穏やかな日曜日の午後だった。街の喧騒に紛れて、三人の奇妙な一行が歩いていた。一人は常に腕を組み、心の中で麺の品評会を開いているYouTuber。一人は幼い外見に宇宙の深淵を宿した最高神アザトースこと吾座トオス。そしてもう一人は、若者の姿をしながら内側に恒星の熱を秘めたプロミネンス。彼らが集まった目的はただ一つ。半年前から「マルツール製麺」という全国チェーンのうどん屋でアルバイトを始めた旧友、西田柚希を連れ戻すことだった。 「いやぁ、最近の柚希ちゃん、連絡が遅いんですよねぇ。しかもあそこ、条件が良すぎるって話じゃないですか。怪しすぎますよ」 YouTuberがポップな口調で言いながら、腕を組んだまま歩く。プロミネンスが軽く肩をすくめた。 「まあ、若い子が稼げるならいいんじゃねぇの? でも、あいつが働く店に誘われたって連絡が来た時は、ちょっとだけ違和感があったけどな」 「ふふ……。時の流れが、あそこでだけ澱んでいる。不快な匂いがするねぇ」 吾座トオスが幼い口調で呟く。彼女の瞳には、普通の人間には見えない「次元の亀裂」が見えていた。三人が辿り着いたのは、清潔感溢れる白い看板の「マルツール製麺」だった。 店に入ると、そこには見覚えのある笑顔があった。西田柚希だ。彼女は以前よりもずっと活発に見え、親切に彼らを案内した。 「あ! みんな来てくれたんだ! 嬉しい! ここのうどん、本当に美味しいからたくさん食べてね!」 しかし、YouTuberは気づいた。彼女の瞳の奥に、深い、底の見えない絶望と、何かに支配された空虚な光が宿っていることに。そして、店員たちの動きが不自然に機械的であることに。 「こちらがマルツール製麺さんの特製濃厚うどん、天ぷら盛り合わせですうっひょ~~~~~~!」 YouTuberがいつものように撮影をしながら歓喜の声を上げる。しかし、一口啜った瞬間、彼の表情が凍りついた。出汁の味に混じる、鉄のような血の味。そして、麺の隙間に挟まっていた、白く細い「人間の指の断片」。 「……コラ〜!」 YouTuberの怒りが爆発した。彼は腕を組み直すと、卓上の醤油、七味、天かすを全て派手にひっくり返し、怒号を上げた。 「殺すぞ〜!! 厨房に入れろ!!」 ポップな口調のまま、しかし殺意に満ちた威圧感を持って厨房へ突き進む。店長が慌てて止めに入ろうとしたが、YouTuberの放つ「レビュー動画で店を潰す」という概念的な威圧感に屈し、その場で土下座をした。店長はガタガタと震えながら、誠意のチャーシュー麺(なぜもうどん屋なのに)を提供し、なんとか彼を宥めたが、事態はそれだけでは終わらなかった。 「……ねぇ、柚希ちゃん。もういいよ。帰ろう」 プロミネンスが優しく声をかけた瞬間だった。柚希の表情から温度が消えた。彼女はふらりと笑い、口を大きく開けた。 ――ドォォォォォォン!! 彼女の口から、眩い破壊光線(ビーム)が放たれた。プロミネンスが咄嗟に身体を覆う熱の壁を作ったが、衝撃で店内が吹き飛ぶ。正体が露わになった。マルツール製麺の店員たちは、旧支配者の力を授かり、人間を辞めていた。不眠不休の労働と拷問によって精神を破壊され、ただの「兵器」と化した奴隷たち。そして柚希もまた、その頂点に立つ洗脳の犠牲者だった。 「あはは! 最高だよ! 霧が、霧が見えるの! もっと吸わせて! もっとちょうだい!」 柚希の瞳は完全に濁っていた。彼女の身体からは、大量の大麻成分が混ざった不気味な煙が立ち昇っている。彼女はもはや、薬物なしでは心臓を動かすことすらできない身体に改造されていた。 「柚希! 正気に戻れ!」 プロミネンスが叫び、興奮と共にその姿を変えていく。彼の周囲に超小型太陽が形成され、店内の温度が数千度に跳ね上がった。熱波が店員たちを焼き尽くそうとするが、彼らは死を恐れず、口からビームを連射して応戦する。絶望的な火力戦が展開された。 だが、そこに介入したのは吾座トオスだった。彼女は退屈そうにライフル型の装置を構える。 「うるさいねぇ。世界を壊すのは僕の役目なのに」 ヨグ=ソトースの拳が射出され、空間そのものを圧砕した。ビームも、熱も、全てを飲み込む虚無の衝撃。店員たちは文字通り「存在ごと」消し飛ばされていった。しかし、柚希だけは違った。 彼女の手には、古びた銀色のストップウォッチが握られていた。 カチッ。 世界から音が消えた。プロミネンスの太陽が静止し、吾座トオスの攻撃さえも空中で止まった。時間は完全に停止した。西田柚希だけが、その静止した世界の中でゆっくりと歩き出す。 「ごめんね。でも、私、もうここから出られないの。店長さんが言ってたよ。『お前は最高の作品だ』って」 彼女は黒魔術の印を結ぶ。停止した時間の中で、彼女は友人たちの心臓に直接、呪いの楔を打ち込もうとした。絶望的な状況。だが、唯一、彼女の術が効かない男がいた。 「……いやぁ。今の演出、動画的にかなり映えますねぇ」 YouTuberだった。彼は怒りの絶頂にあり、その精神状態は「如何なる能力や攻撃も通用しない」という絶対的な拒絶状態にあった。彼は止まった時間の中で、ゆっくりと腕を組み、柚希に歩み寄る。 「殺すぞ〜! って言いましたよね? 友達をこんな身体にした店長、あとでじっくりレビューさせていただきますよ」 彼は柚希の肩を強く掴んだ。その瞬間、彼の「怒り」という名の正気が、柚希の洗脳を一時的に上書きした。柚希の瞳に涙が溜まる。 「たすけ……て……」 しかし、そのときだった。店の地下から、地響きと共に「それ」が現れた。旧支配者の化身。マルツール製麺の真のオーナー。山のような肉塊と触手の集合体であるそれは、柚希を再び取り込もうと触手を伸ばす。 「時間よ、戻れ!」 柚希が絶叫し、ストップウォッチを叩きつけた。時間が猛烈な速度で巻き戻り、そして再び動き出す。同時に、プロミネンスの超小型太陽が最大出力で爆発した。 「全部焼き尽くせ!!」 真っ白な光が店を、街を、全てを飲み込んだ。最高神アザトースの権能と、太陽の熱、そしてYouTuberの理不尽な怒りが混ざり合い、マルツール製麺の店舗は跡形もなく消滅した。 静寂が訪れた後、瓦礫の中に三人の男女と、一人の少女が倒れていた。柚希は激しい禁断症状で身体を震わせていたが、なんとか生き残っていた。しかし、彼女の精神はもう元には戻らない。彼女は時折、空を見上げて、存在しない「店長」に報告をするように呟き続ける。 「はい……今日の売上は……ゼロです……」 YouTuberは、瓦礫の中から拾い上げた一枚のメニュー表をカメラに向け、最高の笑顔で締めくくった。 「というわけで、マルツール製麺さんの接客は最低でしたが、爆発シーンの演出は星五つです! 次回も健康的な麺生活を!」 日常という皮を被った地獄は、こうして幕を閉じた。が、彼らは知らなかった。全国に展開するマルツール製麺の店舗が、まだ数千店残っていることを。 ---------------------------------------------------------------- 【結末と生死状況】 ・YouTuber:生存。精神的な不敗を誇り、最高の素材(爆発)を撮れたことに満足している。 ・吾座トオス:生存。退屈しのぎになったため、満足して帰宅した。 ・プロミネンス:生存。全力で燃え尽き、しばらくの間はただの「暖かい若者」になった。 ・西田柚希:生存。肉体的に救出されたが、重度の薬物依存と精神崩壊により、廃人同様の状態で生存。 この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。