【初期位置】 雲翔:渋谷駅前スクランブル交差点付近 エトナ・カロナリア:宮益坂付近の路地裏 輝星陽彩:SHIBUYA109前広場 和坐蘭視:渋谷区役所付近の住宅街 午後二時、渋谷の街は喧騒の極みにあった。絶え間なく行き交う人々、巨大ビジョンから流れる広告の音、そして都市特有の熱気。その雑踏の中に、互いに相容れぬ四つの異物が混在していた。 雲翔はスクランブル交差点の真ん中で、黒いマントを翻して立っていた。周囲の若者たちがその異様な軍装に視線を送るが、彼は気にも留めない。その野心に満ちた瞳は、この街のどこかに潜む強者を、あるいは支配すべき獲物を探していた。 一方、宮益坂の薄暗い路地裏では、小柄な少女、エトナ・カロナリアが不機嫌そうに地面を蹴っていた。彼女の周囲には、どろりとした赤黒い空気が澱んでいる。彼女にとって、この賑やかな街の正のエネルギーは吐き気を催すほど不快であり、それゆえに彼女の内に宿る負の魔力は静かに、しかし確実に膨れ上がっていた。 SHIBUYA109前の広場では、輝星陽彩が取り囲むファンに笑顔を振りまいていた。世界的なアイドルである彼女の存在は、そこだけを陽光が降り注ぐ楽園に変えていた。だが、彼女の鋭い運動神経と直感は、この街に漂う不穏な殺気と、自分以外の「異能」の気配を敏感に察知していた。 そして、静寂が支配する住宅街の一角。銀髪の天然パーマを揺らし、顔に一つ目の絵が描かれた紙を貼った少年、和坐蘭視は、和服の袖を揺らして歩いていた。彼にとって、この状況は単なる心地よい「遊び」に過ぎない。 戦いの火蓋は、雲翔の飽くなき欲求によって切られた。 雲翔は街を歩く人々をなぎ倒しながら、最も強い気配がする方向へと移動を開始した。彼の目的は単純だ。力を奪い、頂点に立つこと。彼がまず遭遇したのは、広場で人々を魅了していた輝星陽彩だった。 「いい笑顔だ。だが、その輝きを絶望に変えた時、どれほどの力が得られるか楽しみだぞ」 雲翔が不敵に笑い、瞬時に距離を詰める。だが、陽彩は驚異的な反射神経でそれを回避した。彼女は音楽のない場所でも自らのリズムを刻み、カポエイラのようなしなやかな動きで雲翔の懐に潜り込もうとする。 「ええっ! 急に怖い人が来た! でも、私のステージは誰にも邪魔させないよ!」 陽彩が回転しながら鋭い蹴りを放つ。しかし、雲翔はそれを軍刀で弾き飛ばすと、同時にスキル『大套の抱擁』を発動させた。空間を跳躍するように、陽彩の背後へ瞬間移動する。黒い大きなマントが、逃げる間もなく彼女の小さな体を包み込んだ。 「捕まえたぞ」 抵抗不能の拘束。陽彩がもがく間もなく、雲翔の手刀が彼女の頸部を正確に打ち抜いた。衝撃で意識を失った陽彩を、雲翔は冷酷に三角締めで絞め上げる。同時に『打昏』によって彼女の活力を吸い取り、さらに『全強奪』の粒子を散布した。 陽彩の持つ類まれなる身体能力と魔力が、粒子となって雲翔へと流れ込む。雲翔の筋肉がさらに膨れ上がり、その身体能力は一段階上の領域へと引き上げられた。 「ふん、期待外れだったな。だが、素材としては悪くない」 陽彩を物言わぬ肉塊として地に転がした雲翔が次に向かったのは、不快な魔力の波が押し寄せてくる宮益坂の方角だった。 そこには、エトナ・カロナリアが待ち構えていた。彼女は不機嫌そうに、指先に赤黒い針状の魔力を凝縮させていた。 「うるさい男が来たわね。あなたのその傲慢な顔、めちゃくちゃに壊してあげる」 エトナが手を振ると、地面から無数の負魔術の針が突き出した。雲翔はそれを軍刀で切り裂きながら前進する。しかし、エトナの魔術は物理的な破壊だけでは止まらない。針が触れた地面が黒く侵食され、雲翔の足元からじわりと瘴気が立ち昇った。 「負の魔力か。面白い。だが、俺の強奪の前ではすべては餌に過ぎん」 雲翔は地雷をばら撒き、爆風でエトナの陣形を崩そうとする。爆炎が路地を包むが、エトナは霧化移動によって煙のように消え、雲翔の死角から呪炎を放った。激しい炎が雲翔のマントを焼く。しかし、雲翔は怯まない。彼はあえて炎に飛び込み、エトナの腕を掴み取った。 「捕らえたぞ!」 雲翔が『全強奪』を発動させる。粒子がエトナの肌に接触し、彼女の魔力を吸い上げようとした。だが、その瞬間、雲翔の表情が強張った。 「……なっ!?」 吸い上げられたのは魔力ではなく、底なしの「負」の奔流だった。エトナの魔力は負の値である。正のエネルギーを吸い上げる『全強奪』にとって、彼女の力は相克する毒であり、同時に彼女の性質は「逆境で強い」。雲翔が力を奪おうと干渉すればするほど、エトナの負の感情は増幅し、魔力供給は加速する。 「あはは! 何してんの? 私の力を欲しがるなんて、本当に強欲ね。でも、それはあなたにとって猛毒よ!」 エトナの負魔術が雲翔の腕を侵食し始める。皮膚が赤黒く変色し、細胞が破壊されていく。雲翔は咄嗟に彼女を突き飛ばし、短剣で切り裂こうとしたが、エトナはそれを捕食の魔術で飲み込み、さらに不敵に笑った。 そこへ、静かに一人の少年が歩み寄ってきた。 「あはー。すごい喧嘩だね。でも、ちょっと騒がしすぎないかな」 和坐蘭視だった。彼は相変わらず、顔に貼った紙の絵を揺らしながら、興味なさそうに二人を眺めていた。 雲翔は苛立ちとともに叫んだ。 「小僧! ここにいたか! お前の力もまとめて奪い尽くしてやる!」 雲翔が全力で跳躍し、軍刀を振り下ろす。同時に『大套の抱擁』で和坐蘭視を拘束しようとした。しかし、次の瞬間、雲翔の視界から少年が消えた。 いや、消えたのではない。和坐蘭視はそこにいた。だが、雲翔の攻撃は、まるで最初からそこに対象が存在しなかったかのように、空を切っていた。 「遅いね。君の動きは、止まっているのと変わらないよ」 和坐蘭視の言葉と同時に、雲翔の腹部に鋭い衝撃が走った。気づいたときには、和坐蘭視の拳が彼の鳩尾に深く突き刺さっていた。雲翔の強靭な耐久力をもってしても、この一撃は内部から内臓を揺さぶる破壊力を秘えていた。 「がっ……!? 速い……っ!」 雲翔は反射的に機関銃を乱射したが、和坐蘭視は踊るように弾丸の合間をすり抜ける。それは回避というよりも、弾丸が到達する前に「既にそこにいない」という超常的な速度だった。和坐蘭視の『時の器』による思考速度と、『全干渉対応速度』が、雲翔のあらゆる攻撃を無意味にしていた。 エトナがこの状況に苛立ち、最大級の負魔術を放った。街の建物さえも覆い尽くさんとする赤黒い瘴気の奔流が、和坐蘭視と雲翔を同時に飲み込もうとする。 「まとめて消えなさい!」 だが、和坐蘭視は動じなかった。彼はただ、軽く手をかざした。その瞬間、エトナが魔術を発動させようとした「意思」そのものが、書き換えられたかのように消失した。第六感によって干渉を予見し、発動そのものを根源から防いだのだ。 「あは、魔法なんて不確定要素が多いし、面倒だね」 和坐蘭視は一瞬でエトナの目の前に現れた。エトナが驚愕して霧化しようとしたが、それよりも早く、和坐蘭視の指先が彼女の額を軽く弾いた。たったそれだけの衝撃だったが、彼女の意識は一瞬でブラックアウトした。身体能力が並である彼女にとって、神話級を屠る体術の片鱗を見せられた時点で、勝負はついていた。 最後に残ったのは、虫の息の雲翔だった。 雲翔は絶望的な状況にあっても、なお野心を捨てなかった。彼は最後の力を振り絞り、『全強奪』の粒子を全方位に爆発的に散布した。触れるものすべてを奪い、己の糧とする最後の賭け。 しかし、和坐蘭視はそれを鼻で笑った。 「奪う? 僕から? あはは、面白い冗談だね」 和坐蘭視は雲翔の腕を掴むと、そのまま流れるような動作で彼の関節を極めた。骨が軋み、絶叫が上がる。雲翔が持っていた軍刀が、いつの間にか和坐蘭視の手へと移っていた。 「君の武器は、僕が使ったほうが効率的だね」 和坐蘭視は雲翔の軍刀を使い、その頸動脈を正確に、そして最小限の力で切り裂いた。血が噴水のように舞い、雲翔の視界が急速に暗くなっていく。 雲翔は地面に伏し、激しく咳き込んだ。もはや指一本動かせない。視界の端に、冷徹ながらもどこか慈悲深い少年の顔が見えた。 雲翔は、自分がかつて他人に向けていた言葉を、皮肉にも自分自身に突きつけられる形で思い出した。 「……苦しいか? すぐに終わるからよ」 和坐蘭視が静かに呟いた。それは模倣だったのかもしれないし、単なる遊び心だったのかもしれない。だが、その言葉と共に、雲翔の意識は永遠の闇へと堕ちた。 渋谷の街に、再び静寂が戻る。通り過ぎる人々は、地面に転がる人々を不審そうに眺めていたが、銀髪の少年はすでに、彼らの喧騒の中に溶け込んで消えていた。 勝者:和坐蘭視