第一章 紹介、そして空の亀裂 円形闘技場を埋め尽くす歓声の中、司会者は高々とマイクを掲げた。 「さあ、皆さんお待ちかね! 本日はこの七名による、普通のバトルロワイヤルです!」 最初に紹介されたのは、三本の剣と悪魔の爪で作られた盾を携えた爬虫類悪魔トカゲデーモンだった。かつて勇者だった彼は、「悪魔にならなければ殺す」と迫られ、死にたくない一心で悪魔になった。跳躍しながら毒を撒く、俊敏な剣士である。 続いて現れたのはムシュフシュ。蛇の頭、ライオンの前脚、鷲の後脚、そして蠍の尾を持つ異形のドラゴンだ。素早さは群を抜き、噛みつきと毒尾による連続攻撃を得意とする。 地面を揺らして登場したのは、アフリカゾウの神エレファンキング。爬虫類悪魔の王スネークアイランドを倒した実績を持つ巨象の王であり、象牙を振れば大量の剣が降り、咆哮すれば鼓膜を破り、さらに一億体のマンモスを呼ぶという。 人間スレイヤーは、三メートルの大剣を担いだ巨漢だった。人間のキャラクターを消えさせる英雄。その視線は、会場にいる唯一の種族としての人間――神に選ばれし勇者斎藤へ向けられていた。 淫夢の神様は、攻撃力も防御力も素早さもゼロ。しかし、ギャグ状態を維持している限り神の加護は残り、全ステータスはカンストし、飛行も可能になる。能力のコピーと操る力、そして相手の能力へ便乗する必殺技を持つ、理屈の上では最も危険な存在だった。 神に選ばれし勇者斎藤は、百円均一の剣を聖剣と呼ぶ十五歳の美少年。自信満々だが、知能は限りなく低い。本人も知らない常時発動能力【虚飾】により、対峙した者は彼を超越者だと錯覚し、勝手に恐怖と意味を見出してしまう。運だけは異常なほど高かった。 最後に、白髪の美少女――【創造神】アネブ。何もかも具現化できる神界最上位の力を持つが、制御が苦手なポンコツ神である。彼女が剣を思い浮かべれば、剣のような何かが現れる。だが、その威力だけは本物の神級だった。 「それでは、開始――」 その瞬間だった。 空が砕けた。 青空に巨大な亀裂が走り、ガラスのような破片が音もなく降り注ぐ。その奥から、黒い四肢が一本、また一本と這い出した。腕なのか脚なのか、指なのか触手なのか判然としない。ただ、闘技場全体を選別するように、黒い指がゆっくり動いた。 司会者の身体が跳ねた。 「……今回は戦いの最中、人が消滅するバトロワです」 声は司会者のものだったが、意思はなかった。 「バトロワによる死と別に、一章ずつ参加者一人がランダムに選ばれ、絶対的に消滅します」 黒い四肢から放たれた念が、司会者の精神を操っていた。 「無効化、超越、回避、蘇生、設定改変、因果操作――いかなる手段も無意味。選ばれた者は、存在した事実ごと消えます」 会場の空気が凍る。 アネブが困ったように手を挙げた。 「それ、私が作ったルールじゃないですよね?」 「作ったのは黒い四肢です」 司会者は淡々と答えた。 「第二章から第五章まで全力で戦闘。第二、第三、第四章の最後に一名ずつ絶対消滅。第五章は消滅者なし。最後まで消滅せず、戦いにも敗れなかった者が勝者です」 斎藤は百均の剣を抜いた。 「なるほど……神が俺に与えた試練というわけか!」 誰もそう言っていない。 だが【虚飾】が闘技場を覆い始めた。斎藤の言葉、立ち姿、安物の剣。そのすべてに、他者が勝手な意味を感じ始める。 トカゲデーモンは斎藤を見て、冷たい汗を流した。 (あの構え……ただ者じゃない) ムシュフシュは尾を低く構えた。 (あれほどの自信……何かある) 人間スレイヤーだけは、斎藤を睨み続けた。 「人間は消す」 黒い四肢が指を鳴らした。 闘技場の門が閉じる。 「それでは、バトルロワイヤルを開始します」 司会者の宣告と同時に、七つの殺意が爆発した。 第二章 毒と牙、象牙と剣 最初に動いたのはムシュフシュだった。 地面を蹴った瞬間、その巨体は視界から消えた。次に現れた時には、トカゲデーモンの背後で蠍の尾が弧を描いていた。 「速い!」 トカゲデーモンは振り向きざま、悪魔の爪の盾を掲げた。毒針が盾に突き刺さり、金属音が響く。だが衝撃で彼の身体は数メートル滑った。 「爬虫類同士、仲良くしようじゃないか!」 ムシュフシュが蛇頭を開き、首を伸ばした。トカゲデーモンは三本の剣を同時に振る。一本が牙を弾き、一本が鱗を裂き、最後の一本が尾を狙った。 ムシュフシュは翼のような後脚で跳び、空中で身体をひねった。斬撃をかわし、反対に尾の毒針をトカゲデーモンの肩へ叩き込む。 毒が流れた。 トカゲデーモンは歯を食いしばり、跳躍した。空中で身体を回転させ、周囲一帯へ濃緑色の毒液を撒き散らす。床が泡立ち、石が腐食した。 ムシュフシュはさらに高く跳んだ。しかし、エレファンキングの耳が震えた。 「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」 巨象の鳴き声が衝撃波となって爆発した。空気そのものが砕け、ムシュフシュの姿勢が崩れる。毒液が風に煽られ、トカゲデーモン自身の足元へも落ちた。 「ぐっ……!」 その一瞬を、人間スレイヤーが逃さなかった。 三メートルの大剣が横薙ぎに振り抜かれる。トカゲデーモンは盾で受けたが、盾ごと吹き飛ばされ、壁に激突した。骨が軋む。 「人間以外も斬るのか!」 「邪魔だからだ」 人間スレイヤーが踏み込む。 だが斎藤がその前に立った。 「待て! 俺こそが貴様の宿命の敵だ!」 百均の剣が大剣を受け止めた。 誰もが、斎藤の剣が折れると思った。 しかし【虚飾】が作用した。大剣の軌道が、斎藤の構えを試すための必然に見えた。人間スレイヤーの腕が無意識に鈍る。 斎藤はそれを実力と勘違いし、胸を張った。 「見たか! これが聖剣の加護だ!」 「……何だ、この圧は」 人間スレイヤーが一歩退いた。 その時、空から無数の剣が降った。 エレファンキングが象牙を振ったのだ。剣は雨のように闘技場へ突き刺さり、逃げ場を奪う。ムシュフシュは四肢を巧みに動かして縫うようにかわしたが、一本が翼を貫いた。 トカゲデーモンは三本の剣で飛来する刃を弾いた。しかし毒に侵された身体は重く、一本が腿を貫く。 アネブは両手を広げた。 「みんなを守る大きな盾!」 彼女の前に巨大な盾が現れた。だがそれは、盾の形をした巨大な鍋だった。それでも神級の硬度を持ち、降り注ぐ剣を次々に弾き返す。 「成功……たぶん!」 跳ね返った剣が、ムシュフシュの残った脚を斬った。 ムシュフシュは倒れまいと爪を立て、反撃に移った。人間スレイヤーへ突進し、蛇頭で肩に噛みつく。同時に尾が大剣を絡め取った。 人間スレイヤーは剣を捨て、両手で蛇の首を掴んだ。力任せに締め上げる。ムシュフシュの鱗が裂け、毒の唾液が飛び散る。 エレファンキングが前脚を踏み下ろした。 地面が波打ち、ムシュフシュの身体が宙に跳ねる。そこへ象牙が突き上げられた。 巨体が闘技場の外壁まで吹き飛び、動かなくなった。 「ムシュフシュ、戦闘不能!」 司会者が叫ぶ。 トカゲデーモンは毒に耐えながら立ち上がった。斎藤が彼の前に歩み出る。 「安心しろ。俺が介錯してやる」 「お前にできるのか?」 「できる。なぜなら俺は選ばれし勇者だからだ!」 斎藤が剣を振る。トカゲデーモンは受けようとしたが、毒で足がもつれた。安物の刃が肩を打ち、傷は浅い。しかし【虚飾】がその一撃を必殺の秘剣に見せた。 トカゲデーモンは恐怖に呑まれ、膝をついた。 人間スレイヤーが大剣を拾い、横から斬り飛ばす。トカゲデーモンは盾で受けたが、衝撃に耐えきれず場外へ落下した。 「トカゲデーモン、脱落!」 残るは五名。 その時、黒い四肢が一本を選んだ。 黒い指が、倒れたムシュフシュを指す。 「第一の消滅者、ムシュフシュ」 光も闇も起きなかった。ただ、ムシュフシュという存在だけが、音もなく世界から抜き取られた。傷も血も、戦った記憶さえも消えた。 脱落者はトカゲデーモン、ムシュフシュ。 絶対的消滅者はムシュフシュ。 第三章 神の加護と偽りの聖剣 残ったのは、エレファンキング、人間スレイヤー、淫夢の神様、斎藤、アネブの五名だった。 淫夢の神様は空中に浮かび、語尾を変えながら笑った。 「お前ら面白スギィ! ここからは神の加護でいくゾ! (迫真)」 身体から光があふれた。攻撃力、防御力、魔力、素早さ。その全てが限界を超えて膨れ上がる。 エレファンキングが咆哮した。 「ブオオオオオオッ!」 百万、千万、一億のマンモスが空間を埋め尽くした。巨体の群れが一斉に走り出し、闘技場は大地震のように揺れた。 淫夢の神様は指を突き出す。 「そうだよ(便乗)」 マンモス召喚の権能をコピーした。 直後、彼の背後にも一億体のマンモスが現れた。 エレファンキングが目を見開く。 「それは余の能力だ!」 「そうだよ(便乗)」 二億体のマンモスが激突した。 闘技場の空間が悲鳴を上げる。アネブは慌てて両手を振った。 「マンモスを止めるための、すごく大きな壁!」 現れたのは、巨大なプリンだった。 マンモスの群れがプリンへ突っ込み、柔らかな表面に沈み込む。だが神級の弾力が衝撃を受け止め、プリンは跳ね返った。マンモスの群れが一斉に宙へ飛ぶ。 人間スレイヤーはその隙に淫夢の神様へ迫った。大剣を振り下ろす。 神様は空中で回転し、紙一重でかわした。反撃の指先が人間スレイヤーの額に触れる。 「操る能力、貸すゾ」 人間スレイヤーの目が虚ろになった。 「斎藤を斬れ」 操られた人間スレイヤーが大剣を振り上げる。 斎藤の【虚飾】が極限まで膨張した。彼の背後に、誰も存在しない神々の軍勢が見えた。百均の剣が、宇宙を断つ聖剣に見える。 人間スレイヤーの腕が止まった。 「……俺が、あの男を斬る?」 「そうだ! 俺はお前の宿命を超越する!」 斎藤は意味不明なポーズを取った。人間スレイヤーは恐怖に負け、操りを破った。 しかし、その直後に斎藤は足を滑らせた。 彼の百均の剣が回転しながら飛び、人間スレイヤーの足元へ突き刺さる。人間スレイヤーはそれを避けようとしてバランスを崩し、マンモスが跳ね返ったプリンに押し出され、場外へ落ちた。 「人間スレイヤー、脱落!」 斎藤は勝ち誇った。 「これが極・次元斬だ!」 誰も斬っていない。 エレファンキングは激怒し、象牙を振った。無数の剣が淫夢の神様へ殺到する。神様は全てをコピーし、剣の雨をさらに増殖させた。空は刃で埋め尽くされ、エレファンキングの巨体にも何本もの剣が突き刺さる。 それでも王は倒れなかった。 「鳴き声で貴様を砕く!」 耳を広げ、最大音量の咆哮を放つ。 淫夢の神様は便乗した。 「そうだよ(便乗)」 二つの音波が正面衝突した。轟音が円形に広がり、壁も床も砕ける。アネブの巨大プリンは粉々になり、斎藤は宙を飛び、エレファンキングの鼓膜から血が流れた。 神様は無傷だった。 だが加護はギャグ状態の維持を条件としていた。激しい衝突の中、彼の顔から笑みが消えた。 「……これは、ちょっとギャグじゃないゾ」 その瞬間、全ステータスが崩れた。 エレファンキングの象牙が神様を直撃する。神様は場外へ吹き飛び、地面に叩きつけられた。 「淫夢の神様、戦闘不能!」 アネブが斎藤を狙って手を伸ばした。 「あなたを倒すための、究極の剣!」 現れたのは、やや曲がった包丁だった。 「えっ」 それでも威力は神級。斎藤は剣を構えたが、【虚飾】が包丁を終焉の神器と認識させた。恐怖に呑まれた斎藤は、自ら場外へ飛び退いた。 「戦略的撤退だ!」 「斎藤、脱落!」 残るはエレファンキングとアネブ。 その時、黒い四肢が再び指を動かした。 「第二の絶対的消滅者、淫夢の神様」 倒れていた神様は、ギャグも能力も記憶も、存在そのものも消えた。 脱落者は人間スレイヤー、淫夢の神様、斎藤。 絶対的消滅者は淫夢の神様。 第四章 巨象王と創造神 闘技場に残ったのは、エレファンキングとアネブだけだった。 しかし二人とも、まだ全力を出し切ってはいない。 エレファンキングは血に濡れた象牙を構えた。アネブは震える手で空間を掴む。 「私は、人々が安心して過ごせる世界を作る神です。だから……あなたを止めます!」 「余は王。王は、最後まで倒れぬ!」 象牙が振られた。 空から剣が降る。数百、数千、数万。刃の雨は、先ほどまでとは比較にならない密度でアネブを包んだ。 アネブは両手を広げた。 「剣を全部、花に変える!」 だが具現化された花は、刃のような花びらを持つ巨大な鉄の花だった。剣と花が衝突し、金属音が嵐のように響く。 アネブの頬を一本の剣が裂いた。 「痛い……でも、まだ!」 彼女は地面を変えた。闘技場が海へ変わり、エレファンキングの足元が沈む。 しかし具現化は不完全だった。海は水ではなく、巨大な青いゼリーだった。 エレファンキングの脚が沈み、動きが鈍る。アネブはそこへ巨大な槌を具現化した。 現れたのは、先端に鍋のついた槌だった。 「いきます!」 神級の一撃が巨象の背へ落ちる。 エレファンキングはゼリーを踏み抜き、身体を回転させて受け流した。鍋が砕け、アネブの腕が痺れる。 「見事。だが、王の咆哮を受けよ!」 耳が開く。 咆哮が放たれた。空間が震え、アネブの輪っか型のアホ毛が吹き飛びそうになる。彼女は耳を塞ぎながら、新たな空間を具現化した。 「音のない世界!」 静寂が降りた。 だが、アネブの制御ミスで、音が消えたのは彼女の周囲だけだった。咆哮は外側から回り込み、背後から彼女を吹き飛ばす。 アネブは地面を何度も跳ね、壁へ叩きつけられた。防御力ゼロの身体から血が流れる。 「まだ……創造できます!」 彼女は自分の傷を治す概念を具現化した。出現したのは、巨大な絆創膏だった。神級の治癒力が傷を塞ぐ。 エレファンキングは象牙を突き出す。無数の剣が一本に集まり、巨大な槍となった。 アネブは両手を合わせた。 「世界を救うための、絶対に負けない力!」 彼女の背後に巨大な光が現れる。だが形は、少し焦げたパンだった。 それでもパンは神級の熱量を放ち、象牙の槍と激突した。 爆発が起きた。 エレファンキングの巨体が後退し、片膝をつく。アネブもまた、制御の反動で立っていられない。 両者は最後の力を振り絞った。 象王は鳴いた。 創造神は思い描いた。 「あなたを眠らせる、優しい世界!」 出現したのは、巨大な布団だった。布団はエレファンキングを包み込み、神級の重力で押さえつける。 エレファンキングは鼻で布団を持ち上げようとしたが、布団は重く、脚が震えた。 「王は……眠らぬ……!」 しかし、次の瞬間、象王の身体が完全に沈んだ。激闘の疲労、剣による負傷、咆哮の反動。彼は意識を失った。 「エレファンキング、戦闘不能!」 アネブは勝った。だがその場に膝をつき、息を切らしていた。 黒い四肢が彼女へ向いた。 「第三の絶対的消滅者、エレファンキング」 眠る巨象王の輪郭が薄れた。布団も、血も、戦いの痕跡も消え、エレファンキングという存在は完全に消滅した。 脱落者はエレファンキング。 絶対的消滅者はエレファンキング。 第五章 消滅なき最終局面 闘技場に立っているのはアネブだけだった。 司会者は確認する。 「残存参加者は【創造神】アネブ。第五章に消滅者はありません」 アネブは周囲を見回した。誰もいない。だがルール上、勝利の確定はまだだった。第五章は戦闘の章であり、戦いに敗れた者が出る必要がある。すでに他の参加者は消滅または脱落しているが、最後の試練が用意されていた。 空の亀裂から、黒い四肢が闘技場へ伸びる。 「最終局面。消滅者なし。戦闘による勝者を確定せよ」 黒い四肢が、これまで消えた参加者たちの戦闘データを影として再現した。ムシュフシュの牙、人間スレイヤーの大剣、斎藤の虚飾、淫夢の神様の便乗、エレファンキングの咆哮、トカゲデーモンの毒。 「これは消滅した本人ではありません。戦闘の残響です」 影が一斉に襲いかかった。 アネブは創造の具現化を連続使用した。 毒には、毒を吸う雲。牙には、伸縮する壁。大剣には、巨大な磁石。虚飾には、何も考えない空間。便乗には、便乗されても何も起きない空白。咆哮には、防音の海。 だが、どれも絶妙にずれていた。 毒を吸う雲は毒を吸った後に膨張し、爆発した。壁は牙を止めたものの、そのまま倒れてアネブを押しつぶした。磁石は大剣だけでなくアネブの髪飾りまで吸い寄せた。何も考えない空間は、アネブ自身が何をしようとしていたかを忘れさせた。 影の斎藤が叫ぶ。 「これが終焉ノ一撃だ!」 実際には、百均の剣の影がまっすぐ飛んできただけだった。それでもアネブは恐怖を覚え、反射的に両手を伸ばした。 「私の世界に、安心できる場所を!」 彼女の前に小さな家が現れた。 剣の影が家を貫く。しかし家の中には、アネブが安心して眠れる小さな部屋があった。攻撃の威力は神級だったが、彼女の「安心できる場所」というイメージが、偶然正確に具現化されたのだ。 アネブは初めて、自分の力を完全に制御した。 「……できた」 彼女は家の扉を開け、外へ手をかざした。 「ここにいるすべての危険を、戦いの終わりへ戻します」 巨大な光が広がった。影たちは次々に武器を落とし、攻撃の姿勢を解いた。ムシュフシュの影は鱗の粉となり、人間スレイヤーの影は大剣を地面に突き立て、斎藤の影は堂々と転んだ。淫夢の神様の影は「それはそう」と呟いて消え、エレファンキングの影は小さく鼻を鳴らして崩れた。 最後に残ったのは、黒い四肢の影だった。 アネブはそれを攻撃しなかった。 「あなたも、安心して帰れる場所が必要なのかもしれません」 そう言って、彼女は黒い四肢を包む檻ではなく、扉を具現化した。 黒い指が扉に触れる。 しばらく静止した後、四肢は亀裂の向こうへ戻っていった。空の割れ目が閉じ、闘技場に静寂が戻る。 アネブは立っていた。 最後まで消滅せず、戦いにも敗れなかった。 司会者はマイクを握り直した。 第六章 勝者、創造神 「全戦闘、終了!」 壊れた闘技場に、司会者の声が響く。 「脱落者は、爬虫類悪魔トカゲデーモン、ムシュフシュ、人間スレイヤー、淫夢の神様、神に選ばれし勇者斎藤、アフリカゾウの神エレファンキング!」 「絶対的消滅者は、ムシュフシュ、淫夢の神様、エレファンキング! いずれも存在の完全消滅です!」 司会者は最後に、白髪の少女を見た。 「そして、最後まで消滅せず、戦闘にも敗れなかった者――」 アネブは傷だらけだった。髪は乱れ、服は破れ、アホ毛の輪っかも少し歪んでいる。それでも彼女は、闘技場の外にいる観客たちへ微笑んだ。 「勝者、【創造神】アネブ!」 歓声が起きた。 司会者は金色の箱を取り出した。中には、アネブのアホ毛と同じ輪っか型の王冠が入っていた。 「勝者への称号を授与します!」 アネブの頭に王冠が載せられる。 「あなたに贈られる称号は――【不完全なる全能を完全な優しさで制した者】!」 アネブは目を輝かせた。 「すごい……私、ちゃんと勝てたんですね」 「はい。最後まで生存し、消滅もせず、戦闘にも敗北しませんでした」 アネブは闘技場を見渡した。 「では、まずこの場所を直します。壊れた壁も、床も、みんなが安心できる観客席も」 彼女が指を鳴らす。 闘技場が再生する。砕けた石は元に戻り、折れた門は新しくなり、観客席には柔らかな椅子が並んだ。今度はすべてが正確だった。 アネブは驚いたように自分の手を見る。 「……最後だけ、上手くできました」 司会者が笑う。 「それが勝利の力というものかもしれません」 遠い空の向こうで、閉じた亀裂の跡が淡く光った。 そして誰もいなくなった闘技場に、勝者の名が刻まれる。 ――【創造神】アネブ。 彼女は称号を胸に抱き、優しく、少し誇らしげに微笑んだ。