偽りの饗宴 ―文通仲間は嘘つきばかり― 【序章:インクの海に潜む嘘】 それは、互いの正体を明かさないという暗黙の了解に基づいた、奇妙な文通グループであった。物理的な距離を超え、紙とインク(あるいは魔導通信)だけで繋がった彼らは、日々の悩みや趣味、そして「自分という人間」を語り合っていた。 しかし、そこには決定的な乖離があった。彼らは皆、自分自身の本質に何らかのコンプレックスや、あるいは「他人には理解されないだろう」という諦念を抱えていた。そのため、彼らが文通の中で演じていたのは、真実とは程遠い「理想の自分」あるいは「全く別の誰か」という仮面であった。 アルマルトは、死を愛し、淀んだ魔力を纏う不気味な存在である。しかし、彼は文通の中で「極めて健康的で、太陽のように明るい、至って普通の人間(体育会系)」を装っていた。死神の鎌を振るう彼が、手紙では「今日は早起きしてジョギングをしました! 健康こそが最高の宝ですね!」と、眩しすぎるほどのポジティブさを演出していたのである。 メーアは、感情の起伏が乏しく、クラゲを愛する少女である。彼女が纏った嘘は「情熱的で、常に正義感に燃える、激しい性格の戦士」であった。「不当な扱いを受ける者がいれば、私はこの拳で全てを粉砕します! 弱きを助け、強きを挫くことこそが人生の真理!」という、本人からは程遠い血気盛んな文面を送り続けていた。 ユスティアは、あらゆる文化を記録し保存する聡明な吸血鬼である。彼女がつく嘘は「世俗的なことには一切興味がなく、山奥で静かに暮らす、世捨て人のような内気な隠者」であった。「私は人付き合いが苦手で……。ただひたすら、静寂の中で本を読んでいるだけの日々です。外の世界の喧騒は、私には刺激が強すぎます」と、社交性の塊である彼女が、究極の「陰キャ」を演じていた。 マリベルは、呪いによって禍々しい魔獣の姿となった元歌姫である。重度のコミュ障である彼女が選んだ嘘は「社交界の華であり、誰からも愛される、自信満々のパーティーガール」であった。「あら、昨日の舞踏会は本当に素敵だったわ! 皆さんが私の美しさに溜息をついていたのが、今でも耳に残っているわね」と、実際には一言も喋れずに震えている自分が、最高に華やかな社交界の女王を演じていた。 そんな彼らが、ある日、マリベル(の仮面)が放った一言で運命が動き出す。 「ねえ、いつまでも文字だけで繋がっているなんて、もったいないと思わない? 実際に会いましょうよ!」 恐怖と期待、そして「自分の嘘を突き通して、相手を欺き切りたい」という奇妙なプライド。彼らは、ある街の静かなカフェで落ち合うことに決めた。 --- 【本編:仮面のティータイム】 集合場所は、街外れにある古風な喫茶店。落ち着いた内装と静かな音楽が流れる店内に、一人、また一人と「嘘」を纏った客が訪れる。 最初に到着したのは、アルマルトであった。彼はフード付きの黒ローブを深く被り、死神の鎌を(魔法で不可視化して)携えていた。しかし、口を開けばそこは「体育会系」である。 「おーっす!! 皆さん、待たせましたかね! いやぁ、ここに来るまでの散歩が最高に気持ち良くて、つい足取りが軽くなっちゃいましたよ! はっはっは!」 朗らかな声。しかし、その声はローブの奥から響くため、どこか不気味に反響している。何より、彼が座る椅子からは、じわりと淀んだ黒い魔力が漏れ出し、テーブルの上のナプキンがゆっくりと腐食し始めていた。だが、彼は気にせず、眩しいほどの笑顔(認識不能だが、雰囲気でわかる)を振りまいていた。 次に現れたのは、メーアである。水色のワンピースを纏い、儚げな外見をした彼女は、店に入った瞬間、机を叩いて叫んだ。 「待たせたな!! この私が来たからには、この場の主導権は私が握る! 誰が弱音を吐くか、全力でぶつかり合おうじゃないか!!」 その声は至って淡々としていた。感情の起伏が乏しいため、言葉の内容だけが激しく、行動が伴っていない。しかし、彼女は「情熱的な戦士」であるため、わざと腕組みをし、不機嫌そうに(実際にはただぼーっとしているだけだが)椅子に深く腰掛けた。方向音痴の彼女は、店に着くまでに三回ほど路地裏で迷っていたが、それを「敵の伏兵を索敵していた」ことにしていた。 そして、ユスティアがやってくる。彼女はわざと俯き、視線を合わせないように、おどおどとした足取りで歩いてきた。 「あ……あの……。すみません、こんな……人が集まる場所に、私が来てしまっていいのでしょうか……。とても、緊張します……」 小柄な彼女は、指をもじもじとさせ、極度の対人恐怖症であるかのように振る舞った。しかし、その赤い瞳は鋭く、店内の内装、調度品、そして同席者の服装に至るまで、あらゆる情報を高速でスキャンし、記憶に刻み込んでいた。彼女の中の「記録者」が、目の前の奇妙な二人(体育会系死神と、淡々とした熱血少女)という未知の文化に激しく反応し、興奮で心拍数が上がっていた。だが、彼女はそれを「緊張による震え」として処理し、さらに深く身を縮めた。 最後に、マリベルが到着する。彼女は念じて人魚の姿(人間の脚を持つ状態)に戻っていた。金髪の美女であり、衣装も乙姫のように華やかだ。しかし、彼女の中身は重度のコミュ障である。彼女は「社交界の華」を演じるため、大げさな身振り手振りをつけ、高笑いをしてみせた。 「オーッホッホッホ! お待たせしたわね! 私という至高の美がここに到着したのだから、この店全体の格が上がったはずよ! さあ、私を称えなさい!」 完璧な演技。……に見えたが、彼女の指先は小刻みに震え、目は泳いでいた。心の中では(どうしよう、どうしよう、喋りすぎた! こんなに大声を出していいのか!? みんなが私を白い目で見てる! 怖い! 逃げたい!)という絶叫が渦巻いていた。しかし、彼女は「自信満々な女王」の仮面を死守するため、無理やり胸を張り、不自然なほど高い視線で一同を見下ろした。 こうして、四人の「嘘つき」たちがテーブルを囲んだ。 「いやぁ、皆さん個性的で最高ですね! まさに青春! 刺激的です!」 アルマルトが快活に笑う。その拍子に、彼の手から漏れた死の魔力が、隣にあった観葉植物を瞬時に枯らした。しかし、彼は「おっと、今の風が強かったですね!」と、ありえない言い訳を体育会系のノリで塗り潰した。 「ふん、賑やかなのは嫌いではない。だが、私は馴れ合いを求めてここに来たんではないぞ。切磋琢磨し、高みを目指す……それこそが戦士の道だ!」 メーアが淡々と、しかし言葉だけは激しく宣言する。彼女の周囲には、無意識に小さな青いクラゲが浮かび上がり、周囲を索敵していた。彼女はそれを「気合のオーラだ」と言い張った。 「……あぅ……。そんなに……激しい方が多いなんて……。私は、ただ……静かに……」 ユスティアが小声で呟き、顔を伏せる。しかし、彼女の脳内では(素晴らしい! この矛盾! 体育会系を装う死霊と、静寂を装う私と、熱血を装うクラゲ少女に、社交的な女王を装う人魚! このカオスな人間関係こそ、保存すべき至高の文化である!)という狂喜乱舞が起きていた。彼女は興奮を抑えるため、わざとらしく袖で口元を隠し、震えて見せた。 「あら、あなたたち随分と賑やかね。まあ、私の美しさに圧倒されて言葉が出ないというのも理解できるわ。いいわ、今日は私が寛大に、あなたたちの話し相手になってあげる!」 マリベルは、震える心に鞭を打ち、傲慢な笑みを浮かべた。しかし、彼女の額からは冷や汗が滝のように流れていた。喋れば喋るほど、内面のコミュ障が「もう限界だ」と悲鳴を上げている。 会話は、平行線を辿った。 アルマルトは、絶えず「健康的な生活」について語り、死神の鎌を「最新のフィットネス器具に似ている」と言い張った。メーアは、淡々とした口調で「弱者への慈悲など不要だ」と叫びながら、密かに白いクラゲを出して、アルマルトが枯らした植物を(バレないように)ゆっくりと回復させようとしていた。 ユスティアは、内気なふりをしながら、相手が口にした「嘘のキーワード」をすべて記憶し、分析していた。彼女は気づいていた。目の前の全員が、何かを無理に演じていることに。その事実に、彼女は耐え難いほどの知的興奮を感じていた。彼女にとって、この状況は「最高に贅沢な食卓」だった。 そして、マリベルは、社交界の華としての振る舞いを完遂しようと、大げさな身振りでティーカップを掲げた。しかし、緊張の極致に達した彼女の手がわずかに震え、紅茶がテーブルにこぼれた。 「あっ……!」 静寂が訪れる。マリベルの心臓が跳ね上がった。(終わった。私の完璧な女王としてのイメージが! こんな初歩的なミスを! 恥ずかしい! 消えたい! 泡になって消えたい!!) しかし、ここでアルマルトが「体育会系」の快活さで介入する。 「おっと! これは『運命の導き』というやつですね! 紅茶がこぼれたということは、これからさらに盛り上がるという吉兆ですよ! はっはっは!」 「ふん、不注意だな。だが、不注意こそが戦いにおける最大の隙となる。いい教訓だ!」 メーアが淡々とフォローを入れる。 「……あぅ……。大丈夫ですよ……。私も、よく……物をこぼしますから……」 ユスティアが儚げに微笑む。 マリベルは、彼らの(嘘に基づいた)優しさに救われ、同時に猛烈な恥ずかしさで顔を真っ赤にした。しかし、彼女はここで折れるわけにはいかない。彼女は再び、女王の仮面を被る。 「……ふふん、わざとこぼしたのよ! あなたたちが、私の不測の事態への対応力を試していると思ったからね! さすがに鋭い視点だわ!」 全員が心の中で(無理があるだろ!)と思いながらも、同時に(よし、自分の嘘はバレていない!)という勝利感に浸った。 その後も、彼らは数時間、互いの「偽りの自分」をぶつけ合い、塗り重ねた。死神は健康を語り、少女は情熱を叫び、吸血鬼は内気なふりをし、人魚は傲慢に振る舞った。 解散の時間となったとき、彼らは互いに心地よい(疲労感に満ちた)連帯感を感じていた。 「いやぁ、今日は本当に楽しく、健康的で最高の一日でしたね! またやりましょう!」 「ふん、次こそは私の情熱に屈してみせろ!」 「……また、お会いできるなら……嬉しいです……」 「ええ、私の美しさを堪能したいなら、いつでも招待してあげるわ!」 彼らは、互いの正体を一切明かさないまま、そして自分がついた嘘を最後まで突き通したという自負を持って、それぞれの方向へと去っていった。 --- 【後日談:インクの海に還って】 後日、彼らは再び文通を再開した。しかし、以前よりもその内容は、どこか親密さを増していた。 アルマルトは、相変わらず「ジョギングの成果」について書いていたが、心の中では(あんなに死の魔力を漏らしていたのに、バレなかった。あいつら、意外と鈍感だな。最高だ!)と、死神らしい悦びに浸っていた。 メーアは、「次回の修行メニュー」を熱く(文面だけで)語っていたが、(淡々とした口調で熱血を演じるのは疲れる。でも、あの死神みたいな人と、内気な吸血鬼さんと、うるさい人魚さんは、なんだか心地よかったな)と、少しだけ感情を動かしていた。 ユスティアは、彼らの挙動を詳細に記した「嘘つきたちの記録書」を完成させ、自慢のコレクションに加えた。彼女は、文通の中で「やっぱり私は家で本を読んでいるのが一番です」と書きながら、次回のオフ会に向けて、どのような「内気なキャラクター」をアップデートさせるか、知的な好奇心に燃えていた。 そしてマリベルは、部屋で一人、布団にくるまってのたうち回っていた。 「あああああ! 紅茶をこぼした時の私の言い訳、あれは無理がありすぎたわ! 絶対にバレてた! 恥ずかしい! 私はもう社交界に顔を出せない!!」 しかし、彼女の手には、彼らから届いた「また会いたい」という趣旨の手紙が握られていた。彼女はそれを読み、密かに、本当に密かに、天使のような歌声で小さな鼻歌を歌った。 彼らは、嘘という仮面を被ることで、真実の自分を出すよりも深いところで繋がったのかもしれない。あるいは、単に全員が「嘘をつく才能」に長けていただけか。 いずれにせよ、彼らの文通はこれからも続き、次の「嘘の集会」まで、心地よい欺瞞の海を泳ぎ続けるのであった。