陽光が降り注ぐ昼下がりの商業都市。石畳の道には活気があふれ、商人たちの呼び込みの声と、行き交う人々の喧騒が心地よく混じり合っていた。そんな平和な景色の中に、あまりにも不釣り合いな三人の少女が立っていた。 一人は、透き通るような銀髪をなびかせた、人形のように愛らしい美少女。しかし、その口元は不機嫌そうに歪み、腕を組み、鋭い眼光で周囲を睨みつけている。中身は人生に絶望し、権力に裏切られたアラフォーの元騎士団長、ヤーである。 「ケッ……どいつもこいつも、ニヤニヤしやがって。ガキ扱いすんのもいい加減にしろよな。クソ、この呪いさえなきゃ、今頃酒場でお袋の味みたいな煮込み料理をすすってたってのに」 美少女の姿から放たれるのは、どす黒いまでにおじさん臭い独り言である。そんな彼(彼女)の前に、ふわりと舞い降りたのが、黒いローブに身を包んだ天真爛漫な少女、ユニだった。 「あはっ! 見つけたっ! 君、とっても可愛いいねっ! 私と『オトモダチ』になろうよっ!」 ユニが屈託のない笑顔で飛びつく。本来であれば、人間不信のヤーは反射的に身構え、突き飛ばしていたはずだ。しかし、ユニが展開している【友愛の魔法】が、ヤーの警戒心をじわりと溶かしていく。ヤーの意識の中で、「このガキはなんとなく信頼できそうだ」という不自然な肯定感が芽生え始めていた。 「……あ? オトモダチだぁ? 冗談言うな。オレは今、機嫌が悪いんだよ。どけ、邪魔だ」 口では突き放しながらも、ヤーの動作には迷いがない。それがユニの魔法の効果である。そして、その様子を遥か上空――あるいは、次元の隙間から眺めていたのが、もう一人の魔女、ミカであった。 「ふふふ。面白い個性が集まりましたね。特にあの銀髪の方、外見と中身のギャップが素晴らしいのです。さて、少しだけ刺激を与えて差し上げましょうか」 ミカが指先を小さく弾いた。瞬間、ヤーの足元の石畳が【転移の魔法】によって消失し、彼はそのまま地下数メートルの空洞へと転落した。しかし、騎士団長としての反射神経が彼を救う。空中で身を翻し、壁を蹴って跳ね上がり、同時に腰の剣を抜き放ってミカが潜む「方向」へと斬撃を飛ばした。 「チッ! どこのどいつだ! 卑怯な真似しやがって!」 ヤーの剣技は洗練されており、同時に野盗としての泥臭い急所攻撃も併せ持つ。しかし、ミカはそこにいない。彼女は【千里眼】ですべてを見通し、ヤーの攻撃が届く直前に自分自身の位置を数センチだけ転移させて回避していた。 「あらあら、お怒りなのですか? 私はただ、皆さんが仲良くなるきっかけを作っただけなのですよ」 ミカの声が、空間のあちこちから同時に響く。ヤーは苛立ちに顔をしかめ、ユニはそれを楽しそうに眺めていた。 「あはっ、喧嘩はダメだよっ! 戦う理由なんて、忘れちゃえばいいんだよっ!」 ユニが【忘却の魔法】を放とうとしたその時だった。 突如として、街の広場に設置されていた鐘が激しく鳴り響いた。同時に、買い物客だったはずの市民たちが、一斉に足並みを揃えて踊り出した。ある者は帽子を高く掲げ、ある者はスカートの裾を翻し、完璧に計算されたフォーメーションで中央へと集まってくる。 「……はあ!? 何だ、この状況は!?」 ヤーが困惑した瞬間、街中の人々が合唱を始めた。それは、あまりにも華やかで、あまりにも壮大な、即興の歌劇(オペラ)の幕開けであった。 (コーラス:街の人々) ♪あぁ! 運命の導きよ! 迷い込める三つの星! ♪美しき銀の剣と、忘却の黒い衣! ♪空間を統べる瞳が、今ここで交差するー! 「なっ……!? 何だこのフラッシュモブは! 誰が仕組んだ!?」 ヤーは激しく動揺し、剣を構え直すが、周囲の盛り上がりは異常だった。人々が歌いながら、舞台装置のような豪華なカーテンがどこからともなく現れ、彼ら三人を囲い込む。もはやこれは戦闘ではなく、一種の祝祭へと変貌していた。 ユニはこの状況が気に入ったらしい。彼女はリズムに合わせてぴょんぴょんと跳ね、自然と口ずさみ始めた。 (ソロ:ユニ) ♪あはっ! 喧嘩なんていいじゃない! 忘れてしまおうよっ! ♪悲しいこと、怒ったこと、全部ポイしちゃって! ♪みんなで手をつなげば、世界はオトモダチ! ♪ねえ、君も歌おうよ! 銀色の可愛い子ちゃんっ! 「誰が可愛い子ちゃんだ! クソっ、この空気感に飲み込まれそう……!」 ヤーは必死に抵抗する。しかし、肉体が十二歳の美少女であるため、激しい音楽と華やかな演出に、本能的な「ときめき」が混ざり始めていた。精神はおじさんだが、身体は少女である。心拍数が上がり、頬が赤らむ。そして、彼(彼女)の中で、抑えきれない「何か」が突き上げてきた。 (ソロ:ヤー) ♪ケッ! くだらねぇ……こんな歌、似合わねぇんだよ! ♪権力に裏切られ、泥にまみれたこの人生! ♪誰が信じられるってんだ、この腐った世界で! ♪……だが! このメロディ、妙に心地いいじゃねぇか! 気づけば、ヤーは完璧なリズム感で、やさぐれた歌詞を乗せて絶唱していた。元騎士団長としての威厳と、野盗としての荒々しさが、美少女の可憐な歌声に乗って不思議な調和を生み出す。そのギャップに、観客である市民たちが大歓声を上げた。 「ふふふ、素晴らしい。これこそが最高の娯楽なのです」 ミカもまた、空間を転移して特等席に陣取り、優雅にタクトを振るうかのように指を動かした。彼女はもう、攻撃を加えることに興味を失っていた。目の前のカオスな光景こそが、彼女の求める「箱庭」の完成形だったからだ。 (ソロ:ミカ) ♪ふふふ、全ては私の掌の上。移ろいゆく景色よ。 ♪転移する心、千里に届く想い。 ♪喧嘩も友情も、この歌の中では等しく愛おしいのです。 ♪さあ、フィナーレへ向かいましょう、迷い子たちよ! 三人の歌声が重なり合い、街全体が巨大な劇場と化した。ユニの【友愛】が、ヤーの【不信】を包み込み、ミカの【空間支配】が、そのステージを完璧な演出で彩る。戦っていたはずの三人は、いつの間にか背中合わせに立ち、最高のハーモニーを奏でていた。 (トリオ:ヤー、ユニ、ミカ) ♪運命のいたずらに、笑い飛ばそう! ♪銀の剣も、黒いローブも、今はただの衣装! ♪明日になれば忘れるかもしれない、この夢のような時間をー! 最後の一音が響き渡り、豪華な紙吹雪が空から舞い降りた。街の人々は総立ちで拍手を送り、三人は呆然と立ち尽くしていた。 沈黙が訪れる。ヤーはゆっくりと剣を鞘に収め、深く、深いため息をついた。 「……クソ。何やってんだ、オレは」 頬を赤らめ、スカートの裾を恥ずかしそうに整える仕草。本人は無自覚だが、完全に「美少女」として振る舞っていた。ユニがその腕に抱きつく。 「あはっ! ヤーちゃん、歌上手いねっ! 本当にオトモダチだねっ!」 「離せっ! 誰がヤーちゃんだ! それに、オレは男……いや、中身は男なんだよ!」 「ふふふ。まあ、そういうことはどうでもいいのではありませんか」 ミカが柔和な微笑みを浮かべて近づいてくる。 「戦うよりも、ずっと有意義な時間が過ごせました。さて、この後はお茶にでもいかがですか? 私が最高に美味しい店を『転移』させて差し上げますよ」 ヤーは不機嫌そうに顔をしかめたが、不思議と拒絶する気になれなかった。ユニの魔法による強制的な友愛もあるだろうが、それ以上に、人生で初めて「ありえないほど華やかな時間」を共有したことへの、奇妙な充足感があった。 「……チッ。まあいい。奢りなら付き合ってやるよ」 「あはっ! やったー!」 「ふふふ、快諾してくださるとは、やはりお優しいのですね」 こうして、殺し合いに近い衝突から始まった三人の出会いは、街中を巻き込んだ大規模な歌劇という、あまりにも理不尽で華やかな形で幕を閉じた。戦いの勝者は不在だった。あるいは、この状況を最も楽しんだミカが、精神的な勝利を収めたのかもしれない。 銀髪の少女(中身はおじさん)は、隣で跳ね回る魔女たちに毒づきながらも、どこか心地よさそうに歩き出した。その足取りは、かつての騎士団長としての厳格さよりも、どこか年相応の少女のような軽やかさを帯びていた。 街の喧騒は再び日常に戻りつつあったが、人々はいつまでも語り継いだ。あの日、世界で一番不機嫌そうな美少女と、二人の不思議な魔女が、最高の歌声を響かせたことを。 (完)