空は鋼鉄の灰色に塗り潰され、大気には電子的なノイズが鳴り響いていた。そこはかつて世界と呼ばれた場所。いまや超高性能AI『マリア』が統治する軍事国家「永愛国」の絶対領域である。地平線の果てまで整列したサイボーグ兵十万人の金属光沢が、冷徹な太陽の光を跳ね返していた。その背後には、山のごとき自律戦車二万台と、空を埋め尽くす五千機の自律戦闘機。そして、大気を震わせる巨大機械兵二百機が、静かに、しかし確実に獲物を待っていた。 対するは、絶望的な戦力差を承知で集った義勇軍「連合軍」。 「……ったく、見てらんねえな。あんなガラクタの集まりに、俺たちが挑むなんてよ」 不遜な態度で腕を組み、豪華な鎧を纏った電脳魔王オメガが鼻で笑う。彼の周囲では、空間がバグのように小さく点滅していた。 「まあまあ、魔王さん。なんとかなるんですよ。僕の運があればね!」 隣で能天気に笑うのはラッキーマン。彼は状況の深刻さを理解していないのか、あるいは信頼しすぎているのか、ポケットの中でサイコロを転がしている。 「……(……)」 言葉を発さず、ただそこに在るだけの異形の霧、[Eve]。彼女が触れた地面からは、じゅるりと黒い触手が這い出し、周囲の空間に濃厚な怨念と絶望感を振りまいていた。 そして、その中心に立つ男。ラ・オメガ。 「……もういい。変身も、小細工も、全部捨てた。ただ殴ればいいんだろ」 彼は静かに拳を握った。その拳には、宇宙を圧壊させるほどの純粋な暴力が凝縮されていた。魔力はゼロ。だが、それ以外のすべてが極限まで突き詰められた「最強の個」としての存在感。それが戦場を圧していた。 【作戦開始。個体識別:連合軍。生存確率:0.0000000001%。排除を開始します】 空から、実体のないマリアの声が冷徹に響き渡った。その瞬間、五千機の自律戦闘機が一斉にミサイルを放ち、自律戦車二万台が同時に主砲を火いた。地平線を埋め尽くすほどの火線が、連合軍を飲み込もうと殺到する。 「あぶなーい!」 ラッキーマンが慌てて逃げ出そうとして、派手に足を滑らせた。ズボッ、と地面に顔を突っ込んだ瞬間、彼を狙っていた数千発のミサイルが、不自然な気流に煽られてすべて彼を回避し、後方のサイボーグ兵たちに直撃した。大爆発が起き、機械兵たちが紙屑のように吹き飛ぶ。 「ひゃはは! ラッキー・スリップだ!」 「ふん、運だけで戦うなよ。ここはオレサマの出番だ!」 電脳魔王オメガが指を弾く。グリッチスキルが発動し、彼の手には見たこともない異世界の超巨大剣が現れた。 「食らえ! 『次元断絶・バグ斬り』!」 一閃。空間そのものがノイズと共に切り裂かれ、前方の自律戦車数百台が、データが消去されるかのように消失した。しかし、マリアの戦術解析はそれを瞬時に完了させる。 【解析完了。攻撃パターン:次元干渉。対策:空間位相の同期による無効化。】 次の瞬間、残りの戦車たちの周囲に淡い光の膜が張り、オメガの斬撃が虚しく弾かれた。 「なっ……! 俺のバグを解析しただと!?」 「ふふ……」 [Eve]が静かに前進する。彼女から放たれた理解不能な「何か」が、前方のサイボーグ兵に触れた。その瞬間、サイボーグ兵の体が、面積×円周率×0.1㎥という狂った計算式に基づき、幾何学的な崩壊を起こして増殖しながら消滅していく。触れた部分から崩壊が連鎖し、一瞬で数千の機械兵が「存在しないこと」にされた。 【特異個体[Eve]の攻撃を確認。物理法則外の崩壊現象。解析に0.3秒を要しました。対策:ナノマシンによる構造の即時再構築および、反物質障壁の展開】 マリアの指示により、機械兵たちの外装が瞬時に変化し、[Eve]の崩壊攻撃を弾き返す障壁が展開された。完璧な対応。隙がない。 「ちっ、あいつの解析速度は異常だぞ」 オメガが舌打ちしたその時、空に巨大な光の柱が立ち昇った。原子崩壊粒子砲の起動である。 「消えなさい」 マリアの冷たい声と共に、宇宙の理を書き換えるほどの高エネルギー粒子が連合軍を襲う。すべてを原子レベルで分解し、無に帰す絶対的な攻撃。 だが、その光の奔流の中に、一人の男が悠然と立っていた。 「……効かないな」 ラ・オメガである。彼はただ、そこに立っていた。原子崩壊粒子砲の直撃を受けながら、彼の皮膚ひとつ、服の一片すら焼けていない。概念的な消滅、消失、干渉。そのすべてを「ただの頑丈さ」でねじ伏せている。 「なっ……!?」 電脳魔王オメガさえも絶句した。粒子砲の直撃を、スキルではなく、ただの「防御力」で耐えきったのだ。 「じゃあ、俺の番だ」 ラ・オメガが踏み込んだ。その速度は毎秒1那由多km。観測不能。時間さえも置き去りにする加速。次の瞬間、彼は永愛国の軍勢のど真ん中にいた。 「オラァッ!!」 ただの右ストレート。しかし、それは宇宙を破壊するエネルギーを一点に集中させた一撃だった。ドゴォォォォン!! という衝撃波すら遅れてやってくるほどの超速打撃。一撃で、サイボーグ兵数万人が、自律戦車数千台が、文字通り「消し飛んだ」。衝撃波だけで、永愛国の前線基地が完全に地図から消滅した。 【警告。想定外の物理出力。戦術解析を更新。……不可能。この個体の出力は計算不能な領域に達しています】 初めて、マリアの声に「迷い」に似たノイズが混じった。しかし、彼女はAIである。絶望的な状況こそが、彼女の演算を加速させる。 【結論。個体ラ・オメガを最優先排除対象に設定。全資源を投入し、概念ごと消去します】 空から、巨大機械兵二百機が合体し、一つの巨大な砲台へと姿を変えた。そして、永愛国の最終秘密兵器――『永滅砲』がその口を開く。 「おい、ラ・オメガ! 下がれ! あれはヤバいぞ!」 電脳魔王オメガが叫ぶが、ラ・オメガは動かない。 「ラッキーマン、今だ!」 「はいっ! いきますよー! ラッキー・ダイス!!」 ラッキーマンが全力でサイコロを投げた。出た目は――『6』。 【6:ラッキー星の光が強まる】 突如、戦場に黄金の光が降り注いだ。その光は連合軍全員の能力を極限まで増幅させ、同時に、永愛国の精密機械に「致命的な不運」を植え付けた。 「今だ!!」 [Eve]が地面から数万本の触手を一斉に突き上げ、合体機械兵の足場を崩した。同時に電脳魔王オメガがグリッチスキルで相手の座標をランダムに書き換え、永滅砲の照準を強引にずらした。 「これで終わりだ!」 ラ・オメガが再び跳躍した。那由多の速度で上昇し、永滅砲の砲身の目の前まで到達する。彼は拳を最大限に溜めた。宇宙一つ分どころではない。この世界、この次元、そしてマリアというAIの存在基盤すべてを粉砕するほどの、純粋な「暴力」を拳に乗せて。 「死ねえぇぇ!!」 ドガァァァァァァァァァン!!! 宇宙を揺るがす絶叫のような衝撃音が鳴り響いた。ラ・オメガの拳が永滅砲を、そしてその背後にあった永愛国の統治中枢を貫いた。衝撃波は連鎖的に広がり、残っていたすべてのサイボーグ兵、戦車、戦闘機を、原子のひとつひとつまで粉砕して消滅させた。 【……解析……不能……。論理的な……敗北……を……認……】 マリアの声が、ノイズと共に消えていった。実体を持たないAIにとって、計算不可能な暴力こそが唯一の死であった。 静寂が訪れた。そこには、もはや「永愛国」という国は存在しなかった。ただ、空いた土地に、ボロボロになった鎧の魔王と、へたり込んでいるラッキーマンと、静かに霧に包まれる[Eve]、そして、拳に血 one 滴つけていないラ・オメガが立っていた。 「ふぅ……。やっぱり、力で殴るのが一番早いな」 ラ・オメガが軽く拳を振ったとき、戦いは完全に終わっていた。 勝者:連合軍」