放課後の校舎に、雨音だけが落ちていた。 白いイヤーマフをつけた空嶺楓は、廊下の窓辺で目を閉じていた。青緑の髪が風に揺れ、白と藍のワンピースの裾がかすかに鳴る。その小さな音さえ、彼女には気に障る。 「……静か」 その静寂に、靴音が近づいた。 雨夜月は、楓から少し距離を置いて足を止めた。相手を観察し、理解する。そのための時間を惜しまない賢者は、まず彼女の白いイヤーマフと、わずかにこわばった指先に目を留めた。 「戦う理由を聞いてもいいかな」 「静かな場所がほしいの」 「なら、僕がここを離れれば――」 「あなたの声も、足音も。もう聞こえてる」 楓は口元に指を当てた。 「しーっ……」 空気に白い粒子が生まれた。『絶虚0』。それは雨音も、靴音も、月の声も、あらゆる騒音を真っ白な静寂へと塗り替えていく。 月は炎を放った。火柱が廊下を走る。しかし炎の爆ぜる音は白い粒子に呑まれ、熱と光だけが楓へ迫った。 楓が手を払う。絶虚0が薄い幕となり、炎の勢いを削いだ。月はすぐさま水の魔法に切り替え、床を濡らして楓の足元を崩す。楓は滑りながらも、粒子を床へ這わせ、音のない白い膜で水の流れをせき止めた。 月の瞳が細くなる。彼はただ魔法をぶつけているのではない。楓の魔法が音を消すのではなく、音を《静寂》へ変換すること。そして、彼女が騒音を嫌うあまり、攻撃そのものより周囲の音に強く反応していることを掴み始めていた。 【無窮理解】が、月の魔法を変えていく。 次に放たれたのは、床を伝う地の波だった。轟音はない。振動だけが、絶虚0の膜の下を抜けて楓の足をすくう。 楓は倒れかけ、白い粒子を壁へ広げて身を支えた。月は間合いを詰める。楓は反射的に粒子を渦巻かせたが、月は風の魔法でその流れを読み、渦の切れ目へ踏み込んだ。 「君が静けさを求める理由は、少しわかった気がする。けれど、わかったつもりにはならない」 「……なら、黙って」 楓の声は小さかった。それでも、はっきりと月に届いた。 彼女は最後の力で絶虚0を凝縮し、月を包み込む白い檻を作った。音を奪うだけでなく、動きまで閉じ込めようとする。しかし月は、四大属性を重ねた魔法で檻の一点に圧をかけた。水が粒子をまとめ、風がその形を崩し、地が床から支え、火が白い膜を押し返す。 絶虚0の檻が砕けた。 その反動に楓の身体が大きく揺れ、彼女は膝から床に崩れ落ちた。イヤーマフが外れ、床を転がる。月はすぐに魔法を解き、彼女がそれ以上傷つかないよう受け止めた。 楓は目を閉じたまま、かすかに息をつく。 「……しずかに、して」 「うん」 月は返事をそれきりにして、静かに彼女を横たえた。楓は戦闘不能。勝者は雨夜月だった。 レート変動(イロレーティング、K=32): 空嶺 楓:1516 → 1500(−16) 雨夜 月:1500 → 1516(+16)