「巨大な顎」のような斬撃の結界が形成された。 キィィィィィィン!! 紫電の突撃と、黒夜叉の蛮顎が正面から衝突した。凄まじい衝撃波が闘技場全体を震わせ、観客席までを揺らす。雷光と金色の闘気が激しくぶつかり合い、火花が太陽のように弾けた。 しかし、結果は残酷だった。 京極の握力――金剛万力の如き力で握られた大太刀は、ストルクの魔剣の軌道を僅かに逸らした。そして、同時に繰り出された「斬り上げ」が、ストルクの胸当てを真っ二つに叩き割った。 ガシャアアァン!! 残っていた呪いの鎧がすべて粉砕され、ストルクの体は後方へと激しく吹き飛ばされた。彼は背中で砂に激突し、大きく跳ねた。魔剣は手から離れ、数メートル先に転がっている。 静寂が訪れた。 京極は、大太刀をゆっくりと構え直し、息を整えた。彼の身体からはまだ熱気が立ち昇っている。一方のストルクは、大の字に寝転んだまま、天井の空を眺めていた。 「……完敗です。私の計算では、鎧が壊れたタイミングで勝ち筋が見えるはずでしたが……貴殿の『成長』がそれを上回った」 ストルクは、あきらめたように、しかしどこか晴れやかな顔で笑った。呪いから完全に解放された彼は、今、人生で最も健康的な呼吸をしていた。 京極は、大太刀を(彼なりの作法で)地に置き、ストルクに歩み寄ると、太い腕を差し出した。 「心地よい戦いであった。そなたの雷、そしてその不自由な鎧を纏いながらの戦いぶり、見事であったぞ。騎士殿」 ストルクはその手を取り、身を起こした。二人は互いの目を見合わせ、深く、静かに一礼した。そこには勝敗を超えた、強者同士の深い敬意が宿っていた。 観衆は、一瞬の静寂の後、地を揺らすほどの拍手と歓声を送った。 【勝者:京極 武昌】