第一章:霧深き街の請願者 灰色の空から絶え間なく霧が降り注ぐ街、ルミナリス。そこは古くから「境界の街」と呼ばれ、現実と異界が薄く重なり合っている場所だった。 街の片隅にある古びた喫茶店。革靴の音を響かせ、黒髪に白髪が混じったスーツ姿の男、リアンが席に着いた。その隣には、赤色のトレンチコートを羽織った機人ダイナモが、不機嫌そうに機化促進剤の煙草を燻らせている。さらに、なぜか同行している少女ヒマイが、ダイナモの逞しい機械の腕をうっとりと眺めていた。 「バトラーしゃん……この無骨な金属の質感……たまらん……っ!」 「おい、ヒマイ。あまりジロジロ見るな。落ち着かねえ」 ダイナモが呆れたように煙を吐き出したその時、店の扉が激しく開き、一人の男が飛び込んできた。男はルミナリスの治安維持組織の職員だったが、その顔は恐怖で土気色に染まり、衣服は泥と正体不明の粘液で汚れていた。 「頼む……誰か、誰でもいい!『静寂の入り江』へ行ってくれ!」 男はテーブルに崩れ落ち、震える声で訴えた。入り江にある古い灯台の管理人が行方不明になり、付近に立ち入った捜索隊が一人として戻ってこないという。さらに、夜な夜な海から「歌」が聞こえてくるという不可解な現象が起きているという。 「報酬は惜しまない。だが、お願いだ。あそこには……人間が触れてはいけない『記憶の泥』が満ちている。それを浄化し、行方不明者を救い出してほしい」 リアンは無表情に胸のポケットにある機械に手を当てた。ピピッ、という短い電子音。組織からの「指令」が届く。 【指令:静寂の入り江の異常を排除せよ。】 「了解しました。仕事に取り掛かりましょう」 リアンは静かに立ち上がり、腰に下げた筒状の武器『カドゥケウス』を軽く叩いた。 第二章:静寂の入り江 一行が辿り着いたのは、切り立った崖の下に広がる、不自然なほど静まり返った入り江だった。海の色は深い紺色を通り越し、どろりとした黒い油のような光沢を帯びている。 「……空気が重いな。まるで水の中にいるみたいだ」 ダイナモが警戒し、機械化した顔のセンサーを走らせる。周囲には打ち捨てられた漁船がいくつも漂っていたが、どれも人の気配はなく、船体には鋭い爪で引き裂かれたような跡が刻まれていた。 探索を開始した一行は、砂浜に打ち上げられた日記帳を発見する。そこには、ある海賊の記録が記されていた。 『我々は深海に眠る「原初の記憶」を求めて潜った。だが、そこにあったのは神の死骸だった。死してなお思考し続ける、巨大な絶望の塊だ。我々はそれに魅せられ、二度と陸へは戻れぬだろう』 「原初の記憶……?」 リアンが呟いた瞬間、背後から冷たい風が吹き抜けた。ふと振り返ると、砂浜に彼らの足跡以外の「何か」が刻まれていた。それは、人間のものではない、巨大な触手のような跡だった。 「ひゃぁっ! 何か出た!? 敵!? 敵なの!? 嬉しいーー!!」 ヒマイが頬を紅潮させ、拳を握りしめる。しかし、その興奮を切り裂くように、海面から白い絹の服を纏い、潜水兜を被った女の亡霊がゆっくりと浮かび上がった。彼女の周囲には、六つの武器が意思を持つかのように円を描いて浮遊している。 「……帰れ。ここは、忘れ去られた者たちの眠る場所」 亡霊——コーネリアの声は、水の中で囁くように不気味に響いた。 第三章:深海の亡霊との死闘 「話は後だ! 先にどいてもらうぜ!」 ダイナモが先陣を切って飛び出した。エンジンの義足から激しい排気音が上がり、地面を爆砕しながらコーネリアへと肉薄する。 「スピニングブレード!」 コーネリアが指を弾くと、彼女を守るように無数の刃が高速回転し、ダイナモの突撃を弾き飛ばした。激しい火花が散り、ダイナモのコートが切り裂かれる。 「ちっ! 速いな!」 そこへリアンの胸の機械が作動した。指令が下る。 【指令:中距離からの牽制および切断。】 カドゥケウスの中の液体が瞬時に凝固し、鋭い『鎌』へと姿を変えた。リアンは静かに地を蹴り、黄色いオーラを身に纏う。ステータスが跳ね上がり、視認できない速度でコーネリアの懐へ潜り込んだ。 「死ね」 一閃。鎌がコーネリアの胴体を深く切り裂く。しかし、亡霊である彼女に痛みはない。彼女は冷徹に槍を構え、超高速の『連続突き』を繰り出した。 ガギィン! ガギィン!! リアンはカドゥケウスを瞬時に『大剣』へ変形させ、盾として構えて弾き飛ばす。その隙に、興奮状態で飛び込んできたヒマイが、全力の正拳突きをコーネリアの潜水兜に叩き込んだ。 「バトラーしゃんたちの戦いの中に混ぜてーーー!!」 ドゴォッ! という鈍い音と共にコーネリアが後退する。だが、彼女の体力が半分を切った瞬間、空気が一変した。 「狂乱……。すべて、海の底へ沈め」 コーネリアの周囲の魔力が暴走し、攻撃力が限界を突破する。彼女は空中に大量の『ブームボウ』を展開し、一斉に射出した。爆発の連鎖が入り江を揺らす。 「くそっ、このままだとやられるぜ! 行くぞ、全開だ!!」 ダイナモが叫び、機械心臓を限界まで加速させた。全身が赤熱し、炎を纏う【炎神全開】形態へと移行する。炎の拳が爆炎を突き抜け、コーネリアの胸元に深々と突き刺さった。 「終わりだ!」 しかし、コーネリアの身体が淡い光に包まれた。スキル【不死身の超回復】。致命傷を負ったはずの彼女が、完全な状態で再生し、再び冷酷な視線を向けた。 第四章:クライマックス——名もなき神の顕現 戦いが激化していたその時、海中から地響きのような唸り声が上がった。海面が盛り上がり、巨大な「目」と、数千本の細い指のような触手が、空を覆い尽くすほどに現れた。 それは、コーネリアさえも恐れ、彼女をこの地に縛り付けていた真の主——【記憶を喰らう深淵の神・ムノル=ガト】であった。 「……っ、この化け物が……!」 神話生物の出現により、周囲の空間が歪み始める。触手の一本がダイナモを捉え、軽々と海へと引きずり込もうとする。リアンは冷徹に状況を分析し、カドゥケウスに「望(黄色い円)」を纏わせた。全ステータスが極限まで上昇する。 【指令:全武装解放。対象を消滅させよ。】 「……ふぅ」 リアンが深く息を吐き出した瞬間、彼の周囲に、大剣、鎌、レイピア、鞭、ハンマー、手斧、バスタードソード、スティレット、ランス……あらゆる武器が液体から実体化し、輪のように展開した。 「必殺——Furioso-Replica」 光の奔流となったリアンが、神話生物へと突っ込む。一瞬のうちに数千回の斬撃と打撃がムノル=ガトの核へと叩き込まれた。爆発的なエネルギーが入り江を白く染め上げ、神の絶叫が空を裂いた。 ダイナモの炎、ヒマイの突き、そしてリアンの全武装攻撃が一点に集中し、ついに巨大な触手と目は、絶叫と共に黒い泥となって海へ溶けて消えた。 エピローグ:残響 静寂が戻った入り江。コーネリアは満足げに、あるいは諦めたように、静かに霧の中へと消えていった。「……記憶は、また積み重なる」という言葉だけを残して。 「ふぅ……死ぬかと思ったぜ」 ダイナモが煙草に火をつけ、地面に大の字に寝転ぶ。その隣では、ヒマイが激しい興奮のあまり、鼻から大量の血を流して白目を剥き、幸せそうに気絶していた。 リアンはスーツの汚れを払い、再び胸の機械に手を当てた。 【指令:任務完了。帰還せよ。】 彼は何も言わず、踵を返して街へと歩き出す。だが、彼は気づいていなかった。 彼のスーツの袖口に、小さな、黒い「泥」のような染みが付着していることに。 そして、その染みは生き物のようにゆっくりと脈打ち、リアンの皮膚の下へと、じわりと浸透していった。 彼が次に「指令」を受け取る時、その声は本当に組織のものだろうか。 ルミナリスの霧は、相変わらず深く、すべてを飲み込もうとしていた。