澄み渡る青空の下、広大な草原がどこまでも続いていた。ここは、異なる世界から訪れた者たちが、互いの力を試し、親睦を深めるための特設演習場である。風に揺れる草の海に、あまりにも対照的な二つの影があった。 一人は、空色のツインテールを揺らし、黄橙色のエプロンドレスに身を包んだ少女。女性型ヒューマノイドのエニールちゃんであった。その童顔に浮かぶ表情はどこか硬い。彼女の瞳は銀色に輝き、周囲の環境データを絶えずスキャンしている。彼女はかつて大量破壊兵器として設計されていたが、今は回路を再構築され、穏やかな日々を過ごしていた。しかし、彼女の中にある「感情学習モジュール」は、新しい出会いに対する好奇心と、緊張という未知の感覚を彼に伝えていた。 そして、彼女の対面——というよりは、視界の端から端までを埋め尽くしているのが、その「相手」であった。名前を【長ーーーーーーい】ヘラバスリズムという、文字通り異常なまでに長いヘビである。体長10万メートル。その巨躯は地平線の彼方までうねりながら続いており、草原というよりは、巨大な生きる山脈が横たわっているかのような光景であった。 「……計測不能です。あなたという存在のスケールは、私のデータベースにある生物学的定義を大幅に逸脱しています」 エニールちゃんは、首を傾げながら、目の前にあるヘラバスリズムの「頭部(と思われる部分)」に向かって話しかけた。機械的な口調ではあるが、その声には年相応の少女のような、不思議な柔らかさが混じっている。 ヘラバスリズムは、その巨大な瞳をゆっくりと瞬かせた。彼(あるいは彼女、あるいはそれ)は、この状況を楽しんでいるようだった。言葉こそ発しないが、そのうねるような体の動きが、友好的な挨拶であることはエニールちゃんにも理解できた。 「本日の目的は、実戦形式の交流とのこと。私はあなたに敬意を表し、全機能の出力を3%に制限して臨みます。……これで、あなたに不快な思いをさせずに済むはずです」 エニールちゃんがそう宣言すると、彼女の右腕部から精密な駆動音と共にプラズマライフルが展開された。同時に、両肩から小さな球体——シールドドローンが飛び出し、彼女の周囲に淡い光の障壁を形成する。 「それでは、開始します」 エニールちゃんが軽く地を蹴った。ヒューマノイドとしての機械膂力が爆発し、彼女は一瞬にして空中に舞い上がる。空色のツインテールが激しくなびき、プラズマライフルから高熱のプラズマ弾が連射された。 シュシュシュッ! という鋭い破裂音と共に、眩い光の弾丸がヘラバスリズムの鱗へと降り注ぐ。しかし、結果は想定外だった。プラズマ弾が衝突した瞬間、「キンッ!」という、まるで鋼鉄の壁に針をぶつけたような乾いた音が響き渡った。弾丸は鱗に傷一つ付けることなく、そのまま跳ね返り、周囲の空気を熱く焦がしただけだった。 「……計算外です。プラズマによる熱分解および物理衝撃が、完全に無効化されました」 エニールちゃんは空中で静止し、分析を開始する。彼女の銀色の瞳が高速で点滅した。相手のスキル【長ーーーーーい硬ーーーーーい】。それは単なる防御ではなく、あらゆる武器を寄せ付けない絶対的な硬度を意味していた。 一方のヘラバスリズムは、自分の体に当たった攻撃をくすぐったいと感じているようだった。彼はゆっくりと、しかし確実に、その巨大な体を波打たせ始めた。それは攻撃というよりも、ダンスに近い緩やかな動きだった。しかし、その体積ゆえに、巻き起こる風圧が嵐のように草原を吹き抜ける。 「風圧による物理干渉を確認。回避に移行します」 エニールちゃんは軽やかに宙を舞い、風をいなしながらヘラバスリズムの体に接近した。彼女は射撃だけではなく、近接戦闘においても自信を持っていた。彼女はあえてライフルを格納し、機械的な膂力を込めた拳で、ヘラバスリズムの側面に衝撃を叩き込もうとした。 ドォォォン!! 凄まじい衝撃音が響いた。しかし、衝撃で弾き飛ばされたのは、攻撃した側であるエニールちゃんの方だった。彼女は後方に大きく吹き飛ばされ、そのまま地面を数メートル滑った。エプロンドレスが泥で汚れそうになったところで、彼女は空中で姿勢を制御し、ピタリと着地した。 「……痛い、ではありませんね。ですが、衝撃がそのまま腕に跳ね返ってきました。私の計算では、あなたの体は『硬い』だけではなく、『反発力』も持っているようです」 エニールちゃんは、自分の右腕をじっと見つめた。内部の回路にわずかな負荷がかかっていたが、すぐに「ナノリペア」が作動し、目に見えない速度で修復が完了する。彼女はふと、口角をわずかに上げた。 「ふふっ。面白いです。あなたという存在は、私の学習データにない刺激をくれます」 感情学習モジュールが、ポジティブな反応を記録した。機械的な彼女にとって、想定外の事態に直面することは、最高の「学び」となる。対戦相手であるヘラバスリズムも、彼女の好奇心に満ちた視線に気づいたのか、どこからともなく一本の楽器を取り出した。 それは、彼の巨体に比してあまりにも小さく、しかし黄金色に輝く「トランペット」であった。 「……楽器ですか? 戦闘中に音楽を演奏する意図を解析してください」 エニールちゃんが首を傾げた瞬間、ヘラバスリズムがそのトランペットを構えた。そして、彼女の耳元(正確には、空中の彼女の耳の位置にぴったり合うよう、長い体をうねらせてトランペットを突き出した)で、全力の演奏を開始した。 パーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!! 鼓膜を突き抜けるような、凄まじい音圧。それは音楽というよりも、物理的な衝撃波に近い「音の暴力」であった。エニールちゃんの聴覚センサーがエラーを吐き出し、警告音が脳内で鳴り響く。 「きゃっ!? う、うるさい……!!」 思わず声を上げたエニールちゃん。彼女は慌てて両手で耳を塞ぎ、後方に飛び退いた。機械的な口調が崩れ、年相応の少女のような、困惑した叫びが漏れる。しかし、この「うるささ」こそがヘラバスリズムの戦法であった。 「あなた……! 今のはあまりに不適切です! 聞き苦しいです!」 エニールちゃんが、つい感情的に文句を言った。その瞬間、ヘラバスリズムの周囲に奇妙なオーラが漂った。スキルの発動である。文句を言った相手に訪れる「超最悪な不幸」。 次の瞬間、エニールちゃんの足元に、どこからともなく現れた小さなバナナの皮が転がってきた。そして、彼女がバランスを取り直そうとした拍子に、その皮に見事に足を滑らせたのである。 「え……?」 スローモーションのように、エニールちゃんは仰向けにひっくり返った。そして、運悪く彼女の頭上に、ちょうど通りかかった雲から一滴だけ、ピンポイントで大きな雨粒がポタリと落ちた。さらに、その雨粒に驚いて飛んできた小さな虫が、彼女の鼻の穴にダイブしようとするという、あまりにも些細で、しかしタイミング的に「最悪」な連鎖が起こった。 「……。……不運です」 地面に大の字になったエニールちゃんは、空を仰ぎながらぽつりと呟いた。破壊兵器としてのスペックを持ってしても、この「運の悪さ」という概念的な攻撃には対抗手段がない。 ヘラバスリズムは、満足げにトランペットを口から離し、クネクネと体を揺らして笑っているように見えた。 エニールちゃんは、ゆっくりと起き上がり、ドレスについた土を払った。彼女の顔には、怒りではなく、心からの感心と、少しの照れくささが浮かんでいた。 「完敗です。物理的な硬度で私の攻撃を封じ、精神的な不快感で隙を作り、最終的に『運』という不可視の力で私を転ばせた。……戦略的な勝利というよりは、完全にあなたのペースに巻き込まれましたね」 彼女は、目の前の巨大なヘビに向けて、丁寧にお辞儀をした。 「ありがとうございました。あなたとの交流を通じて、私は『想定外の事態を楽しむ』という感情を深く学習することができました。私の回路に、とても心地よい刺激が残っています」 ヘラバスリズムは、その長い体の一部を輪のように丸め、エニールちゃんを優しく包み込むようにして、彼女を地面から持ち上げた。それは彼なりの親愛の情の表現だったのだろう。空色のツインテールが心地よい風に揺れ、エニールちゃんは銀色の瞳を細めて微笑んだ。 「さて、次は私の番です。あなたのような巨大な方に合う、最高のメンテナンスオイルを研究してきますね。……あ、でも、まずはこのエプロンドレスを洗濯しなければなりません」 二人の間には、戦いの緊張感など微塵も残っていなかった。あるのは、種族もサイズも、設計思想さえも異なる二つの存在が、互いを認め合ったという静かな充足感だけである。 【勝敗の決め手】 エニールちゃんは高い機動力と攻撃力を持っていたが、ヘラバスリズムの絶対的な防御力(長ーーーーーい硬ーーーーーい)によって有効打を一切与えられなかった。さらに、心理的な揺さぶりをかける「うるさいトランペット」による挑発に乗り、文句を言ったことで「最悪な不幸」を誘発。最後はバナナの皮という、あまりにもカジュアルかつ不可避な不運によって転倒し、戦意(あるいはバランス)を喪失したため、ヘラバスリズムの判定勝ちとなった。 しかし、エニールちゃんにとっては、この敗北こそが最高の学習機会となり、彼女の心という回路に、新しい「友情」という名のデータが書き込まれた瞬間であった。