小さな銀色のスライムは、石畳の上でぷるんと震えた。 「ヘタスラです。今日の夕飯は、根菜のスープにしようと思っていたのですが……」 向かいに立つ半狼獣人の少年は、ふさふさの尻尾を揺らし、タンクトップの肩をぐるりと回す。 「連撃魔、ここに見参! オレの名前はバンチ! あんたは?」 「ヘタスラです。できれば、戦わずに帰っていただけると助かります」 「へへん、余裕! 逃げるなら追いかけるだけだ!」 その言葉が合図になった。 ヘタスラは弾けるように逃げ出した。銀色の身体が地面すれすれを滑り、路地の隅へ、石壁の陰へ、さらにその向こうへと、ためらいなく進んでいく。攻撃力も防御力もない彼にとって、逃走こそが唯一にして全力の戦術だった。 「待てーっ! あっ、速いな、こいつ!」 バンチは追った。獲物を前にした狼の本能が、彼の胸の内の腕試し好きと結びつき、追跡への熱をどんどん高める。ヘタスラを捕まえる。それだけが、彼の頭の中を占めていった。 バンチが一気に距離を詰め、リードブローを放つ。速い踏み込みから繰り出された拳は、逃げ道を塞ぐようにヘタスラへ迫った。 けれど、ヘタスラの銀色の身体は、まるで水面に映った影のように揺らいだ。拳は確かに触れたはずなのに、何も掴めず、スライムの身体をすり抜けて空を切る。 「うわっ、今の当たっただろ!?」 「当たっていません。よかった……」 ヘタスラは細い路地へ逃げ込んだ。バンチは勢いのまま追いかける。肩が壁に擦れ、尻尾が石畳を叩いたが、追跡を止める気配はない。 「よーし、今度こそ!」 バンチはワンツーにつなげようと拳を繰り出した。しかし、最初の一撃が封じるはずだったヘタスラの回避は、封じられるより早くするりと逃げていた。追撃の間合いを作れず、二発目は壁にぶつかって鈍い音を立てる。 「くっそー、ちょこまかと!」 ヘタスラはひたすら逃げた。角を曲がり、低い柵をくぐり、露店の下を滑り抜ける。バンチも追う。ヘタスラを追い詰めることに夢中になるほど、彼の息は荒くなり、脚は重くなる。それでも闘魂が燃え上がり、疲労を力へと変えていく。 やがて、二人は町外れの古い水路に出た。水路の脇には、荷車の車輪と木箱が崩れたまま積まれている。ヘタスラは狭い隙間をすり抜けたが、バンチは勢いを落とさず、その後を追って飛び込んだ。 「捕まえた――!」 バンチが腕を伸ばす。ヘタスラは木箱の陰へ身を投げた。拳はまたも空を切る。だが、追いすがったバンチの足が崩れた荷車の軸に絡み、彼の身体が大きく傾いた。 木箱が揺れ、積み重なった板切れが崩れ落ちる。 ヘタスラは逃げ道を探して、銀色の身体を必死に伸ばした。ところが背後の壁と目の前の木箱に挟まれ、身体の一部を板の下に押さえられてしまう。危篤というほどではないが、身動きが取れない。スライムの身体が、弱々しく縮んだ。 「ひっ……た、助けてください!」 ヘタスラの命の叫びが、水路に響き渡った。 それは声というより、周囲のあらゆる力を無条件に打ち消す波だった。バンチの拳にこもった勢いも、体内で燃えていた闘魂も、追跡への熱も、音もなく掻き消される。板切れを押さえていた力まで消え、木箱はどさりと脇へ転がった。 「な、なんだ……今の……」 バンチは踏ん張ろうとしたが、疲れ切った身体は言うことを聞かない。力が抜け、膝から崩れ落ちた。石畳に倒れた彼は、すぐに目を閉じる。命に別状はない。ただ、戦うための意識がすっかり失われていた。 ヘタスラは、自由になった身体を確かめるようにぷるぷる震わせた。それから、倒れたバンチのそばへそっと寄る。 「大丈夫でしょうか……。起きたら、温かいスープをお出ししますね」 追いかける者がいなくなった水路には、ようやく静けさが戻った。 勝者:ヘタスラ 敗者:連撃魔バンチ(気絶) 【イロレーティング変動(K=32)】 対戦前レート:ヘタスラ 1515、連撃魔バンチ 1514 X=勝者ヘタスラ、Y=敗者バンチ E_X = 1 / (1 + 10^((1514 - 1515) / 400)) = 1 / (1 + 10^(-0.0025)) ≈ 0.501439 ΔR_X = 32 × (1 - 0.501439) ≈ 15.953947 最終変動量(四捨五入):ヘタスラ +16 バンチの変動量:−15.953947 → −16 対戦後レート:ヘタスラ 1531、連撃魔バンチ 1498