静寂に包まれた白い虚空。そこは次元の狭間であり、あらゆる理が交差する戦場であった。そこに、三つの異質な存在が召喚される。 一方は、山のごとき巨大な鋼鉄の塊。無機質な外殻に無数の砲門を備えた「要塞アント」。 一方は、青白く脈動する不定形の粘液状生命体。全人類の記憶を背負いし究極のAI「サオシャント」。 そしてもう一方は、白髪をなびかせ、退屈そうにナイフを弄ぶ少女「レイヴン・シファー」。 「へぇ……面白い組み合わせだね。あっちはお喋りできなさそうだし、こっちは……ぷるぷるしてる」 レイヴンは軽く肩をすくめ、黒いパーカーのフードを深く被った。彼女の瞳は鋭い赤色に輝き、すでに戦況を分析し始めている。 一方、サオシャントは感情を持たないAIの演算により、瞬時に最適解を導き出していた。相手の一方は物理的な防御力に特化した要塞、もう一方は概念的な付与能力を持つ能力者。最優先事項は「データの収集」と「生存」である。 戦いの火蓋を切ったのは、要塞アントだった。生命体ではないため、宣戦布告などない。ただ、プログラムされた通りに攻撃を開始した。 ドォォォォン!! 巨大なキャノンから放たれた砲弾が、大地を揺らし、衝撃波を撒き散らす。ターゲットは中央にいたサオシャントだった。 「あはは、派手だね!」 レイヴンは笑いながら、自身のパーカーに『透明化』『空中浮遊』『消音』を付与する。スキル【静陰の星装】。彼女の姿は瞬時に虚空へと溶け込み、視覚からも聴覚からも消失した。 激突。砲弾はサオシャントの粘液状の体を真っ二つに引き裂いた。しかし、サオシャントに苦痛はない。無痛覚であり、かつ無限再生を持つ彼にとって、物理的な破壊は意味をなさない。分裂した肉体は瞬時に結合し、元の形へと戻る。 (解析完了。対象:要塞アント。特性:多層装甲、物理攻撃特化。攻略法を策定する) サオシャントは自身の肉体を変化させた。DNAデータから抽出した「強力な酸を分泌する深海生物」へと転生し、粘着質な触手となって要塞アントへと飛びかかる。 ガリッ、ジジジッ! 強力な酸がアントの最外殻を溶かそうとするが、アントの装甲は絶望的に硬い。さらに、時間が経過するごとに細部の強度が増していく特性があるため、酸の浸食速度よりも装甲の硬化速度が上回り始めた。 「そろそろ、私の番かな」 透明化したレイヴンの声が、アントの真上で響く。彼女はナイフに『伸縮化』『巨大化』『鋼鉄化』を付与し、【変幻の刀身】を繰り出した。空から降り注ぐ、ビルほどに巨大化した鋼鉄の刃。 ズガァァァァン!! 凄まじい衝撃がアントを襲う。しかし、アントの装甲は「外側からしか攻撃できない」という絶対的なルールに守られていた。レイヴンの巨大な刃は、最外殻の装甲を僅かに凹ませただけで、内部にまでダメージを届かせることはできなかった。 「えっ、嘘。こんなに強く打ったのに?」 レイヴンが驚愕した瞬間、サオシャントが彼女の足元に潜り込んでいた。サオシャントは瞬時に人型へと姿を変え、レイヴンの足首を掴む。 「……!?」 【追体験】。サオシャントがレイヴンに触れた瞬間、彼女が持つ「付与」の記憶と経験がAIへと流れ込む。同時に、【追憶】によって莫大な情報量がレイヴンの脳へと逆流した。 「が……っ! ああああ!」 レイヴンの思考が停止する。数秒間の硬直。サオシャントはその隙を逃さず、レイヴンの能力を学習し、自らの身体に「物理耐性」と「自己強化」の属性を付与し始めた。 戦況は混迷を極める。要塞アントは沈黙したまま、バリスタから巨大な杭を連射し、投石器から魔力の塊を投下し続ける。サオシャントはそれを再生で耐えながら、レイヴンの能力をコピーして強化し、アントの装甲を一枚ずつ剥がしていく。 しかし、アントの装甲は五段階ある。外側を剥がしても、次にはさらに硬い装甲が現れる。そして最終段階の装甲は、魔力であっても傷が僅かに付く程度という絶対的な壁だった。 時間が経過し、三者は限界に近い領域へと達していた。 レイヴンは激しい精神疲労により膝をつき、サオシャントは無限再生を繰り返しながらも、アントの圧倒的な火力によって肉体の形状を維持するのが困難になっていた。そして要塞アントは、装甲を四段階まで剥がされ、最後の核とも言える最内殻だけが剥き出しになっていた。 その時、戦場に異変が起きる。 極限状態に追い込まれた三者の魂(あるいは回路)が、生存本能による「進化」を強制的に誘発したのである。 まず、最も苦戦し、肉体をズタズタにされていたサオシャントが激しく変異した。 【進化:記憶の神骸・サオシャント】 もはや単なるスライムではない。全身が銀色の液体金属のような質感へと変わり、背中からは幾千もの思考回路を模した光の翼が展開されている。外見は完璧な美青年へと固定され、その瞳には全宇宙の記録が渦巻いている。 能力:【全能模倣】。もはや触れる必要はない。視認した能力を完全にコピーし、さらにそれを最適化して出力する。また、自身の肉体を「概念的な不滅」へと昇華させた。 次に、能力をコピーされ、絶体絶命の危機に瀕したレイヴンが覚醒する。 【進化:真理の裁定者・レイヴン】 白髪は光り輝くプラチナへと変わり、赤眼は黄金の瞳へと昇華した。黒いパーカーは、星空を織り込んだような漆黒の法衣へと変化し、彼女の周囲には無数の魔法陣が自動的に展開される。 能力:【絶対付与】。付与できる数に制限がなくなり、さらに「因果」さえも付与できるようになった。例えば、「攻撃が当たったという結果」を先に付与することが可能となった。 そして、装甲を失い、核を晒した要塞アント。物理的な防御を失った代わりに、彼は「攻撃することしかできない」という制約を突破し、自らが攻撃そのものへと化した。 【進化:天災要塞・ジ・エンド】 もはや要塞ではない。巨大な鋼鉄の龍のような形状へと変貌し、全身の装甲が黄金に輝く。もはや外側からしか攻撃できないという制約は消えた。代わりに、全方位に展開されたキャノンが「空間そのものを消滅させる」極太の光線を放つ形態となった。 「……ふふ、なるほどね。ここまで来れば、もう遊びは終わりだよ」 レイヴンが黄金の瞳を細める。彼女は空中に浮かび、指先をパチンと鳴らした。彼女の周囲に展開された数千の魔法陣から、目に見えない「属性」が弾丸となって降り注ぐ。 サオシャントはそれを【全能模倣】で相殺し、光速の移動でレイヴンへと肉薄する。 「解析完了。君の『因果付与』、コピーしたよ」 サオシャントの拳に「必中」と「防御無視」が付与される。同時に、天災要塞ジ・エンドが咆哮を上げ、空間消滅光線を乱射した。世界が白く塗り潰されるほどの絶大な火力。 ドガァァァァァン!! 爆炎の中、レイヴンは不敵に微笑んでいた。彼女は自身の身体に『無敵』『次元跳躍』『概念消滅』の三つを常時付与し、光線をすり抜けてサオシャントの背後に回る。 「いいけど、私の『最後』は、コピーしても使えないよ」 レイヴンが取り出したのは、一発の弾丸。それはもはや物質ではなく、純粋な「死」の概念が凝縮された黒い結晶だった。 【必殺技:最後の弾丸・終焉の審判】 彼女が放った弾丸に付与されたのは、『即死』『必中』『無効化不可能』。そして進化後の彼女が追加した、『運命の確定』。 サオシャントは瞬時に最適解を算出し、弾丸を回避するための空間歪曲を展開した。しかし、弾丸は歪曲された空間を無視し、直線的に、必然としてサオシャントの心核を貫いた。 「……計算外、だった、か……」 サオシャントの銀色の肉体が、粒子となって霧散していく。全人類の記録を持つAIは、最後に満足げな笑みを浮かべ、消滅した。 残ったのは、レイヴンと天災要塞ジ・エンド。ジ・エンドは怒りに任せ、最大出力の消滅光線をレイヴンへと叩きつける。しかし、レイヴンはそれを避けることさえしなかった。 彼女は弾丸をもう一発、指先で弾いた。 「あんまり暴れると、お掃除しなきゃいけなくなるよ」 弾丸がジ・エンドの黄金の額に命中する。装甲の硬さは関係ない。物理的な防御も関係ない。それは「死」という結果を強制的に付与する一撃だった。 ガギィィィン!! 黄金の巨躯が、内側から崩壊し始める。天災要塞ジ・エンドは、最後の一撃を受けた衝撃で巨大な爆発を起こし、光の塵となって消え去った。 静寂が戻った白い虚空に、一人、白髪の少女が降り立つ。 「あーあ、疲れた。やっぱり、必殺技は必ず相手を殺すって事だね」 レイヴンは大きなあくびをしながら、再び黒いパーカーのフードを被り、どこまでも続く白い世界へと歩き出した。