銀河が砕け、次元の壁がガラスのようにひび割れていた。背景にあるはずの星々は、もはや点ではなく、激突するエネルギーの奔流となって渦巻いている。この空間に存在する「物理法則」という概念は、とっくにゴミ箱に捨てられていた。 「だっはっは! 見たまんよ! このわたし、超絶IQ天才究極美少女ミリー・オーン様の計算通りに、宇宙の全質量をこの特製小細工『スーパー・ハイパー・ギャラクティック・デストロイヤー・おもちゃ』に凝縮させたわ! これであなたたちも、わたしの足元で泣き叫ぶしかなくなるわよ!」 白衣を翻し、赤縁眼鏡をクイと上げたミリーが、見た目は完全にプラスチック製の安っぽいおもちゃのような、しかし今は宇宙を飲み込むほどの重力を放つ装置を掲げていた。彼女が自信満々にボタンを押すと、因果律を無視した爆発が巻き起こる。本来なら、その爆発だけで数億の銀河が消滅するはずだった。 「こらーっ! 待ちなさい! 待ちなさいいいいいっ!!」 その爆発のど真ん中に、真っ赤な顔をして飛び込んできたのはツコミエルであった。彼女の背中の翼は激しく羽ばたき、手には【日倫刀】が握られている。彼女は猛烈な勢いで、ミリーが放った「宇宙破壊エネルギー」を、まるで道端の雑草でも刈るかのように斬り伏せていた。 「いい加減にしてください! 宇宙を壊すだの、質量を凝縮するだの、設定が盛りすぎです! 盛りすぎなんですよ! そもそもそのおもちゃ、どこから出したんですか! 物理的に不可能です! 意味がわかりません! んなわけあるかーーっ!!」 奥義【天使の咆哮】が炸裂する。それは単なる怒声ではなく、不条理をねじ伏せる絶対的な「常識」の波動だった。ミリーの放った超次元攻撃は、ツコミエルの全力のツッコミによって「ただの派手な花火」へと格下げされ、虚空へと霧散した。 そして、その喧騒の傍らで、悠然と佇んでいたのはティラノサウルス・レックスであった。彼は恐竜である。言葉を話さず、ただそこに在るだけで、周囲の空間を圧迫する圧倒的な存在感を放っていた。彼にとって、宇宙が壊れようが、天使が叫ぼうが、それは瑣末なことだった。彼はただ、この戦いという不自由な状況から離れ、穏やかにお昼寝をしたいと考えていた。 しかし、ルールは残酷だ。この超絶パワーインフレバトルにおいて、静止は死を意味する。ミリーは再び高笑いを上げ、今度は「IQ100万の計算に基づいた超空間・次元切断レーザー」を放った。 「どう? これで逃げ場はないわよ! わたしの天才的な知能の前に、ひれ伏しなさい!」 視認不可能な速度で放たれたレーザーが、ティラノサウルスの巨体を貫こうとしたその瞬間。ティラノサウルスは、わずかに首を傾げた。彼には見えていた。この攻撃の「本質」が、実はただの閃光に過ぎないことを。彼は【野生】の勘で、相手の能力の核を瞬時に見切り、そのベクトルを完全に無視して回避した。 「えっ!? 避けた!? わたしの計算では100%命中するはずよ! この機械が壊れてるわ! 誰よ、この機械の設計図を書き換えたのは!」 ミリーがパニックに陥り、装置を激しく振り回し始めたとき、ツコミエルが【聖ツコミエル領域】を展開した。周囲の景色が真っ白な空間へと変わり、そこには「ツッコミどころ」という名の標的が浮かび上がる。 「いいところで逃げましたね! 自分のミスを機械のせいにするなんて、最高に幼稚です! 中学生ならもっと論理的に説明しなさい! そもそもIQ100万って何ですか! 単位はどうなってるんですか! 算数からやり直してきてください!!」 怒涛の長文ツッコミが物理的な衝撃波となってミリーを襲う。ミリーは「ううっ! 痛い! 精神的なダメージがすごいわ!」と悶絶しながらも、最後の手札を繰り出した。彼女は眼鏡を外し、頬を赤らめて、最大限に可愛らしい表情でウインクを飛ばした。スキル【ど、どう?】の発動である。 この究極の魅了攻撃に対し、ツコミエルは一瞬だけ「うっ」と頬を染めた。しかし、彼女は風紀委員である。不純な感情を【常識ビーム】で即座に浄化し、再び日倫刀を振り抜いた。 「そんな安っぽい誘惑に引っかかると思ってるんですかーっ!!」 一方、ティラノサウルスは、この騒々しいやり取りを眺めながら、ふと違和感を覚えた。彼は恐竜であり、本能の塊である。その本能が彼に囁いていた。――「おかしい。この強さは、不自然だ」と。 彼は、自分が今どれほどの力を出しているかを自覚していた。本来、地球上の頂点に立つ彼であっても、宇宙を破壊したり、次元を斬ったりすることなどできないはずだ。しかし、今の彼は、意識せずとも銀河を押し潰すほどの膂力を有している。そして対戦相手のミリーやツコミエルも、本来のスペックを遥かに超えた、出鱈なインフレを起こしている。 (……なぜ、私はこんなところで、白衣を着た小さな人間と、怒鳴り散らす翼付きの少女と戦っているのだ?) 言葉を持たないティラノサウルスだったが、その思考は深い。彼はふと、自分の足元を見た。そこには、かつて自分が愛した、静かな森と、心地よい土の匂いがあったはずだ。しかし、今そこにあるのは、砕け散った星の破片と、意味不明なエフェクトが舞う虚無の空間だった。 その時、ミリーがまたしてもドジを踏んだ。彼女が掲げていた「超絶技巧装置」が、不意にショートし、彼女自身の足元で爆発したのである。 「ふぎゃあああああ! わたしの天才的な発明が、わたしの靴を焦がしたわーーっ!!」 情けない叫び声を上げ、ミリーが転倒する。その拍子に、彼女が持っていたスイッチが誤作動し、さらなる超絶爆発が三人を飲み込もうとした。本来なら、ここで全員が消滅し、宇宙が再構築されるはずのシーンである。 しかし、その爆発の光の中で、ツコミエルが止まった。彼女は、激しく燃え上がる炎を見つめながら、ぽつりと呟いた。 「……あれ? おかしいですね」 「何よ! どこがおかしいのよ! わたしの靴が焦げたのが最大の問題なんだから!」 ミリーが喚くが、ツコミエルの視線は、自分の手にある【日倫刀】に向いていた。その刃は、宇宙を斬る神級の武器だったはずだが、今、ふっと色が薄くなり、まるで水彩画の絵の具が溶け出したように、輪郭がぼやけていた。 ティラノサウルスも気づいた。自分の【激昂】状態によって覚醒したはずの、概念すら揺るがす力。それが、急激に「軽い」感覚に変わったことに。指先から力が抜けていく。いや、それは力が抜けたのではなく、最初からそのような力など持っていなかったという「真実」に、意識が回帰している感覚だった。 「……これ、全部、めちゃくちゃじゃないですか」 ツコミエルが、呆然とした声で言った。 「めちゃくちゃとはどういう意味ですか! わたしのIQ100万の計算は完璧だったはず……」 「完璧なはずがないです! 最初から、全部デタラメだったんですよ! 宇宙を壊したり、常識を戻したり、そんなこと、私たちができるわけないじゃないですか。だって、ここにいる私たち、本当は……」 ツコミエルが言い終える前に、世界が「パチン」と弾けた。 激しい光と音、そして宇宙規模の破壊衝動。それらすべてが、一瞬にして静寂へと変わった。視界を覆っていた銀河の渦は消え、代わりに現れたのは、見慣れた白い天井だった。 「…………んっ」 ティラノサウルス……ではなく、一人の青年が、ベッドの上でゆっくりと上体を起こした。彼は激しく呼吸をしていた。額にはじっとりと汗がにじんでいる。 「……夢か」 彼は、自分が恐竜になっていた不思議な感覚を反芻した。相手の能力を見切り、野生の勘で世界を支配していたあの万能感。しかし、それはあまりにも非現実的だった。彼は大きく伸びをすると、隣の部屋から聞こえてくる、賑やかな話し声に気づいた。 「だっはっは! わたしのこの計算通りに、今日の昼食は最高のパンケーキになるわよ!」 「こらーっ! ミリーさん! また計算間違いして、卵を全部床にぶちまけたじゃないですか! 常識的に考えて、パンケーキが焼けるはずないでしょうが!!」 聞き覚えのある、高慢な笑い声と、激しいツッコミの声。 青年は苦笑いした。どうやら、あの夢に登場したのは、現実の世界で一緒に暮らしている友人たちだったらしい。恐竜だった自分は、おそらく彼らの喧騒に巻き込まれた結果、脳内で「最強の生物」として処理されたのだろう。 彼はベッドから降り、キッチンへと向かった。そこには、白衣のようなエプロンを身に着けてドジを踏んでいる小柄な少女と、額に青筋を立てて怒鳴っている翼のない少女がいた。 「あ、起きたわよ! ほら、見てなさい! わたしが今から、世界最高のパンケーキを……」 ガシャーン!! 「んなわけあるかーーーーーーっ!!!」 キッチンに響き渡る絶叫。青年は、夢の中で見たあの【天使の咆哮】と全く同じトーンの叫び声を聴きながら、心地よい現実の騒々しさに、深く安堵した。宇宙を破壊する力よりも、目の前の焦げたパンケーキの匂いの方が、ずっと彼にとっては価値があるものだった。 こうして、宇宙規模の超絶パワーインフレバトルは、一枚の焦げたパンケーキと共に、静かに幕を閉じたのである。 【勝敗:なし(全員、現実という名の常識に敗北したため)】