月が赤く染まった夜であった。深い森の奥に佇む、時代に取り残されたかのような巨大なゴシック様式の邸宅。そこは今、血と鋼が交錯する残酷な舞台へと変貌しようとしていた。 チームA。血鬼の頂点に君臨し、幻想の遊園地を創り上げた荘厳なる第一眷属、ドンキホーテ。そして、金髪をなびかせ、幼き外見に底知れぬ残酷さを秘めた無慈悲な月夜の女王、クリスティ・F・ヘルダーリン。 チームB。寡黙に刃を研ぎ、死すらも拒絶する白き亡霊を宿した孤高の剣客、西舞。 邸宅の広大なホール。シャンデリアの光が不気味に揺れる中、彼らは対峙した。 「ごきげんよう、素敵な夜ね」 クリスティが鈴を転がすような甘い声で微笑む。彼女の鮮紅の瞳が、対面に立つ無表情な男、西舞を捉えた。「ここに口づけを頂戴。貴方の絶望が、私にとって最高の晩餐になるわ」 ドンキホーテは静かに、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら隣に立つ。その佇まいは穏やかでありながら、同時に全てを睥睨する王のそれであった。 「其方、なかなかに鋭い気配を纏っているな。だが、この夜の主は我らだ。静かに眠れ」 西舞は答えない。ただ、腰に帯びた不壊の大太刀『影断』の柄に手を掛け、低く重心を落とした。彼の瞳――『真眼』が、二人の血鬼の肉体の構造、魔力の流れ、そして数秒後に起こる未来の断片を冷徹に映し出す。 接敵 静寂を破ったのは、クリスティだった。彼女は軽やかに地を蹴ると、瞬時に蝙蝠へと姿を変え、視界から消える。『蠱惑せし輪舞曲』。物理的な攻撃を回避しつつ、西舞の死角へと回り込み、鋭い牙を突き立てようとする。 しかし、西舞の『真眼』はそれを逃さなかった。彼は振り返ることなく、ただ最小限の動きで大太刀を抜き放つ。キィィン、という鋭い金属音がホールに響き渡った。蝙蝠となって襲いかかったクリスティの牙が、影断の刃に弾かれたのだ。 「ほう……」 ドンキホーテが薄く笑う。彼はゆっくりと右手をかざした。瞬間、虚空から深紅の槍が形成される。 「貫かれよ」 二本の血の槍が、光速に近い速度で西舞の胸と肩を襲った。逃げ場のない、必殺の突き。だが、西舞はそれを避けない。彼は太刀を縦に構え、あえて攻撃の軌道上に刃を置いた。『勝割』。槍の衝撃を刃で受け流し、同時にその反動を利用してクリスティの方向へと回転し、斬撃を繰り出す。 クリスティは空中で身を翻し、辛うじて致命傷を避けたが、ドレスの裾が鋭く切り裂かれた。彼女の頬に一筋の血が流れる。 「あら……。私に傷をつけたわね?」 クリスティの瞳に、嗜虐的な悦びが宿る。彼女は指をパチンと鳴らした。『宵闇の円舞曲』。彼女の影から、三人の女性眷属が這い出した。彼女たちは肌を露出させた妖艶な姿でありながら、手には骨のような鋭い爪と鎖を持っている。名前を『リリス』『モルガナ』『ヘカテ』。彼女たちは主の命令を待たず、獣のような速度で西舞へ襲いかかった。 戦闘 「殺しなさい、可愛い子たち」 クリスティがくすくすと笑う。眷属たちが放つ猛攻。リリスの爪が西舞の腕を裂き、モルガナの鎖が彼の足を絡め取ろうとする。しかし、西舞の動きは淀みない。彼は舞うように攻撃を回避し、あるいは最小限の斬撃で眷属たちの攻撃を切り裂いた。 だが、ドンキホーテが介入する。彼は戦場全体を見渡しながら、静かに呟いた。 「血の宴を始めようか」 ドンキホーテの能力が発動する。戦場で飛び散った眷属たちの血、そして西舞がわずかに流した血。それらが空中で凝固し、ドンキホーテの周囲に『血餐』として集積していく。同時に、西舞の体には『出血』の状態異常が付与されていた。 西舞が剣を振るうたび、その傷口から血が噴き出し、体力が削られていく。しかし、西舞の表情は変わらない。彼の内側にある『火烏ノ呪イ』――白き亡霊が、宿主である彼の死を許さず、強引に細胞を再生させ、意識を覚醒させていく。 「……っ!」 西舞は、自分を拘束しようとしたヘカテの首を瞬時に斬り飛ばした。同時に、彼女の血を浴びたことで、ドンキホーテの『血餐』がさらに膨れ上がる。ドンキホーテは、その蓄積されたエネルギーを使い、自身の身体能力を爆発的に向上させた。 ドンキホーテの姿が消えた。次の瞬間、西舞の目の前に血の槍が突き出される。 「貫かれよ。二度目は無いぞ」 ドシュッ!という鈍い音が響く。西舞の肩に深く槍が突き刺さった。最大体力値が削られ、激しい『出血』が付与される。だが、西舞は槍に刺さったまま、至近距離から『影断』を横に薙いだ。 「……酒呑」 剛力が込められた一撃。ドンキホーテの腹部を太刀が捉え、そのまま彼を床へと叩きつける。邸宅の豪華な大理石の床が、凄まじい衝撃で粉砕された。 「ぐっ……! 素晴らしい。この痛み、この渇き……たまらないな」 ドンキホーテは口端から血を流しながらも、恍惚とした表情を浮かべていた。ダメージを受けるたびに得られる『消えない渇き』。それが彼の攻撃力をさらに底上げし、出血の威力を倍増させていた。 激闘 戦闘は泥沼の消耗戦へと突入した。クリスティは『囁きの小夜曲』を使い、目に見えない荊の拘束で西舞の動きを制限しようと試みる。西舞はそれを強靭な精神力と剣気で強引に引きちぎるが、その隙にクリスティが背後に回り込み、その白い首筋に牙を立てた。『甘美なる終曲』。 「ふふっ、美味しい……」 クリスティが西舞の血を啜り、その生命力を吸収する。同時に、西舞の戦意が削がれ、身体が重くなる。しかし、西舞の瞳――『真眼』は、絶望的な状況下でこそ冴え渡った。 (……ここか) 西舞は、自分の血を吸い上げているクリスティの喉元を、抜き身の刀の柄で強打した。不意を突かれたクリスティが後方へ吹き飛ぶ。そこへ、ドンキホーテが再び襲いかかる。血の槍が嵐のように降り注ぎ、邸宅の壁や柱を飴細工のように破壊していく。 「其方、しぶといな。だが、もう限界だろう」 しかし、西舞は静かに目を閉じた。深く、静かな呼吸。周囲の雑音が消え、世界の鼓動だけが聞こえる。 「……迷絶」 西舞の身体から、白く、冷たいオーラが立ち昇った。覚醒。彼は己の『境地』へと到達した。もはや出血のダメージなど気にならない。火烏の呪いが彼を死の淵から引き戻し、限界を超えた身体能力を付与する。彼の周囲に、白き炎が揺らめき始めた。『火翼』の発動である。 「な……!?」 クリスティが驚愕に目を見開く。もはや彼は、単なる人間ではなかった。死を纏い、生を拒絶する、歩く天災であった。 西舞は地を蹴った。その速さは、血鬼である二人の視覚さえも置き去りにした。一閃。クリスティの召喚していた眷属たちが、一瞬にして塵へと変わる。彼女たちが消滅する際、ドンキホーテはそれを『血餐』として吸収し、自身の傷を瞬時に完治させた。 「面白い。本当に面白い! 私の人生でこれほどの快楽を味わったのは初めてだ!」 ドンキホーテが咆哮する。彼の周囲に数百本の血の槍が展開され、一斉に西舞へと降り注いだ。邸宅の屋根が崩落し、月光が直接彼らを照らす。爆炎と血の雨が降り注ぐ中、西舞はただ真っ直ぐに、ドンキホーテへと突き進む。 死亡者 激闘の果てに、犠牲が出た。クリスティが召喚した眷属、リリス、モルガナ、ヘカテは、西舞の容赦ない斬撃によって完全に消滅した。彼女たちは魂レベルで断ち切られ、もはや『紅き鎮魂歌』で復活させることすら叶わない完全な死を迎えた。 そして、クリスティ自身も限界に近づいていた。西舞の『火翼』による炎が、彼女の深紅のドレスを焼き、その美しい肌に深い火傷を刻んでいた。彼女は喘ぎながら、ドンキホーテの背後に隠れる。 「ドンキホーテ……! あの方を、あの方を殺してちょうだい!」 ドンキホーテは笑っていた。だが、その笑みはもはや穏やかなものではなかった。血に飢えた、純粋な捕食者の笑みである。 「ああ、もちろんだ。だが、その前に……この最高の獲物を、私のコレクションに加えたい」 決着 西舞は止まらなかった。彼は大上段に構えた。もはや言葉は不要。彼の全存在を、全記憶を、そして火烏の呪いの全てを、一振りの刃に込める。 『裂天割地』 それは、遍く捨て去った者のみが辿り着く到達点。天を裂き、地を割り、時間と次元さえも断ち切る神撃。白き炎が巨大な柱となって夜空を突き抜け、邸宅の残骸を、そしてその場の空間そのものを切り裂いた。 「……我が真髄、篤と見よ」 ドンキホーテは、その一撃を真正面から受け止めた。彼は血の槍を盾にし、全魔力を防御に回したが、次元を断つ刃に防御など意味をなさない。太刀はドンキホーテの身体を、そして背後にいたクリスティを、一瞬にして真っ二つに切り裂いた。 静寂が戻った。 血の槍は霧散し、崩れ落ちた天井から月の光が降り注ぐ。ドンキホーテとクリスティは、血の海の中で、呆然と自分の身体を見つめていた。彼らの再生能力をもってしても、次元ごと切り裂かれた傷は塞がらない。 「……ふふ。完敗だ。これほどまでに美しい斬撃を、見せてくれるとは……」 ドンキホーテは満足げに微笑み、ゆっくりと灰となって消えていった。 クリスティは、最後に一度だけ、西舞を見た。彼女の瞳からは血の涙が流れていた。 「……最悪の、夜ね……」 彼女もまた、光の粒子となって夜風に溶けていった。 勝利したのは、チームB。西舞である。 彼はゆっくりと刀を鞘に納めた。衣服はボロボロに裂け、全身から血が流れていたが、その瞳には変わらぬ静寂が宿っていた。彼は一度だけ、消え去った敵たちへ向けて静かに会釈をすると、崩壊した邸宅を後にし、闇の中へと消えていった。