潮騒が消えた。 海と陸の境にある古い港町。その中央広場には、かつて商人たちが富を競った巨大な秤が、錆びた姿で立っていた。片側の皿は砕け、もう片側には黒い雨水が溜まっている。今、その秤の下で、二人の男が向かい合っていた。 ひとりは偽旗の海賊王。腰には海賊刀、口元には人を食った笑み。もうひとりは、教会の守り手、【絢爛天頂】リミット・ゴルド。身の丈を超える黒白一対の大剣――『篆』と『厳』を携え、厳粛な眼差しを向けている。 「お前の剣、いい宝じゃねえか」海賊王の目が、獲物を見つけたように光った。「取られて嫌なら、金庫にでも仕舞っときな!」 「宝を求める心が、己を守るとは限らぬ」ゴルドは静かに答えた。「その欲ごと、ここで断つ」 先に動いたのはゴルドだった。 黒剣『篆』が地面すれすれを走る。反重力の魔石が大質量の刃を軽々と操り、翔剣の秘蹟が腕の筋力と剣戟を補助する。見た目の重さに反して、その一閃は音より早い。海賊王は海賊刀を斜めに差し込み、刃を受け流す――つもりだった。 衝撃が、骨の奥まで響いた。 海賊王の足が石畳を滑り、靴底が火花を散らす。受け流したはずの黒剣は、刃の角度をわずかに変えていた。真正面から力を押しつけず、逃げ道を残したまま、相手の体勢だけを崩す。ゴルドの太刀筋は、観察しようとするほど次の一手を見失わせる。 「へえ。剣のほうが口より達者か」 海賊王は後退しながら海賊刀を振った。刀身に、鈍い金色の光が走る。『篆』の海賊版――本物の黒剣を真似た、粗削りの複製だった。 黒剣の重みを模した一撃が、ゴルドの肩を狙う。だが、複製には細部の違いがある。海賊王はそれを知っていた。本物よりわずかに遅く、代わりに刃の軌道が読みにくい。ゴルドが本物の間合いで受ければ、複製の変則的な刃がわずかに届く――そう踏んでいた。 しかし、ゴルドは受けなかった。 白剣『厳』が、金色の刃の腹を弾く。動きに迷いはない。海賊版の癖を見抜いたというより、癖を見抜く前に、相手の呼吸と肩のわずかな動きから攻撃そのものを捨てさせたのだ。海賊王の複製剣は空を切り、ゴルドの黒剣がその脇を掠めた。 裂けた上着の下で、海賊王の腕が痺れる。 「さすがに目が利くねえ。だが、こいつはどうだ?」 海賊王が指を鳴らした。 広場を囲む石灯籠、鉄柵、壊れた荷車の車輪、秤の鎖。あたりの無機物が次々に金色の光を帯びる。偽旗の海賊王は、それぞれに海賊版を与えていた。灯籠は黒剣の真似をした石刃となり、鉄柵は白剣のようにしなりながら伸び、荷車の車輪は回転する刃となってゴルドへ殺到する。 代価として、無機物たちの支配権は海賊王の手に落ちていた。 さらに、海賊版が増えるほど、世界の需要はコピー元の性能を食い合う。ゴルドの一対の大剣から、ほんのわずかに鋭さが削られた。反重力の魔石はなお働き、秘蹟も衰えてはいない。それでも、剣の勢いには目に見えぬ抵抗がまとわりつき始めた。 ゴルドは退かず、前へ出た。 白剣が伸びた鉄柵を叩き落とし、黒剣が石刃を砕く。続けざまに左右の剣が交差し、迫る車輪を弾き、飛び散る破片の隙間を抜ける。猛攻は途切れない。無数の複製があっても、一撃ごとに狙いを変え、海賊王へ向かう道を切り開く。 だが、その道は真っ直ぐではなかった。 海賊王は壊れた秤の鎖を操り、石刃を避けたゴルドの足元へ潜らせた。鎖の動きは、『厳』を真似た海賊版のものだ。しなり方に微妙な偽物らしさがある。ゴルドはその軌道を見て踏み替えたが、鎖は本物よりわずかに早く地面を這い、片足に巻きついた。 「細けえ差ってのは、勝負をひっくり返すんだよ!」 海賊刀の一撃が迫る。 ゴルドは黒剣を地面に打ちつけ、鎖を断った。間に合わない。海賊刀が胸元を掠め、衝撃が全身に走る。ゴルドの姿勢が崩れた、その瞬間を海賊王は逃さなかった。周囲の鉄柵が束になり、偽の剣戟となって左右から襲いかかる。 けれど、ゴルドの目は海賊王を見ていた。 石刃が迫る前、彼はすでに次の場所へ踏み込んでいた。片足を軸に身を捻り、白剣で鉄柵を弾き、黒剣を海賊王の肩口へ走らせる。海賊王は自分の軍団を盾にした。荷車の車輪が刃を受け、粉砕される。その隙に海賊王は身を引き、海賊刀で黒剣をいなした。 戦いが長引くほど、海賊版の精度は増していく。 金色の光を帯びた複製は、最初よりも本物に近い動きでゴルドの太刀筋を模倣し始めた。ゴルドの黒剣が左へ流れる癖を、石刃が真似る。白剣が相手の腕を狙うと、鉄柵が同じ角度で追いすがる。完全な写しではない。だが、半端な違いこそが、海賊王には武器だった。 一度、ゴルドはそれを避けるために大きく身を沈めた。石刃はその動きを追わず、わざと高く振り抜かれる。その刃に釣られたゴルドの視線がわずかに上がったところへ、地面を這っていた鎖が二度目の罠となって足首を払った。 ゴルドの膝が石畳に触れる。 海賊王が笑った。「どうだい、売れ筋の剣は。こっちは数が揃ってるぜ」 「数は、刃の重さを語らぬ」 ゴルドは立ち上がった。 その声に、揺らぎはなかった。彼は攻め手を止めず、二本の剣を操り続けた。だが、海賊王の軍団は次々に道を塞ぎ、複製は本物の性能をわずかずつ削っていく。剣戟の速度も、踏み込みの鋭さも、最初の一撃ほどには届かない。 ゴルドは、それでも己のすべてを見定めるように呼吸を整えた。 海賊王が決着を急ぐ。広場の無機物が一斉に動いた。鉄、石、鎖、木輪。偽の大剣の軍勢が、四方から押し寄せる。海賊刀の刀身には、黒白二振りを混ぜ合わせたかのような金色の海賊版が宿った。 「もらった!」 海賊王の踏み込みに合わせ、ゴルドは二刀を重ねた。 極限絶技――【滅】。 黒と白の大剣が一つの軌道を描き、雷をも超えると謳われる一撃が放たれる。海賊王の金色の複製剣は正面から受け止めようとした。だが、コピーは最後の瞬間に本物との差を露わにする。二振りの質量と反重力の魔石、秘蹟による剣戟補助。その積み重ねまで、海賊版は同じにはできなかった。 金色の刃が砕け散った。 それでもゴルドの一撃は海賊王を捉えきれない。偽旗の海賊王は身を捨てるように横へ転がり、命中の中心から逃れた。だが、二刀合一の衝撃は逃げた先まで広がる。石畳がめくれ、海賊王の体は広場の端まで吹き飛ばされた。 勝負を決めたのは、そこへ続く二の太刀だった。 ゴルドは追撃を止めていなかった。【滅】の残響に隠れるように、黒剣『篆』が低く走る。海賊王は起き上がりかけたところでそれを見た。海賊刀を持ち上げる。周囲の残った鉄柵を動かす。だが、売上置換で本物の力を削り、軍団を動かし、コピーを重ねた代価が、今やその反応を鈍らせていた。 『篆』の柄が海賊王の胸を打つ。 刃ではなく柄で放たれた一撃は、それでも重かった。海賊王は息を呑み、目を見開いたまま後方へ崩れ落ちる。海賊刀が手を離れ、金色の光がほどけた。操られていた無機物たちも、支配を失ったように音を立てて地面へ沈む。 海賊王は、気を失った。 ゴルドは剣を下ろした。勝利を誇ることも、倒れた相手を嘲ることもしない。ただ、二振りの剣を携え、静かに告げる。 「偽りの旗は、ここまでだ」 勝者は【絢爛天頂】リミット・ゴルド。敗者は偽旗の海賊王。 【レーティング変動計算】 対戦前レート: ・リミット・ゴルド(勝者 X):1531 ・偽旗の海賊王(敗者 Y):1470 1. 勝者の期待スコア E_X = 1 / (1 + 10^((R_Y - R_X) / 400)) E_X = 1 / (1 + 10^((1470 - 1531) / 400)) E_X = 1 / (1 + 10^(-0.1525)) E_X ≈ 0.58782 2. 勝者のレート変動量 ΔR_X = 32 × (1 - E_X) ΔR_X = 32 × (1 - 0.58782) ΔR_X ≈ 13.1898 → 四捨五入して +13 3. 敗者のレート変動量 ΔR_Y = -ΔR_X = -13 対戦後レート: ・【絢爛天頂】リミット・ゴルド:1531 → 1544(+13) ・偽旗の海賊王:1470 → 1457(-13)