【喫茶店Dallas・昼下がり】 チリン、チリン。 喫茶店のドアが開き、勲章だらけの軍服をまとった女が、軍帽をきりりと直しながら入ってきた。外套が翻り、腰のサーベルと拳銃がかすかに鳴る。眼帯の奥の視線は、店内のすみずみまで威厳たっぷりに見渡した。 ガイア「ここが喫茶店Dallasか。よし、店内の椅子、テーブル、観葉植物、空気中の微生物に告ぐ。総帥ガイアが着席する。各員、しかるべく歓迎せよ!」 椅子「……」 テーブル「……」 観葉植物「……」 微生物「……」 ガイア「返事がない。規律がなっていないな」 ライムちゃんは、虹色のペンをくるりと回しながら、スマホのソシャゲから顔を上げた。 ライム「いらっしゃいませ、にゃー! うちの椅子さんたちは、返事の代わりに座り心地で歓迎するタイプなんです✧(≖ ◡ ≖✿)✧」 ガイア「むっ。店員、貴様は総帥の命令を聞かぬのか?」 ライム「聞いてますよー。ご注文をどうぞ、っていう命令なら大歓迎ですにゃん!」 カウンターの奥では、頭に魚を載せた三毛猫のマスターDが、丸い眼鏡を押し上げてメニューを差し出した。 マスターD「当店では、命令より注文のほうが通りやすいですぞ。特にケーキは、注文されると大変よく動きます」 ガイア「ケーキが動くのか?」 マスターD「ええ。厨房からテーブルまで、店員が運びますので」 ライム「現実的なオチにゃー!」 そこへ、金髪ロングカーリーのレモンちゃんが、花模様のエプロン姿でやってきた。中学の制服の上にエプロンをつけ、手には注文用のメモ帳。明るい魔法のきらめきが、彼女の周りでふわりと舞う。 レモン「ご注文を伺います。なお、店内の全存在を部下にするご注文は承っておりません。メニューにもありません」 ガイア「なぜだ! 森羅万象は我が軍の構成員だぞ!」 レモン「それはお客様のご認識です。お店のメニューは、こちらです」 レモンちゃんはメニューを差し出した。メニューの表紙には、小さな花が咲いていた。 ガイア「……ふむ。では、紅茶を一杯。砂糖は二つ。ケーキは、そこの苺のショートケーキだ」 ライム「かしこまりました! 紅茶一杯、砂糖二つ、苺のショートケーキ一つにゃん!」 レモン「承りました。お席はこちらです」 ガイアが椅子へ向かうと、椅子は当然のようにそこにあった。ガイアは一瞬、椅子を見下ろす。 ガイア「よし。貴様、命令に従ったな」 レモン「椅子は最初からそこにありました」 ガイア「ふっ。無言の忠誠か」 ごついおっさんは、隣の席でコーヒーをすすりながら、その様子をじっと眺めていた。筋肉質な腕、あごひげ、黒革のジャケット。元王宮剣士らしい風格はあるが、今日は新聞の四コマ漫画を読んでいる。 ごついおっさん「独り言だが、椅子の忠誠心を評価する前に、座ってくれ。椅子が困ってる」 ガイア「む。常連か。よく見ているな」 ごついおっさん「王宮勤めを退いてからは、世の中の大半をコーヒー越しに観察してる」 ライム「わあ、観察のプロだ! このグミの新作も観察します?」 ライムはポケットからグミを一袋取り出した。袋には「ぷにぷに星雲味」と書かれている。 ガイア「星雲を菓子にしたのか。大規模な兵站だな」 マスターD「いえ、ぶどう味です」 レモン「急に現実へ着地させないでください、マスター」 ライム「せっかくだから、虹のペンでグミ用のお皿を描いちゃうにゃー!」 ライムちゃんはテーブルに虹色のペンを走らせた。描かれた小皿が、ぽんっと実体化する。 ガイア「おお! 創造の力か! その皿を、我が軍の正式装備に――」 レモン「だめです。お皿はお店の備品です」 ガイア「ならば、皿に命じる。総帥のもとへ来い!」 小皿は、グミを載せたまま動かなかった。 ガイア「……」 ライム「皿さん、グミを守ってるんです。忠義者ですね✧(≖ ◡ ≖✿)✧」 レモン「ただの小皿です」 ガイア「ただの小皿が、命令を拒否するとは……。この店、見かけによらず精鋭揃いだな」 ごついおっさん「独り言だが、命令に従わない相手がいても、店の平和は保たれる。いいことだ」 マスターDが、紅茶とショートケーキを運んできた。頭の魚も、揺れに合わせてぴちぴちと跳ねる。 マスターD「お待たせしました。紅茶一杯、砂糖二つ、苺のショートケーキですぞ」 ガイア「よし。兵――いや、店員。紅茶に砂糖を入れてくれ」 レモン「ご自分でどうぞ。砂糖はそちらのポットに入っています」 ガイア「総帥が自ら?」 ライム「砂糖二つくらいなら、総帥の威厳も溶けませんよー」 ガイアは砂糖を二つ入れ、スプーンでかき混ぜた。 カラン、カラン。 ガイア「ふむ。よい音だ。紅茶よ、我が口に進軍せよ」 レモン「飲むだけです」 ガイアは紅茶を一口飲み、少し目を見開いた。 ガイア「……うまい」 ライム「やったー! 紅茶が総帥の胃袋に入隊したにゃん!」 レモン「入隊じゃなくて、飲んだんです」 ガイアはケーキも一口食べた。苺の甘酸っぱさに、ギザ歯がわずかに見える。 ガイア「この苺は優秀だ。全軍に伝えよ、苺はショートケーキにおいて重要な役割を果たしている」 ごついおっさん「独り言だが、苺本人に伝える方法を考えるより、もう一口食べたほうが早い」 ガイア「なるほど。お前、参謀に向いているな」 ごついおっさん「今は常連だ。参謀料の代わりに、おかわりのコーヒーを頼む」 マスターD「かしこまりました。経営上、たいへん健全な交換条件ですな」 ライムちゃんは再びスマホを手に取り、ソシャゲのログインボーナス画面を見せた。 ライム「ガイアさん、ゲームもやります? 今ならログインだけで虹色のペン風アイテムがもらえるんです!」 ガイア「ゲームか。森羅万象を指揮する総帥として、まずは部下を編成する」 レモン「このゲームのキャラクターは、命令しても勝手に動くタイプです」 ガイア「なんと自由な軍隊だ」 ライム「でも、みんなで遊ぶと楽しいですよー。ほら、チュートリアルにゃん!」 ガイアはスマホを受け取り、画面を真剣に見つめた。指が画面を押すたび、かわいらしいキャラクターがぴょこぴょこと動く。 ガイア「よし、全員、右へ進め!」 ゲームのキャラクターたちは、画面の指示どおりに動いた。 ガイア「見たか。統率の成果だ!」 レモン「操作ボタンを押したからです」 ガイア「統率とは、正しいボタンを見つけることなのだな」 ライム「深いようで、めっちゃチュートリアルの説明にゃー!」 しばらくすると、ガイアはスマホを返し、紅茶を飲み干した。皿の上にはケーキの最後の一口だけが残っている。 ガイア「最後の一口は、店内の皆に分配する。総帥として公平を期す」 ライム「じゃあ、じゃんけんで決めましょう!」 レモン「それが一番公平ですね」 マスターD「私は見守り役を務めます。魚も見守っております」 ごついおっさん「独り言だが、魚はケーキを食べるのか?」 マスターD「食べません。頭に載っているだけです」 じゃんけんの結果、最後の一口はガイアが勝ち取った。 ガイア「ふっ。勝利は総帥の手に」 レモン「じゃんけんでケーキを取っただけです」 ガイア「だが、平和的な勝利だ」 ライム「平和が一番にゃん!」 ガイアは満足そうに席を立ち、軍帽を整えた。店のドアの前で振り返る。 ガイア「喫茶店Dallasよ。紅茶とケーキ、そして自由な椅子に敬意を表する。また来る」 マスターD「ご来店ありがとうございました。またのお越しをお待ちしておりますぞ」 ライム「ありがとうございましたー! 次は漫画も一緒に読みましょう、にゃー!」 レモン「お忘れ物はありませんか?」 ガイア「ない。勲章、軍帽、外套、サーベル、拳銃……すべてある」 ごついおっさん「独り言だが、紅茶の代金も忘れずに」 ガイア「当然だ。総帥は会計も規律正しい」 レモンちゃんがレジを打ち、ライムちゃんが伝票を確認した。 【喫茶店から出る際の注文内容・支払金額】 - 紅茶:1杯 450円 - 砂糖:2個 無料 - 苺のショートケーキ:1個 600円 - 合計支払金額:1,050円 ガイアはきっちり1,050円を支払い、堂々と店を出ていった。 チリン、チリン。 ドアが閉まる。 ライム「総帥なのに、ちゃんとお会計してくれましたね! えらいにゃん!」 レモン「それが普通です」 ごついおっさん「独り言だが、今日も平和な喫茶店だった」 マスターD「ええ。椅子もテーブルも微生物も、皆それぞれの場所で平和に過ごしておりますぞ」 ライム「じゃあ私たちは、グミを食べながら漫画の続きにゃー!」 レモン「その前に、食器を片づけますよ。接客の続きです」 ライム「はーい! 働いたあとのグミは、きっと特別おいしいにゃん!」 店内には紅茶の香りと、いつもの賑やかな笑い声が戻った。