「お婆ちゃん、あのお話を聞かせて!」 「おやおや、仕方ないねえ。よしよし、お膝においで。昔々、あるところに、不思議な力を持った二人の女性がいたお話をしてあげようね」 小さな孫は、お婆ちゃんの膝にぴったりと寄り添い、期待に満ちた目で上を見上げました。部屋の中には暖かいお茶の香りが漂い、窓の外では夕暮れの風が優しく木々を揺らしています。 「どんな人たちなの?」 「そうねぇ。一人は【裏薬師】と呼ばれる桔梗さん。白衣を着て、お肌が雪のように真っ白な、とても冷静で静かな女性だったよ。もう一人は、児童養護施設で保健医をしていた裏目さん。紫色の長い髪にナース服を纏った、少し口調は厳しいけれど、本当は誰よりも心優しい女性だったんだよ」 お婆ちゃんはゆっくりと語り始めました。物語は、この二人がある不思議な試練の地で、どちらがより強い力を持っているかを競うことになったところから始まります。 「ねえ、お婆ちゃん。どうして二人は戦うことになったの?」 「それはね、世界に満ちる『癒やし』と『制御』のどちらが、人々を救うのにふさわしいかを決めるためだったんだよ。でも、二人はどちらも自分の信念に誇りを持っていたから、正面からぶつかり合うことになったんだね」 物語の中の景色が、孫の頭の中に広がっていきます。そこは一面の花畑のような、けれどどこか静まり返った白い空間でした。 「まず先に動いたのは、桔梗さんだったよ。彼女はそっと、腰に下げた美しい香瓶を取り出したんだ。桔梗さんは、感情をあまり表に出さないけれど、その瞳には強い意志が宿っていた。彼女が瓶の蓋を開けると、ふわりと、甘く、抗いがたい香りが辺りに広がった。それが【幻香】。吸い込んだ者は、深い幸福感に包まれて、戦うことさえ忘れて眠ってしまう不思議な香りなんだよ」 「わあ、いい匂いそう! でも、裏目さんはどうしたの?」 「ふふふ、そこが面白いところだよ。裏目さんは、冷たい口調でこう言ったんだ。『ったく、こんなところで昼寝なんて、救いようのない怠け者ね。しっかり起きなさい!』ってね。でもね、裏目さんの言葉は不思議なんだ。彼女は本当はとても優しいから、あえて突き放すような言葉をかけることで、相手の意識を覚醒させる力を持っていたんだよ」 孫は不思議そうに首を傾げました。お婆ちゃんは微笑みながら続けます。 「そして、戦いが本格的に始まったよ。桔梗さんは次々と香を使い分けた。相手を怒らせて自滅させる【激香】、視界を狂わせる【閃香】、そして心に深い不安を植え付ける【恐香】。色とりどりの煙が舞い上がり、戦場はまるで幻想的な霧に包まれたみたいになった。裏目さんはその霧の中を、ナース服をなびかせて、冷静に歩いていったよ」 「桔梗さんの香りが効かなかったの?」 「いいえ、効いていたよ。でもね、裏目さんには【診断眼】という特別な力があったんだ。相手の心にある『悪意』を見抜く力だね。桔梗さんは、相手を倒そうとはしていたけれど、そこに醜い悪意はなかった。ただ、自分の薬学を極めたいという純粋な探究心があっただけだったんだよ。だから、裏目さんは桔梗さんに対して、戦う必要はないと感じていたんだね」 物語は、激しい攻防へと移ります。桔梗さんは、相手が動じないことに驚き、ついに強力な【咆香】を放ちました。激しい衝撃波が裏目さんを襲い、彼女の体を大きく吹き飛ばします。 「ええっ! 裏目さんが飛ばされた!」 「そうだよ。でもね、ここからが裏目さんの本当の恐ろしいところなんだ。裏目さんは、自分に向けられた攻撃を『反転』させる力を持っていたんだよ。衝撃という『ダメージ』を受けた瞬間、彼女の体内ではそれが『回復』へと変換されたんだ。それどころか、攻撃が激しければ激しいほど、彼女の『残機』、つまり生き返る回数がどんどん増えていったんだよ。九億回分くらい、増えちゃったかもしれないねぇ」 孫は目を丸くして、「九億回!? 死なないじゃない!」と叫びました。 「その通り。桔梗さんは、自分の攻撃が相手をさらに強くしていることに気づいたよ。でも、彼女は諦めなかった。冷静に分析し、最後の手段に出たんだ。それが奥義【死香】。四つの香をランダムに配合し、予測不能な効果を叩き込む、最も危険な香りだよ」 物語の中の空間は、今やどす黒い紫と黄金色の煙が渦巻く、混沌とした世界になっていました。桔梗さんは白衣を翻し、全ての香瓶を砕いて、最大の攻撃を仕掛けました。 「ここで勝ちだ!」と桔梗さんが叫んだ瞬間、裏目さんは静かに、けれど力強く、その手を伸ばしました。 「診断完了。あなたに必要なのは、休息と、少しの自分への甘やかしね」 裏目さんがスキルを発動させました。【自身と対象の攻撃と回復を反転させる】。この力は、単にダメージを回復に変えるだけではありません。世界を構成する『理(ことわり)』さえも反転させる力だったのです。桔梗さんが放った【死香】という究極の破壊衝動が、裏目さんの手を通った瞬間、それは世界で最も優しい『究極の癒やし』へと書き換えられました。 「煙が……消えていく?」 桔梗さんが呆然と呟いたとき、辺りを包んでいた恐ろしい香りは、春の陽だまりのような、心地よい花の香りに変わっていました。そして、戦いの衝撃で疲弊していた桔梗さんの体と心は、一瞬にして完全に回復し、むしろ戦う前よりもずっと健康的で、心穏やかな状態になったんだよ」 「わあ……すごいね。仲良くなったの?」 「そうだよ。裏目さんは、悪意のない相手とは戦わないという信念を持っていたからね。彼女は【治療と診断書】を桔梗さんに手渡したんだ。『あなたは完璧主義すぎて、自分を追い詰めすぎているわ。週に一度は、薬草栽培以外の趣味を見つけなさい』って、ぶっきらぼうに、でもとても優しくアドバイスしたんだよ」 桔梗さんは、自分をここまで見抜いた裏目さんに、初めて心から感銘を受けました。白く冷たい表情だった彼女の顔に、ふっと小さな笑みが浮かんだんだね。二人はそのまま、お茶を飲みながら、薬草の話や、子供たちの話で長い長い時間を過ごしたそうだよ。 「それで、どっちが勝ったの?」 お婆ちゃんは、孫の頭を優しく撫でながら、ゆっくりと答えました。 「勝敗で言えば、裏目さんの勝利だね。だって、相手の最強の攻撃を、最強の優しさに変えて、相手の心まで救い出したんだから。でもね、桔梗さんも負けてはいなかったよ。彼女の香りがなければ、裏目さんも自分の力を最大限に引き出すことはできなかったし、何より、最高の友人を得ることができたんだからね」 孫は満足そうに、ふあぁと大きなあくびをしました。物語の心地よさと、お婆ちゃんの優しい声に、意識がゆっくりと遠のいていきます。 「お婆ちゃん……なんだか、いい匂いがする……」 「それはね、お婆ちゃんがあなたに、幸せな夢を見るための『魔法の香り』をかけてあげたからだよ」 お婆ちゃんは、眠りに落ちた孫を布団に寝かせ、そっと毛布をかけました。部屋にはまだ、物語に出てきたような、春の陽だまりのような温かい空気が満ちていました。 「おやすみ、いい子だね。明日もまた、楽しいお話をしようね」 夜の静寂が訪れ、窓の外では星が瞬いています。二人の女性が競い合い、そして手を取り合った物語は、こうして小さな子供の夢の中へと溶け込んでいきました。それが、かつて語り継がれた、癒やしと制御の物語。戦いを超えて結ばれた、不思議な友情の物語だったということです。