青い空がどこまでも続き、柔らかな風が草原を撫でる。そこは次元の狭間に位置する、争いのない穏やかな中立地帯であった。今日、この場所に集ったのは、互いの力を確かめ合い、親睦を深めるために訪れた二人の異能者である。 一人は、黒い魔女ローブを身に纏い、片目を不気味ながらもどこか愛嬌のある仮面で隠した幼女――【融合と錬創の魔女】メギス。もう一人は、静謐な空気を纏い、存在そのものが世界の空白であるかのような男――虚無の世界の住人、ワールス・ティアス。 「きゃははっ! あんたが噂の『虚無』さん? 見た目は地味だけど、中身は相当いい素材になりそうじゃない!」 メギスは小さな手を腰に当て、自信満々に笑い声を上げた。その口調は不遜であり、相手を小馬鹿にしたような、いわゆる「メスガキ」的な振る舞いである。しかし、その瞳には敵意ではなく、未知なる力に対する純粋で底なしの好奇心が燃えていた。 対するワールスは、淡々とした表情で彼女を見下ろしている。彼の周囲には、常に不可視の壁のような「拒絶」が漂っていた。あらゆる干渉を許さない、絶対的な孤独の領域。だが、彼もまた、この出会いを不快とは感じていなかった。 「……賑やかな子供だ。だが、その眼差しは研究者のそれだな。いいだろう、挨拶代わりに少々手合わせをしよう。怪我をさせぬよう、手加減は心得ている」 「手加減なんていらないわよ! ざーこ! あたしの魔法で、あんたの『虚無』を塗り潰してあげるんだから!」 メギスが指先を鳴らした瞬間、戦いの火蓋が切られた。といっても、それは殺し合いではなく、お互いの技を披露し合う、極めてカジュアルな力比べである。 メギスがまず繰り出したのは【融合の魔法】であった。彼女は周囲に舞う風と、足元の土、そして空間に漂う微かな魔力を瞬時に融合させた。結果として生まれたのは、意思を持つかのようにうねる「結晶化した嵐の触手」である。 「まずはこれで挨拶! えいっ!」 触手が猛スピードでワールスへと突き出される。しかし、ワールスは避ける素振りさえ見せない。触手が彼の身体に触れる直前、わずか5cmの距離で、その攻撃は文字通り「消滅」した。ワールスの常時展開されている【亜空間】による拒絶である。 「あれれー? 消えちゃった! やっぱり面白いね、あんたの力。触れる前に無に帰すなんて、最高に効率的な拒絶だわ!」 メギスは驚くどころか、むしろ興奮して飛び跳ねた。彼女にとって、自分の攻撃が消されることは失敗ではなく、「未知の解析データ」が得られたことを意味する。 「ふふん、次はどうかしら! 【錬創の魔法】! 今の『消滅』の概念を解析して……名付けて『空虚の弾丸』!」 メギスは先ほど自分の攻撃が消された現象をその場で解析し、それを自らの制御下に置いた新たな概念として再構築した。彼女の手のひらに、小さな黒い球体が形成される。それはワールスの拒絶能力を模倣し、さらに「融合」させたことで、防御を透過して相手に届く性質を持たせたものだった。 シュルル、と鋭い音を立てて弾丸が放たれる。ワールスは初めて、わずかに眉を動かした。 (私の能力を即座に解析し、概念として組み込んだか。なかなかの手際だ) 弾丸がワールスの【亜空間】に接触する。通常であれば消滅するはずだが、メギスの錬創した弾丸は「拒絶されること」を前提に設計されていたため、すり抜けて彼の肩を軽く叩いた。もちろん、本気ではないため、衝撃は心地よい拍子程度である。 「きゃははっ! 当たった! 見た? 今のはあたしの勝ちね!」 「……認めよう。君の適応能力は驚異的だ。では、私の番だ」 ワールスが静かに右手をかざすと、空の色が瞬時に変わった。快晴だったはずの空に、不気味な黒い雲が渦巻き、そこから無数の黒い矢が降り注ぐ。技名【死雨】。本来であれば魂を破壊する絶技だが、今の彼は出力を極限まで下げ、「当たると少しだけ眠くなる程度の軽い衝撃」に調整していた。 「わぁっ! 雨!? しかも真っ黒! かっこいー!」 メギスは慌てることなく、空に向かって両手を広げた。彼女は降り注ぐ【死雨】の概念と、自分自身の「好奇心」という感情概念を融合させた。すると、降り注ぐ黒い矢は空中で色を変え、色とりどりのキャンディのような形に変化して、メギスの周囲にふわりと舞い降りた。 「あーん! 美味しい! あんたの攻撃、甘い味がするわよ!」 「……攻撃を菓子に変えると。正気か、君は」 ワールスは呆れたように溜息をついたが、その口元には微かな微笑が浮かんでいた。常人であれば恐怖に震え上がるはずの【死雨】を、遊び道具に変えてしまう。この少女の精神的な強さと、概念操作の柔軟性は、彼にとっても新鮮な驚きであった。 二人はそのまま、数分間にわたって軽快な攻防を繰り広げた。メギスはワールスの【時音】による時間停止を「停止している時間の中で踊る」という矛盾した概念に変換して切り抜け、ワールスはメギスの【融合】による奇妙なモンスターたちを、タルタロスの一振りで優しく霧散させた。 「ねえねえ! さっきの時間停止、どうやってやってるの? 教えてよ! それとも、あたしが解析してコピーしちゃった方がいいかな?」 「ふふ、教えれば君はすぐに私の領域に踏み込んでくるだろうな。だが、その貪欲なまでの探究心は嫌いではない」 会話を交わしながら戦う彼らの様子は、対戦というよりは、高度な知的遊戯に近い。メギスはワールスの「拒絶」という壁をどうにかして突破することに心血を注ぎ、ワールスはメギスの「創造」がどこまで自分の虚無を侵食できるのかを観察していた。 しかし、そろそろ区切りをつける時が来た。メギスは最後の一撃を繰り出そうと、大きく息を吸い込んだ。 「よし、最後! あんたの『拒絶』と、あたしの『融合』、それにこの世界の『平和』な空気を全部混ぜ合わせて……特大の概念爆弾を作っちゃうよ! いっけー!」 メギスが作り出したのは、巨大な虹色の泡のような球体であった。それは爆発するのではなく、触れたものをすべて「お祭り騒ぎ」の状態にするという、極めて平和的かつ騒々しい概念の塊だった。虹色の泡がワールスを包み込もうとしたその瞬間、ワールスは静かに、しかし確実に、その本質的な能力を発動させた。 【概念書き換え】 ワールスは、メギスが放った「お祭り騒ぎ」という概念を、瞬時に「心地よい静寂」へと書き換えた。虹色の泡は、触れる直前で淡い白へと変わり、シュン……と静かに弾けて消えた。音一つない、完璧な静寂が二人を包み込む。 「……あちゃー。書き換えられちゃった。やっぱり、根本的な権能の強さはあんたの方が上みたいね」 メギスは頬を膨らませて悔しそうにしたが、その表情は満足げであった。彼女は地面にどさりと座り込み、足をバタバタとさせた。 「もう! ざーこ! あんなのズルいもん! でも、いい素材だったわ。あんたの力、あたしの研究ノートにたっぷり書き込ませてもらうからね!」 「好きにするがいい。私も、君のような予測不能な存在と接して、退屈しのぎになったよ」 勝敗を決めたのは、最後の一撃における「概念の優先順位」であった。メギスは既存のものを混ぜ合わせ、新しいものを生み出す「加算」の力。対してワールスは、あるべき姿を強制的に変更する「置換」の力。カジュアルな力比べであったが、結論として、完成された虚無を持つワールスが、メギスの創造を上回った形となった。 しかし、そこには勝ち負けのしがらみなどない。メギスはワールスのローブの裾を引っ張りながら、次なる実験の提案を始めている。 「ねえ! 次はあっちの山に、巨大なプリンを作って乗せようよ! あんたがそれを拒絶して消す役をやってくれたら、きっと面白い反応が出ると思うんだ!」 「……断る。私は静かに過ごしたいのだ」 「えー! いいじゃん! お願い! お願い! ねっ!」 「…………。まあ、たまにはそういう遊びも悪くないか」 結局、ワールスは彼女のペースに巻き込まれることになった。最強の拒絶を持つ男と、最強の好奇心を持つ魔女。正反対の二人が、草原を歩きながら賑やかに議論を交わす。その光景は、不思議と調和が取れており、世界の矛盾さえも心地よく溶け込んでいるように見えた。 メギスは満足げに笑い、ワールスは小さく溜息をつく。それは、新たな友情が芽生えた瞬間の、穏やかな音色であった。