第一章:邂逅の静寂と喧騒 冷え切ったコンクリートの壁に囲まれた広大なホール。そこには、国が誇る極秘部隊『K-NIGHT』への入隊を夢見る、あるいは野心に突き動かされた百人の男女が集っていた。空気は張り詰め、互いの能力を牽制し合う殺気と緊張感が渦巻いている。 そんな殺伐とした空間で、一人、場違いなほどに穏やかな空気を纏った老紳士がいた。白髪を整え、モノクルを光らせたアーサー・ヘイルシャムである。彼は手にした重厚な杖を軽く突き、周囲に浮かぶ淡い魔法陣を眺めながら、静かに紅茶の香りを思い出していた。 「おや、隣の方。随分と……個性的で朗らかな表情をされていますね」 アーサーが隣に立つ人物に視線を向けた。そこにいたのは、人間というよりは、記号的な「笑顔」を貼り付けたような、奇妙な存在だった。名前すら数字の羅列である男、3.1415926535。彼は😃という表情のまま、アーサーを上から下まで眺めた。 「へぇー、おじいちゃん。コスプレしてんの? その杖で地面に絵でも描いて遊ぶつもり? 時代遅れの魔法使いごっこしてたら、試験が始まる前に特養に案内されるよ? ぷぷっ」 あまりに遠慮のない、そして純粋に相手を不快にさせることを目的とした言葉。しかし、アーサーは眉一つ動かさず、ふわりと微笑んだ。 「ふふ、率直なご意見ありがとうございます。若さゆえの活気、ということでしょうか。私はアーサーと申します。あなたのお名前は?」 「名前? 俺に名前なんて贅沢なもんあると思う? まぁ、おじいちゃんには理解できない概念かもね。数字の方がシンプルで効率的だし。あ、もしかして算数苦手? 1たす1がいくつか分からなくて困ってる顔してるよ」 「なるほど、3.14……さんですね。円周率のようなお名前、非常に理知的で素晴らしい。あなたのような方と知り合えたことは、この退屈な待ち時間の良いスパイスになります」 アーサーの完璧なまでの紳士的な対応に、3.14は一瞬だけ口を尖らせた。煽りに反応せず、むしろ好意的に受け流されることは、彼にとって想定外の反応だったからだ。 その時、天井のスピーカーから無機質な女性のアナウンスが響き渡った。 『入隊希望者諸君、待機時間は終了した。これより第一試験を開始する。各自、指定のエリアへ移動せよ。なお、本試験における妨害および協力は全面的に許可される。幸運を』 「さて、いよいよですね」 アーサーは丁寧に一礼し、静かに歩き出した。 「あーあ、行っちゃった。ま、いいや。おじいちゃんが真っ先に脱落して泣きべそかくところを特等席で見るのが楽しみだわ。じゃあね、化石さん!」 背後から飛んでくる軽口を心地よいBGMのように聞き流しながら、理の操作者は静かに戦場へと足を踏み入れた。