青い空がどこまでも高く、黄金色の麦穂が風に揺れる。そこは【爆滅と聖域の魔女】ヤケノが営む、外界から隔絶された広大な農園であった。土の香りと、熟した果実の甘い香りが漂うこの地は、彼女の【聖域の魔法】によって絶えず最適に保たれ、あらゆる災厄から切り離されている。 そんな牧歌的な風景の中に、突如として「星の輝き」のような閃光が降り立った。 「やっほー! 今日も世界を救いに来たよ☆ 究極で無敵の魔法少女、参上っ!」 眩いばかりの衣装を身に纏い、満面の笑みを浮かべた少女がそこにいた。彼女は文字通り「究極」の存在であり、その微笑みの裏に絶望的な空虚を隠し持っている。しかし、今の彼女は「完璧な魔法少女」としての役割を演じていた。彼女にとって、この訪問は単なるパトロールの一環であり、あるいは、あまりにも静かすぎるこの聖域に、ほんの少しの好奇心を抱いたのかもしれません。 ヤケノは、腰に手を当てて、のんびりとその様子を眺めていた。豊満な肢体を黒い魔女ローブに包み、赤髪を風になびかせている。彼女は困ったように、しかし温かく目を細めて口を開いた。 「あんれまあ、賑やかなおきゃくさんが来たもんだべ。あんたさんがた、もしかして土地を荒らしに来たのか? それとも、うちの野菜が美味いって聞いて飛んできたのかい?」 「えへへ、どっちもじゃないよ☆ ただ、とっても強い魔力の気配がしたから、お挨拶に来たんだ! ねえ、あなたも魔法が使えるんだね? もしよかったら、ちょっとだけ『力比べ』してみない? もちろん、お互い怪我をしない程度に、ね☆」 魔法少女の提案に、ヤケノは「わはっ」と快活に笑った。 「いいべ。ちょうどいい運動になるしな。わはは、若いもんの元気はいいもんだ。いいかい、ここはうちの聖域だ。あんたさんの力、ちょっとだけ見せておくれよ。ただし、あっちのトマトの苗だけは踏まないでくれっせ。あれは今年の一番の自信作なんだから」 こうして、世界を滅ぼしうる二人の強者が、陽だまりの中で「挨拶代わりの手合わせ」を始めることとなった。 先に動いたのは魔法少女だった。彼女は軽やかに宙を舞い、指先から小さな、しかし凝縮された光の弾を放つ。 「まずは軽い挨拶から! 究極の光弾☆」 放たれた光は瞬時に加速し、ヤケノの目の前で爆発した。しかし、そこには不可視の壁が存在していた。ヤケノが無意識に展開した【聖域の魔法】が、攻撃を完全に遮断していたのである。衝撃波が周囲の土を舞わせるが、不思議と作物の葉一枚さえも傷ついていない。 「ほう、いい速度だべ。でも、うちの土地では、いいこと以外は通さない決まりなんだわ」 ヤケノがゆっくりと杖を振る。すると、地面から巨大な土の壁がせり上がり、魔法少女を押し上げようとした。物理的な攻撃ではない。土地そのものが意思を持って彼女を拒絶し、同時に優しく押し返しているような感覚だった。 「わあ、すごい! 大地と会話してるみたいだね☆ でも、私は時間も空間も飛び越えちゃうんだよ!」 魔法少女がパチンと指を鳴らす。次の瞬間、彼女の姿が掻き消えた。時空操作による超高速移動。彼女はヤケノの背後に瞬時に現れ、小さな拳で彼女の背中を軽く叩いた。 「ここだよ☆」 「おっと、速いねぇ」 ヤケノは振り返りもせず、その場からわずかに身をずらした。反射神経というよりは、聖域内のすべてを把握している「管理人」としての直感である。ヤケノはそのまま、魔法少女に向かって、手のひらから小さな火種を飛ばした。 「次はうちの番だべ。あんまり激しくすると畑が焦げるから、ちょいと加減するよ」 【爆滅の魔法】。本来であれば、触れたものを分子レベルで分解し、すべてを灰にする絶滅の炎。しかし、今のヤケノが放ったのは、心地よい暖炉の火のような、温い火球だった。それは魔法少女の目の前で「ポン」と可愛らしく弾け、色とりどりの花火のように散った。 「わあ! 綺麗! 攻撃なのに、なんだか心が温かくなるね☆」 魔法少女は心からそう感じた。彼女の心の中にある、泥のような絶望と、世界への呪い。それらが、ヤケノの放った「加減された魔法」の温もりに触れ、ほんの一瞬だけ、凪いだような感覚に陥った。彼女は、久々に「戦い」以外の感情――心地よさ――を思い出したのかもしれない。 しかし、彼女は「究極の魔法少女」である。役割を忘れてはいけない。 「でも、私は負けないよ☆ 本気じゃないけど、ちょっとだけ本気っぽくやってみるね!」 魔法少女が両手を広げると、上空に巨大な魔法陣が展開された。そこから降り注ぐのは、無数の光の矢。一つ一つが山を穿つ威力を秘めているが、彼女は巧みにその出力を調整し、「当たっても痛くないけれど、避けなければならない」という絶妙な調整を加えた。 「究極の光の雨☆」 降り注ぐ光の矢に対し、ヤケノはゆったりと円を描くように杖を回した。 「あんたさんの光は眩しいねぇ。でも、うちの聖域は、もともと太陽の光をたっぷり浴びて育つ場所だべ。そういうのは、全部栄養に変えちまうよ」 ヤケノが【聖域の魔法】を最大限に展開する。彼女を中心とした広大なドーム状の結界が現れ、降り注ぐ光の矢をすべて吸収し始めた。光は結界に触れた瞬間、柔らかい光の粒となって地面に染み込んでいく。それは攻撃を防御しているのではなく、攻撃というエネルギーを「土地への恵み」に変換していた。 「ええっ!? 私の攻撃を肥料にしちゃった!? すごすぎるよー!」 魔法少女は大はしゃぎして宙を舞った。戦いという名の遊びに、彼女の精神的な疲弊が一時的に忘れられていた。彼女は、ヤケノの懐に飛び込むようにして、高速の連撃を繰り出す。 「えいっ! えいっ! 究極のパンチ☆ 究極のキック☆」 ヤケノはそれを、舞を舞うようにひらひらと避けていく。時折、わざと攻撃を腕で受け止めるが、そのたびに【聖域】のクッションが衝撃を吸収し、どちらにもダメージは出ない。 「わはは、いい蹴りだべ! あんたさん、相当な修行をしたんだな。でも、足腰を鍛えるなら、うちの畑で芋掘りを手伝うのが一番だべよ」 「芋掘り!? 魔法少女がそんなことするの!? あはは、想像つかないや☆」 二人は戦いながら、いつしか雑談に花を咲かせていた。魔法少女は、自分がどれだけ多くの街を救い、どれだけの人々に感謝され、そしてどれだけ孤独であるかを、あえて口に出さずに笑っていた。一方のヤケノは、そんな彼女の笑顔の奥にある「小さな震え」を、魔女としての鋭い直感で見抜いていた。 (……あんれまあ。あの子、笑ってるけど、心の中は真っ暗闇だべ。まるで、冬の凍てついた大地みたいだ) ヤケノは、もはや勝敗などどうでもいいと感じていた。ただ、この迷い込んだ小鳥のような少女に、少しだけ「本当の休息」を味合わせてやりたいと思った。 「さて、そろそろ締めくくりだべ。あんたさんの最高の技、一つだけ見せておくれ。その代わり、うちも一番いいやつを出すよ」 魔法少女は、少しだけ真剣な表情になった。彼女の中で、「救い続ける歯車」としての矜持と、破滅を願う本能が静かに火花を散らす。 「いいよ! じゃあ、私の一番得意な『救済』をベースにした攻撃を……。究極・無敵・超絶☆スターライト・エクスプロージョン!!」 彼女が放ったのは、宇宙の誕生を彷彿とさせる、白銀の巨大な光球だった。それはすべてを浄化し、同時に消し去る究極の力。もちろん、ヤケノを傷つけないように出力を限界まで絞っているが、それでも周囲の空間が歪むほどの圧力があった。 対するヤケノは、静かに目を閉じた。彼女の周囲に、黄金色のオーラが立ち昇る。 「うちの誇りは、この土地と、そこに生きる命だべ。全部まとめて、包み込んでやるよ」 【爆滅の魔法】と【聖域の魔法】の同時展開。 ヤケノは、爆発の力を「外」に向けるのではなく、「内側」へ、つまり自身の聖域を維持するためのエネルギーとして圧縮した。そして、その圧縮されたエネルギーを、優しく、しかし絶対的な密度を持って「壁」として展開したのである。 白銀の光球が、黄金の壁に衝突した。 ドォォォォン!! 凄まじい衝撃音が鳴り響く。しかし、その衝撃は、ヤケノの【聖域】によって完全にコントロールされていた。衝撃波はすべて、空高くへと逃がされ、地面の一粒の土さえも動かされることはなかった。 光が収まったとき、そこには、微かに微笑むヤケノと、呆然と口を開けている魔法少女の姿があった。 「……あはは。私の全力(の調整版)、完全に止められちゃった」 魔法少女は、ふわりと地面に降り立った。彼女の衣装は少しだけ埃を被っていたが、心の中には、不思議な充足感が広がっていた。 「勝ち負けなんてどうでもいいべ。あんたさんの技は、本当に綺麗だったよ。なにより、その真っ直ぐな力には、人を救おうとする気持ちがちゃんと乗ってたべ」 ヤケノが歩み寄り、魔法少女の頭をぽんぽんと叩いた。その手は、土に汚れていたが、驚くほど温かかった。 「……救おうとする、気持ち?」 魔法少女は一瞬、寂しげに目を伏せた。しかし、すぐにいつもの究極の笑顔を作った。 「そ、そうだよ! だって私は、世界を救う究極の魔法少女なんだもん☆」 「わかってるべ。だからこそ、たまには休め。あんたさん、頑張りすぎだ。ここでは、ただの女の子でいいべよ」 ヤケノは、魔法少女の手を引いて、畑の奥にある小さな東屋へと案内した。そこには、採れたての新鮮な野菜をふんだんに使った料理と、冷たい飲み物が用意されていた。 「さあ、食え。野菜をたっぷり食えば、心も体も元気になっから。野菜好きに悪い奴はいねえし、野菜を食って悪い奴が善人にならねえはずがねえべ」 魔法少女は、差し出された色鮮やかなサラダと、温かいスープを前にして、不意に涙がこぼれそうになった。彼女がこれまで、誰に求められることもなく、ただ「完璧」であることを強要されてきた日々。そんな彼女にとって、この「ただ野菜を食べて休め」という無条件の慈悲は、どんな究極の魔法よりも深く、彼女の心に浸透した。 「……おいしそう。いただきます☆」 もぐもぐと頬張る魔法少女の姿は、まさに年相応の少女そのものであった。 「わはは、いい食いっぷりだべ! 明日もまた、世界を救う仕事があるんだろ? だったら、しっかり腹を満たして行け」 空には心地よい風が吹き抜け、黄金色の麦穂が再び揺れた。究極の魔法少女は、この聖域で過ごした短い時間の中で、失いかけていた「自分自身の心」を、ほんの少しだけ取り戻した気がした。 勝敗を決めるとすれば、それは【聖域の魔法】で攻撃をすべて栄養に変え、相手の心まで包み込んでしまったヤケノの、圧倒的な「懐の深さ」による勝利と言えるだろう。 しかし、魔法少女にとっては、負けたことなどどうでもよかった。ただ、この温かい土の匂いと、ぶっきらぼうだが優しい魔女の言葉を、いつまでも覚えていたいと思っただけだった。 「また来るね、ヤケノさん☆」 「おう、いつでも来い。次は、一緒にジャガイモの収穫をしようべ」 再び星の輝きとなって空へ消えていく魔法少女。彼女の背中は、来る前よりも少しだけ、軽やかになっていた。