白熱のアリーナを、幾万もの歓声が揺らしていた。 円形の大地には氷晶、鉄片、黒い影、そして見慣れぬ幾何学模様が刻まれ、四つの入場門から戦士たちが姿を現す。 「さあ始まりました、超絶バトルロイヤル・アリーナァァァ! 実況は私、実況魔法少女サケビ! ずぅええええ! 本日の出場者は四名、勝者はただ一人ですっ!」 最初に、サケビが凍月冷奈へ駆け寄った。 「冷奈選手、意気込みをどうぞぉ!」 「私に聞くまでもないでしょう。全員、感じる間もなく、凍らせるわ」 「冷静! そして辛辣ぅ!」 次に、ヒトカゲの腰へ装備されたアイスの刀、アズキバへ。 「アズキバ選手はいかがですかぁ!」 『べ、別に浮ついてなんかいない! 俺がヒトカゲを勝たせる。邪魔する奴は、まとめて斬り伏せてやるさ!』 「刀身は刃長七十五センチ、純氷の呪物! 頼れる強がりさんですっ!」 ヒトカゲは無言のまま、影の中でゆらめいた。 「続いてシュメキリア選手! 意気込みをお願いします!」 「シュメキリアはキロメキサリアし、ノカムハリンにて全てを覆う。ヌツトヨロンヌトを見極め、勝利へ至る」 「何が起きるか分からない! でも絶対に只者じゃないどぅわあああああ!」 最後は空色ツインテールのエニールちゃんだった。 「エニールちゃん、どうぞ!」 「私は勝利を目的として戦闘します。あなたたちを無差別に破壊する意図はありません。……ですが、全力は出します」 「感情の芽生えを感じるコメント! それでは、試合開始ィィィ!」 鐘が鳴った。 同時に、シュメキリアの周囲から異様な波動が噴き上がった。砂塵が舞い、視界がねじれ、アリーナ全体がノカムハリンに覆われていく。 「いきなりフィールド支配だぁ! 視界が消える、音の方向も狂う、どぅわあああああ!」 その闇を、プラズマ弾が穿った。 エニールちゃんの右腕から連射された高熱弾が、空間を赤く照らす。だがシュメキリアのタヤサアテヒルコが弾道を歪め、直撃を許さない。 「防御を確認。通常射撃では有効打になりません」 両肩のシールドドローンが展開し、エニールちゃんを守る光膜を作る。直後、氷の槍が四方から飛来した。 「《穿つ氷柱》!」 冷奈が指を振る。無数の氷ビットがノカムハリンを裂き、エニールちゃんへ殺到する。 ドローンが防御フィールドを重ねた。氷柱が衝突し、青白い火花が弾ける。 「防御成功。ですが、外部温度が急低下しています」 「詰めが甘いのよ」 冷奈の姿が三つ、いや五つに増えた。 「《五里霧中》! 分身が暗闇を縦横無尽に駆けるぅ!」 分身たちが一斉に跳び、氷双剣・空椿が吹雪のように舞う。エニールちゃんはプラズマライフルを捨て、機械膂力で一体を殴り飛ばした。しかしそれは霧となって消え、背後から別の斬撃が迫る。 その瞬間、ヒトカゲが暗部から飛び出した。 アズキバの刃が冷奈の分身を横薙ぎに斬る。 『影斬! 才能も経験も、少し借りるぜ!』 斬られた分身の動きが鈍る。冷奈は即座に本体へ戻り、氷の足場を滑走した。 「私の経験を剥ぎ取る? 面白いわ。なら、剥ぎ取れるものが残らない速度で戦うだけ」 《トリプルアクセル》。 三連続の鋭い蹴りがヒトカゲを襲う。だがヒトカゲは紙一重で影へ潜り、次の瞬間、エニールちゃんの足元に現れた。 エニールちゃんは反射的にシールドドローンを下降させる。ヒトカゲの刃がドローンの装甲を裂いた。 「機械兵装の損傷を確認。回路掌握術を実行します」 エニールちゃんが手を伸ばし、ドローンへ電気信号を送り込む。だがアズキバが刀身を叩きつけ、接触を妨害した。 『俺の前で機械を奪うな! 仲間を守るのは俺だ!』 「知性を持つ呪物。直接操作は困難です」 エニールちゃんの銀色の瞳が、わずかに揺れた。 「あなたは……仲間、という概念を重視するのですね」 『うるさい! それが何だってんだ!』 その会話を、シュメキリアは見逃さなかった。 ノカムハリンの奥から無数の光が伸び、全員の足場を縛る。冷奈は氷で拘束を砕き、エニールちゃんはドローンで切断し、ヒトカゲは影へ逃げ込んだ。 しかしシュメキリアの防御は崩れない。 「シュメキリアのタヤサアテヒルコは健在! 攻撃が届かない、効かない、まるで世界そのものが拒んでいるぅ!」 「ならば、世界ごと凍らせる」 冷奈は腰の氷の砂時計を抜いた。 「《氷の砂時計》」 砂が落ちる。 音が消えた。プラズマ弾も、舞う氷片も、ヒトカゲの影も、シュメキリアの波動さえも、完全に停止する。 ただし、冷奈だけが動いていた。 彼女はシュメキリアの防御を観察し、最も薄い一点へ空椿を突きつける。だが、刃が触れる寸前、砂時計の砂が最後の一粒を落とした。 時間が戻る。 シュメキリアの防御が反発し、冷奈は大きく弾き飛ばされた。 「時間停止でも決定打にはならない! シュメキリア、恐るべき守りですっ!」 「……そう。なら、次は壊す」 冷奈の目が細くなる。 長期戦の影響か、シュメキリアの周囲の波動が変質した。ノカムハリンが渦を巻き、タヤサアテヒルコの密度がさらに増していく。 「何かが発動する! これは一体ぃ!」 「シュメキリアはヌツウテナヒルユヌエを発動し、ユテエサソゴネルヒとなる」 大地が鳴った。 巨大な光輪がシュメキリアの背後に現れ、アリーナ全体を押し潰す。エニールちゃんの装甲が軋み、冷奈の氷壁が砕け、ヒトカゲの輪郭が霧散しかける。 『ヒトカゲ!』 アズキバの叫びに応じ、ヒトカゲは一瞬で暗部へ復元した。だが、復元地点はシュメキリアの防御領域の内側だった。 アズキバが、シュメキリアの防御の核を見た。 『冷奈! あの防御、外から斬れないなら、内側を狙え!』 「指図するつもり?」 『勝ちたいなら使え! 俺の影斬は、形じゃなくて積み重ねを斬る!』 冷奈は一瞬だけアズキバを見た。 「……悪くない提案ね」 エニールちゃんが両腕を開いた。破損したドローンが、なおも稼働する。 「戦術を更新。私がシュメキリアの注意を引きます。冷奈、あなたは決定打を実行してください」 「あなた、私に命令しているの?」 「提案です。あなたは、勝利を望んでいる」 冷奈は薄く笑った。 「詰めが甘いわ。でも、今回は採用する」 エニールちゃんがプラズマライフルを最大出力で発射する。光弾の雨がシュメキリアの防御へ集中し、ノカムハリンが大きく揺らいだ。 ヒトカゲはその隙に内部を駆け、アズキバの刃を振り抜く。 『影斬!』 シュメキリアの防御を支えていた力が、わずかに削がれた。 「今よ」 冷奈が滑った。 氷の道を蹴り、《五里霧中》で無数の分身を生み、《穿つ氷柱》で退路を塞ぐ。シュメキリアの光輪が全てを押し返す。だが冷奈は止まらない。 「《冰白ノ月光》」 絶対零度の超速斬撃乱舞。 空椿が閃き、氷、光、影、波動が一つの白い奔流へ変わる。シュメキリアの防御領域に亀裂が走った。 エニールちゃんは損傷したシールドドローンを冷奈の前へ突進させ、最後の防御壁を作る。 「あなたの攻撃を通します」 「壊れるわよ」 「承知しています。……私は、勝利したい」 ドローンが爆ぜた。 その一瞬、冷奈の斬撃が防御の核を貫く。ヒトカゲの影斬が核の力を削り、アズキバの純氷の刃が亀裂を押し広げた。 シュメキリアの防御が崩壊する。 「どぅわあああああ! ついに突破ァァァ! しかし全員、限界寸前ですっ!」 シュメキリアはなお立っていた。だが、その身を覆う力は消えている。 「シュメキリアはまだ戦える」 彼女が手を掲げる。残った波動が四方から集束する。 冷奈は砂時計へ手を伸ばした。しかし、砂はほとんど残っていない。 エニールちゃんのナノリペアが傷を修復する。ヒトカゲは影へ消え、アズキバは冷奈の双剣と交差する位置へ移った。 「同じ手は二度通じないわ」 『なら、三度目を作る!』 「私が実行します」 三者が同時に動いた。 エニールちゃんの拳が地面を砕き、舞い上がった鉄片を回路掌握術で操る。無数の金属片がシュメキリアの視界を遮った。 ヒトカゲが暗部を渡り、アズキバが影から影へ斬撃を通す。 冷奈は氷の砂時計を反転させた。 「《氷の砂時計》……一瞬で十分よ」 世界が止まる。 冷奈はただ一歩だけ進み、シュメキリアの眼前へ立つ。空椿を振り上げる。 時間が戻る。 「これで終わり」 冰白ノ月光の最後の一閃が、シュメキリアを場外へ吹き飛ばした。 次いで、エニールちゃんの足元から影斬が走り、彼女の動きを奪う。アズキバが叫んだ。 『今だ、ヒトカゲ!』 ヒトカゲはエニールちゃんの背後へ現れた。だが、エニールちゃんは振り向きざまに腕を伸ばし、その影を掴む。 「捕捉しました」 機械の膂力が影を地面へ叩きつけた。ヒトカゲは霧散し、アズキバだけが砂上へ転がる。 『しまった……!』 エニールちゃんは冷奈へ向き直った。装甲は傷だらけ、シールドドローンは一基のみ。それでもプラズマライフルを構える。 「あなたが最後の対戦相手です」 「ええ。来なさい」 プラズマ弾と氷柱が同時に放たれた。 冷奈は氷壁を蹴り、滑走する。エニールちゃんは射線を変え、機械膂力で接近した。拳と双剣が何度も交錯する。 「あなたは強い」 「あなたもね」 エニールちゃんの拳が冷奈の肩を打ち、冷奈の蹴りがエニールちゃんの装甲を凍結させる。 「ナノリペア、稼働率低下」 「詰めが甘いのよ」 冷奈が身を沈め、《トリプルアクセル》。三連撃が装甲の関節を凍らせた。 エニールちゃんは最後のシールドドローンを冷奈へ衝突させる。冷奈は空椿で切り裂くが、その瞬間、プラズマライフルの銃口が目の前にあった。 「勝利判定のため、最大出力を使用します」 冷奈は氷の砂時計を見た。砂は、もう一粒しかない。 「感じる間もなく、凍らせるわ」 最後の砂が落ちる。 プラズマが止まった。 冷奈は銃口を逸らし、エニールちゃんの足元を凍らせる。時間が戻る。放たれたプラズマは空へ抜け、エニールちゃんの身体が場外線を越えた。 沈黙。 そして、アリーナが爆発した。 「決着ゥゥゥゥゥ! 勝者は《絶凍の魔法少女》、凍月冷奈選手ぅぅぅ! ずぅえええええええ!」 冷奈は双剣を収め、倒れた者たちを見渡した。 「勝った。ただそれだけよ。けれど……全員、悪くなかったわ」 サケビが順番に感想を聞いていく。 「冷奈選手、試合の感想と宣伝をどうぞ!」 「経験の差が出ただけよ。私の『氷双剣・空椿』と絶凍の力に興味があるなら、次の戦場で確かめなさい。詰めの甘い相手は、いつでも凍らせるわ」 「アズキバ選手!」 『負けたが、ヒトカゲはよくやった! 俺もまだまだだ。純氷の刃と影斬を覚えておけ! 次は誰にも仲間を倒させねえ!』 暗部からヒトカゲが戻り、無言でアズキバを拾い上げた。 「シュメキリア選手!」 「シュメキリアは敗北を記録する。次はヌツウテナヒルユヌエをさらに深くする。ノカムハリンとタヤサアテヒルコ、その全てを見届けよ」 「最後にエニールちゃん!」 「敗北しました。原因を分析し、戦術を更新します。あなたたちとの戦闘は、私の感情学習モジュールに新しいデータを与えました。……楽しかった、という表現が適切だと思います」 彼女は観客へ向けて小さく頭を下げた。 「私はエニールちゃん。射撃、機械操術、ナノリペアを搭載しています。次に会うときは、あなたを停止させます」 「以上、全員からの感想と宣伝でしたぁ! 勝者は一人、しかし戦いは全員の記憶に刻まれたぁ! 次回も白熱アリーナでお会いしましょう、どぅわあああああ!」