「お婆ちゃん、あのお話を聞かせて! 骨の不思議な人たちの、あのお話!」 膝の上で目を輝かせる小さな孫に、お婆ちゃんはゆっくりと眼鏡を掛け直しました。外では穏やかな風が吹き、庭の木々がさらさらと揺れています。お婆ちゃんは慈しむように孫の頭を撫でると、静かに、そして優しく語り始めました。 「おやおや、仕方ないねえ。よしよし、いいよ。……昔々、あるところにね、とても悲しくて、けれどとても強い力を持った『骨の兄弟』たちが住んでいたところがありました。でもね、彼らは私たちが知っている普通の兄弟とは少し違っていたんだよ」 「どうして? 骨の人たちって、みんな仲良しじゃないの?」 「ふふふ、そう思うよねえ。でもね、あるところに『インサニティ』という名の人と、『マーダー』という名の人、二人の骨の戦士がいたんだ。彼らはどちらも、心に深い傷を負っていた。インサニティさんはね、恐ろしい実験に巻き込まれて、笑い方や、悲しみ方、相手を思いやる心……そういう『優しい気持ち』を全部なくしてしまったんだよ。だから、彼はもう言葉を話さなくなった。ただ、戦うことだけが、彼の唯一の楽しみになってしまったんだね」 「ええーっ! 可哀想! お友達いないの?」 「そうなんだよ。でもね、彼の手には、ずっと離さないように握りしめていた、弟さんの頭があったんだ。もう目を開けることもできないけれど、時々、ぽろぽろと涙を流していた。それはきっと、お兄ちゃんに『もうやめて』ってお願いしていたのかもしれないね。そしてもう一人のマーダーさんも、とても寂しい人だった。彼はね、ある悪い人間を止めるために、自分から悲しい道を選んだんだ。自分の手で、大切な仲間や、大好きだった弟さんまで傷つけてしまった。だから彼は、ずっと自分を責めていたんだよ。彼の周りには、もうこの世にはいないはずの弟さんの幻覚が、ふわふわと浮かんで一緒に歩いていたんだ」 「二人とも、寂しいんだね……。でも、どうして戦うことになったの?」 「それはね、どちらがより『強い心』を持っているか、あるいは『強い力』を持っているか、それを確かめ合いたかったのかもしれないね。ある日、真っ白な雪が降り積もる静かな場所で、二人は出会ったんだよ」 物語は、静寂に包まれた雪原へと移ります。 そこには、血に汚れたボロボロのパーカーを纏い、頭蓋骨に深い亀裂が入ったインサニティが立っていました。彼は一切の言葉を発しません。ただ、その眼窩からは狂気に満ちた光が漏れ出し、右手に握りしめた弟の頭が、冷たい風に吹かれて小さく震えています。 対峙するのは、深いフードを被り、赤と青に輝く瞳を持つマーダー。彼の側には、半透明の幻覚であるファントム・パピルスが、いたずらっぽく、けれどどこか悲しげに浮かんでいました。 「……ふん。お前も相当に『汚れた』骨だな」 マーダーが低く呟きました。インサニティは答えません。ただ、口角を吊り上げ、ガチリと顎を鳴らしました。それが彼にとっての「挨拶」であり、「宣戦布告」でした。 突然、インサニティが地面を蹴りました。瞬間的な『近道』。マーダーの目の前に現れたインサニティは、迷いなく強烈な拳を突き出します。その一撃は空気を切り裂き、衝撃波が雪原を舞い上げました。 「速いな!」 マーダーは間一髪で体をひねり、攻撃を回避します。同時に、地面から鋭い骨の杭を何本も突き出させました。しかし、インサニティは空中で『重力操作』を発動させ、自身の位置を瞬時に上空へと転換。突き出した骨を軽々と飛び越え、今度は空から降り注ぐように大量の「尖った骨」を召喚しました。 「ガハハ!」という声にならない笑いが、インサニティの喉から漏れます。 マーダーは冷静に、自身のスキルである『KR(カルマ)』を蓄積させる骨攻撃を繰り出しました。フレーム単位でヒットする高速の骨の弾幕が、インサニティの体を幾度も貫きます。通常であれば、この持続的なダメージによって相手は次第に弱っていくはずでした。 しかし、ここでインサニティの恐ろしさが現れます。彼はガスターの実験によって「疲労」という概念を失い、無限の力を得ていたのです。KRのダメージを受けても、彼は止まりません。むしろ、痛みを快楽に変えるかのように、さらに激しく攻め立てます。 「……っ、しぶとい奴だ。だが、こっちは一人じゃないぜ」 マーダーが呟くと、背後に巨大なガスターブラスターが現れました。同時に、彼が操る槍と炎、そしてカプセル型の弾幕が、あらゆる角度からインサニティを包囲します。 ドォォォォン!! 凄まじい爆発が雪原を揺らしました。白銀の世界が、熱波で一瞬にして蒸発し、黒い焦げ跡が刻まれます。マーダーは確信しました。今の攻撃で、相手は消し飛んだはずだと。 ですが、煙の中からゆっくりと歩いてきたのは、さらにボロボロになった、けれど全く衰えていないインサニティでした。彼は自身のパーカーの汚れを気にする様子もなく、ゆっくりと右手を挙げました。 その瞬間、空が暗転しました。インサニティが召喚したのは、見るも無惨にひび割れた、けれど圧倒的な出力を誇る「ガスターブラスター」の群れ。それはマーダーが使っていたものよりも、ずっと不気味で、ずっと破壊的な威圧感を放っていました。 「そんな馬鹿な……!」 マーダーは慌てて『近道』を繰り返し、光線から逃れようとします。しかし、インサニティは相手の動きを完全に読み切っていました。重力操作でマーダーを地面に叩きつけ、身動きが取れなくなった瞬間に、青い骨とオレンジの骨を複雑に交差させて展開したのです。 動けば青い骨に貫かれ、止まればオレンジの骨に焼かれる。完璧な詰みの状態でした。 「くっ……! まだだ、まだ終わらせない!」 マーダーは最後の力を振り絞り、トライデントを突き立てて衝撃波を放ち、強引に距離を取ろうとしました。しかし、インサニティはそれを嘲笑うかのように、一瞬で間合いを詰めると、マーダーの胸ぐらを掴み上げ、そのまま地面へと全力で叩きつけました。 ドガシャァァン!! 大地が割れ、深いクレーターが出来上がります。マーダーは激しく咳き込み、視界が点滅していました。彼が再び立ち上がろうとしたその時、インサニティは、手に持っていた「弟の頭」を静かにマーダーに向けました。 その頭から、一粒の涙がこぼれ落ちました。 その刹那、マーダーの心に、自分が殺めてしまった弟の記憶がフラッシュバックしました。罪悪感、後悔、そして深い悲しみ。精神的に揺らいだ一瞬の隙。それをインサニティは見逃しませんでした。 インサニティの拳が、最大出力の破壊力を伴ってマーダーの腹部にめり込みました。衝撃は背中を突き抜け、背後の雪山を震わせるほどの威力でした。 「……あ……」 マーダーは、ゆっくりと意識を失いながら、空に浮かぶファントム・パピルスの姿を見ました。幻覚の弟は、悲しそうに、けれどどこか安心したように、マーダーに手を振っていました。 インサニティは、倒れた相手を見下ろし、ふっと表情を緩めました。彼にとってそれは勝利の喜びではなく、ただ「壊すこと」ができた充足感だったのかもしれません。彼は再び、静かに、言葉もなく、雪原の彼方へと消えていきました。 「……っていうお話だよ。どうだったかな?」 お婆ちゃんが話を終えると、孫はしばらくの間、ぽかんとしていました。そして、小さく溜息をついて、お婆ちゃんの胸に顔を埋めました。 「……二人とも、寂しかったんだね。最後はどっちが勝ったの?」 「そうだねえ。力だけなら、疲れを知らず、感情を捨てて戦い続けたインサニティさんが勝ったことになるね。でもね、お婆ちゃんは思うんだよ。本当に勝ったのは誰だったんだろうね、って」 「え? 勝った人は一人だけじゃないの?」 「ふふふ、難しいねえ。でもね、マーダーさんも、最後は弟さんの幻覚に会えて、少しだけ心が軽くなったのかもしれない。インサニティさんも、戦いの中で、ほんの少しだけ『誰か』を感じたのかもしれないよ。もしかしたら、戦うことでしか伝え合えなかった、彼らなりの挨拶だったのかもしれないねえ」 孫は不思議そうに首を傾げましたが、やがて心地よい眠気に誘われ、お婆ちゃんの膝の上ですやすやと寝息を立て始めました。 お婆ちゃんは、眠りについた孫を優しく抱きしめながら、窓の外の空を眺めました。そこには、赤と青の星が寄り添うように輝いていました。 「さあ、いい夢を見るんだよ。もう誰も悲しまなくていい、優しい夢をね」 こうして、骨の戦士たちの奇妙で悲しい物語は、静かな午後のひととき、温かな思い出と共に閉じられたのでした。