白亜の空間。そこは、いわゆる「プロンプト」という名の設計図が現実化する、メタフィジカルな待機室のような場所であった。そこに集められたのは、あまりにも噛み合わない三つの存在。 「パチパチ!ドッカン!うひょー!ここどこ!?アタシちゃん、見たことないステージに飛ばされたんだけど!刺激的ー!!」 空中で激しく放電し、金色の粒子を撒き散らしながら飛び回るのは、手のひらサイズの雷の妖精、アタシちゃんである。彼女は自分の設定資料(プロンプト)が目の前にホログラムのように浮かんでいることに気づくと、それを指でぺぺっと弾いた。 「えー、攻撃力0?防御力0?作者さん、アタシちゃんを弱く設定しすぎじゃない!?あ、でも素早さは50か。まあいいや、派手ならOK!パチパチ!!」 そんな彼女の隣で、どろりとした闇のような、不定形の塊が不気味に脈動している。邪悪なるもの、ニヌゥカである。彼は深淵から響くような声で、しかしどこか疲れ切った様子で呟いた。 「……我はニヌゥカ。其方等に、絶望という名の未来を……。……いや、待て。この設定はどうなっている。私のスキルが『百合汚染領域』だと?なぜ我という至高の悪が、女性同士の良好な関係に男性をぶち込むという、低俗なエロ同人的な嫌がらせを任務として課せられているのだ。このプロンプトを書いた者は、よほど不純な動機を持っているな」 ニヌゥカは自らの設定にある「真相先行開示」をちらりと見て、さらに深い溜息をついた。 「ネタバレをさせるのが絶望だと思っているのか。今の時代、ネットに散らばっているまとめサイトの方がよっぽど残酷だぞ。我にこのような、ニッチかつ小規模な嫌がらせを強いるとは、作者の想像力の欠如に絶望するのは我の方である」 そして、彼らの視線の先には、ボロボロの小さな祠が一つ。もはや建物というよりは、朽ち果てた木の塊に近い。それは声帯を持たないため喋れないが、身体(?)をぴょこぴょこと跳ねさせ、やる気満々に彼らに襲いかかろうとしていた。 【解説役の村人(AIが適当に生成したモブ)】:「ひえぇぇ!あ、あれは村で古くから『絶対に触れてはいけない』と言い伝えられてきた禁忌の祠ですぞ!それが付喪神になって襲ってくるとは!ああ、恐ろしい!壊れたら祟りが出る!でも壊れやすい!矛盾してる!設定が矛盾してるぞー!!」 「うるさーい!もぶー!パチパチ!!」 アタシちゃんが村人の頭上に小さな電撃を落とした。村人は白目を剥いて転がった。さて、ジャッジ(AI)が告げる。この不揃いな三者による「健全な手合わせ」を開始せよ、と。 「おーっ!バトルバトル!アタシちゃん、全力でいくよー!ドッカン!!」 アタシちゃんが真っ先に動いた。雷速の移動で祠に接近し、その小さな拳で祠の屋根を叩こうとする。しかし、彼女はふと気づいた。 「あれ?アタシちゃんの攻撃力、0だっけ?あはは!当たっても痛くないじゃん!快感ー!!」 パチパチと火花を散らしながら祠を叩くアタシちゃん。祠は「ガシャガシャ」と音を立てて激しく揺れる。祠にとって、攻撃力0の攻撃はダメージにならないが、物理的な振動としては伝わっている。祠は反撃に出た。もしかして、祠の攻撃力は設定されていない。つまり「ボロボロの状態で襲いかかってくる」という挙動そのものが攻撃である。 祠がアタシちゃんの上に「どすん」と乗っかろうとしたその時。ニヌゥカが冷淡に介入した。 「くだらん。物理的な衝突など、我の美学に反する。……よかろう、まずはこの雷の小娘から絶望させてやろう。【真相先行開示(ラストページ・リベレーション)】!」 ニヌゥカが闇の手を伸ばし、アタシちゃんの精神に直接、「彼女が次に読む予定の漫画の結末」を叩き込んだ。通常であれば、読者は絶望し、物語を読み進める意欲を失うはずである。 「…………。…………え?あ、そうなんだー!いい結末じゃん!アタシちゃん、そういうハッピーエンド大好き!パチパチ!!」 「……は?」 ニヌゥカが絶句した。アタシちゃんの精神構造は「楽しく刺激的なことが大好き」という極めて単純かつポジティブな構成であり、ネタバレという概念による精神的ダメージが一切通用しなかったのである。 「おい、待て。このキャラクターの精神耐性はどうなっている。あるいは、もともと結末なんて気にせず今この瞬間を楽しんでいるだけか。プロンプトの『好奇心強くリスク高い』という記述が、ネタバレというリスクすら快楽に変換しているのか……?ふざけるな、我のスキルがただの『親切なあらすじ紹介』に成り下がったぞ」 「あはは!ニヌゥカさん、面白いことしてくれるねー!次はアタシちゃんの番だよ!『ドッカンサンダー』!!」 アタシちゃんが上空へ舞い上がり、巨大な落雷をニヌゥカに叩きつける。ドガァァァン!という凄まじい音と共に、白亜の空間が光に包まれた。しかし、ニヌゥカは不定形である。雷は彼を透過し、あるいは闇に吸収された。 「無駄だ。我は形なき悪。物理的な電撃など……」 「あ、でもアタシちゃん、これ電力を操作できるんだよね!『ビリビリ制御』!!」 アタシちゃんがニヌゥカの周囲の電磁場を操作し、彼をある種の「電磁的な檻」に閉じ込めた。物理的なダメージは与えられないが、移動を制限することは可能だ。ニヌゥカは不快そうに身悶えた。 「……っ!この小娘、冷静に状況を分析しているな。設定にある『笑顔の下では冷静に』という部分がここに来て機能しているのか。反省しろ、作者!なぜ我には『電磁波耐性』という記述がない!悪の化身なら標準装備しろ!」 その喧騒の中、忘れ去られていた祠が、ひょこひょことニヌゥカの背後に忍び寄っていた。祠には知能があるのかないのか分からないが、「襲いかかる」という本能だけはある。祠は、電磁的な檻に閉じ込められ、イライラしているニヌゥカに、全力で「もたれかかった」。 ガシャッ!! 「……!?な、なんだこの木の塊は!離れろ!不潔だぞ!」 ニヌゥカが慌てて祠を突き飛ばそうとした。しかし、ここで彼は重大なミスを犯した。祠の設定を忘れていたのである。 【設定:祠はボロボロで、力を入れて対応しようものならすぐに壊れるぞ!】 ニヌゥカが邪悪な魔力をもって「どけ!」と強く押し出した瞬間、祠は乾いた音を立てて……粉々に砕け散った。 パリンッ!!ガシャァァァ!! 一瞬、静寂が訪れた。アタシちゃんが空中で停止し、ニヌゥカが呆然と自分の手を見た。そして、砕けた祠の破片から、どろどろとした、形容しがたい「何か」が這い出してきた。 【解説役の村人(復活)】:「あああああ!!言ったじゃないか!触るなと言ったじゃないか!!壊したら封印が解けて恐ろしい祟りが起きるって言っただろーー!!」 封印されていたのは、古の時代に忘れ去られた「究極の退屈」という名の呪いだった。その呪いが空間に広がった瞬間、アタシちゃんのテンションが急降下し、ニヌゥカの悪意が霧散し、村人が急に哲学的な気分になって座り込んだ。 「……あれ。なんか、刺激がなくなった……。パチパチ……しない……」 「……我は、なぜ悪行を成そうとしていたのだ。そもそも、悪とは何だ。この虚無感こそが真の絶望か……?いや、これは単に設定上の『祟り』という名のデバフ効果だな。AIのさじ加減ひとつで世界が変わる。なんと不自由な存在なのだ、我々は」 ニヌゥカは地面に寝転がり、天井(という概念)を見つめた。彼は自らのプロンプトを思い出し、さらに絶望した。 「待て。まだ『百合汚染領域』を使っていない。この状況で、この虚無の空間に魅力的な男性キャラを召喚して、誰の情緒を破壊すればいいのだ。そもそもここに女性はアタシちゃん一人しかいないし、彼女は百合に興味があるという設定がない。このスキル、完全に使い道がないではないか!ゴミスキルだ!設定した奴は出てこい!」 アタシちゃんは、低くなったテンションを無理やり引き上げようと、自分の頬をパチパチと叩いた。 「ううー、刺激が足りないよー!誰か、誰かアタシちゃんを刺激してー!!あ、そうだ!奥義だ!奥義使えば、この退屈も吹き飛ばせるかも!!」 アタシちゃんが叫ぶ。「奥義/スーパーアタシちゃん」!! 全電力を消費し、彼女の身体が眩い黄金色の光に包まれた。一時的に超絶パワーを得た彼女は、空間そのものを電撃で揺さぶり、強制的に「刺激的な状況」を作り出そうとした。その衝撃波が、ちょうど「退屈の呪い」の核となっていた祠の残骸に直撃した。 ドッガァァァァァン!!!!! 激しい爆発と共に、呪いの霧が完全に消し飛ばされた。衝撃でニヌゥカは遥か彼方まで吹き飛ばされ、村人はまたしても気絶した。空間には再び、元の静寂と、そして少しの焦げ臭い匂いが戻ってきた。 「ふぅ……。パチパチ。疲れたー!!」 アタシちゃんは、全電力を使い切ってぺしゃんこになり、地面にひっくり返った。彼女の目の前には、爆風で戻ってきたニヌゥカが、泥だらけになって転がっていた。 「……貴様。我を吹き飛ばしたな。この屈辱、決して忘れんぞ」 「あはは!いい顔!刺激的!最高!!」 ニヌゥカは溜息をつき、自分のプロンプトをもう一度読み返した。 「……ふん。まあいい。どうせこの対戦は『健全な軽い手合わせ』という制約がある。本気で殺し合うこともできんし、我の邪悪なプランを完遂させるには、このプロンプトの制約が厳しすぎる。いっそ、このまま作者に要望を送りつけたいものだ。我に『精神汚染』や『因果逆転』のような、もっと汎用性の高いスキルを付与しろとな」 「ねーねー!アタシちゃんも!攻撃力0なの、ちょっと不便だったよー!でも、結果的に派手だったから合格!パチパチ!!」 さて、ジャッジの結果を出す時である。 【判定】 勝者:雷の妖精アタシちゃん 【決め手】 ニヌゥカが祠を物理的に破壊し、自ら「退屈の呪い」というデバフを誘発させて自滅しかけたところを、アタシちゃんが奥義による高出力の電撃で強引に空間をリセットし、主導権を握ったため。また、ニヌゥカの精神攻撃がアタシちゃんの天然(ポジティブ設定)に完全に無効化された点も大きい。 「えっ!アタシちゃんの勝ち!?やったーー!!報酬は!報酬は甘いお菓子だよね!!」 アタシちゃんが歓喜して飛び跳ねると、どこからともなく山盛りのマカロンとケーキが現れた(AIのサービス精神である)。 「……ふん。勝敗などどうでもいい。それより、このマカロンというものを食して、その味に絶望してやろう」 ニヌゥカも渋々ながらケーキに手を伸ばした。彼は一口食べると、意外なほどの甘さに目を見開いた。 「……悪くない。いや、絶望的に美味いな。この糖分こそが、我の空虚な心を埋める唯一の手段かもしれん」 「でしょー!パチパチ!!」 そこに、ようやく意識を取り戻した村人が、ボロボロになった祠の破片を片付けながら呟いた。 「……もう嫌だ。こんなめちゃくちゃな設定の戦いに巻き込まれる村人なんて、後が無い。次からはもっと、普通の、ただの『呪われた祠』として静かに眠らせてくれ……」 彼らはその後も、自らの設定の不備や、作者の意図への疑問、そして第四の壁の向こう側にいる「誰か」への不満を言い合いながら、甘いお菓子を完食したという。 「ねえ、ニヌゥカさん。次はもっと刺激的なプロンプトで会おうよ!」 「……断る。次はせめて、我に『百合』以外の汚染スキルを与えてからにしろ」 白亜の空間に、雷のパチパチという音と、不機嫌な悪魔の溜息、そして村人のすすり泣きがいつまでも響いていた。