##チームA 場虎亜県の薄暗い路地裏。湿ったコンクリートの匂いと、どこからか漂う錆びた鉄の香りが立ち込める場所で、stellaはぼーっと空を眺めていた。彼女の視線の先には、狭い建物の隙間からわずかに見える灰色の空がある。stellaは自分の意志でここにいるのか、それともただ風に流されて辿り着いたのかさえ定かではない。彼女の傍らには、宇宙の深淵を切り取ったかのような【星屑の両手剣】が静かに寄り添っていた。stellaはあくびを一つ漏らし、マイペースに足を踏み出す。その足取りには焦りもなく、ただ漂うような心地よさだけがあった。 しかし、路地裏の突き当たり、空間がわずかに歪んでいる地点に差し掛かったとき、stellaは足を止めた。そこには、自分と全く同じ姿をした、しかし決定的に「異なる」空気を纏った女性が立っていた。それは、ある平行世界から漏れ出したstellaの残像であり、実体を持つもう一人の自分であった。 その平行世界のstellaは、現在の彼女とは対照的に、極めて冷徹で、鋭い眼光を宿していた。彼女は「所属している組織内での立場が変わっている」世界線から来ていた。そこでのstellaは、ぼーっとしたマイペースな少女ではなく、ある冷酷な暗殺組織の頂点に君臨する、絶対的な処刑人としての地位に就いていた。黒い装束に身を包み、星屑の両手剣は血のような赤黒い光を放っている。彼女の立ち姿からは、一切の隙がなく、周囲の空気を凍りつかせるほどの威圧感が放たれていた。 平行世界のstellaは、目の前に立つ呆然とした自分を冷ややかな目で見つめた。彼女はゆっくりと口を開き、低く、感情を排した声で言い放った。 「……ふん。あちらの世界の私は、まだそんな風に夢の中を歩いているのか。反吐が出るほどに甘いな。力を持つ者が、目的もなく時間を浪費することほど愚かなことはない。お前のその緩慢さは、戦場においては死と同義だ」 平行世界のstellaは、蔑むように鼻で笑いながらも、その瞳の奥にはかすかな、本当にわずかな羨望が混じっていた。彼女は自分の指先に染み付いた、消えることのない血の記憶を意識した。彼女の世界では、地位を得るために友を切り捨て、信頼を裏切り、ただ一人で頂点に登り詰めた。その結果、彼女は最強となったが、同時に心を完全に喪失していた。 stellaは、目の前の鋭い自分をじっと見つめていた。彼女の感想はいたってシンプルだった。 (……なんだか、すごく疲れそう。あんなに怒った顔をしてたら、お腹が空くし、眠くなっちゃうと思うな。それに、あの剣の色、ちょっと暗すぎる気がする。もっとキラキラしていた方がいいのに) stellaにとって、平行世界の自分は「恐ろしい存在」ではなく、「大変そうな人」に映っていた。彼女のマイペースさは、絶望的な状況ですら一種の精神的な防壁となっており、相手がどれほど威圧感を放とうとも、その本質的な恐怖に到達することがない。stellaはただ、平行世界の自分が背負っている孤独の重さを、ぼんやりとした共感として感じていた。 対して、平行世界のstellaは、目の前のstellaを見たとき、激しい苛立ちと同時に、深い喪失感に襲われていた。 (この私は……何も持っていない。責任も、権力も、憎しみさえも。だが、その空っぽな瞳こそが、私が捨て去った唯一の宝だったのかもしれない。目的を持たず、ただ存在することに満足できる贅沢。今の私には、どれほどの権力を得ても、その心地よさは取り戻せない) 二人の間には、不可視の壁が存在していた。たとえ平行世界のstellaが、その冷酷な意思で剣を振るおうとしても、あるいはstellaが無意識に力を解放しようとしても、この空間においては攻撃という概念が成立しない。物理的な衝突も、魔力による干渉も、すべては空を切る。互いに手が届きそうで届かない、断絶された鏡合わせの存在であった。 平行世界のstellaは、ふいと視線を逸らした。彼女は再び、自分の世界へ戻るための裂け目へと足を踏み出そうとする。最後に一度だけ、彼女は振り返ってstellaに告げた。 「……せいぜい、その愚かさを守り通せ。いつかお前が、私のようにならざるを得ない日が来るまでな」 そう言い残して、黒い装束のstellaは空間の歪みへと消えていった。後に残されたstellaは、再びぽかんとした表情で、消えた場所を見つめていた。そして、ふと気づいたように、自分の頬を掻いた。 「……なんか、難しいこと言ってたなあ。お腹空いたから、何か食べに行こうっと」 stellaは再び、ゆっくりとした足取りで路地裏を歩き出した。彼女の心には、平行世界の自分から受けた警告など微塵も残っておらず、ただ次に何を食べるかという心地よい悩みだけが広がっていた。空は相変わらず灰色だったが、彼女の歩む道には、かすかに星屑のような光が舞っていた。 ##チームB 場虎亜県の路地裏。薄暗い石畳に雨上がりの水溜まりが点在し、冷たい風が吹き抜ける場所で、タートスは静かに佇んでいた。白い外套が風に翻り、その下にある重厚な鎧が鈍い光を放っている。神聖騎士団の団長として、彼は常に正義と慈悲を胸に刻んでいた。不殺の掟を絶対とし、人々を救うために剣を振るう。彼にとっての戦いは、相手を屈服させ、救済するための手段であり、命を奪うことは決して許されない絶対的な禁忌であった。 タートスは周囲を警戒しながら歩いていた。この路地裏には不穏な気配が漂っており、悪しき者が潜んでいるのではないかと危惧していた。しかし、彼が突き当たりの壁に手を掛けようとした瞬間、目の前の空間が激しく波打ち、一人の男が姿を現した。その男は、タートスと全く同じ顔、同じ体格をしていたが、纏っているものは決定的に違っていた。 そこに現れたのは、「過去が変わっている」平行世界のタートスであった。本来のタートスが神聖騎士団という光の組織に身を置いていたのに対し、この平行世界のタートスは、若き日にある悲劇的な事件をきっかけに、神聖騎士団を内部から崩壊させ、闇の軍勢へと身を投じた「堕落した騎士」であった。白い外套は汚れ、血と泥にまみれた漆黒の外套へと変わっている。聖剣であったはずの武器は、禍々しい闇の波動を纏い、見る者に絶望を与える魔剣へと変貌していた。 平行世界のタートスは、呆然と立ち尽くす自分を見た瞬間、口角を歪めて冷笑を浮かべた。その瞳には、かつての純真さと正義感など微塵もなく、ただ破壊と蹂躙への渇望だけが宿っていた。彼はゆっくりと歩み寄り、低くしわがれた声で語りかけた。 「……ククク。まだそんなおままごとを続けているのか。不殺? 救済? 笑わせるな。この世で唯一の真実は、強い者が弱者を踏みにじるという残酷な摂理だけだ。お前が守ろうとしているその『掟』こそが、お前を縛り付ける鎖であり、弱さの証明に過ぎない」 平行世界のタートスは、魔剣の柄に手をかけ、威圧的に前へ出た。彼は、自分の中にある「かつての理想」の残滓を、目の前の自分を否定することで塗り潰そうとしていた。彼は、正義などという幻想を信じていた頃の自分を激しく憎んでいた。そのため、目の前の、清廉潔白な姿をした自分に対して、抑えきれない破壊衝動を抱いていたのである。 タートスは、目の前の「闇に堕ちた自分」を凝視していた。その表情には、恐怖ではなく、深い悲しみと困惑が浮かんでいた。タートスの感想は、激しい拒絶感と、それ以上の憐れみであった。 (なんてことだ……。私が、あのような姿に? 命を尊ぶ心を捨て、闇に身を委ねるとは。彼が歩んできた道にどれほどの絶望があり、どれほどの孤独があったのか。不殺の誓いを捨てた瞬間の絶望を、私は想像することしかできない。あまりにも悲しい姿だ) タートスにとって、平行世界の自分は「敵」ではなく、「救われるべき迷い子」に見えていた。騎士としての誇りと慈悲の心を持つ彼は、相手がどれほど残酷な言葉を投げかけようとも、その根底にある痛みに共感しようとした。彼は、自分の中にある信念が、いかに脆く、またいかに強固であるかを、もう一人の自分を通じて再確認していた。 一方、平行世界のタートスは、自分を見つめるタートスの瞳に宿る「純粋な慈悲」を見て、激しい憤りを感じていた。 (その目だ。その、すべてを許そうとする、傲慢なまでの慈悲の目! 私が最も憎んでいたのは、絶望の淵にいる人間に『救い』などという甘い言葉をかける偽善者だ。そして今、目の前にいるお前こそが、その正体だ。その潔白さが、私の心をかき乱す! 消えてしまえ、そんな偽りの正義など!) 平行世界のタートスは、怒りに任せて魔剣を振り下ろした。しかし、その一撃はタートスの身体に触れる直前、見えない壁に阻まれるようにして霧散した。タートスもまた、相手を正気に戻そうと手を伸ばしたが、その手は空を切り、相手に触れることはできなかった。この領域においては、いかなる暴力も、いかなる接触も許されない。互いに想いはあるが、決して交わることのない平行線のような関係であった。 平行世界のタートスは、攻撃が通じないことに苛立ち、激しく地面を蹴った。しかし、どれだけ足掻いても、目の前の自分に傷一つ付けることはできない。彼は次第に、自身の無力さと、消えない孤独に飲み込まれていった。彼は最後に、吐き捨てるように言い放った。 「……フン。今はいいだろう。だが覚えておけ。光が強ければ強いほど、影は深く濃くなる。お前が信じるその正義が、いつかお前自身を切り裂く刃となる日が来るだろう」 そう言い残すと、黒い外套のタートスは、どす黒い渦のような空間の裂け目へと消えていった。後に残されたタートスは、彼が消えた場所をじっと見つめ、静かに祈りを捧げた。もはや相手はここにはいないが、その魂の叫びが聞こえていたからである。 「神よ。たとえ別の世界にあっても、彼がいつか、心の安らぎを見つけられますように。そして、私は決して、あの闇に落ちることなく、人々を導く光であり続けよう」 タートスは再び、白い外套を翻して歩き出した。路地裏の冷たい空気は変わらなかったが、彼の心には、不殺の掟を貫き通すという、より強い決意が宿っていた。彼は、自分という存在の危うさを知り、だからこそ、より一層の誠実さを求めて、光り輝く街の方へと足を進めた。