影と白紙の迷路 霧深い山間の森を抜けた先、突然の闇が二人を飲み込んだ。アトラピスと夢野中は、互いに言葉を交わす間もなく、足元が白黒に塗り分けられた無人の田舎道へと踏み出していた。空は灰色に染まり、遠くから見知らぬ童謡が微かに響く。蛙の鳴声が、鴉の不気味な啼き声に混じり、耳にまとわりつくように重なる。 アトラピスは巨大な体躯を縮め、上品な声で吐息を漏らした。「この場所……神経を逆撫でするわ。影の気配が濃すぎる。私の領域に似ているのに、どこか歪んでいる。」彼の体の一部が影に溶け込み、八本の腕が警戒心から微かに蠢く。頭の四本の触手が空気を掴むように揺れ、封獄壺を構えようかと迷う。 夢野中はポケットから白紙の本を取り出し、ページをめくる手が震えていた。作家の卵として、数々の物語を夢見てきたが、この現実味のない世界は彼の想像を超えていた。「これは……小説のようだ。でも、僕の力で変えられるはず。」彼は本にペンを走らせようとするが、童謡のメロディが頭にこびりつき、集中を阻む。徐々に、精神の端が欠け落ちるような感覚が忍び寄る。 道は細く続き、最初の分岐が現れた。【小道】――長い畦道が、霧の彼方へ伸びている。二人とも進むことを選び、慎重に歩を進めた。アトラピスが影を操り、周囲を索敵する。「引き返すなど、品のない選択よ。まずはこの闇の正体を暴くわ。」夢野中は頷き、本を握りしめる。 しかし、数歩進んだところで夢野中が足を滑らせた。畦の端が崩れ、彼の体が傾く。「うわっ!」転倒の瞬間、道端に隠れていた【マンホール】が口を開けた。泣き声が下から響き、夢野中を飲み込む。アトラピスが触手を伸ばして引き戻そうとしたが、遅かった。夢野中は闇の底へ落ち、⚠️の警告音が響き渡る。もう戻れない――彼の叫びが、童謡に掻き消された。 アトラピスは一人残され、影を濃くして身を隠す。神経質に腕を変化させ、粉扇を振るうが、霧は晴れない。道は再び分岐し、【草原と椅子】が現れる。広大な白黒の草原に、ぽつんと椅子が佇む。アトラピスは近づかず、影から奇襲を試みるが、座らぬ限り花は咲かず、精神の崩壊は免れた。引き返す選択をせず、迂回して進む。 次に【交差点】が現れた。十字路に高速で車が往来し、轟音が精神を削る。アトラピスは鏡石の盾を展開し、影の世界へ一時的に逃れる。車は実体をなさず、幻影のように過ぎ去った。彼の神経は限界に近づき、触手が激しく震える。「この愚かな迷路……私の作品を汚すものなど、許さないわ。」 道は不規則に繰り返し、【小道】が再び現れる。アトラピスは慎重に進み、今度は転ばずに通過した。童謡と鳥獣の声が重なり、彼の精神に亀裂を入れる。衰見画を展開し、周囲の者を衰弱させようとするが、誰もいないこの世界では効果が薄い。 やがて、最後の選択が迫った。【標識とトンネル】――三角の標識に人の半身が描かれ、奥に黒いトンネルが口を開けている。アトラピスは影に溶け込み、引き返すことを選んだ。「入るなど、自らを溶かす愚行。私の領域はここではないわ。」しかし、引き返す道はもはや存在せず、霧が彼を包む。神経質な咆哮を上げ、封獄壺を放つが、すべてが虚しく響く。 トンネルの闇がゆっくりと迫り、アトラピスの体が影ごと溶け始めた。最後の一瞬、彼は作品の破壊を恐れ、激怒の叫びを上げたが、世界は白黒の静寂に飲み込まれた。 - 脱出者: なし - 脱落者: アトラピス、夢野中