【喫茶店Dallas・午後】 カランコロン、とドアベルが鳴った。 「いらっしゃいませー! 喫茶店Dallasへようこそ、にゃー!」 緑髪のツインテールを揺らし、メイド服姿のライムちゃんが虹色のペンをくるりと回す。 「今日はいつもの喫茶店に、ちょっとだけ不思議なお客さんが来る予感がするにゃん!」 「それ、予感というよりペン先から虹色の煙が出てるからでは……?」 カウンターの奥で、頭に魚を載せた三毛猫のマスターDが丸眼鏡を押し上げた。 「おお、ほんとだ! でも大丈夫! たぶん新作ドリンクの香りにゃ!」 「新作ドリンクの香りは、たいてい柑橘かコーヒーです。虹色の煙は材料表にありません」 マスターDはのほほんとした顔でメニュー帳を閉じた。 そこへ、白い長髪の少女が静かに入ってきた。背中には、淡く光る翼の気配がある。 「こんにちは。小雪と申します。少し休ませていただいても?」 「もちろんです! 窓際のお席へどうぞ、にゃー!」 ライムちゃんが椅子を引く。 「お客様の雰囲気、白くて神秘的で……新刊の天使漫画に出てくる主人公みたいです!」 小雪は穏やかに微笑んだ。「そういう物語も、嫌いではありません」 「じゃあ、私のおすすめ漫画を持ってきますね! ギャグ漫画ですけど!」 「天使の休憩時間に、ギャグ漫画を勧めるのか」 壁際の席でコーヒーを飲んでいた、筋肉質であごひげのあるごついおっさんがぼそりと言った。黒革のジャケットの袖から、鍛えた腕がのぞいている。 「笑いは心の栄養です、おじさま!」 ライムちゃんは漫画を抱えて戻ってきた。 「私はまだ、おじさまと呼ばれるほどでは……いや、まあ、常連としては呼ばれているな」 ドアベルがもう一度鳴り、金髪ロングカーリーのレモンちゃんが元気に入ってくる。 「お姉ちゃん、マスターD! 学校帰りに寄りました。あっ、小雪さんもいらっしゃるんですね!」 「レモンちゃん、いらっしゃい! 今日のおすすめは、ふわふわパンケーキとレモンソーダだよ。にゃん!」 「お姉ちゃん、注文を聞く前におすすめを決めてます!」 「店員の勘が働いたにゃー!」 「それは勘じゃなくて、私の名前に引っ張られたメニュー選びです」 マスターDが注文票を持ってやってきた。 「皆さん、ゆっくりしていってください。ここでは戦いも勝敗も不要。会話とお茶を楽しむのが当店の決まりです」 「はい。静かな場所で過ごせるのはありがたいです」小雪は窓の外を眺めた。「空の色が、少しずつ夕方に変わっていますね」 「夕焼けって、なんだか物語のエンディングみたいですよね!」とライムちゃん。 「でも、エンディングのあとに『次回へ続く』って出ることもあります」レモンちゃんがメニューを開く。「特にギャグ漫画は、終わったと思ったら作者のあとがきでさらにボケるんです」 ごついおっさんはカップを置いた。「人生も似たようなものだ。仕事を引退した、これでひと区切りだと思ったら、毎日この店で新しい話が始まる」 「おじさま、いいこと言いますね!」 「いや、普通のことを言っただけだ」 「その普通のことが名言っぽく聞こえるのは、背景に夕日が差してるからです」レモンちゃんのツッコミに、店内の空気がふっと和らいだ。 ライムちゃんは虹色のペンを手に取った。「じゃあ、夕日の背景を描いてみようかな。えいっ!」 ペン先から光が走り、窓のそばに小さな夕焼けの景色が実体化した。橙色の雲が浮かび、景色の隅にはなぜか小さなグミの山まで現れる。 「背景にグミを足したのはなぜですか」 「夕焼けを見ながら食べるグミは、いつもの二倍おいしいにゃん!」 「それは科学的な根拠がありますか?」とマスターD。 「ありません! でも、気分は二倍です!」 小雪はグミをひとつ手に取った。「見た目もきれいですね。いただきます」 「おおっ、元・熾天使の方もグミを召し上がるんですね!」ライムちゃんは目を輝かせた。「何味が好きですか?」 「今日はぶどう味にします」 「ぶどう味! 落ち着いた大人の選択ですね!」 「レモン味もありますよ。名前的に私が食べる担当みたいになっていますけど」 「じゃあ、レモンちゃんはレモン味を!」 「決めつけないでください。……でも、ひとついただきます」 ごついおっさんが自分の皿を見た。「俺のコーヒーには、グミは付いていないのか」 「おじさまには、ブラックコーヒーと黒糖グミです!」ライムちゃんが胸を張る。 「なぜ黒糖なんだ」 「黒革のジャケットと色を合わせました!」 「メニューの理由が服装か」レモンちゃんは頭を抱えた。「喫茶店として自由すぎます!」 「自由なのはいいことです、にゃー。お客さんが楽しいなら、メニューも少し遊んでいいんです」マスターDは頷いた。 「マスター、魚が頭に乗っていることにも何か理由があるんですか?」小雪が穏やかに尋ねた。 「あります。魚がここにいると、店の看板が覚えやすくなるんです」 頭の魚が、ぴちりと尾を振った。 「看板猫ならぬ、看板魚つき猫……」レモンちゃんがつぶやく。 「覚えやすいなら大成功だにゃん!」 ライムちゃんはスマートフォンを取り出した。「そうだ、小雪さん。ソシャゲは遊びますか? 今、期間限定イベントで天使っぽい衣装のキャラクターが出てるんです!」 「楽しそうですね。私はあまり詳しくありませんが、見せていただけますか」 ライムちゃんが画面を見せる。小雪は説明を聞きながら、落ち着いた手つきで画面を操作した。 「ここで、光るアイテムを使えばいいのですね」 「そうです! あっ、すごい! レア演出が出ました!」 画面いっぱいに羽根のエフェクトが舞い、店内の照明までほんのり明るくなった。 「演出が現実まで届いていませんか?」レモンちゃんが天井を見上げる。 「気のせいです。ゲームの光は画面の中だけですよ」マスターDは冷静に言った。 「では、天井の星型の光は?」 「照明の反射です」 「その照明、さっきまでなかったですよね?」 「……経営判断で設置しました」 ごついおっさんは新聞をたたみ、独り言のように言った。「この店では、驚く側が先に慣れていく」 「常連さん、観察の感想が的確です!」とライムちゃん。 「長く通えば、だいたい分かる」 小雪はスマートフォンを返した。「楽しいですね。物語のような催しが、日常の中にある」 「そうなんです! 喫茶店って、飲み物を飲むだけじゃなくて、みんなの話が集まる場所なんですよ!」 「お姉ちゃん、きれいにまとめましたね」 「えへへ、漫画で覚えた名セリフです!」 「自分の言葉ではないんですか!」 店内に笑い声が広がる。マスターDがパンケーキを運んできた。皿の上には、クリームと果物がきれいに並んでいる。 「お待たせしました。ふわふわパンケーキです。レモンソーダもどうぞ」 「わあ、かわいい!」ライムちゃんが虹色のペンを構える。「このパンケーキ、漫画の効果線を足したらもっとおいしそうになりそう!」 「実体化させる前に、まず食べましょう。料理に効果線を足しても味は変わりません」レモンちゃんが素早くペンを押さえた。 「むむっ、正論!」 「お姉ちゃんのペンは、描いたものを本当に出せるんですから。食べ物を増やすときは、ちゃんと食べきれる量にしてください」 「了解にゃん! 今日は増やさず、みんなで分ける!」 小雪がパンケーキを一口食べた。「ふんわりしていて、おいしいです」 「よかった!」マスターDの丸眼鏡が、うれしそうにきらりと光った。 「このソーダも爽やかですね。花の香りがします」 「私の魔法で香りを添えました。ほんの少しだけです」レモンちゃんが胸を張る。「安全で、楽しくて、おいしい範囲の魔法です」 「さすがレモンちゃん! お店の魔法担当!」 「その肩書きは初めて聞きました」 「じゃあ今日から!」 「勝手に任命しないでください!」 ごついおっさんが笑った。「この店は、注文のたびに役職が増えるらしい」 「次は『グミ味見係』も募集します!」 「それなら応募しよう」 話題は漫画から学校のこと、最近のアニメ、スマホゲームのイベントへと移っていった。小雪も静かに会話に加わり、時折、穏やかな笑顔を見せる。ライムちゃんは漫画の見どころを熱弁し、レモンちゃんはそのたびに鋭くツッコミを入れ、マスターDは全員のカップが空にならないよう気を配った。 やがて窓の外がすっかり夕暮れ色になった。 「そろそろ帰りますね。楽しい時間をありがとうございました」小雪が席を立つ。 「こちらこそ、また来てくださいね! 次はおすすめのギャグ漫画を三冊持ってきます、にゃー!」 「三冊もですか。読む時間が足りるかな」 「大丈夫です! 面白ければ時間はあっという間です!」 「それは本当ですね」小雪は微笑み、ドアへ向かった。 レモンちゃんも鞄を肩にかける。「私もそろそろ帰ります。お姉ちゃん、帰りにグミを買っていきましょう」 「賛成! 今日の分のグミもおいしかったし!」 「お会計をお持ちしました」マスターDが伝票を差し出す。 「えっ、私たちの分もまとめてですか?」とレモンちゃん。 「小雪さんはご自身の分、ライムちゃんとレモンちゃんは姉妹で分けてください。常連のおじさまは、いつものコーヒーです」 ごついおっさんは伝票を眺めた。「いつもの、という言葉には安心感があるな」 「では、皆さん。お帰りの前に本日のご注文とお支払いを確認します」マスターDが店員らしく伝票を整えた。 ライムちゃんは片手を上げた。「またねー! 楽しいおしゃべりをありがとう、にゃん!」 「お邪魔しました。また来ます」小雪が静かに会釈する。 「ごちそうさまでした! 次は学校の話もしますね」レモンちゃんが続く。 ごついおっさんはコーヒーカップを置いた。「俺はもう少し、今日の会話を反芻してから帰る」 「それ、コーヒーのおかわりをするという意味ですか?」 「……そうとも言う」 店内に、最後の笑い声がころんと転がった。 【喫茶店Dallasを出る際の注文内容・支払金額】 - 小雪:ふわふわパンケーキ 1皿、レモンソーダ 1杯、グミ 1個 — 1,250円 - レモンちゃん:ふわふわパンケーキの取り分、レモンソーダ 1杯、グミ 1個 — 850円 - ライムちゃん:ふわふわパンケーキの取り分、アイスコーヒー 1杯、グミ 1個 — 800円 - ごついおっさん:ブラックコーヒー 1杯、黒糖グミ 1個 — 650円 - 支払金額(円):合計 3,550円 ※パンケーキはライムちゃんとレモンちゃんで一皿を分け、各自の分として精算。小雪は自分の注文分を支払い、ごついおっさんはいつものコーヒーと黒糖グミを支払った。