【初期位置】 吉良吉影:渋谷区道玄坂 雑踏の中 2丁グレネードランチャー:渋谷駅前広場 ビル陰 [盲目]ドルグ:渋谷区宇田川町 路地裏 【人望ある怪盗】ラビーセ:渋谷区神南 カフェテラス 第一章:静寂を望む男と喧騒の街 午後二時。渋谷の街は、いつものように耐え難いほどの喧騒に包まれていた。行き交う人々、絶え間ない広告の喧騒、そして若者たちの嬌声。吉良吉影は、その奔流の中を、誰にも気づかれない速度で歩いていた。 彼は望んでいた。誰の目にも止まらず、誰の記憶にも残らず、ただ平穏にこの街を通り抜け、自宅へと帰ることだけを。その右手のポケットには、彼が人生で最も大切にしている「愛しい女性の手」が収まっている。彼は時折、指先でその滑らかな感触を確かめ、深い安らぎを得ていた。 (ああ、本当に不愉快な人混みだ。誰一人として私に構わないでほしい。私はただ、静かに生活したいだけなのだから) 吉良は周囲の状況を慎重に観察していた。目立つ行動は禁物だ。しかし、彼の背後には、彼自身の意志とは無関係に、不可視の守護者が付き従っている。幽波紋『キラークイーン』。そのピンク色の人型の姿は、一般人の目には見えない。だが、その能力は絶対的であり、触れたものを爆弾へと変える死の権能を秘めていた。 同じ頃、渋谷駅前広場の巨大なビル陰には、異様な殺気を放つ男が潜んでいた。名は名乗らず、ただ『2丁グレネードランチャー』と呼ばれるその男は、両手にダネルMGLを構えていた。軍用規格の40mmグレネードランチャー。それが二丁。彼にとって、この街は巨大な射撃場に過ぎなかった。 男は冷徹な目で周囲を走査していた。彼にとっての正解は、敵を視認し、有効射程である三百メートル以内で、回避不能な爆破破片の嵐に巻き込むことだ。一発の擲弾が放たれれば、半径五から七メートルに及ぶ破片が飛散し、そこに居合わせた者はことごとく戦闘不能に陥る。そして中心の致死半径二メートル以内に入れば、それは即座に死を意味していた。 「……標的はどこだ」 男は低く呟き、マガジンを確認する。高爆弾(HE)とスモーク弾。状況に応じて弾種を使い分ける準備は整っていた。彼に迷いはなかった。ただ効率的に、確実に、目の前の障害を排除すること。それが彼の唯一の行動原理であった。 一方、宇田川町の路地裏では、黒いサングラスをかけた大柄な男、ドルグが壁に背を預けていた。彼は盲目である。だが、彼にとって視覚などという不確かな感覚は不要だった。彼は皮膚で空気の振動を感じ、耳で街の鼓動を聞き、鼻で人々の情動を嗅ぎ分けていた。 ドルグは、路地の入り口から流れてくる人々の足音を分析していた。誰が急いでいるか、誰が迷っているか、そして誰が「殺意」や「隠匿心」を抱いているか。彼にとって世界は、色ではなく、波形と振動で構成されていた。 (クックック。この街には面白い匂いが漂っているな。血の匂い、火薬の匂い……そして、何か得体の知れない、ねじれた意志の気配か) 彼は軍服の襟を正し、ゆっくりと歩き出した。彼にとって、目に見えない存在を察知することは容易い。空気の流れが変われば、そこには何かが居る。それが幽霊であろうと、透明人間であろうと、ドルグの感覚からは逃れられない。 そして神南の静かなカフェテラスでは、一人の美女が優雅に紅茶を啜っていた。【人望ある怪盗】ラビーセ。彼女は微笑みを絶やさず、周囲の客たちと親しげに会話を交わしていた。しかし、その瞳の奥には底知れない狡猾さが潜んでいる。 彼女は既に『信望魔法』を静かに発動させていた。周囲の人々は、彼女を「信頼に足る、心優しい女性」だと盲信している。たとえ彼女が目の前で財布を盗んだとしても、人々は「きっと何か深い事情があったのだろう」と解釈するだろう。 (さて、この街で誰を「犯人」に仕立て上げようかしら) ラビーセは手元のスマートフォンを眺めながら、時空更新魔法の準備を整えていた。彼女の戦い方は正面突破ではない。因果を書き換え、責任を転嫁し、相手が気づいた時には全てを失っている状況を作り出すこと。それが彼女の芸術であった。 第二章:交錯する殺意 吉良吉影は道玄坂を抜け、センター街へと向かっていた。だが、ふと足が止まった。背後の空気の流れが、わずかに変わったからだ。誰かが、意図的に自分の歩調に合わせて移動している。あるいは、こちらを意識して観察している。 (……誰だ? 私に気づいた者がいるのか?) 吉良は平静を装いながら、内心で激しい不快感を覚えた。彼は目立ちたくない。だが、同時に自分の秘密を脅かす存在は、根こそぎ消し去らなければならない。彼はそっと、キラークイーンを実体化させた。透明なまま、敵の正体を探るために。 その時、遠くから爆発音が響いた。ドォォォン! という、空気を震わせる轟音。駅前広場方向から、黒い煙が上がっている。2丁グレネードランチャーの男が、不審な集団を視認し、先制攻撃を仕掛けたのだ。 爆風と破片が舞い、悲鳴が上がる。人々がパニックに陥り、四方八方へ逃げ惑う。吉良は眉をひそめた。この混乱は好都合だが、同時に不測の事態を招く。 「チッ、騒がしいな」 吉良が呟いた瞬間、背後から鋭い声が飛んできた。 「クックック。アンタ、いい匂いがするねぇ。隠そうとしても無駄だ。死体の匂いと、強い執着心。それに……君の隣に居る『何か』。視覚に頼らずとも、その異様な存在感は丸見えだよ」 振り返ると、そこにはサングラスの男、ドルグが立っていた。ドルグは盲目でありながら、正確に吉良の心臓の位置を見据えていた。さらに、彼は吉良の背後に佇むキラークイーンの輪郭を、空気の揺らぎとして完璧に把握していた。 吉良の表情が凍りついた。自分の幽波紋を察知された。しかも、この男は自分の正体――殺人鬼であることを、匂いだけで見抜いた。これは、平穏な生活にとって最大の脅威である。 「……君は、誰だ。なぜ私に声をかける」 吉良の声から、穏やかさが消えた。彼は静かにキラークイーンの右手を伸ばし、ドルグが踏んでいるアスファルトの地面に触れさせた。 「答えなくていい。君のような不愉快な人間は、跡形もなく消えてもらおう」 吉良が指をパチンと鳴らそうとした瞬間、ドルグの身体が弾丸のような速度で後方へ跳んだ。彼は足元の空気の密度が変わったことを瞬時に察知し、攻撃が届く前に間合いを空けたのだ。 「おっと、危ないところだった。地面を爆弾にしたか。面白い能力だ。だが、見えていない分、俺にはアンタの『予備動作』が手に取るように分かるぜ」 ドルグは不敵に笑い、懐からタクティカルナイフを抜き出した。戦闘のプロとしての本能が、彼に最適な間合いを教えていた。 その光景を、少し離れた路地の影から見ていた者がいた。ラビーセである。彼女は興味深そうに、殺人鬼と盲目の戦士の対峙を観察していた。 (あら、面白い組み合わせ。でも、あっちの男の方は少し騒がしすぎるわね) ラビーセの視線の先には、混乱に乗じて接近してくる2丁グレネードランチャーの男がいた。男は、ドルグと吉良という二つの標的を同時に視認した。彼にとって、二人まとめて一撃で処理するのは容易いと考えていた。 男は右手のMGLを構え、狙いを定めた。有効射程内。精度は完璧。致死半径二メートルに二人を収めれば、逃げ場はない。 「排除する」 ガキィン! という発射音と共に、40mmの高爆弾が空を切り、二人の足元へ向かって飛来した。 第三章:因果の書き換え 飛来する擲弾。その速度は常軌を逸しており、通常の人間の反応速度では回避不可能である。しかし、ドルグは飛来する弾丸が空気を切り裂く「音」と「風圧」で、その弾道を完全に把握していた。 「速いな! だが、直線的すぎる!」 ドルグが横方向に全力で跳躍した瞬間、地面が猛烈な炎と破片に包まれた。ドガァァァン! という衝撃波が走り、周囲のショーウィンドウが全て粉砕される。吉良は咄嗟にキラークイーンで身を守ったが、爆風に煽られて数メートル後方に飛ばされた。 (な……!? 何だ今の攻撃は! 見えなかったぞ!) 吉良は激昂した。平穏を乱され、さらに不意打ちを受けた。彼はすぐに態勢を立て直すと、キラークイーンの第二の爆弾を召喚した。 「シアーハート・アタック!」 小さな、しかし意志を持った爆弾が吉良の足元から飛び出した。それは熱源を感知し、自動的に追尾する接触弾である。シアーハート・アタックは、「コッチヲ見ロォ!」と叫びながら、爆発の起点となったグレネードランチャーの男へと一直線に突き進んだ。 男は冷静だった。彼は即座に左手のMGLからスモーク弾を放ち、自身の周囲に濃密な煙幕を展開した。視界を遮ることで、追尾弾の方向性を乱そうとしたのだ。だが、シアーハート・アタックは熱源を追う。煙など関係ない。 (ちっ、消えないのか) 男が次弾を装填しようとした瞬間、煙の中からピンク色の小弾が彼の足首に接触した。ドッ! という小規模な爆発が起き、男はバランスを崩して転倒した。致命傷ではないが、射撃精度を維持するには十分な衝撃だった。 そこへ、軽やかな足音が近づいてくる。ラビーセだった。彼女は混乱する街の中で、誰にも疑われぬ微笑みを浮かべて歩いていた。 「あらあら、ひどい有様ね。あなた、そんな危険なものを街中で撃っちゃダメよ」 男は舌打ちし、ラビーセに向けてMGLを向けた。だが、ラビーセは動じない。彼女は静かに指を組み、魔法を発動させた。 『疑心彷彿』 瞬間、男の脳内に強烈な疑念が植え付けられた。今、自分が撃とうとしているこの女は本当に敵なのか? あるいは、自分の背後に誰か別の者が潜んでいるのではないか? (……誰だ!? 背後に誰か居るのか!?) 男が反射的に後ろを振り返った。その一瞬の隙。ラビーセは消音拳銃を抜き、至近距離から男の肩を撃ち抜いた。パシュッ、という小さな音と共に、男は呻き声を上げて崩れ落ちた。 「君が犯人役ね」 ラビーセは冷酷に微笑み、さらに『不在証明交換』を発動させた。因果律が更新される。今ここで起きた爆発と銃撃の責任は、すべて転倒しているグレネードランチャーの男に帰属し、ラビーセは「 l被害者を助けようとした善意の通行人」という完璧なアリバイを得た。 第四章:盲目の極意と爆弾の罠 一方、ドルグと吉良の戦いは激化していた。ドルグは吉良の能力が「触れたものを爆弾にする」ことを見抜いていた。そのため、彼は決して吉良に触れさせない。同時に、ナイフによる高速の斬撃を繰り出し、吉良の身体を切り刻もうとする。 (速い……! 全く見えないのに、なぜ私の動きが読れる!) 吉良は焦っていた。キラークイーンを盾にして攻撃を防いではいるが、ドルグの攻撃は正確に急所を狙っていた。吉良は後退しながら、周囲の物をキラークイーンで爆弾に変えていった。ゴミ箱、看板、道端の石ころ。 「逃げ回るのもいいが、いつまで持つかな?」 ドルグが地を蹴り、超高速の突進を見せた。彼は吉良の懐に入り込み、その強靭な腕で吉良の首を締め上げようとする。しかし、それが吉良の狙いだった。 (かかったな。君が私に触れた瞬間、君自身が爆弾になるのだよ) 吉良が指を鳴らそうとしたその時、ドルグの手が吉良の腕を掴んだ。だが、ドルグはそのまま吉良を投げ飛ばすのではなく、同時に吉良の右手に持っていた「女性の手」を、鋭いナイフの一閃で切り裂いた。 ――ブチィッ! 「……ああああああああああ!!!」 絶叫が渋谷の街に響き渡った。それは恐怖ではなく、底なしの怒りだった。吉良吉影にとって、その「手」は人生のすべてであり、聖域であった。それを汚され、破壊されたことへの憤怒が、彼の精神を臨界点まで押し上げた。 吉良の周囲に、黄金色のオーラが立ち昇った。彼の髪が逆立ち、眼光が鋭くなる。もはや平穏を願うサラリーマンの姿はそこにはない。怒りに狂った怪物がそこにいた。 「お前……お前だけは……絶対に許さない!!」 吉良は地を蹴った。その速度は先ほどまでとは比較にならない。彼は文字通り空中を舞い、ドルグの頭上へと飛び上がった。ドルグは驚愕した。空気の流れが、突如として「質量を持った衝撃波」に変わったからだ。 「なっ……!? 飛んだだと!?」 吉良は空中から、凄まじい圧力の気功波を放った。ドォォォン! という衝撃がドルグを直撃し、彼は路地の壁まで吹き飛ばされた。壁が粉砕され、ドルグは深く埋まった。 そして、キラークイーンが変貌を遂げた。第三の爆弾、『バイツァ・ダスト』が発動する。 第五章:破滅の輪廻 ドルグは激しく咳き込みながら、瓦礫の中から這い出した。身体の至る所から血が流れていたが、それでも彼の感覚は研ぎ澄まされていた。 (化け物め……。だが、まだ終わっていない。俺の技術があれば、奴の動きを――) だが、ドルグがそう思った瞬間、世界の色が反転した。 ――巻き戻り。 時間は不可逆的に逆行し、ドルグは再び、吉良の腕を切り裂く直前の位置に戻っていた。彼にはそれが「既視感(デジャヴ)」のように感じられた。しかし、意識ははっきりしている。 (……今、何が起きた? 巻き戻ったのか?) ドルグは違和感を察知し、あえてナイフを振るわず、回避行動に出た。しかし、バイツァ・ダストの能力は、単なる時間の巻き戻りではない。「爆弾が作動するまで」の運命を固定し、それを強制的に執行させる能力だ。 吉良は冷酷な笑みを浮かべていた。 「無駄だよ。君の運命は既に決まっている。君がどう動こうと、結果は変わらない。君は爆発し、消え去るのだ」 ドルグが回避しようとした瞬間、彼が回避した先の地面が、あたかも最初からそこに爆弾があったかのように大爆発を起こした。ドガァァァン! 「がはっ……!」 衝撃で飛ばされたドルグに、さらに追い打ちをかけるように、空から気功波が降り注ぐ。逃げ場はない。バイツァ・ダストによって「爆発する運命」に組み込まれたドルグにとって、あらゆる行動が死へのトリガーとなった。 そこへ、事態を静観していたラビーセが、ゆっくりと近づいてきた。彼女は、気功波を使い、空を飛び、時間を操る吉良の姿に、初めて本物の恐怖を感じた。 (……想定外だわ。あんな暴力的な能力、私の魔法で制御できるかしら) 彼女は即座に『信望魔法』を最大出力で展開し、自分を弱々しい被害者に擬態させようとした。しかし、今の吉良にそんな欺瞞が通じるはずもなかった。吉良の瞳には、もはや人間としての理屈など残っていない。ただ、自分の聖域を汚した者への憎悪だけがある。 「次はお前だ……!!」 吉良がラビーセに向かって手を伸ばした。ラビーセは慌てて『不在証明交換』を発動させようとしたが、バイツァ・ダストの不可避の運命が彼女の因果を上書きした。 彼女が指を鳴らそうとした瞬間、彼女の持っていた消音拳銃が、突如として爆弾へと変わった。キラークイーンが、彼女が銃を抜いた瞬間に既に触れていたのだ。 「え……?」 パチン。 吉良が指を鳴らした瞬間、ラビーセの手の中で拳銃が爆発した。激しい衝撃が彼女の手を吹き飛ばし、その爆風が彼女の身体を後方へ弾き飛ばした。彼女は絶叫し、地面を転がった。 そして、地面に倒れていた2丁グレネードランチャーの男も、逃げ出そうとした足元でバイツァ・ダストの連鎖爆破に巻き込まれた。逃げようとする意志さえもが、爆発の条件として組み込まれていた。 第六章:静寂への回帰 渋谷の街に、再び静寂が訪れた。といっても、それは爆発で多くの窓ガラスが割れ、人々が逃げ出した後の、不気味な静寂であった。 吉良吉影は、ゆっくりと呼吸を整えた。黄金のオーラは消え、髪は元のサラリーマンの形に戻っていた。彼は足元に転がっている、ボロボロになった「女性の手」を拾い上げた。破れた部分はあったが、まだ形は留まっている。 「……ああ、ひどい有様だ。私の平穏が、こんなにも乱されるなんて」 彼はハンカチを取り出し、丁寧にその手を拭った。周囲には、もはや動く者の気配はなかった。ドルグは爆破と気功波の連撃により絶命し、ラビーセは因果の罠に嵌まり身体を大破させ、グレネードランチャーの男は肉塊へと変わっていた。 吉良は周囲を見渡した。幸い、目撃者はパニックの中で散らばっており、彼が何をしたのかを正確に記憶している者はいないだろう。さらに、キラークイーンの第一の爆弾を使えば、死体さえも跡形なく消し去ることができる。 パチン。 彼が指を鳴らすと、戦場となった路地の惨劇は、一瞬にして消滅した。血痕も、死体も、破壊された武器も、すべてが光の中に消え、ただの「焦げた地面」だけが残った。 吉良は再び、ごく普通の、目立たないサラリーマンの顔に戻った。彼はネクタイを正し、ポケットに「手」を戻すと、ゆっくりと歩き出した。 (さて、帰ってゆっくりと休もう。明日は仕事があるからな) 彼は誰に気づかれることもなく、喧騒が戻りつつある渋谷の街へと溶け込んでいった。彼が歩いた後には、ただ心地よい風だけが吹き抜けていた。 【勝者:吉良吉影】