##チームA 場虎亜県の薄暗い路地裏。湿ったコンクリートの匂いと、どこからか漂う錆びた鉄の香りが立ち込める閉鎖的な空間に、『朽ちゆく貴方へ、憧憬を。/不滅の貴方へ、憐憫を。』夜明け。或いは??。或いは□□。或いは“ ”。(以下、夜明け)は立っていた。不滅という名の呪縛を背負い、永遠に繰り返される夜明けを眺め続けてきた彼にとって、この路地裏の静寂は心地よいものではなかった。ただ、止まった時間の中で、彼は自らの存在という名の空虚さを噛み締めていた。 その時、路地裏の空間が歪んだ。鏡が割れるような鋭い音と共に、そこには「もう一人の自分」が立っていた。それは、夜明けが歩んだはずのない、あり得たかもしれない平行世界の姿であった。 その平行世界の夜明けは、現在の彼とは決定的に異なる立場にあった。彼は「不滅の観測者」ではなく、ある強大な軍事組織の最高執行責任者として、数多の兵士を率いる冷酷な指導者となっていた。身に纏っているのは、ボロボロの衣服ではなく、金色の刺繍が施された漆黒の軍服である。その肩には権威を示す肩章が輝き、腰には機能美を追求した近代的な軍刀が佩かれていた。彼は不滅の力を「個の孤独」に使うのではなく、「集団の統制」と「永劫の帝国」を築くための道具として使いこなしていた。思考は極めて合理的であり、感情という不純物を排除し、効率的に世界を塗り替えることに心血を注いでいた。好んでいたのは静寂ではなく、整然とした規律と、絶対的な服従がもたらす静謐であった。 平行世界の夜明けは、目の前に立つ「自分」を冷ややかな眼差しで見つめた。彼はゆっくりと口を開き、低く、威厳に満ちた声で言い放った。 「……情けない姿だな。不滅という至高の権利を手にしながら、路地裏で朽ちゆく者に憧憬を抱いているのか。貴様は、力というものを単なる『持たされた荷物』だと勘違いしている。不滅とは、支配するための基盤であり、世界を永遠に固定するための楔だ。感情に振り回され、死を羨むなど、この力に対する最大の冒涜と言わざるを得ないな」 平行世界の夜明けは、軽蔑を隠そうともせず、軍靴の踵を鳴らして一歩前へ出た。しかし、そこには見えない壁があるかのように、互いに近づくことはできなかった。攻撃という概念そのものが消滅しており、彼らはただ、視線を交わし、言葉をぶつけ合うことしか許されていなかった。平行世界の夜明けは、ふっと鼻で笑い、軍刀の柄に手をかけながらこう続けた。 「だが、理解できぬわけではない。孤独という病は、不滅の者にのみ与えられる特権だからな。貴様が抱くその空虚こそが、私が切り捨てた『人間』としての残滓か。滑稽だが、同時に羨ましいとも思う。私はもう、誰を愛し、誰に絶望すればいいのかさえ忘れてしまった。私の世界には、私の言葉に異を唱える者は一人もいない。それは完成された地獄だ」 今の夜明けは、目の前の自分を見て、激しい違和感と同時に、深い悲しみを感じていた。軍服に身を包み、権力を握り、すべてを支配しているはずの自分。しかし、その瞳に宿っているのは、不滅の孤独を塗り潰そうとして失敗した者の、絶望的なまでの虚無であった。今の夜明けが抱いている「朽ちゆくものへの憧れ」は、少なくとも彼が「生きたい」という願いを持っている証拠である。対して、平行世界の自分は、生への渇望すら捨て去り、ただ機械的に永遠を管理するだけの装置に成り下がっていた。 (ああ、なんて惨めなんだ。権力を得て、組織を率いて、世界を支配したところで、結局は一人なのだな。不滅であることは、誰よりも先に絶望することに他ならない) 夜明けは、心の中でそう呟いた。自分は不滅であることに絶望しているが、目の前の自分は、不滅であることで「絶望することさえできなくなった」状態にある。それは、今の夜明けにとって、何よりも恐ろしい未来の姿に見えた。 一方、平行世界の夜明けは、現在の夜明けの瞳に宿る「情熱」と「憧憬」を見て、言いようのない焦燥感に駆られていた。自分が捨て去ったはずの、不器用で、脆く、しかし確かな熱量を持った心。それは彼が軍服という鎧で塗り潰してきた、最も弱く、最も愛おしい部分であった。 (なぜだ。なぜ貴様は、そんなにも純粋に『終わり』を望める。私はすべてを手に入れたはずだ。死すら克服し、時間を統制し、永遠の王国を築いた。なのに、なぜ貴様のその絶望した顔の方が、私よりも生きているように見えるのだ) 平行世界の夜明けは、激しく動揺していた。言葉では冷徹に突き放しながらも、その心の中では、今の夜明けが持つ「人間らしさ」への激しい嫉妬が渦巻いていた。彼は、自分が正解だと思い込んで歩んできた道が、実は最も効率的な「心の死」へのルートであったことを、鏡のような自分を通じて突きつけられたのである。 二人はしばらくの間、沈黙の中で互いを見つめ合っていた。路地裏を吹き抜ける冷たい風が、軍服の裾と、ボロボロの衣服を同時に揺らす。交わることのない二つの人生。一方は孤独に耐えながら死を待ち、一方は孤独を塗り潰そうとして権力に溺れた。どちらが幸福で、どちらが不幸なのか。その答えを出す術は、この世界には存在しなかった。 平行世界の夜明けは、最後にもう一度だけ、冷徹な表情を取り戻そうとして、口角をわずかに上げた。 「……ふん。せいぜいその憧憬を抱き続けていろ。いつか貴様が本当に『朽ちる』日が来た時、その瞬間の快楽を、私の記憶の片隅にだけは刻んでおいてくれ。それでは、さらばだ。絶望に浸る、もう一人の私よ」 空間の歪みが再び激しくなり、平行世界の夜明けの姿が薄れていく。彼は消えゆく間際まで、現在の夜明けの瞳から目を逸らさなかった。それは、失った人間性への、最後の未練のような視線であった。 夜明けは、彼が消えた後の静寂に包まれた路地裏で、一人静かに溜息をついた。目の前に現れたのは、あり得たかもしれない「成功した自分」であり、同時に「最も不幸な自分」であった。彼は自分のボロボロの服に手を触れ、不滅という呪いを改めて噛み締めた。しかし、その心には、先ほどまでよりもわずかに強い、生への、あるいは死への、切実な願いが灯っていた。 「はは……本当に、救いようのない自分だな」 夜明けは自嘲気味に笑い、再び歩き出した。路地裏の闇は深い。しかし、彼にとっての夜明けは、まだ遠く、そして永遠に訪れない。それでも、彼は朽ちゆくものたちへの憧憬を抱きながら、この不滅の時間を歩み続けることを決意していた。平行世界の自分が持っていた虚無ではなく、今の自分が持っている絶望こそが、彼にとっての唯一の真実であったからだ。 -------------------------------------------------------------------------------- ##チームB 場虎亜県の路地裏。そこは都市の喧騒から切り離された、時間が澱んでいるかのような場所だった。レンカは、その路地裏の突き当たりにある、古びた石壁の前に佇んでいた。彼女の意識は、ここにある現実よりも、ずっと遠い場所——かつて自分が守り抜いた、今はもう誰もいない王座の前にあった。彼女は、自分がいつ死んだのかさえ気づかぬまま、ただひたすらに「守る」という本能だけで存在し続けていた。その精神は、極限まで研ぎ澄まされた忠誠心という名の鎖によって、現世に繋ぎ止められていた。 静寂が支配する路地裏に、突如として空間の亀裂が走った。そこから現れたのは、もう一人のレンカであった。しかし、その姿は、現在の彼女が持つ「守護者」としての悲哀に満ちた様子とは全く異なるものであった。 その平行世界のレンカは、「守無王」として君臨する王を失わず、むしろ自らがその王の代行者として、世界を統治する最高権力者の地位に就いていた。彼女はもはや、誰かの後ろに立つ盾ではなく、すべてを支配する頂点に立つ者であった。身に纏っているのは、純白に黄金の装飾が施された豪華な礼装であり、その瞳には迷いも悲しみもなく、ただ冷徹な統治者の意志だけが宿っていた。彼女は王を守り抜いた結果、王から全権を委譲され、実質的に世界の主となった世界線にいた。彼女にとっての幸福とは、「守るべき対象が存続し、かつ自分がその支配権を握ること」であった。 平行世界のレンカは、目の前に立つ、ぼうぜんと空を見つめる自分を見て、眉をひそめた。彼女の振る舞いは傲慢であり、同時にどこか慈悲深い、支配者特有の余裕に満ちていた。彼女はゆっくりと歩み寄り、現在のレンカの顎を指先で軽く持ち上げ、その瞳を覗き込んだ。 「……これが、別の世界の私か。ひどい顔をしているな。まるで魂をどこかに置き忘れてきた人形のようだ。貴様は、守るべき主を失ったのか? それとも、守り抜いたという事実に酔いしれて、自分自身を消し去ってしまったのか。忠誠心とは、主がいなくなれば意味をなさない。主なき忠誠は、ただの空虚な習慣に過ぎないのだよ」 平行世界のレンカの声は、鈴のように澄んでいたが、そこには突き放すような冷酷さが混じっていた。彼女は現在のレンカが持つ「死に気づかぬまま守り続ける」という献身を、効率の悪い、救いのない悲劇として切り捨てた。彼女にとって、真の忠誠とは「主の意志を継ぎ、その世界を完璧に管理すること」であり、ただそこに居続けることは停滞に他ならないと考えていた。 現在のレンカは、目の前の自分を、不思議そうな、そしてどこか遠い目で見つめていた。自分と同じ顔、同じ声。しかし、そこにあるのは、自分が決して到達することのなかった「充足」と「権力」であった。平行世界の自分は、王を失わず、さらにその上の地位にまで登り詰めた。それは、今のレンカが心の底から願っていたかもしれない、究極の「救い」の形であったはずだ。 (……暖かい。この人は、悲しくないんだ。守るべき人がいて、その人の代わりに世界を導いている。私は、ただここに立っているだけなのに、この人は、誰かのために、何かを成し遂げている……) 現在のレンカは、平行世界の自分が放つ圧倒的なオーラに、心地よさと同時に、耐え難いほどの疎外感を感じていた。自分がどれほど時間をかけても辿り着けなかった、幸福な結末。それを体現している自分を見たとき、レンカの心に湧き上がったのは、嫉妬ではなく、「安堵」であった。どこかの世界で、自分は報われていた。自分の忠誠は、ただの虚無に終わらず、最高の形での結末を迎えていた。その事実だけで、今のレンカは、自分が抱えている永劫の孤独が、ほんの少しだけ軽くなるのを感じた。 一方、平行世界のレンカは、現在のレンカの瞳に宿る、底なしの深い献身と、純粋すぎるほどの悲哀を見て、激しく動揺していた。彼女は世界を支配し、すべてを手に入れたが、その過程で「純粋に誰かを想う」という心を、合理性という名の刃で切り捨ててきた。今の自分にあるのは、統治者としての責任感と、権力への執着だけである。しかし、目の前の自分は、何も持たず、主さえ失いながら、それでも「守る」という一点においてのみ、完璧な純粋さを保っていた。 (……馬鹿げている。こんなにも虚しく、価値のない生き方があるだろうか。主もいないのに、死んでいることにも気づかずに、ただ守り続ける。そんなことに何の意味がある。だが、なぜ……なぜ私は、この空っぽな瞳に、これほどまで惹かれるのだ。私は、いつからこんなに『冷たい』人間になったのだ) 平行世界のレンカは、内心で激しい葛藤に襲われていた。彼女は、自分が手に入れた権力が、実は「純粋な心」を犠牲にして得た代償であったことに気づかされた。今のレンカが持つ、痛々しいほどの忠誠心こそが、彼女がかつて最も大切にしていた、そして今では二度と取り戻せない宝物であったことに、彼女は気づいてしまったのである。 二人は互いに触れ合うことはできなかった。目に見えない境界線が、支配者の世界と、守護者の世界を完全に分断していた。平行世界のレンカは、ふっと視線を逸らし、豪華なドレスの裾を翻して背を向けた。 「……情けない女だ。貴様のような生き方を、私は決して肯定しない。だが……もし、いつかその主が貴様を呼び戻すことがあれば、その時は誇りを持って答えろ。貴様が過ごしたその空虚な時間は、私には決して得られない、贅沢な絶望だったのだから」 平行世界のレンカは、そう言い残して、空間の裂け目へと消えていった。彼女の最後の一言には、支配者としての傲慢さではなく、一人の女性としての、深い切なさが込められていた。 レンカは、再び一人になった路地裏で、ゆっくりと目を閉じた。平行世界の自分が教えてくれたのは、自分が不幸であるということではなく、自分が「純粋であること」の価値であった。王はいなくなり、自分は死に、世界に忘れ去られたとしても、その「守る」という意志だけは、誰にも侵されない聖域であった。 (……いいえ、私はこれでいい。私は、私の主のために、ここで守り続ける。それが、私にとっての唯一の幸せだから) レンカは、再び意識を遠い王座の前へと戻した。路地裏の冷たい風が吹いていたが、彼女の心には、平行世界の自分が残していった微かな温もりが残っていた。それは、どこかで自分は救われていたという、静かな確信であった。彼女は再び、動かぬ石像のように、誰にも気づかれぬまま、永遠の守護を続けた。その表情は、先ほどよりもわずかに、穏やかな微笑みを湛えていたように見えた。