静寂に包まれた白い立方体のような空間。そこには、互いに相容れない空気を纏った三人の少年が立っていた。 一人は、目の下にどす黒い隈を湛え、死人のような色をした肌を持つ少年、楠木津恵。彼は気怠げに首を鳴らし、相手を値踏みするように細めた目で睨みつけていた。 もう一人は、ベージュ色の柔らかな髪に、夜空を凝縮したような濃い青紫の瞳を持つ少年、アストロ。彼は困惑した表情で周囲を見渡し、おどおどとした様子で自分の指先を見つめていた。 そして最後の一人は、感情の読めない無機質な瞳を持つ少年、RR。彼はただそこに佇み、世界を再定義する準備を整えていた。 「……あー、面倒くさいっすね。さっさと死んでくれないっすか?」 楠木が口を開いた瞬間、空間に刺々しい殺気が走った。彼は中性的な容姿に似合わず、その拳に凝縮された暴力的な意思を込める。対してアストロは、びくりと肩を揺らした。 「えっ、死ぬ!? そんな、いきなり……! 僕、戦いなんて慣れてないし、できれば話し合いで……」 「話し合い? 冗談言ってるっすね。ここは殺し合いの場だろ」 楠木が地面を蹴った。その速度は凄まじく、一瞬でアストロの懐に潜り込む。楠木の拳がアストロの腹部を捉えようとしたその時、RRが静かに手をかざした。 「【リ・バース】」 RRの能力が発動した。彼が触れたのは、楠木の足元の床である。一瞬にして、白い床がどろどろとした巨大な粘液状の生物へと変化し、楠木の足を絡め取った。不意を突かれた楠木がバランスを崩す。 「チッ……! 搦め手っすか」 楠木は苛立ちながらも、空いた拳を地面に叩きつけた。能力【ポスト】。打撃の瞬間に半径5メートルに強力な衝撃波が発生し、粘液状の生物を跡形もなく吹き飛ばす。同時にその衝撃は、後方で呆然としていたアストロをも襲った。 「うわああっ!?」 アストロは衝撃で後方に吹き飛ばされるが、無意識に能力【ユニヴァース】を展開した。彼の周囲の重力が極端に弱まり、衝撃のベクトルが分散される。アストロはふわりと宙に浮き、なんとか着地した。 「今の、何!? 拳を打っただけなのに、風が……!」 「解析完了っすね。あっちのベージュ髪は重力と時間、もう一人の無機質くんは物質変換。……まあ、どっちも余裕っすね」 楠木は不敵に笑うと、今度はRRに向かって突進した。RRは冷静に、周囲に漂っていた破片を【リ・バース】で鋭利な針へと変え、一斉に射出した。しかし、楠木はそれを避けない。あえて攻撃を受けることで発動させる拡張能力【リポスト】。 針が楠木の皮膚をかすめた瞬間、その衝撃が倍増してRRへと跳ね返った。不可視の衝撃波がRRの胸を打ち抜き、彼は壁まで後方に弾き飛ばされる。 「ぐっ……!」 「どうっすか、自分の攻撃を食らう気分は。最高に気分悪いっすよね」 楠木の攻撃は止まらない。彼はさらに踏み込み、RRの胸ぐらを掴んで至近距離から【ダイレクトメッセージ】を叩き込んだ。衝撃を一点に絞り、内側から爆発させる。RRの肋骨が軋む音が聞こえ、彼は激しく咳き込んだ。 一方、アストロはパニックに陥っていた。彼は戦うことが怖かった。しかし、目の前で繰り広げられる暴力的な光景に、本能的な恐怖と、それ以上の「拒絶感」を抱く。 「やめてよ……! なんでこんなことしなきゃいけないんだ!」 アストロが叫ぶと、彼の周囲に小さな球体群【アステロイデス】が展開された。それは防衛本能による自動的な展開だった。楠木がアストロの方へ視線を向け、鼻で笑う。 「うるさいっすね。泣いてれば誰か助けてくれるとでも?」 楠木がアストロに向かって強烈な右ストレートを放つ。しかし、その拳はアストロの前に展開された【アステロイデス】の壁に阻まれた。金属音のような衝撃が響く。 「……しぶといっすね。じゃあ、まとめて消えてもらうっす」 楠木がさらに拳を連打し、周囲に絶え間ない衝撃波【ポスト】を発生させる。爆風が吹き荒れ、アストロは球体の盾に籠もったまま後退し、RRは体勢を立て直そうとしていた。 しかし、ここでRRが動いた。彼は自身の腕を【リ・バース】し、その質量を一時的に高密度の超硬質合金へと変化させた。そして、隙を突いて楠木の横腹に強烈な一撃を叩き込む。 「がっ……!?」 楠木が呻く。同時に、RRの能力が発動した。彼が殴ったのは楠木の体だけではない。その瞬間、楠木の能力【ポスト】そのものを【リ・バース】で書き換えたのだ。 「……っ! 能力が、使えない……?」 楠木が拳を振るが、いつもの衝撃波が発生しない。能力がランダムに変化し、「指先から小さな花びらが舞い散る」という戦闘に全く不向きな能力に書き換えられていた。 「あはは! 花っすか! 笑わせないでくれよ!」 楠木は激昂し、能力に頼らず純粋な格闘能力でRRに襲いかかる。しかし、能力を奪われた状態では、RRの物質変換による奇襲に翻弄される。足元が砂に変わり、空気が壁になり、楠木は何度も地面に叩きつけられた。 一方のアストロは、その惨状を呆然と見ていた。彼は、自分がこの戦いで最も弱く、無力であることを痛感していた。しかし、その絶望が、彼の心の中にある「宇宙の種」を刺激し始める。 (僕は……僕は、ただ、みんなで笑っていたいだけなのに……!) アストロの瞳から涙がこぼれ落ちたその時、彼の周囲の空気が歪んだ。彼の【ユニヴァース】が暴走し、周囲の時間が極端に遅滞し始める。楠木の拳が空中で止まり、RRの物質変換の速度が著しく低下した。 「な、んだ……体が動か……」 楠木が愕然とする中、アストロは無意識に右手を突き出した。そこから放たれたのは、純白の熱線【ステラ】。それは直線的に、そして容赦なくRRを貫いた。 「があああああ!!」 RRは絶叫し、焼け焦げた体で地面に転がる。しかし、RRはまだ諦めていなかった。彼は最後の一撃として、自分自身に【リ・バース】をかけた。能力を捨て、その代わりに関節と筋肉を限界まで強化し、超人的な身体能力を得るという禁じ手だ。 「これで……終わりだ!」 RRが超高速でアストロに肉薄し、その喉元に拳を叩き込もうとした。同時に、能力を失い絶望していた楠木も、野生の勘でアストロに飛びかかった。二人の攻撃が、同時にアストロを襲う。 ガッ!! 鈍い音が響き、アストロの体が宙に舞った。彼の意識は遠のき、視界が赤く染まる。瀕死の状態。しかし、その極限状態こそが、彼にとっての「覚醒」のトリガーだった。 (死にたくない……! まだ、何も見ていないのに……!!) 生への強烈な渇望。それが、彼の中に眠っていた宇宙の真理を呼び覚ました。 ドォォォォォォォン!! アストロを中心に、凄まじい光の柱が天に向かって昇った。衝撃波が周囲のすべてをなぎ倒し、楠木とRRは遥か彼方まで吹き飛ばされる。光が収まったとき、そこには「以前のアストロ」ではない何かが立っていた。 【進化:アストロ ⇒ 星海の主(コスモス・ロード)】 外見は大きく変わった。ベージュの髪は銀色に輝き、瞳の中には本物の銀河が渦巻いている。背後には巨大な光の輪(ヘイロー)が浮かび、その周囲を数多の惑星のような球体が静かに公転していた。彼の纏う空気はもはや少年のものではなく、万物を俯瞰する神に近い威圧感を放っていた。 「……星の声が、はっきりと聞こえるよ」 その声は、空間全体に共鳴していた。 一方、激しく打ちのめされていた楠木とRRも、その絶望的な格差を前にして、魂の底から進化を促されていた。特に、能力を奪われ、プライドをズタズタにされた楠木の進化は激しいものだった。 「……ふざけるな。ふざけるなよ……っ! こんなところで、あんなガキに……!!」 楠木の隈がどす黒い霧のように広がり、彼の身体からどす黒い衝撃波が絶えず漏れ出し始めた。彼の内なる陰湿さと攻撃性が、能力を極限まで深化させる。 【進化:楠木津恵 ⇒ 深海に沈む絶望の執行者(アビス・ポストマン)】 外見は、肌がさらに蒼白になり、黒髪が影のように揺らめく。衣服はボロボロになり、代わりに黒いオーラが纏い衣のように彼を包んでいた。彼の能力【ポスト】は、もはや打撃を必要としなくなった。彼が「思考」しただけで、周囲の空間に衝撃が発生する【絶望の連投(ディスペア・ポスト)】へと変貌していた。 そして、身体強化に全てを賭けたRRもまた、その限界を超えた。 【進化:RR ⇒ 万物再定義の神(リ・ジェネシス)】 RRの姿は人間としての輪郭を失い、半透明のクリスタルのような身体へと変化した。彼はもはや物を変えるのではなく、世界の「法則」そのものを書き換える能力を手に入れた。彼が指を鳴らせば、重力が反転し、火が氷に変わり、生が死に書き換えられる。 三人の超越者が、再び対峙した。 「へっ……いいっすね。これなら、あのご立派な顔を絶望に染められる」 楠木(アビス・ポストマン)が不敵に笑う。彼は瞬時に【絶望の連投】を放った。見えない衝撃波が、空間そのものを砕きながらアストロへと殺到する。それはもはや打撃ではなく、空間の断裂に近い攻撃だった。 しかし、星海の主(アストロ)は、ただ静かに手をかざした。 「【ブラックホール】」 アストロの掌に、極小の、しかし絶対的な質量を持つ「穴」が出現した。楠木が放った凄まじい衝撃波のすべてが、その小さな穴へと吸い込まれていく。何一つとして、アストロに届かない。 「なっ……!? 全部、吸い込んだっすか!?」 「君の絶望は、宇宙の大きさに比べれば、とても小さいよ」 アストロの言葉と共に、彼を囲む8つの球体が高速で回転を始めた。それは【プラネット】の究極形。一つ一つの球体が惑星並みの質量を持ち、それが光速に近い速度で楠木へと襲いかかる。 ドゴォォォォン!! 楠木は【リポスト】で反撃を試みるが、質量が違いすぎた。反撃の衝撃波が自分自身に跳ね返り、楠木の身体が激しく弾かれる。 そこへ、リ・ジェネシス(RR)が介入した。彼は世界の法則を書き換え、アストロの「重力」という概念を「浮遊感」へと変換した。これにより、アストロの攻撃の威力が一時的に消失する。 「今だ!!」 楠木が叫ぶ。彼は全神経を集中させ、アストロの心臓一点だけに衝撃を集中させる【ダイレクトメッセージ】の究極版を放った。空間を飛び越え、内側からアストロの肉体を破壊しようとする一撃。 しかし、アストロは微笑んでいた。 「ありがとう。気づかせてくれたよ。僕が本当に守りたいものは、この静寂なんだ」 アストロは、自分を囲んでいた【アステロイデス】の一つを、自らの胸へと取り込んだ。そして、それを内側から超爆発させる。自爆に近い行為だが、それは【スーパーノヴァ】という究極の攻撃への転換だった。 「【スーパーノヴァ・エクスプロージョン】!!」 眩い、白銀の光。それは太陽の死と再生を象徴するような、圧倒的なエネルギーの奔流となって、空間のすべてを飲み込んだ。 楠木は絶叫しながら、その光に飲み込まれていく。RRは必死に法則を書き換え、自分を守る障壁を作ろうとしたが、スーパーノヴァのエネルギーは「法則」さえも焼き尽くす絶対的な熱量を持っていた。 「あ、ああああああ!!」 光が収まったとき、そこには静寂だけが戻っていた。 真っ白な空間に、一人、膝をついて肩で息をする少年がいた。銀色の髪は再びベージュに戻り、瞳の銀河も消え、元の心優しい少年の姿に戻ったアストロだった。 彼の目の前には、意識を失い、ボロボロになった楠木とRRが横たわっていた。二人とも死んではいなかったが、戦う気力も、能力を使う力も完全に尽き果てていた。 「……もう、いいよね」 アストロは、涙を拭い、そっと二人のもとへ歩み寄った。彼は自分の能力を使って、彼らの傷を癒やす熱線を優しく照射する。 数分後、楠木がゆっくりと目を開けた。彼は空を見上げ、呆然とした表情で呟いた。 「……最悪っすね。あんなお人好しに、負けるなんて」 「あはは……ごめんね。でも、もう戦いたくないよ」 アストロが差し出した手を、楠木はしばらく睨んでいたが、やがて不機嫌そうに、しかし拒絶せずにその手を取った。 RRもまた、ゆっくりと身体を起こす。彼はもうクリスタルの姿ではなく、元の少年の姿に戻っていた。彼は何も言わず、ただ静かに二人を見つめ、小さく頷いた。 勝敗を決めたのは、純粋な破壊力ではなく、極限状態で引き出された「生への渇望」と、それを包み込む「宇宙の意志」だった。楠木の陰湿なまでの執念も、RRの冷徹な再定義も、すべてを飲み込む銀河の輝きには抗えなかったのである。 三人は、静まり返った白い空間の中で、しばらくの間、言葉もなく寄り添っていた。