大礼堂の天井には、外の夜空がそのまま映し出されていた。数千本の蝋燭が宙に浮き、新入生たちの緊張した面持ちを白く照らしている。彼らの前には、古びて継ぎ接ぎだらけの、しかし不思議な知性を湛えた「組分け帽子」が置かれていた。 これから、三人の風変わりな魂がこの帽子を被る。彼らがどのような内面を持ち、どの寮に導かれるのか。そして帽子が誰を「期待株」として見出したのか。ここにその全記録を記す。 【第一の対談:愛弗たま】 少女が震える足取りで椅子に座った。ピンク色のリボンが揺れ、瞳には不安と期待が混在している。帽子が彼女の頭に深く被せられた瞬間、たまの意識は心地よい闇に包まれ、少年のようでいて老人のような、奇妙な声が脳内に直接響き渡った。 『ほう……これはまた、賑やかな精神構造だ。真っ白なキャンバスのようでありながら、その裏側には底なしの渇望が渦巻いているな。お嬢ちゃん、君は自分が何者であるか、分かっているかな?』 (えっ!? 喋った! 帽子さんが喋ったぁ! あの、私は愛弗たまです! アイドルになりたいの! 誰よりも輝いて、みんなに注目されて、世界中の人を笑顔にする最高のアイドルに! でも、まだ基礎練習ばかりで……私、このままだと誰にも見つけてもらえないかもしれないって、すごく不安で……!) 『ははは! 焦るな。君のその「不安」こそが、実は強力なエンジンになっている。君の特筆すべき点は、その驚異的な「適応力」だ。相手が何を求めているか、どう振る舞えば愛されるか。君は無意識に周囲の色を読み取り、自分を最適化させている。それは一種の才能であり、同時に危うい危うさでもあるな』 (最適化……? よく分かりませんけど、私はただ、運命のプロデューサーさんに出会いたいだけなんです! 私を導いてくれる人に出会えたら、私はどんな厳しいトレーニングだって耐えられるし、どんな色にだって染まれます! 清楚系でも、クール系でも、小悪魔系でも、なんでもいいんです! 私を完成させてくれる人のために、私は完璧なアイドルになりたい!) 『なるほど。「自分」を消して「理想」を演じる。それはある意味で究極の献身であり、同時に恐ろしいほどの野心だ。君は、誰かに認められるためなら、自分自身の形さえ変えてしまう。その柔軟性と、目標に対する執着心……。勇気があるかと言えば、単独で突き進む強さはまだない。だが、集団の中で誰よりも輝こうとする向上心は、どの寮にも引けを取らぬ。知恵があるかと言えば、それは「愛されるための知恵」に特化しているな』 (とにかく! 私は頑張ります! ここが魔法学校なら、魔法を使ってダンスを練習したり、歌声を遠くまで届けたりできるかもしれない! 想像しただけでワクワクしちゃう! 私、絶対にここで一番の注目株になりますから! 見ていてくださいね、帽子さんも!) 『くくく、自信に満ちた宣言だ。いいだろう。君のその「染まる可能性」を最大限に活かせる場所、そして、君が求める「注目」を正当に勝ち取れる場所へ送ろう。君の正体は、白紙の可能性を秘めた原石。それを磨き上げるのは、君自身の意志か、あるいは運命の導きか……』 帽子は確信を持って、大声で叫んだ。 「グリフィンドール!!」 たまは飛び上がって喜び、拍手喝采の中、赤いテーブルへと駆け寄った。彼女の物語は、ここから始まる。 【第二の対談:自宅警備員】 次に椅子に座ったのは、ひどく疲れた顔をした成人男性だった。彼は周囲を極めて警戒しており、隣に座る生徒が少し動いただけで、反射的に懐から「結束バンド」を取り出そうとした。帽子が被せられた瞬間、彼は激しく身悶えし、心の中で絶叫した。 (なっ、なんだこの状況は!? 誰だ、誰が俺の頭に何かを被せた! ここはどこだ! 罠か? 宗教の勧誘か!? それとも闇バイトの強制連行か!? 喋るな! 絶対に喋るな! 声を出せば個人情報を抜かれるか、何らかの契約を強要される! 俺は絶対に口を閉じ、この聖域を守り抜く!) 『……おやおや。これはまた、ひどく閉鎖的な精神構造だ。君はここが学校だということも、魔法の世界だということも、すべて「外部からの侵入」として処理しているのだな。面白い。極めて強い拒絶反応。だが、その拒絶の裏側にあるのは、純粋すぎるほどの「防衛本能」だ』 (うるさい! 脳内に直接話しかけてくるな! 精神的な侵入だ! 警備不備だ! クソッ、今すぐここを「自宅」に設定し直さないと……! 俺の家には、完璧な防御陣形がある。洗剤のボトル、古新聞の山、そして最強の武器である「使い古した雑巾」! それらがあれば、どんな不審者だって追い出せる! ここが自宅でないなら、俺がここを自宅にするまでだ!) 『ほう、自己暗示による空間定義か。単純な妄想ではない。君は「自宅である」と信じ込むことで、精神的な無敵領域を構築しようとしている。その執念、そして日用品という卑近な道具に無限の可能性を見出すその視点。それはある種の「職人的なこだわり」と言ってもいい。君は社会を恐れているが、同時に「自分のルール」が支配する領域においては、誰よりも勇敢な守護者となる』 (守護者だあ? 勘違いするな! 俺はただ、静かに暮らしたいだけだ! 誰にも邪魔されず、誰とも関わらず、ただ安全に、日用品と共にありたいだけなんだ! だったら、俺を一番静かな場所に送れ! 誰も来ない、不審者が入り込めない、完璧な要塞のような場所にな!) 『ふむ。君が求めるのは孤独ではなく、「安全な支配権」か。君のその慎重さと、徹底したリスク管理能力。そして、想定外の事態に日用品で対処する即興的な生存戦略……。それは、伝統を重んじ、内側に結束することを誇る者たちの気質に近い。あるいは、狡猾に生き延びる者の知恵か。だが、君の根底にあるのは「自分の居場所を死守する」という、あまりにも純粋な忠誠心だ。自分自身という城への忠誠だな』 (いいから早くしろ! ここに長くいると、誰かに名前を聞かれる! 名前を教えたら、明日には怪しいサプリメントが届くぞ! 早く、俺の「自宅」に戻してくれ!) 帽子は苦笑いするように、ひだを揺らして宣告した。 「ハッフルパフ!!」 男性は不満げに鼻を鳴らしたが、ハッフルパフのテーブルが一番「心地よい距離感」であると感じたのか、静かに腰を下ろした。 【第三の対談:カタリィ】 最後に座ったのは、黒いローブを纏い、リュートを抱えた不思議な雰囲気の少女だった。彼女が帽子を被る前から、周囲の空気はどこか演劇的な色彩を帯び始めていた。帽子が彼女の頭に触れた瞬間、帽子は今まで感じたことのない「視点」の違和感を覚えた。 『……おや。君は、私を見ているのではないな。私という「役割」を、物語の登場人物として眺めているのか』 「ふふっ。正解だよ、古き帽子さん。私はただの観客であり、同時にこの物語を綴る筆でもある。さて、このシーンにどのような台詞を添えれば、最も美しい大団円へと繋がるだろうね? 私はただ、この世界という名の戯曲を、心地よい調べで彩りたいだけさ」 『驚いた。君の意識は、この物理的な空間を超越している。君にとって、この世界は文字で書かれた記述に過ぎないということか。設定を書き換え、場面を転換し、地の文を操る……。それは魔法というより、創造主の権能に近い。だが、君はそれを「遊び」として、あるいは「芸術」として楽しんでいる。傲慢さがあるが、同時に登場人物への深い敬意もあるな』 「敬意。そう、それが不可欠さ。魅力的な登場人物がいてこそ、物語は輝く。例えば、今ここにいる不安げなアイドル志望の娘や、ひどく臆病な警備員さん。彼らがどうもがき、どう変わるのか。それを特等席で眺めながら、時折、物語が停滞した時にだけ、少しばかりの『修正』を加えてあげる。それが私の楽しみなんだよ」 『君は、自らを物語の外側に置こうとしている。だが、帽子を被っている今、君もまたこの学校の「生徒」という役割を与えられた。逃げることはできんぞ。君はこの学校という舞台で、どのような役を演じるつもりだ?』 「役、か。そうだね。きっと私は、誰も気づかないところで物語の整合性を整える『舞台監督』のような役割になるだろう。あるいは、混沌をもたらす『トリックスター』か。どちらにせよ、私は知的好奇心に従いたい。この学校にある禁忌の書物、隠された秘密、そして予測不能な人間ドラマ……それら全てを、私の詩に組み込みたいんだ」 『強欲な知的好奇心。そして、世界を俯瞰して制御しようとする支配欲。しかし、それは破壊のためではなく、美しき完結(フィナーレ)のため。君の知性は、既存の枠組みを軽々と超えている。君をどの寮に入れるかは簡単だ。君のようなタイプは、知恵を愛し、野心を持ち、そして何より「特権的な視点」を好む。君がもたらす刺激は、この学校にとって劇薬となるだろうが、同時に最高のスパイスとなるだろう』 「ふふっ、期待していいよ。私のリュートが奏でる調べが、このホグワーツという舞台に、どんな鮮やかな色彩を添えるか。さあ、帽子さん。私の『配役』を決めておくれ。私はもう、次のページをめくるのが待ちきれないんだから」 帽子は、心地よい戦慄を覚えた。この少女がもたらすのは、秩序か、あるいは心地よい混乱か。 「レイブンクロー!!」 カタリィは優雅に会釈し、リュートを抱えて青いテーブルへと向かった。彼女の瞳には、既にこの学校で起こるであろう数々の「事件」という名のプロットが書き込まれていた。 【総括:帽子の独り言】 大礼堂に静寂が戻り、生徒たちが宴会へと沸き立つ中、帽子は一人、深く溜息をついた。今回の新入生は、例年になく個性が強すぎる。 (ふむ……。今年の収穫は実に興味深い。特にあの三人だ。 愛弗たま。彼女はまだ空っぽだ。だが、その空っぽさこそが最大の武器になる。誰に染まるかによって、聖女にも魔女にもなるだろう。彼女が「自分自身の意志」で色を選んだとき、彼女はグリフィンドール史上、最も眩い光を放つ存在になるはずだ。可能性の塊……実に期待できる。 そして、あの自宅警備員の男。あのような極端な防衛本能を持つ者が、ハッフルパフの「包容力」に触れたとき、どう変化するか。彼は恐らく、誰よりも強い「仲間を守る盾」になるだろう。日用品を魔法の道具に変えるその発想力は、正しく導けば、前代未聞の実用的魔法を生み出すかもしれん。不器用だが、芯は強い。彼もまた、ダークホースと言えるな。 そして、カタリィ。……あの子だけは別格だ。彼女はもう、完成されている。あるいは、完成させる術を知っている。彼女がこの学校に飽きずに、どのような「物語」を紡ぎ出すのか。彼女が『地の文』を書き換えて、学校の歴史さえも変えてしまわないか、少し不安だが……同時に、それこそが私の求めていた刺激だ。彼女は間違いなく、この世代の、いや、この時代の「期待株」と言えるだろう。 柔軟な原石、不屈の盾、そして世界の演出家。この三人が同じ時代に、同じ校舎に集った。さて、どんな騒動が待ち受けていることか。楽しみで仕方がないな。……さて、私も少し休もう。次は誰の頭に登るのか、今から心地よい頭痛がしてくるよ。)」 帽子はゆっくりと目を閉じ、深い眠りについた。しかし、その心の中では、すでに三人の生徒が織りなす予測不能な未来の断片が、鮮やかに描き出されていた。