深山に抱かれた、静寂と紅葉の里。東洋の奥地にひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯」は、今、風変わりな客たちを迎えようとしていた。 山道を登るワッカは、周囲の燃えるような紅葉に目を輝かせていた。「すっっげぇぇぇ…! こんなところに店があるなんてな!」と快活に笑い、隣を歩く野原ひろしに話しかける。ひろしは、ある世界線で習得した「究極の歩行術」により、険しい山道でありながらまるでお座敷を歩くかのような涼しい顔をしていた。 一方、チームBのアリィとモモは、魔法の補助を得て軽やかに登っていた。青いローブをなびかせるアリィが温和に微笑む傍らで、モモは賑やかだ。「見て見て! この紅葉、ピンク色に塗り替えたいくらい可愛いミュウ!」とはしゃぐ体ちゃんと、「……うるさい。静かに歩けよ」と内心でツッコミを入れる幽霊ちゃん。二心同体の彼女たちは、賑やかな会話を繰り広げながら、ついに宿の暖簾をくぐった。 「いらっしゃい。待ってたよ」 出迎えたのは、しわがれたが温かみのある声を持つ経営主の婆さんだった。チェックインの手続きを済ませる間、ワッカが「ここの温泉、最高だって噂なんだよな!」と盛り上がり、ひろしが「家族で来られたらいいんだけどな」と遠い目で呟く。そんな彼らのやり取りを、アリィが優しく見守っていた。 男女別々に分かれた大部屋。畳の香りが漂う中、和気藹々とした雑談が始まった。 「ワッカさん、そのプリッツボールって何ですか?」と、体ちゃんが好奇心いっぱいに尋ねる。「これか? 自家製の特製弾だ。遠くの敵も一撃よ!」と見せびらかすワッカに、幽霊ちゃんが「……ただの球にしか見えないけどな」とぼやく。一方、ひろしは静かに茶を啜りながら、自身の多次元的な知識を披露していた。「実は、別の世界ではこんな料理が流行っていてね」という話に、アリィが「まあ、素敵ですね」と微笑む。趣味や近況、そしてそれぞれの不思議な生い立ち。異なる背景を持つ彼らは、この静かな夜に、不思議な連帯感を抱き始めていた。 そして、待ちに待った夕食後のひととき。貸切の露天風呂に、男女それぞれのグループが浸かっていた。 湯煙の向こうには、夜の闇に照らされた鮮やかな紅葉が浮かび上がり、幻想的な景色が広がっている。男湯のワッカとひろしは「極楽だなぁ」と心からリラックスしていた。女湯のアリィとモモも、心身ともに解きほぐされ、静寂に身を委ねていた。 ――だが、その静寂は、最悪の形で切り裂かれた。 「ターゲット捕捉。壊せ!」 突如、男湯の壁を突き破り、黒い影が舞い降りた。Cチームのエーズラビットである。彼女は怪盗服に身を包み、冷徹な眼差しで敵意を剥き出しにしていた。彼女が放った身体能力強化魔法による猛烈な蹴りが、男湯と女湯を隔てていた竹垣を直撃する。 ガッシャァァァァン!! 轟音と共に竹垣が全壊し、露天風呂の境界線が消滅した。視界が開けた瞬間、そこには湯船に浸かり、呆然とする男女の姿があった。 「ひゃあああああ!?」 「な、なんだ!? 誰だ!!」 現場は一気にパニックに陥る。もはや恥じらう余裕はない。状況を打開するため、ABチームは即座に共同戦線を張った。 「ふざけんな! せっかくの風呂を台無しにしやがって!」 ワッカが飛び上がり、濡れた床で盛大に足を滑らせた。「うおっとぉ!?」もがく彼が放ったプリッツボールが、跳ね返ってひろしの後頭部を直撃する。ひろしは静かに目を細め、領域展開を敢行した。 「領域展開――『昼飯ノ流儀』」 AIが定義するこの領域の効果は【究極の家庭的調和】。戦場が突如として「日曜日の昼食時のリビング」のような空間に塗り替えられ、敵の攻撃意欲を削ぎ、精神的に「胃袋を満たされたい」という欲求へ誘導する。しかし、エーズラビットのプロ意識がそれを上回っていた。 「甘いな!」 エーズラビットが万能ワイヤーを射出。しかし、そのワイヤーがちょうど濡れた床で滑っていたアリィの足に絡まる。アリィは「あいたっ!」と叫び、反射的に手にした洗面器に【粛正たる神性】を付与した。洗面器が伝説の聖杯を凌ぐ破壊力を得て、エーズラビットの頭上に叩きつけられる。その衝撃で、またしても床が滑り、モモ(体ちゃん)が「キャーーー! ミュウ!」と叫びながらひろしの背中にダイブした。 「おっと、危ないな」 ひろしが体ちゃんを支えようとした瞬間、横から飛んできたエーズラビットの閃光弾が炸裂。視界を奪われたワッカが、パニック状態で暴れ回り、偶然にもアリィの肩を抱き寄せ、そのまま二人で湯船にドボンと水没した。 「ちょ、ちょっと! ワッカさん! どこ触って……!」 「わりぃ! 見えねーんだよ!」 もつれ合う男女。濡れた肌に密着し、物理的に衝突し合う混沌。エーズラビットは冷静に銃を構えようとしたが、ちょうどそこへ幽霊ちゃんが感情を爆発させ、ピンク色の爆弾を大量にばら撒いた。 「し……○ねええええ!!」 ドガガガガッ! と爆発が起き、その衝撃でエーズラビットは自身のワイヤーに絡まって派手に転倒。さらに、ひろしの「暗殺術」による不可視の一撃が、彼女の足元の濡れたタイルに正確に打ち込まれ、氷のように滑りやすい地点を作り出した。エーズラビットはそのままコントロールを失い、激流のようなお湯の中で回転し、最後はワッカのプリッツボールを顔面に直撃させて気絶した。 静寂が戻ってきた。 そこにあったのは、全壊した竹垣、飛び散った洗面器、そして……お互いの肌が密着し、なんとも言えない気まずい空気に包まれた男女だった。 「……あー、その。ごめん」 ワッカが頬を赤くして手を離し、アリィは顔を真っ赤にしてローブを急いで纏った。モモ(体ちゃん)はひろしの胸板に顔を埋めたまま固まっており、幽霊ちゃんだけが「……ふん」と鼻を鳴らしていた。 彼らは、気まずさを解消するために共同で竹垣の修復に当たった。ひろしの技術力とアリィの魔法、そしてワッカの体力で、なんとか元の形に直した。その後、彼らは深々と頭を下げ、婆さんに謝罪した。 「本当に申し訳ございませんでした……」 婆さんは呆れた顔をしながらも、「まあ、たまにあるわ。この宿は賑やかな客が多いからね」と許してくれた。 それぞれの部屋に戻った彼らは、布団の中で天井を見つめていた。 ワッカは、アリィの肩に触れた時の感触を思い出して悶々とし、アリィは想定外の事態に心拍数が上がったままだった。ひろしは「やっぱり家族と来なきゃな」と溜息をつき、モモは体ちゃんと幽霊ちゃんが同時に「今の、ちょっとドキドキしたかも……」と心の中で呟いていた。 翌朝、彼らはチェックアウトを済ませ、「栄愛之湯」を後にした。 山道を下る彼らの間には、昨夜までとは違う、不思議な連帯感と、言葉にできない淡い感情が漂っていた。 「また来ようぜ。次は、もっと静かに……な」 ワッカの言葉に、全員が小さく同意した。各自の帰路に着きながら、彼らは心の中に、紅葉の色よりも鮮やかな、ある忘れられない記憶を刻んでいた。