(静謐なピアノの旋律が流れ、画面には深い紺色の海と、どこまでも続く漆黒の宇宙の映像が交互に映し出される。重厚感のあるナレーションが、視聴者の意識を惹きつけるようにゆっくりと語り始めた) 【冒頭】 ナレーション:「歴史の闇に消えた記憶。あるいは、記憶されることさえ禁じられた禁忌。我々が生きるこの世界の裏側には、記録から抹消され、あるいは定義不能として切り捨てられた『断片』が存在します。本日は、全く異なる性質を持ちながらも、ある意味で『到達不能な極点』にいた二つの存在にスポットライトを当てたいと思います」 (画面に、荒波に浮かぶ巨大な艦隊のシルエットと、ノイズ混じりの歪んだ人面のようなイメージがオーバーレイされる) ナレーション:「……『中央連合残存海軍艦隊』。そして、『PIHSROW』。ひとつは国家の矜持を背負い、絶望的な状況下で海を支配しようとした鉄の軍団。もうひとつは、概念という檻に閉じ込められた、理解不能な恐怖。今、その全貌を紐解きます」 【本編】 (画面が切り替わり、激しい波しぶきを上げる空母の甲板と、飛び立つ航空機の映像が流れる。軍靴の音と、無線機のノイズがBGMに混じる) ナレーション:「まずは、『中央連合残存海軍艦隊』について。彼らはかつて、ある巨大な権威――中央連合が崩壊し、世界が混沌に陥った後の時代に、唯一『秩序』を維持し続けた武装集団でした。彼らの正体は、崩壊した旧体制の海軍が、生き残った精鋭と最新鋭の艦艇をかき集めて結成した、実質的な『漂流国家』とも呼ぶべき打撃群です」 (詳細な艦隊編成図が画面に表示される。エセックス級航空母艦を筆頭に、整然と並ぶ艦艇のリスト) ナレーション:「彼らの核となったのは、SCB-125改修を受けたエセックス級航空母艦。時代遅れの設計を最新の技術で塗り潰し、4個のF/A飛行隊と3個のVTOL飛行隊という圧倒的な航空戦力を搭載したこの艦は、海上の要塞でした。さらに、ワスプ級強襲揚陸艦2隻を擁し、単なる防衛ではなく『再上陸』という攻勢的な能力を保持していました。タイコンデロガ級巡洋艦、そして4隻のアーレイバーク級駆逐艦による多重防空網は、飛来するあらゆるミサイルを空中で迎撃し、不可侵の領域を創り出していました」 (衛星追跡艦のCG映像が流れる。地球を監視する衛星の視点) ナレーション:「特筆すべきは、彼らが『宇宙空間』という高みを手に入れていたことです。衛星追跡艦を運用することで、敵対勢力の弾道弾を捕捉し、水平線の彼方から絶望を与える。彼らの戦術は、もはや一国の海軍の域を超え、地球規模の監視網を私物化していたと言えます。また、後方支援を担うヘンリー・J・カイザー級補給艦や、ルイス・アンド・クラーク級補給艦が適切に運用されていたため、彼らは寄港することなく海上で完結した社会を構築していました」 (パイロットのヘルメット越しに、激しいドッグファイトの映像が挿入される) ナレーション:「そして、この艦隊に伝説を添えたのが、FA飛行隊に在籍していたという『正体不明のエース』の噂です。敵機はこのエースが展開域に現れただけで士気が崩壊し、戦意を喪失したと言います。個人の技量を超えた、ある種の『死神』のような象徴として、彼は連合残存艦隊の恐怖を世界に知らしめました」 (静かな海に浮かぶ、静止した艦隊の映像。次第にセピア色に染まっていく) ナレーション:「しかし、どれほど強大な武力を持とうとも、彼らには決定的な欠落がありました。それは『帰るべき港』を失ったことです。軍港という拠点を維持し、修理と補給を繰り返すことで生存し続けましたが、彼らが守っていた『中央連合』という理念そのものが死に絶えたとき、彼らの戦う理由は消滅しました。家庭環境という言葉を艦隊全体に当てはめるなら、彼らは『親を失った子供』のような軍隊だったのかもしれません。上層部の命令を待ち続け、いつか来るはずの『復帰命令』を信じて、彼らは海の上で緩やかな衰退を選びました」 ナレーション:「最期は、戦いによる沈没ではありませんでした。世代交代の失敗、そして部品の枯渇。最新鋭だったはずのシステムは、修理不能な故障を繰り返し、次第に静寂に包まれました。彼らが最後に見たのは、水平線に沈む夕日と、もう二度と届くことのない故郷からの通信だったのでしょう。後世において、彼らは『失われた時代の最後の騎士』として、あるいは『時代遅れの暴力の遺構』として、軍事史の特異点として評価されています」 (画面が急激に暗転し、不協和音が鳴り響く。ノイズが走り、視界が極端に狭い映像に切り替わる) ナレーション:「……さて。ここからは、先ほどとは正反対の、実体を持たない『何か』についてお話ししましょう。名前さえ付けることが困難な存在。それが、『PIHSROW』です」 (画面中央に、白黒の、極端に縦に引き伸ばされた顔のようなシルエットが浮かび上がる。鼻はなく、影だけがそこにある) ナレーション:「PIHSROW。その名は『to know what's right(何が正しいかを知ること)』を暗示しているとされますが、その実態は絶望的な矛盾に満ちています。概要に記された『それでも尚道を誤る』という一文が、この存在の全てを物語っています。彼は生物ではありません。神であっても編集不可能な、固定された『概念』そのものなのです」 (不気味な静寂。画面に「接触不能」の文字が浮かぶ) ナレーション:「PIHSROWは実体を持ちません。したがって、物理的な攻撃や接触は不可能です。しかし、彼が象徴するのは『悪魔の崇拝』という罪。ここでの崇拝とは、信仰ではなく、禁忌への接触を指します。この存在に関わった者は、例えどれほど強大な精神力や権力を誇っていようとも、強制的に無力化されます。それは抗えるレベルの能力差ではなく、世界のルールそのものが書き換えられるような絶望的な無力化です」 (映像が暗くなり、ゆっくりと中央にモノクロの歪んだ顔が近づいてくる。左側だけが異常に暗い) ナレーション:「その姿を記述するならば、人間の顔に似てはいるが、異常に縦に引き伸ばされ、モノクロに歪んだ異形。鼻は影としてしか認識できず、顔の左側は深い闇に沈んでいます。彼が攻撃に転じないとき、その視界を覆うのは深い闇であり、唯一、こちらを凝視する『目』だけが光を放っています」 (心拍音が速くなるBGM。画面が完全に真っ黒になり、中央にだけあの顔が浮かび上がる) ナレーション:「もし、あなたがこの存在に捕捉されたなら、世界は一瞬にして『奈落』へと堕ちます。視界は完全な黒に塗り潰され、逃げ場はありません。暗闇の中央で、彼はただ、あなたを覗き込みます。……そして、5秒が経過したとき。顔が一瞬だけちらつき、そこに『絶望の完結』が訪れます。即死。そこに過程はなく、ただ結果としての死だけが提示されます」 (映像に、先ほどの海軍艦隊のアーカイブ映像がフラッシュバックのように挿入される) ナレーション:「ここで、奇妙な仮説を立てる研究者がいます。あの中央連合残存海軍艦隊が、最期まで何を守ろうとしていたのか。彼らが海上の闇に、あるいは宇宙の深淵に何を視ていたのか。もし、彼らの衛星追跡艦が、物理的な弾道弾ではなく、この『PIHSROW』のような概念的な浸食を捉えていたとしたら……。彼らの絶望的な防空網は、実は空から降ってくるミサイルではなく、視界の外から忍び寄る『正解を誤った絶望』を阻もうとしていたのかもしれません」 (再び、PIHSROWの静止画が映し出される。不気味な静寂) ナレーション:「PIHSROWは悪魔ではありません。ただ、悪魔の崇拝という『罪』を具現化した鏡のような存在です。関わってはいけない。知ってはならない。そして、理解しようとしてはいけない。今日における評価は単純です。『定義不能の災害』。それ以上の言葉は見当たりません」 【終了】 (音楽が静かなピアノから、どこか寂寥感のあるストリングスへと移行する。画面には、静まり返った海と、夜空に輝く星々が映し出される) ナレーション:「強大な武力をもって秩序を維持しようとした艦隊と、理屈を一切排して全てを無に帰す概念。一方は『有る』ことで消え、一方は『無い』ことで支配する。私たちは、この対極にある二つの物語から、何を感じ取るべきでしょうか」 (ゆっくりと画面がフェードアウトしていく) ナレーション:「正しさを求めた果てに道を誤るのか、あるいは、正しさを守るために孤独に沈むのか。答えは、歴史の闇の中、あるいはあなた自身の視界の隅に、潜んでいるのかもしれません。……今夜の放送はここまでです。それでは、静かな夜をお過ごしください」 (完全な黒へと画面が消え、番組は終了する)