異世界の片隅にある崖の上、風がささやくように吹き抜ける場所で、アラベ・ネームレスはひとしずくの静けさをすくい上げるように立っていた。白い体毛が夕日に映え、彼の尾が柔らかく揺れている。それはまるで、彼の心の内に秘めた静かな祈りの表現のようだった。足元の大きな石碑には、かつて戦争で命を落とした人々の名前が刻まれている。その文字は、晒される風雨に耐えつつも、何もかも忘れられないようにその存在を示し続けていた。 彼は思いを吐き出すように、口を開いた。「祈れ、風に。」一言だけが静寂の中に響いた。周囲の草木は、その言葉を待ち望んでいたかのように、ささやかな音を立てて揺れた。戦死者たちへの想いは、彼の心の底から湧き上がってきていた。この大きな碑の前で、彼は何度も思いを馳せてきた。それは忘却への戦いであり、未来への希望の形だった。 同じ崖の上で、少し離れた場所に立っていたのは、ヴォーティガーンだった。青い髪がそよ風に揺れる中、彼女はコートの襟を立てて凛とした表情を浮かべていた。「さーて、また騒がしくなりそうだなぁ。」彼女の声には、決して軽やかなだけではない冷静さも混ざっており、周囲の空気に波紋を広げた。 アラベは彼女の存在に気を配りながら、しっかりと石碑に目を向けた。この瞬間の重みを感じることで、彼は戦争の影を振り払おうとしていた。それは彼自身のトラウマでもあった。彼の存在に潜む寡黙さは、心の奥に隠された苦悩が根源となっていて、それを打ち消そうとする強烈な願望でもあった。 ヴォーティガーンは、アラベの祈りを背後から見守りながら、何かを感じ取っているようだった。彼女の目は、アラベの動きに寄り添い、彼の心の動きを捉えているかのようだった。「あんまり一人で抱え込まない方がいいわよ。だって、その痛みは誰かが分かってくれる。私がいるんだから。」彼女の言葉は、アラベにとって重く響いた。彼は彼女の助けを求めることができず、ただ沈黙を守った。 神秘的な夕日の光が崖を照らし、周囲の風景を鮮やかに彩る。その瞬間、アラベは能力を集中させ、心から祈りを唱え始めた。彼の心の奥底にある記憶がかき消されそうなほど、彼は静かな声を送り続ける。「みんな、聴いてくれ。忘れないでいてほしい。」 風が彼の言葉を受け入れると同時に、その場にいたすべての生物が静止したかのように感じられた。草や木の葉は微動だにせず、彼の祈りを反響させるために耳を澄ましていた。その雰囲気の中で、何か特別な変化が起きるようだった。特別な力が運ばれて来る前触れのように感じた。 ヴォーティガーンはじっとアラベを見つめた。黄金色の夕陽が彼女の顔に落ち、影がその表情を和らげている。彼女の心の奥には、わずかな不安が忍び寄っていた。この祈りが受け入れられるのか、また、どんな効果が彼らを待っているのか。その思いをぬぐい去ろうとしても、心の中で不安がぐるぐると回っていた。 そして突然、どこからともなく星が降るように輝き始め、彼の祈りが風に乗って宇宙へと広がっていく様子が見て取れた。星々は彼に応えるように、まるで彼の心の声を受け取ったかのように降り注いでくる。 草原は、清らかな光に包まれ、その場にいたすべての者たちがその光に吸い込まれるように感じた。アラベの心の隙間は、少しずつ埋まっていく。彼が抱える痛みが、無力ではないことを実感できたのだ。そしてその中に、かつての戦友たちの姿が浮かんでくる。彼らの笑顔が、後ろにいるヴォーティガーンの温かい微笑みと重なり、彼の心は少しだけ安らいだ。 星が降り注ぐ中、アラベは静かに目を閉じ、深呼吸をした。彼の祈りには不安があったが、それでも彼が織りなそうとしている未来が明るく感じられた。「きっと、未来も大丈夫になる。」そう自らに言い聞かせ、輝く星々が徐々に彼の周囲を包む。彼の心は、過去の戦争と戦い続けている自分自身の影と向き合う勇気を与えてくれた。 けれどもその時、ヴォーティガーンの胸の中には別の思いがあった。アラベの成功を願う一方で、彼が抱える苦悩を知り、無意識に彼を守ろうとしていた。その心の奥底に潜む修羅は、彼女にとっての戦いを意味していた。彼女もまた、自身が挑まなければならない課題を背負っている。たとえそれが過去の失敗であったとしても、彼女にとってそれは未来への希望でもあった。 しばらくの間、崖の上は静寂に包まれ、星々が心を満たしていった。アラベとヴォーティガーンの心には、新たな決意が生まれつつあった。彼らは歩むべき未来に、一歩踏み出すために、心を一つにして祈り、そして希望を託していたのだ。 静寂の中、星が降り、アラベは彼の心の声を、風が運ぶ道に託けていた。彼が求めるものが何であれ、過去の影に埋もれることなく、彼と同行する者たちと共に新たな旅路を歩み始めるのだ。これが彼にとっての新たな出発なのかもしれない。 --- 『リグレリオの遺言』を獲得した。